36 / 66
第三章 悪人たちの狂騒曲
35.マリエッタ・イルスの企み
しおりを挟む
(ああ、もう。何でこうなっちゃうのかしら)
マリエッタ・イルスことリゼットは苛立ちを抑えきれずにいた。
母王妃から王籍を剥奪される可能性を示唆されたあの日以来、部屋に籠りきり鬱々と過ごしていたアドリアンだったが、ようやく少し気持ちが持ち直してきたようだ。
それは良いのだが、王妃から「不穏な動きがあると見なされれば下手したら投獄されるかも」という言葉を真に受けて、すっかり野心をなくし諦めモードに入ってしまった。
つまり「不穏な動き」さえ見せなければ平穏に暮らしていけるというわけだ。
「マリエッタ。僕には君さえいてくれたらいいんだ。君がいたら他には何もいらない」
そう言っては、四六時中、
「小さくても二人だけの屋敷が持てるならそれでいい。庭にはたくさん花を植えて子犬を飼おう」
「子供は男の子と女の子、一人ずつがいいな。名前は男の子だったらウィリアム、女の子だったらキャロラインなんてどうかな?」
「休みの日は家族でバスケットにたくさん、パンやお菓子を詰めてピクニックに行こう」
などと夢みたいなことばかり言っている。
現実逃避なのかもしれないが、仮にも一国の王太子であった男があまりにも情けなくはないか。弟王子にすべて奪われて悔しくはないのだろうか。
マリエッタは悔しい。あの平凡な目鼻立ちで、華のかけらもないカタリーナが王太子妃となり、ゆくゆくは王妃となってこの国の頂点に上り詰めるなんて悔しくてたまらない。
天性の美貌と魅力に恵まれ、男心を掴む努力も怠っていない自分がこんなところで燻ぶっているのに世の中というのは本当に不公平だ。
アドリアンの話は続く。
「そうだ。部屋の暖炉にはルテニアから取り寄せた青い陶器のタイルを貼ろう。その前に籐の揺り椅子をおいて、君はそこに腰かけて、刺繍をしたりレースを編んだりしながら、僕が子供たちと遊ぶのを幸せそうに見ているんだ」
リゼットは刺繍もレース編みも大嫌いだった。
だいたい、揺り椅子に座って刺繍なんかしたら針が指に刺さりそうで危ないではないか。
やっぱりこの王子は筋金入りの馬鹿かもしれない。
こんな馬鹿でも一国の王子で、その寵姫として贅沢な暮らしが出来るというから我慢も出来た。
それが、良くて男爵程度の身分におさまりそうだと言われたら話が違うではないか。そうと知っていたらザイフリート公爵の申し出になんか乗らなかった。
その程度の男なら自分なら実力でいくらでもものにすることが出来た。
学院にいた頃だって、侯爵家や伯爵家の子息で、アドリアンの目を盗んでリゼットに色目をつかってくる男はいくらでもいた。
自分がその気にさえなれば、そういった男たちといくらでも一緒になれたのに、何故自分がこんな貧乏くじを引かされなければならないのか。
世の中絶対に間違っている。
(いっそ今回の件をネタにしてルーカスさまを脅して愛人の座をせしめてやろうかしら?)
一瞬、そう思ったがすぐに打ち消した。
あの甘いボンボンのルーカスはともかくザイフリート公爵は油断のならない相手だ。下手なことをしたらリゼットなど存在ごと消されかねない。
それにルーカスはすでにリゼットの本性を知っている。
自分に夢中にさせて、思い通りに操るのは難しいだろう。
一番いいのは、次期王太子であるエルリック王子に近づいて、彼を夢中にさせてしまうことだがカタリーナが妃となることが決まっている以上、そんなことをしたらルーカスに手を出す以上にザイフリート公爵の怒りを買うだろう。
アドリアンの並べ立てる寝言みたいな未来図の話に、
「素敵。嬉しゅうございますわ、殿下」
と目を潤ませて頷きながら、リゼットは不満でたまらなかった。
(あーあ。つまらない)
世間ではバランド公爵家の子息クレイグと、エイベル侯爵家令嬢アンジェリカの結婚式が華々しく行われたという。
王都にいる貴族は残らず招待されたといってもいい規模の披露宴だったときいて、リゼットはそんなところへ潜り込めれば、いくらでも新しい獲物を物色出来たのにと悔しくなる。
(なんで私が、こんなところで落ちぶれた王子のご機嫌をとってなくちゃいけないのよ。馬鹿馬鹿しい)
いつしかマリエッタはアドリアンと別れて自由になりたいと思うようになっていった。
そうなれば、自分ならこの先いくらでももっといい条件の男を捕まえられると思ったのだ。
(でも、今別れたいと言っても殿下は聞かないわよねえ。殿下の将来のために身を引きたいっていうのも今さらだし……)
それに落ち目になったアドリアンを自分の方から見捨てたと思われたら、次の男を捕まえるのが難しくなる。
あくまで自分──マリエッタ・イルスは、か弱く儚げな被害者で、男たちから見て庇護欲をかきたてられる存在でいなければならない。
ここはやっぱりアドリアンの方から自分を捨てて貰わなければ。
誰から見てもマリエッタは被害者で、非難はアドリアン一人に集まるようなやり方で。
(そうだわ。殿下には『元通り』になって貰えばいいのよ。私のことは一時の気の迷いだったと。自分はようやく真実の愛に気が付いたといって、思いっきり私を捨てて。元の婚約者さんのところへ戻って貰えばいいわ)
マリエッタは、にっこりと微笑み、使用人に吟遊詩人のセオドールに連絡をとるようにと言いつけた。
ーーーーーーーーー
たくさんの感想をいつもありがとうございます。
返信が遅れていて申し訳ありません。
感想は一つ一つ読ませていただいて、少しずつお返事していきたいと思っているので、よろしくお願いいたします。
マリエッタ・イルスことリゼットは苛立ちを抑えきれずにいた。
母王妃から王籍を剥奪される可能性を示唆されたあの日以来、部屋に籠りきり鬱々と過ごしていたアドリアンだったが、ようやく少し気持ちが持ち直してきたようだ。
それは良いのだが、王妃から「不穏な動きがあると見なされれば下手したら投獄されるかも」という言葉を真に受けて、すっかり野心をなくし諦めモードに入ってしまった。
つまり「不穏な動き」さえ見せなければ平穏に暮らしていけるというわけだ。
「マリエッタ。僕には君さえいてくれたらいいんだ。君がいたら他には何もいらない」
そう言っては、四六時中、
「小さくても二人だけの屋敷が持てるならそれでいい。庭にはたくさん花を植えて子犬を飼おう」
「子供は男の子と女の子、一人ずつがいいな。名前は男の子だったらウィリアム、女の子だったらキャロラインなんてどうかな?」
「休みの日は家族でバスケットにたくさん、パンやお菓子を詰めてピクニックに行こう」
などと夢みたいなことばかり言っている。
現実逃避なのかもしれないが、仮にも一国の王太子であった男があまりにも情けなくはないか。弟王子にすべて奪われて悔しくはないのだろうか。
マリエッタは悔しい。あの平凡な目鼻立ちで、華のかけらもないカタリーナが王太子妃となり、ゆくゆくは王妃となってこの国の頂点に上り詰めるなんて悔しくてたまらない。
天性の美貌と魅力に恵まれ、男心を掴む努力も怠っていない自分がこんなところで燻ぶっているのに世の中というのは本当に不公平だ。
アドリアンの話は続く。
「そうだ。部屋の暖炉にはルテニアから取り寄せた青い陶器のタイルを貼ろう。その前に籐の揺り椅子をおいて、君はそこに腰かけて、刺繍をしたりレースを編んだりしながら、僕が子供たちと遊ぶのを幸せそうに見ているんだ」
リゼットは刺繍もレース編みも大嫌いだった。
だいたい、揺り椅子に座って刺繍なんかしたら針が指に刺さりそうで危ないではないか。
やっぱりこの王子は筋金入りの馬鹿かもしれない。
こんな馬鹿でも一国の王子で、その寵姫として贅沢な暮らしが出来るというから我慢も出来た。
それが、良くて男爵程度の身分におさまりそうだと言われたら話が違うではないか。そうと知っていたらザイフリート公爵の申し出になんか乗らなかった。
その程度の男なら自分なら実力でいくらでもものにすることが出来た。
学院にいた頃だって、侯爵家や伯爵家の子息で、アドリアンの目を盗んでリゼットに色目をつかってくる男はいくらでもいた。
自分がその気にさえなれば、そういった男たちといくらでも一緒になれたのに、何故自分がこんな貧乏くじを引かされなければならないのか。
世の中絶対に間違っている。
(いっそ今回の件をネタにしてルーカスさまを脅して愛人の座をせしめてやろうかしら?)
一瞬、そう思ったがすぐに打ち消した。
あの甘いボンボンのルーカスはともかくザイフリート公爵は油断のならない相手だ。下手なことをしたらリゼットなど存在ごと消されかねない。
それにルーカスはすでにリゼットの本性を知っている。
自分に夢中にさせて、思い通りに操るのは難しいだろう。
一番いいのは、次期王太子であるエルリック王子に近づいて、彼を夢中にさせてしまうことだがカタリーナが妃となることが決まっている以上、そんなことをしたらルーカスに手を出す以上にザイフリート公爵の怒りを買うだろう。
アドリアンの並べ立てる寝言みたいな未来図の話に、
「素敵。嬉しゅうございますわ、殿下」
と目を潤ませて頷きながら、リゼットは不満でたまらなかった。
(あーあ。つまらない)
世間ではバランド公爵家の子息クレイグと、エイベル侯爵家令嬢アンジェリカの結婚式が華々しく行われたという。
王都にいる貴族は残らず招待されたといってもいい規模の披露宴だったときいて、リゼットはそんなところへ潜り込めれば、いくらでも新しい獲物を物色出来たのにと悔しくなる。
(なんで私が、こんなところで落ちぶれた王子のご機嫌をとってなくちゃいけないのよ。馬鹿馬鹿しい)
いつしかマリエッタはアドリアンと別れて自由になりたいと思うようになっていった。
そうなれば、自分ならこの先いくらでももっといい条件の男を捕まえられると思ったのだ。
(でも、今別れたいと言っても殿下は聞かないわよねえ。殿下の将来のために身を引きたいっていうのも今さらだし……)
それに落ち目になったアドリアンを自分の方から見捨てたと思われたら、次の男を捕まえるのが難しくなる。
あくまで自分──マリエッタ・イルスは、か弱く儚げな被害者で、男たちから見て庇護欲をかきたてられる存在でいなければならない。
ここはやっぱりアドリアンの方から自分を捨てて貰わなければ。
誰から見てもマリエッタは被害者で、非難はアドリアン一人に集まるようなやり方で。
(そうだわ。殿下には『元通り』になって貰えばいいのよ。私のことは一時の気の迷いだったと。自分はようやく真実の愛に気が付いたといって、思いっきり私を捨てて。元の婚約者さんのところへ戻って貰えばいいわ)
マリエッタは、にっこりと微笑み、使用人に吟遊詩人のセオドールに連絡をとるようにと言いつけた。
ーーーーーーーーー
たくさんの感想をいつもありがとうございます。
返信が遅れていて申し訳ありません。
感想は一つ一つ読ませていただいて、少しずつお返事していきたいと思っているので、よろしくお願いいたします。
0
お気に入りに追加
2,621
あなたにおすすめの小説
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる