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第三章 悪人たちの狂騒曲
34.アンジェリカの結婚式
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いよいよエルリック王子の立太子の儀が近づいてきた。
それに先立って、かねてから予定されていたバランド公爵家子息クレイグと、エイベル侯爵家令嬢アンジェリカの結婚式が挙げられた。
結婚、出産を司る豊穣の女神フィオナの神殿で厳かな式を挙げたあと、新郎新婦は無蓋馬車でクレイグ公爵邸まで移動して、沿道の人々の祝福の声を受ける。
そのあと、公爵家の庭園で昼間はガーデンパーティー形式の披露宴、夜は大広間で舞踏会が開かれるのだ。
アマーリアはその日、ミレディと一緒に新婦の付添いをつとめることになっていた。お揃いのライラック色のドレスを着て、同色の花を髪にあしらったアマーリアは溜息をついた。
「次はミレディの番ね。そのときは私が付き添いをつとめるとして私の時はどうしたらいいのかしら」
ミレディは鏡に向かって真珠のイヤリングをつけながら苦笑した。
「そんなのまだ分からないわよ。父や兄は私の結婚はもう少し時期を待った方がいいって考えているみたい。案外アマーリアの方が早くお嫁にいくことになるかもよ」
「あら、どうして? 前に聞いたときには遅くとも来年の春までにはって言ってたじゃない」
「状況が変わったでしょう。色々と」
「状況って、その、王太子殿下が変わられること?」
「そう。エリックさまは一応王位継承権を持っていらっしゃるから。今、うちとシュワルツ大公家が華々しく結婚式を挙げたりすると色んな人を刺激してしまうんじゃないかって」
ミレディの婚約者エリックは、先王陛下の王弟シュワルツ大公の嫡男である。
大公は今の国王には叔父にあたり、第一王子アドリアン、第二王子エルリックに続き、第三位の王位継承権を持っている。
その息子であるエリックも父に次ぐ第四位の継承権を所持しているのだ。
ちなみにミレディのバランド公爵家は、四大公爵家でも筆頭格でミレディの父レオナルドは現国王シュトラウス二世の王姉殿下を妻としている。
つまり、クレイグとミレディは先王陛下の孫という点ではアドリアンやエルリックと等しい立場にあり、今のところ継承権こそ与えられていないものの、家臣のなかでは飛び抜けて高貴な血筋を持っているのだ。
「ここだけの話、ロザリー妃はエルリック殿下の立太子にあまりいい顔をなさっていないそうよ」
ミレディが声を潜めて言った。
「まあ、どうして?」
「そんな器ではない。荷が重すぎるって。御父上のマール辺境伯やカタリーナ嬢の父君のザイフリート公爵が懸命になだめていらっしゃるみたいだけれど」
確かにアマーリアとルーカスたちがカフェテリアで揉めたとき、エルリックはすぐ側にいたのにも関わらずただ、ぼうっとそれを見ているだけだった。
困惑しているとか、怖がっているというわけでもなく、ただ自分には関わりのないことを見る目で、成り行きを見ているだけだった。
婚約者のカタリーナの方がまだ、どうしようかとおろおろしていただけまともなような気がする。
「でもアドリアン殿下と比べてそう劣っていらっしゃるとも思えないけれど」
アマーリアは言った。
正確にいえばエルリックよりもアドリアンの方が優れていたとは思えない、というところなのだけれど、さすがに元婚約者に対してその言い方は憚られた。
ミレディはくすっと笑った。
「そう。どっちもどっち。だからややこしいみたい。貴族たちの中にはいっそのことエリックさまかうちの兄を王太子に立てた方がいいんじゃないか、なんて意見もあがっているみたいで」
「ああ。それはそうよ。エリックさまが国王陛下になられてミレディが王妃さまになられたらどんなに素敵でしょう」
アマーリアは思わずミレディの手をとって言った。
「しっ。人に聞かれたら大変よ。それに私にもエリックさまにもそんな大それた野心はないの。エルリック殿下がセシリアを選んで下さっていたら面倒はなかったのだけれどねえ」
ミレディの末の妹のセシリア姫は、エルリックの婚約者の最有力候補とされていたが、実際に婚約者に決まったのはザイフリート家のカタリーナだった。
確かにセシリアが次期王太子妃、ゆくゆくは王妃となれば宰相の地位にはクレイグがつくことになるだろうし、そうなればエルリックが多少頼りなかったとしても彼の治世には何の問題もないだろう。
その時、トントンと控室の扉が控えめに叩かれた。
「そろそろ時間だよ。準備はいいかい。ミレディ」
扉の外から聞こえたのは先ほどまで話題にのぼっていたミレディの婚約者のエリックだった。
「はい。今、参りますわ」
二人は最後に、お互いの姿を上から下まで念入りに点検し合ってから、
「素敵よ、ミレディ」
「あなたもね。リア」
とお互いを褒め合って、扉を開けた。
廊下には黒の礼装に身を包んだエリックと、それからラルフが待っていた。
「ラルフさま!」
アマーリアは弾むような足取りでラルフに駆け寄った。
ラルフはアマーリアを眩しそうに見て、それからおずおずと手を差し出した。
ここから会場まではそれぞれの婚約者が二人をエスコートしてくれることになっている。
ラルフは大公家の公子という立場のエリックに最初は恐縮しきっていたが、エリックは身分に似合わず気さくで親しみやすい人柄で、自分からラルフに何かと話題をふってくれたので、控え室の間でそれぞれの婚約者を待つうちに自然と打ち解けることが出来た。
神殿での式は荘厳で素晴らしかった。
トレーンを長く引いた純白のウェディングドレスに身を包んだアンジェリカは、白い光に包まれた女神のように美しかった。
ミレディと一緒に長いヴェールの裾を捧げ持ってバージンロードを歩いたアマーリアは親友の美しさと、幸せそうな様子に思わず涙ぐんだ。
祭壇の前で待っているクレイグは花婿の盛装の上に公爵家の紋章が金糸で縫い取られた毛皮の縁取りつきのマントをまとっている。
少し下がった場所には、クレヴィング家の紋章の入った膝くらいまでの丈の上着をまとった正装のヴィクトールが、花婿側の付添として立っていた。
王家からは、第二王子のエルリックが代表として出席していた。
第一王子アドリアンはいまだ謹慎中である。
新郎側の参列者席の最前列に座っているシュワルツ大公子息エリックの姿も、新郎新婦に劣らず人々の注目を集めていた。
会場がバランド公爵邸にうつり、披露宴が始まった。
出席者の貴族たちは主賓のクレイグとアンジェリカの前に進み出て恭しく挨拶をし、新婦の美しさを褒め称えたあとは皆、エルリックとカタリーナのもとへ挨拶にいった。
そのうちの半数は、二人に挨拶をすませるとそそくさとミレディと談笑しているエリックのもとへと押し寄せた。
エリックは内心困惑しつつも、大公家の嫡男に相応しい鷹揚な態度でにこやかに皆に接し、黒髪に白い百合の花を飾ったミレディが慎ましやかにその側に控えていた。
ミレディは、華やかな美貌という点ではアンジェリカに、溌溂とした愛らしさという点ではアマーリアに譲るが、すらりと背が高く、落ち着いた物腰の彼女には知的な雰囲気とどこか侵しがたい気品があった。
それらは彼女が、母親のサリア王女から受け継いだものだった。
親友ふたりが貴族たちの挨拶の洪水に飲み込まれてしまったのを見たアマーリアは、その喧噪から離れてラルフとガーデンパーティーの開放的な雰囲気を楽しんでいた。
彼女たちのもとにも、半分は善意、あとの半分は好奇心から婚約祝いをのべにきてくれる人が大勢いた。
アマーリアはどの相手にも、
「ありがとうございます。お心遣い感謝いたしますわ」
と輝くような笑顔を向けたので、はじめのうちは半分冷やかしのような気持ちで近づいていった人々も、
「アマーリア嬢のあの幸せそうな顔を見たか」
「では、結局アドリアン殿下もアマーリア嬢もお互いに心から愛する相手と結ばれたというわけで、これはこれでめでたいことだったのだろうな」
と頷きあった。
それに先立って、かねてから予定されていたバランド公爵家子息クレイグと、エイベル侯爵家令嬢アンジェリカの結婚式が挙げられた。
結婚、出産を司る豊穣の女神フィオナの神殿で厳かな式を挙げたあと、新郎新婦は無蓋馬車でクレイグ公爵邸まで移動して、沿道の人々の祝福の声を受ける。
そのあと、公爵家の庭園で昼間はガーデンパーティー形式の披露宴、夜は大広間で舞踏会が開かれるのだ。
アマーリアはその日、ミレディと一緒に新婦の付添いをつとめることになっていた。お揃いのライラック色のドレスを着て、同色の花を髪にあしらったアマーリアは溜息をついた。
「次はミレディの番ね。そのときは私が付き添いをつとめるとして私の時はどうしたらいいのかしら」
ミレディは鏡に向かって真珠のイヤリングをつけながら苦笑した。
「そんなのまだ分からないわよ。父や兄は私の結婚はもう少し時期を待った方がいいって考えているみたい。案外アマーリアの方が早くお嫁にいくことになるかもよ」
「あら、どうして? 前に聞いたときには遅くとも来年の春までにはって言ってたじゃない」
「状況が変わったでしょう。色々と」
「状況って、その、王太子殿下が変わられること?」
「そう。エリックさまは一応王位継承権を持っていらっしゃるから。今、うちとシュワルツ大公家が華々しく結婚式を挙げたりすると色んな人を刺激してしまうんじゃないかって」
ミレディの婚約者エリックは、先王陛下の王弟シュワルツ大公の嫡男である。
大公は今の国王には叔父にあたり、第一王子アドリアン、第二王子エルリックに続き、第三位の王位継承権を持っている。
その息子であるエリックも父に次ぐ第四位の継承権を所持しているのだ。
ちなみにミレディのバランド公爵家は、四大公爵家でも筆頭格でミレディの父レオナルドは現国王シュトラウス二世の王姉殿下を妻としている。
つまり、クレイグとミレディは先王陛下の孫という点ではアドリアンやエルリックと等しい立場にあり、今のところ継承権こそ与えられていないものの、家臣のなかでは飛び抜けて高貴な血筋を持っているのだ。
「ここだけの話、ロザリー妃はエルリック殿下の立太子にあまりいい顔をなさっていないそうよ」
ミレディが声を潜めて言った。
「まあ、どうして?」
「そんな器ではない。荷が重すぎるって。御父上のマール辺境伯やカタリーナ嬢の父君のザイフリート公爵が懸命になだめていらっしゃるみたいだけれど」
確かにアマーリアとルーカスたちがカフェテリアで揉めたとき、エルリックはすぐ側にいたのにも関わらずただ、ぼうっとそれを見ているだけだった。
困惑しているとか、怖がっているというわけでもなく、ただ自分には関わりのないことを見る目で、成り行きを見ているだけだった。
婚約者のカタリーナの方がまだ、どうしようかとおろおろしていただけまともなような気がする。
「でもアドリアン殿下と比べてそう劣っていらっしゃるとも思えないけれど」
アマーリアは言った。
正確にいえばエルリックよりもアドリアンの方が優れていたとは思えない、というところなのだけれど、さすがに元婚約者に対してその言い方は憚られた。
ミレディはくすっと笑った。
「そう。どっちもどっち。だからややこしいみたい。貴族たちの中にはいっそのことエリックさまかうちの兄を王太子に立てた方がいいんじゃないか、なんて意見もあがっているみたいで」
「ああ。それはそうよ。エリックさまが国王陛下になられてミレディが王妃さまになられたらどんなに素敵でしょう」
アマーリアは思わずミレディの手をとって言った。
「しっ。人に聞かれたら大変よ。それに私にもエリックさまにもそんな大それた野心はないの。エルリック殿下がセシリアを選んで下さっていたら面倒はなかったのだけれどねえ」
ミレディの末の妹のセシリア姫は、エルリックの婚約者の最有力候補とされていたが、実際に婚約者に決まったのはザイフリート家のカタリーナだった。
確かにセシリアが次期王太子妃、ゆくゆくは王妃となれば宰相の地位にはクレイグがつくことになるだろうし、そうなればエルリックが多少頼りなかったとしても彼の治世には何の問題もないだろう。
その時、トントンと控室の扉が控えめに叩かれた。
「そろそろ時間だよ。準備はいいかい。ミレディ」
扉の外から聞こえたのは先ほどまで話題にのぼっていたミレディの婚約者のエリックだった。
「はい。今、参りますわ」
二人は最後に、お互いの姿を上から下まで念入りに点検し合ってから、
「素敵よ、ミレディ」
「あなたもね。リア」
とお互いを褒め合って、扉を開けた。
廊下には黒の礼装に身を包んだエリックと、それからラルフが待っていた。
「ラルフさま!」
アマーリアは弾むような足取りでラルフに駆け寄った。
ラルフはアマーリアを眩しそうに見て、それからおずおずと手を差し出した。
ここから会場まではそれぞれの婚約者が二人をエスコートしてくれることになっている。
ラルフは大公家の公子という立場のエリックに最初は恐縮しきっていたが、エリックは身分に似合わず気さくで親しみやすい人柄で、自分からラルフに何かと話題をふってくれたので、控え室の間でそれぞれの婚約者を待つうちに自然と打ち解けることが出来た。
神殿での式は荘厳で素晴らしかった。
トレーンを長く引いた純白のウェディングドレスに身を包んだアンジェリカは、白い光に包まれた女神のように美しかった。
ミレディと一緒に長いヴェールの裾を捧げ持ってバージンロードを歩いたアマーリアは親友の美しさと、幸せそうな様子に思わず涙ぐんだ。
祭壇の前で待っているクレイグは花婿の盛装の上に公爵家の紋章が金糸で縫い取られた毛皮の縁取りつきのマントをまとっている。
少し下がった場所には、クレヴィング家の紋章の入った膝くらいまでの丈の上着をまとった正装のヴィクトールが、花婿側の付添として立っていた。
王家からは、第二王子のエルリックが代表として出席していた。
第一王子アドリアンはいまだ謹慎中である。
新郎側の参列者席の最前列に座っているシュワルツ大公子息エリックの姿も、新郎新婦に劣らず人々の注目を集めていた。
会場がバランド公爵邸にうつり、披露宴が始まった。
出席者の貴族たちは主賓のクレイグとアンジェリカの前に進み出て恭しく挨拶をし、新婦の美しさを褒め称えたあとは皆、エルリックとカタリーナのもとへ挨拶にいった。
そのうちの半数は、二人に挨拶をすませるとそそくさとミレディと談笑しているエリックのもとへと押し寄せた。
エリックは内心困惑しつつも、大公家の嫡男に相応しい鷹揚な態度でにこやかに皆に接し、黒髪に白い百合の花を飾ったミレディが慎ましやかにその側に控えていた。
ミレディは、華やかな美貌という点ではアンジェリカに、溌溂とした愛らしさという点ではアマーリアに譲るが、すらりと背が高く、落ち着いた物腰の彼女には知的な雰囲気とどこか侵しがたい気品があった。
それらは彼女が、母親のサリア王女から受け継いだものだった。
親友ふたりが貴族たちの挨拶の洪水に飲み込まれてしまったのを見たアマーリアは、その喧噪から離れてラルフとガーデンパーティーの開放的な雰囲気を楽しんでいた。
彼女たちのもとにも、半分は善意、あとの半分は好奇心から婚約祝いをのべにきてくれる人が大勢いた。
アマーリアはどの相手にも、
「ありがとうございます。お心遣い感謝いたしますわ」
と輝くような笑顔を向けたので、はじめのうちは半分冷やかしのような気持ちで近づいていった人々も、
「アマーリア嬢のあの幸せそうな顔を見たか」
「では、結局アドリアン殿下もアマーリア嬢もお互いに心から愛する相手と結ばれたというわけで、これはこれでめでたいことだったのだろうな」
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