婚約破棄された公爵令嬢は初恋を叶えたい !

橘 ゆず

文字の大きさ
上 下
13 / 66
第一章 初恋は婚約破棄から

12.情熱と突撃の血筋

しおりを挟む
「どうして分かって下さらないの! お父さまの分からず屋!!」

「待ちなさい、アマーリア!」

 そう言うなり、身を翻して駆け去るアマーリアをクレヴィング公爵は呼び止めた。

 しかし、アマーリアは止まらずに外のテラスへと続くドアに飛びついた。
 が、ドアには鍵がかけられている。

 婚約破棄騒動の日以来、公爵邸のすべての窓とドアは厳重に戸締りされ、アマーリアが勝手に外に出られないようになっていた。

 が。

「えいっ!!」
 可愛らしい掛け声とともに、ガッツンと鈍い音がして掛け金が破壊される。
 アマーリアが隠し持っていた木槌状の鈍器を力いっぱいドアノブに振り下ろしたのだ。

 あのヒラヒラとしたドレスのどこにあんなものを隠し持っていたのか理解に苦しむ。

 公爵がそんなことを思っているうちにアマーリアはドアを開け、外へと飛び出していく。

「待つのだ、アマーリア!」
「ごめんなさい、お父さま! でも私、どうしてもクルーガーさまにお会いしてお話がしたいの! 行かせてちょうだい」
 そう言うなり、テラスの手すりを飛び越えようと助走をして手をかける。
 
 その途端。

「きゃあっ!!」
 敷物に見せかけて床に仕込んであった罠が発動し、アマーリアの全身をすっぽり目の細かい網が包み込んだ。

 しかし、それにも動じずアマーリアは次に短剣を取り出すと冷静に網を切り始める。だが、

「お嬢さま、お待ち下さい!」
「どうかお部屋にお戻り下さい!!」

 公爵が待機させておいた侍女たちが、いっせいに飛びつくと彼女たちを傷つけてしまうことを恐れてあっさりと短剣を手放した。

 激情して飛び出していこうとする最中にも、炎のような行動力と、冷静な状況判断力を兼ね備えているところは、我が娘ながら天晴である。

 アマーリアがこのようにして脱出を試みるのは、自宅軟禁状態に置かれて以来、もう数えきれないほどだった。

 その度ごとに鍵が壊され、窓が破られ、床板が剥がされ、壁に穴が開き、公爵邸は戦中でもないのに敵の包囲攻撃にあったかのように満身創痍の状態である。


「いったい、なぜこのような事になってしまったのだ! 優雅で淑やかなわしの可愛いプリンセスが……」

「あなた。しっかりなさって。アマーリアは屋敷の外でこそ、優雅で淑やかな公爵令嬢で通っていましたが、それ以外の場所では、もともと結構、なんというか、強烈でしたわよ。ほら、一昨年、中庭の噴水を木っ端微塵にしたのだって……」

 公爵夫人メリンダが公爵に駆け寄って言った。

「何!? あれはアマーリアの仕業だったのか!!」
「あら。ご存じありませんでした? あなたには内緒にしたんだったかしらね」


「何、何をどうやったらあんな……大理石の噴水が、あそこまで見る影もなく……」

「叱らないでやって下さいな。あなたのお誕生日に、サプライズで花火を上げようとしたらしいんですの。それで独学で学んで用意をしたようなのですけれど、火薬の調合をちょっと間違えてしまったみたいで……」

「間違えたですむ話なのか、それは!!」
「まあまあ。幸い怪我人も出なかったことですし」


「ああ……なんということだ。我が一族に流れる呪われし血があれにも受け継がれておったということか」

「呪われし……どういうことでしょう?」

 少し離れた場所で公爵夫妻のやりとりを見ていた、ヴィクトールの妻のソアラが恐る恐る尋ねた。

「あら。ソアラさんには話したことがなかったかしら。クレヴィング家の女性に伝わるといわれている『情熱と突撃の血』のことよ」

「情熱と突撃……」

「ああ、そうだ。ソアラにもそろそろ話しておいても良い頃だな。そなた達にもミュリエルという娘がいることだ。他人事ではないからな」

 重々しく頷く公爵を見て、

(えー……そろそろ話しておいた方がいいっていうか、遅くないですか?)

 とソアラは内心でツッコんでいた。

 ミュリエルは、ヴィクトールとの間に生まれた長女で今年で三歳になる。

(普通はそういうの結婚する前にお話下さるものだと思うんですけど……)

 そう思いつつも、賢明なソアラは穏やかな表情のままで、公爵の言葉の続きを待った。
 ヴィクトールが帰ってきたら絶対に問いただしてやる。


 それによると、クレヴィング公爵家の女性には代々、いったん「こう!」と思い込むと炎のように燃え上がる「情熱」と、目的に向かってどんな障害にも怯まずに突き進む「突撃」の性格が受け継がれているというのだ。

「それだけ聞くと、別に悪いことではないようにも聞こえますが……」
「目的のためなら手段を選ばぬというところが問題なのだ!」

 そう言うクレヴィング公爵の視線をたどったソアラは、屋根に空いた大穴を見て、
「確かに」
 とつぶやいた。

 それは、数日前。家を抜け出そうとしたアマーリアが公爵の蔵書のなかにあった本を頼りに、投石機のようなものを作り上げ、階段のところにあった戦の女神アルテナの彫像を飛ばしたために出来た穴であった。

 アマーリア自身は、
「私はただ、そこの窓を壊して外へ出ようとしただけなのに、思ったよりも飛距離が出てしまって……あんなことになるとは思わなかったの」
 とメソメソしていたが、そういう問題ではない気がする、とソアラは思っていた。


「わしの妹のパメラを知っておるだろう」
「ええ、もちろん。ロイトリンゲンに嫁いでいらっしゃる」

「あれはもともとは、第一王妃として現在のシュトラウス陛下に嫁ぐはずであった」
「は?」

「今のアマーリアと同じように幼い頃から、未来の王妃になる者として育てられておった。それがある日、突然、出奔してしまった。こともあろうに、庭師の男と駆け落ちしてしまってな」

「え……っ、でも、今の御主人は」
「我が父が八方手を尽くして探させて、山奥の村で二人で畑を耕して暮らしているのを見つけた。絶対に戻らないと言い張るのを、男と一緒になることを許すという条件で連れ戻し、公爵領のなかの領地を一つ与えて、そこで暮らさせることにしたのだ」

 言われてみればパメラの夫は、ほとんど一族の集まりにも顔を出さない。
 
 パメラ自身は、ヴィクトールとソアラとの結婚式にも出席してくれたが、そう言えば彼女の肩書は「ロイトゲン領主夫人」となっていた気がする。

 その時は自分の結婚式ということもあって、あまり気にしていなかったが言われてみれば公爵家の令嬢が、「伯爵」や「男爵」ですらない、地方の小さな領地の領主に嫁ぐなど本来ならばありえないことだ。

 公爵の話は続く。

「それだけではない。我が父の姉……つまりわしの叔母の一人は、家庭教師の一人に恋をしてその男と結ばれた。そして、わしの従姉のアマンダは聖職者の男と恋仲になり、神殿を巻き込んだ大騒ぎを引き起こした。また、父方の再従妹は、結婚式の直前に神殿を飛び出して行方不明に……風の噂では、旅芸人の一座として諸国をまわっておるとかおらぬとか……」


 公爵の話はそれからも延々と続いた。

 話を聞き終わったあと、自室に戻ったソアラは愛娘のミュリエルを呼んで膝の上に抱きしめた。

「どうしたの、母さま?」
「なんでもないわ。ただ、あなたはどうか……平穏で幸せな人生を歩んでちょうだい」

 首を傾げるミュリエルの、夫譲りの淡い金髪を撫でながら、ソアラは

(お義父さまの話を伺ったあとだと、アマーリアの言っていることはまだ随分とマシなような気がするのだけれど……)


 相手お騎士は、確かに騎士団に所属はしているがもともとはクルーガー伯爵家の長男だとも聞いている。

(さっさと二人の仲を認めて祝福してあげた方が結局は被害が少ないんじゃないかしら)

 またも、アマーリアの部屋の方角から聞こえてきた、ドカーーン!!という破裂音を聞きながら、ソアラはつくづくそう思った。

しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

完結)余りもの同士、仲よくしましょう

オリハルコン陸
恋愛
婚約者に振られた。 「運命の人」に出会ってしまったのだと。 正式な書状により婚約は解消された…。 婚約者に振られた女が、同じく婚約者に振られた男と婚約して幸せになるお話。 ◇ ◇ ◇ (ほとんど本編に出てこない)登場人物名 ミシュリア(ミシュ): 主人公 ジェイソン・オーキッド(ジェイ): 主人公の新しい婚約者

夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。

Nao*
恋愛
結婚し一年が経った頃……私、エリザベスの元を一人の女性が訪ねて来る。 彼女は夫ダミアンの元婚約者で、ミラージュと名乗った。 そして彼女は戸惑う私に対し、夫と別れるよう要求する。 この事を夫に話せば、彼女とはもう終わって居る……俺の妻はこの先もお前だけだと言ってくれるが、私の心は大きく乱れたままだった。 その後、この件で自身の身を案じた私は護衛を付ける事にするが……これによって夫と彼女、それぞれの思いを知る事となり──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...