婚約破棄された公爵令嬢は初恋を叶えたい !

橘 ゆず

文字の大きさ
上 下
15 / 66
第一章 初恋は婚約破棄から

14.あなたに逢いたくて

しおりを挟む
  結論として、ラルフはしばらくヴィクトールの所属する近衛騎士団へ期間限定で異動することになった。

 ヴィクトールのすぐ近くにいれば、周りも公爵家の跡取りであるヴィクトールの目を気にして、ラルフから何か聞き出そうとしたり、または妬みから嫌がらせをしたりすることもないだろうという配慮からだった。

「アドリアン殿下がまた何か難癖をつけにきても、俺が近くにいれば何とでも対処できるからな」

「なんだか申し訳ありません。隊長にそこまで気を遣っていただいて……」

「いや。どう考えても悪いのはうちの妹だから。おまえは迷惑をかけられた側だから」

 ヴィクトールは苦笑して言った。

 当のアマーリア嬢は、クレヴィング公爵の命令のもと厳重な監視下に置かれ、あの騒ぎの日以来、邸から一歩も外に出して貰っていないらしい。


「なんだかお可哀想ですね。妹君は何も悪くないのに」

「お。何? アマーリアのことが気になる? 同情が愛情に変わったりしちゃう?」

「やめて下さいよ、からかうのは! 俺なんかがアマーリア嬢に相応しいわけないじゃないですか」

 ラルフは、顔をしかめて言った。

「なんで? アマーリアはおまえに惚れてるんだぞ」

「そんなの王太子殿下へのあてつけか、その場の勢いに決まってるじゃないですか」

「おまえなあ……」
 ヴィクトールに、がしっとヘッドロックを決められてラルフはぐえっと呻いた。

「うちの妹がそんな下らない理由で、男に愛の告白をするようなどうしようもない女だと思うのかっ!!」
「い、いえ。思いません。思いません! 失言でした! 取り消します!」
「よし!」

 ヘッドロックから解放されてラルフは、はあーっと息をついた。

アマーリアは、あの通り、時々突拍子もないことを仕出かすが、他人の気持ちを冗談半分に弄んだり、からかって喜ぶようなことは絶対にしない。だから、あれがおまえに惚れてるっていったら、それは本当に惚れてるんだ。分かったか」

「ようく分かりました。以後発言には気をつけます」
 ラルフは首をさすりながら言った。

 公爵家の令息でありながら、自ら希望して騎士団に籍を置いているだけあってヴィクトールの武術の腕はなかなかのものだった。

 先年、行われた王の御前での武術大会では、剣術や弓術、馬術。馬上槍に、格闘術など多くの種目で優れた成績を収めていた。

 もともと、所属のちがうラルフがヴィクトールの目にとまり、親しく声をかけられるようになったのもその武術大会で、いくつかの種目でトップを競い合ったことがきっかけだった。

「しかし、何でよりによって俺なんでしょう? あてつけでも冗談でもなければ、一時のお気の迷いとしか思えませんが……」

「まーたまたご謙遜を。惚れられる理由ならちゃんとあるじゃないか。街で暴漢に襲われたアマーリアを、白馬の騎士のごとく颯爽と現れて救ってやったんだろう?」

 ヴィクトールがニヤニヤして言った。

 今回の件があってから、後々、発覚して面倒なことになってはいけないと思い、アマーリアと初めて街で出逢った時のことについては、クレイグとヴィクトールに報告してあった。

 クレイグは、
「そうか。そんなことがあったのだとしたら、年頃の娘が恋に落ちる理由としては十分かもな」
 と頷いてただけだったが、ヴィクトールはそれ以来、事あるごとにそれをネタにしてからかってくる。

「あー、もう言うんじゃなかった」

「そう言うなって。でも、まさか初めて邸で会った時、二人がすでに顔見知りだったとはなー。まったく顔色も変えないで初対面のふりしてるから、完全に騙されたよ。いやあ、生真面目な朴念仁って顔して、おぬしも悪よのう」

「……厩舎に馬の世話にいってきます」

「おい、何だよ。怒るなよー。ちょっとからかっただけだろう」

「ちょっとじゃないでしょう。この間から何度も何度もしつこくしつこく!」

「そうだっけ?」
「そうですよ!」

 ラルフは騎士として、ヴィクトールを尊敬していたが、その尊敬する上役がこんなにくだけた人柄だとは思わなかった。

 王太子があれで、公爵家の後継ぎがこれで、この国は果たして大丈夫なんだろうか……。

 あ。王太子殿下は廃位されて、第二王子が立太子されることになったんだったか。
 
 そのことで世間は大騒ぎになっていた。

 自分が今まで通りの職場にいたら、確かに否応なく騒動の渦中に巻き込まれてどんな目に遭ったか分からない。

 それを思うと、クレイグとヴィクトールの配慮は有難いことに違いなかったが、こうも頻繁にからかわれるとその感謝の気持ちも薄らいでしまう。


(そもそも、ヴィクトール隊長はご自分の退屈しのぎのために俺を側においたんじゃないだろうか……)
 そんな疑いを抱きたくもなるというものだ。

 厩舎の方へ向かって歩いていると、ふいに背後からガシャンガシャンと金属が触れ合うような音が聞こえた。

 振り返ると、銀色に輝くプレートアーマーを上から下まで着込み、兜の庇まできっちりと下ろした騎士が騒々しい音を立てながらこちらへ歩いてくる。

「!?」

 ラルフは目を疑った。
 
 全身を覆うプレートアーマーは見た目は美しく、勇ましげに見えるがその重量と着脱の手間から実用的ではないため、現在の騎士団ではほぼ使われていない。

 王室のパレードの先導役や、閲兵式などで将軍クラスの騎士が身に着けることはあるが、それでもこんな仰々しいものは、大貴族の邸宅などに飾られている装飾用のものでしか見たことがなかった。


(立太子の儀があるとか言っていたからその準備なのか?)

 そう思いつつ、道を開けようとしたがその全身鎧はまっすぐラルフをめがけて歩いてきて、ガシャン! と音をたてて彼の前で止まった。


 避けて進もうとすると、そのまま彼の歩みに合わせてガシャ、ガシャとついてくる。

(なんだって、こんな妙なことにばっかり遭遇するんだよ!)

 腹立たしく思いながら、

「誰だ! 王宮内を顔を隠して行き来するのは禁止されているぞ。兜を取れ!」

 と言ってやると、全身鎧はまたガシャンと盛大な音をさせて立ち止まり、ぺこりと頭を下げた。

「申し訳ございません……こうでもしないと家から出られなくて」

(女!?)

 鎧の内側から聞こえてきた声は、くぐもってはいたが紛れもなく女性の声だった。
 しかも、この声は……。

 全身鎧が、頭に手をやり兜をとる。

 銀色の兜の内側から、現れたのは淡い金色の髪、夜明けの空を思わせる明るい藍色の瞳。


「先日は失礼いたしました。ようやくお会い出来ました」

 そう言って、にっこりとほほ笑んだのは、先ほどまで話していたヴィクトール・クレヴィングの妹にして、今回の騒動の原因の一人。

 アマーリア・クレヴィング嬢だった。

しおりを挟む
感想 123

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。

キーノ
恋愛
 わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。  ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。  だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。  こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、押しと穏やかに過ごしますわ。 ※さくっと読める悪役令嬢モノです。 2月14~15日に全話、投稿完了。 感想、誤字、脱字など受け付けます。  沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です! 恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

あなたと別れて、この子を生みました

キムラましゅろう
恋愛
約二年前、ジュリアは恋人だったクリスと別れた後、たった一人で息子のリューイを生んで育てていた。 クリスとは二度と会わないように生まれ育った王都を捨て地方でドリア屋を営んでいたジュリアだが、偶然にも最愛の息子リューイの父親であるクリスと再会してしまう。 自分にそっくりのリューイを見て、自分の息子ではないかというクリスにジュリアは言い放つ。 この子は私一人で生んだ私一人の子だと。 ジュリアとクリスの過去に何があったのか。 子は鎹となり得るのか。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 ⚠️ご注意⚠️ 作者は元サヤハピエン主義です。 え?コイツと元サヤ……?と思われた方は回れ右をよろしくお願い申し上げます。 誤字脱字、最初に謝っておきます。 申し訳ございませぬ< (_"_) >ペコリ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

処理中です...