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第五章 保元の乱

失望

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義父上の葬儀を終えた翌朝。三条坊門のお邸に戻った私を父上たちが待っていた。
 形ばかりのお悔やみを述べたあと、父上は明日にはここを発って野間へ戻るつもりだと言った。
(正清さまのご無事もまだ分からないのに?)
 衝撃を受けたけれど、その一方でどこか冷めた思いでそれを受け止めている自分がいた。

 父上や兄上たちにとって、義父上も正清さまも私を通した姻戚ではあるけれど、もう数年も顔を合わせておらず、たぶんとても遠い存在なのだ。
 だから、正清さまのご無事を祈り、その捜索に懸命になるよりも、この先どのようにして義朝さまとの繋がりを保っていけばよいのか、より強い中央との結びつきを得るにはどうすればいいか、そんなことにばかり汲々としている。
  私の父は、兄は、こういった人だったのだろうか。
 私は初めて会う人のようにみつめた。

 野間にいた頃の私は身内以外の男性をほとんど知らなかった。
 けれど上洛して、三条のお邸にお仕えするうちに正清さまの朋輩の方々や、由良の方さまのお身内の方々……大勢の殿方を見た。
 そうして世間を見たあとで、身内というある種のひいき目を取り払ってみた父上と兄上は、酷く冷たく、利己的な人間に思えた。

 こんな時、少なくとも義父上や橋田殿はこんな事はしないし、あんな言い方はしない。そう思うようなことが幾つもあった。

「分かりました。では楓たちにお支度を手伝わせましょう。足りないものがあればお申しつけ下さいませ」
 そう言って席を立とうとすると父上がさらに思いがけないことを言った。
「そなたも一緒に帰らぬか?」
「え?」
「野間へ。母上も心配している。あちらへ戻りしばらくゆっくり休むがいい」
 そう言う父上の顔は私を可愛がってくれる優しい父上のものだった。心から私を気遣う温かい気持ちが表情にあらわれていた。
 それだけに私はたまらない気持ちになった。

「私は、ここで殿のお帰りをお待ちします」
 それだけ言って私は立ち上がり、足早に部屋から出た。背後で父上が呼び止める声が聞こえたが立ち止まらなかった。

 「御方さま?」
 北の対への渡殿にさしかかったところで庭から声がかけられた。七平太だった。
 義父上の埋葬の手配やお寺との交渉などをほとんど一人で取り仕切ってくれた七平太は、そのまま休む暇なく正清さまの捜索に出かけようとしていた。
 見かねて、朝餉をとったあと少し休むようにと言ってあったのだけど、やはり眠らずに出かけようとしていたらしい。

「い、いかがなさいました」
 駆け寄ってくる七平太の動揺しきった顔を見て、私は自分が泣いていることに気がついた。慌てて袖で涙を拭う。
「ごめんなさい。何でもないのよ」
「本当ですか? もし兵の誰かがご無礼をしたなら俺に言って下さい。懲らしめてやりますから」
 七平太は欄干に手をかけてまっすぐにこちらを見上げた。

「そんなんじゃないのよ」
 私は思わず笑ってその場に腰を下ろした。
「ただちょっと。身内にがっかりするっていうのは嫌な気持ちね」

 七平太は困ったように目を伏せた。あの日以来、七平太は寝食も忘れたように正清さまの捜索に力を尽くしてくれていた。その一方で長田の実家の郎党たちの働きがいかにも最初から諦めたようなやる気のないもので、捜索の先頭にたっている七平太がそれに気がついていないわけがなかった。

「今だって私に一緒に野間に帰れ、何て言うのよ」
「えっ、それは……」
「もちろん断ったわ。私が帰るのは四条の家以外にないもの。今回のことでよく分かったわ。私にとっての身内はもう長田の両親や兄弟じゃないのね。正清さまと悠、それからあなたたちなんだわ」
 そう言って、ふうっと息をつくとなんだかふっきれたような気がした。

 そうだわ。帰ってくれるのならきっとその方がいい。
 このまま顔を突き合わせていたら、私は、私のことを大切に想ってくれているには違いない父さまや兄さまたちのことをきっと嫌いになってしまう。
 それよりも離れた方がずっといい。

「御方さま」
 七平太が顔を上げて私の目を見た。
「殿は、俺たちが何としてでもご無事で御方さまのもとへお連れします。そしてそれまでの間は俺が命にかえても御方さまをお守りいたします。ですから困ったことが何かあれば、いつでも俺に仰って下さい。俺は御方さまの為なら、
なんでも致します」
「ありがとう」
 そこへ
「佳穂」
 と背後から声がかけられた。振り向くと致高さまが不機嫌そうな顔で立っていた。


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