夢の雫~保元・平治異聞~

橘 ゆず

文字の大きさ
上 下
101 / 123
第五章 保元の乱

槇野

しおりを挟む
「佳穂……」
「姫さまっ」

(この……っ)
 怒りのあまりすぐには言葉が出てこない。

(なにが最初からそんな気がしてたよ。なにが菩提をお弔いして、よ。勝手なことばかり言って……!)

「あらまあ。姫さま。お気がつかれましたの。よろしゅうございました」
 私の形相をみてかたまっている致高さまをよそに、槇野はいっこうに怯むふうもなく私に笑いかけた。

「ご気分はいかがでございますか? お水か白湯なりとお持ちいたしましょうか。それともなにかお召し上がりになられますか?」

 その昔ながらの槇野の口調をきいたとたん、呪縛がとけたように声が出た。

「ご気分なんていいわけないでしょ!! 殿を勝手に殺さないでよ!」
「あらあら。聞いておいででしたか」

「正清さまは誰よりもお強いんだから! 都あたりの木っ端武者なんて百でも千でも相手にならないっていつも仰ってたもの。絶対に、絶対に、ご無事で帰っていらっしゃるんだから!!」

「まあ、でも今回の戦のお相手は都あたりではなく、鎮西の方々だと確かうかがいましたが……」
「どこの誰でも一緒よ! 殿は日ノ本で一番強い坂東武者で、そのなかでも一番強くていらっしゃるんだから! 誰にも負けたりしないわ!」

「はいはい。おっしゃる通りでございます。ご立派な背の君をお持ちで姫さまはお幸せでございますわね」

 何を言っても、てんでこたえない槇野から私は致高さまに視線をうつした。

「致高さま。佳穂は殿のもとへ嫁いで、とても幸せにございます。どうかよけいな心配はなさらないで下さいませ」
「……ああ」
 致高さまは気まずそうに目をそらされた。

「まあ、何はともあれ姫さまもお元気になられてよろしゅうございました。早速、長田の殿さまにお知らせして参りますわね」
 槇野は悪びれた風もなく言って、そそくさと部屋を出て行った。
「大丈夫か、佳穂?」
 致高さまが気遣わしげに言われる。

「ええ。大丈夫。寝ている場合じゃないもの」
 私は頭を軽く振って、顔にかかっていた髪を払いのけた。

 さっき、目が覚めたときには体中の力が抜け落ちて、半身を起こすのもつらい感じだったのに、今は奇妙なくらい全身に力がみなぎっていて、今すぐにでもお邸を飛び出して、自分で正清さまを探しに行きたいくらいだった。槇野に腹を立てた勢いで力が戻って来た感じだ。

 槇野がこれを見越してわざとあんなことを言ったは思えないけど。

 足元にぽっかりと深い穴があいているかのような、不安な気持ちに変わりはないけれど。
 でも今、褥にもぐって泣いてしまったりしたら二度と起き上がれなくなってしまいそうだ。
 私は唇をぎゅっと噛んで、とりあえず身支度をするべく立ち上がった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

生残の秀吉

Dr. CUTE
歴史・時代
秀吉が本能寺の変の知らせを受ける。秀吉は身の危険を感じ、急ぎ光秀を討つことを決意する。

処理中です...