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第五章 保元の乱
白河殿夜討ち
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その頃、白河北殿では前左大臣頼長が、また為義を召し寄せていた。
「あちらへはどれくらいの兵が集まったのだろうか」
「安芸守(清盛)の一門が皆々あちらへ馳せ参じたというのは本当なのか? 何かの間違いではないのか」
というようなことをクドクドと何度も尋ねている。
(この期に及んで兵の数勘定ばかりしていても仕方あるまい。もうそのような心配をしている段階ではないわ)
為義は閉口しながらもその都度、頼長を宥めてやらねばならなかった。
白河、鳥羽の両院が平家の忠盛ばかりをご寵用になり、源氏を顧みなかった時代に庇護を与えてくれたのは頼長の父、忠実なのだ。
「戦の勝敗は兵の数ではありません。あちらが数を頼んで攻め寄せてきたとて我が軍勢をもってすれば防ぐのはたやすいこと。万が一、防ぎきれずこの御所をお出になるようなことがあらば、いったん都を捨てて、東国へお出向き下されば、この為義、東八か国の相伝の家人らに号令して、足柄、箱根の嶮にて敵を迎え撃ち、東国にて再起をはかって都へ攻め上ってご覧に入れましょう」
この勇ましい言葉にも頼長は少しも安心した様子を見せなかった。
それどころかひどく不服げな顔になり、
「皇統の正当なる後継者である新院と、藤氏の長者であるべき私が何故、都を落ちて東国へなど流離わねばならぬのか! この御所を出て逃げることなど今から考えるでない。是が非でもここで敵方を討ち果たし、天下に我らの正義を知らしめるのだ!!」
と居丈高に言った。
為義は、
「はっ。一命に賭けましても」
と短く答えると、さっと座を立って陣へと戻って行った。
その背中を頼長は落ち着かない思いで見送っていたが、やがて院の武者所に詰めている武士を一人召し寄せて、内裏方の様子を見に行ってくるように命じた。
御厩の馬を与えられ、恭しく一礼して出て行ったその武士は、出ていったかと思うともう、あっという間に駆け戻って来た。
御所の南庭まで騎乗のままで駆け入ると、下馬するのももどかしい様子で、
「も、申し上げます! 夜討ちです! 大変な数の軍勢が、雲霞のごとくこの御所めがけて押し寄せて来ます!!」
と、怒鳴るなり、その報せを御所の内に知らせてまわる為に鞭を振るって駆け去った。
茫然とする頼長の耳に、御所の西の二条河原の方で夜明けの空気を震わせるような鬨の声が三度あがるのが聞こえた。
頼長は震えあがった。
御前に控えている新院の近臣たちも、狼狽え、右往左往しながらも
「為朝の言うたことの正しさよ」
「呑気に援軍を待っておるうちに、四方を敵に取り囲まれてしまったぞ」
と嘆き合った。
頼長は、悲鳴のような声で侍従を呼び、
「た、為朝を蔵人に任ずると伝えよ! 何としても敵を防げ! 見事、敵方を追い散らしたあかつきには褒賞は思いのままぞと申し伝えよ!!」
と叫んだ。
これを聞いた為朝は、
「なんとも慌ただしい除目だ」
と嘲笑して、悠々と自分の持ち場である大炊御門の門へと向かった。
最初に大炊御門の門へと到達したのは安芸守清盛の軍だった。
清盛は、門を守護しているのが為朝だと知ると、
(よりにもよって、とんでもない者の守る場所に出てしまったものだ)
と苦々しく思ったが、かと言って敵を見るだけ見て撤退するわけにもいかない。
馬を控えて様子を見ていると、父忠盛の代からの重代の家臣、伊藤景綱とその二人の息子、五郎と六郎が先陣をかって出た。
「かの鎮西為朝めを討ち取ったとあれば武門の誉れ。此度の戦の第一の功は我が殿のものとなりましょう!!」
勇んで討ってでたが、為朝の弓の勢いの前に成すすべもなく蹴散らされてしまった。
八尺五寸の弓から放たれる為朝の矢は、騎乗の武士を一撃のもとに射落とすだけでは飽き足らず、その体を突き抜けて後ろにいる兵の体に突き刺さるほどだった。
兵たちはこれを見て恐れ、二の足を踏んだ。
「何もこの門から攻め入れと命じられているわけでもなし、何を好き好んで危険を冒す必要があろうか」
「他の門にまわってはどうでしょう」
口々に進言するのに清盛が「それもそうだ」と、頷きかけたその時。
一人憤然と前に出た若武者がいた。
赤地錦の直垂に、逆面高の鎧。白銀の星を打った甲に紅の母衣をなびかせ、月毛の馬にまたがった眩いばかりのその姿は、清盛の嫡子、中務少輔重盛、当年とって十九歳の若武者である。
「何と不甲斐ない。伊藤の五郎、六郎を目の前で射殺されておきながら、敵が強いからといっておめおめ退いて他の門へまわろうとは。それが武士の言うことだろうか。よい。ここはこの重盛が討ってでて、平氏の侍は決して臆病ではないということを見せてやろう。その為にならばここで死んでも悔いはない!!」
毅然と叫ぶなり、馬に一鞭あてて大炊御門の門めがけて駆け入っていこうとする。
慌てたのは父の清盛である。
「馬鹿な真似をするでない! 勇気も時と場合による。皆の者、重盛を止めよ! 馬の轡をとって引き戻せ! 早う、早う!!」
大声でわめいたので、まわりの郎党たちがよってたかって重盛の馬を取り囲み、後ろへ退がらせた。
為朝はその様子を鼻で笑って見ていた。
その後も、何人もの兵たちが決死の覚悟で挑んでいったが、為朝の弓の前に門に近づくことさえ出来ない。
ついには誰も攻めかかる者がいなくなった。
「あちらへはどれくらいの兵が集まったのだろうか」
「安芸守(清盛)の一門が皆々あちらへ馳せ参じたというのは本当なのか? 何かの間違いではないのか」
というようなことをクドクドと何度も尋ねている。
(この期に及んで兵の数勘定ばかりしていても仕方あるまい。もうそのような心配をしている段階ではないわ)
為義は閉口しながらもその都度、頼長を宥めてやらねばならなかった。
白河、鳥羽の両院が平家の忠盛ばかりをご寵用になり、源氏を顧みなかった時代に庇護を与えてくれたのは頼長の父、忠実なのだ。
「戦の勝敗は兵の数ではありません。あちらが数を頼んで攻め寄せてきたとて我が軍勢をもってすれば防ぐのはたやすいこと。万が一、防ぎきれずこの御所をお出になるようなことがあらば、いったん都を捨てて、東国へお出向き下されば、この為義、東八か国の相伝の家人らに号令して、足柄、箱根の嶮にて敵を迎え撃ち、東国にて再起をはかって都へ攻め上ってご覧に入れましょう」
この勇ましい言葉にも頼長は少しも安心した様子を見せなかった。
それどころかひどく不服げな顔になり、
「皇統の正当なる後継者である新院と、藤氏の長者であるべき私が何故、都を落ちて東国へなど流離わねばならぬのか! この御所を出て逃げることなど今から考えるでない。是が非でもここで敵方を討ち果たし、天下に我らの正義を知らしめるのだ!!」
と居丈高に言った。
為義は、
「はっ。一命に賭けましても」
と短く答えると、さっと座を立って陣へと戻って行った。
その背中を頼長は落ち着かない思いで見送っていたが、やがて院の武者所に詰めている武士を一人召し寄せて、内裏方の様子を見に行ってくるように命じた。
御厩の馬を与えられ、恭しく一礼して出て行ったその武士は、出ていったかと思うともう、あっという間に駆け戻って来た。
御所の南庭まで騎乗のままで駆け入ると、下馬するのももどかしい様子で、
「も、申し上げます! 夜討ちです! 大変な数の軍勢が、雲霞のごとくこの御所めがけて押し寄せて来ます!!」
と、怒鳴るなり、その報せを御所の内に知らせてまわる為に鞭を振るって駆け去った。
茫然とする頼長の耳に、御所の西の二条河原の方で夜明けの空気を震わせるような鬨の声が三度あがるのが聞こえた。
頼長は震えあがった。
御前に控えている新院の近臣たちも、狼狽え、右往左往しながらも
「為朝の言うたことの正しさよ」
「呑気に援軍を待っておるうちに、四方を敵に取り囲まれてしまったぞ」
と嘆き合った。
頼長は、悲鳴のような声で侍従を呼び、
「た、為朝を蔵人に任ずると伝えよ! 何としても敵を防げ! 見事、敵方を追い散らしたあかつきには褒賞は思いのままぞと申し伝えよ!!」
と叫んだ。
これを聞いた為朝は、
「なんとも慌ただしい除目だ」
と嘲笑して、悠々と自分の持ち場である大炊御門の門へと向かった。
最初に大炊御門の門へと到達したのは安芸守清盛の軍だった。
清盛は、門を守護しているのが為朝だと知ると、
(よりにもよって、とんでもない者の守る場所に出てしまったものだ)
と苦々しく思ったが、かと言って敵を見るだけ見て撤退するわけにもいかない。
馬を控えて様子を見ていると、父忠盛の代からの重代の家臣、伊藤景綱とその二人の息子、五郎と六郎が先陣をかって出た。
「かの鎮西為朝めを討ち取ったとあれば武門の誉れ。此度の戦の第一の功は我が殿のものとなりましょう!!」
勇んで討ってでたが、為朝の弓の勢いの前に成すすべもなく蹴散らされてしまった。
八尺五寸の弓から放たれる為朝の矢は、騎乗の武士を一撃のもとに射落とすだけでは飽き足らず、その体を突き抜けて後ろにいる兵の体に突き刺さるほどだった。
兵たちはこれを見て恐れ、二の足を踏んだ。
「何もこの門から攻め入れと命じられているわけでもなし、何を好き好んで危険を冒す必要があろうか」
「他の門にまわってはどうでしょう」
口々に進言するのに清盛が「それもそうだ」と、頷きかけたその時。
一人憤然と前に出た若武者がいた。
赤地錦の直垂に、逆面高の鎧。白銀の星を打った甲に紅の母衣をなびかせ、月毛の馬にまたがった眩いばかりのその姿は、清盛の嫡子、中務少輔重盛、当年とって十九歳の若武者である。
「何と不甲斐ない。伊藤の五郎、六郎を目の前で射殺されておきながら、敵が強いからといっておめおめ退いて他の門へまわろうとは。それが武士の言うことだろうか。よい。ここはこの重盛が討ってでて、平氏の侍は決して臆病ではないということを見せてやろう。その為にならばここで死んでも悔いはない!!」
毅然と叫ぶなり、馬に一鞭あてて大炊御門の門めがけて駆け入っていこうとする。
慌てたのは父の清盛である。
「馬鹿な真似をするでない! 勇気も時と場合による。皆の者、重盛を止めよ! 馬の轡をとって引き戻せ! 早う、早う!!」
大声でわめいたので、まわりの郎党たちがよってたかって重盛の馬を取り囲み、後ろへ退がらせた。
為朝はその様子を鼻で笑って見ていた。
その後も、何人もの兵たちが決死の覚悟で挑んでいったが、為朝の弓の前に門に近づくことさえ出来ない。
ついには誰も攻めかかる者がいなくなった。
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