俺が異世界帰りだと会社の後輩にバレた後の話

猫野 ジム

文字の大きさ
上 下
26 / 58

第26話 繋いだ手

しおりを挟む
 夜空に花火が上がる。子供の頃に家族と見た時は両親と手を繋いで見ていた。そして俺は今日も手を繋いで見ている。隣にいるのは『かわいい後輩』。

 とても静かな時間が流れている。花火の途中だからそんなはずはないのに。周囲のざわめきは聞こえない。
 まるで俺達のためだけに上がっているかのようだ。

 やがて夜空に輝く光は星と月だけになった。ここでようやく周囲のざわめきが耳に入ってくる。帰り始めた人達がそれぞれに花火の感想を言い合っていた。

「俺達も帰ろうか」

「まだ帰りません」

「でも花火終わったよ」

「私、最後まで帰らないんです」

 そういえば俺が誘った時にそう言っていたことを思い出した。それに花火が終わってもまだ夜空には星があるじゃないか。俺達はこの場から動かなかった。

「私が初めて先輩に『魔法使えますよね?』って聞いた時のこと覚えてますか?」

「もちろん。あの時は本当に驚いたよ」

「あの時はまさか異世界帰りの人が同じ会社にいるとは思っていなくて。本当に嬉しかったんです。そして話を聞いてみたいなって」

 俺が日向ひなたさんを見ると、日向さんは前だけを見ている。

「それで先輩を食事に誘ったんです。ホントに友達と楽しくおしゃべりするような感覚でした。先輩なのに友達だなんて失礼ですよね! あの時は気軽に先輩とお話することができていました。でも今はなんだか上手にできなくて」

 その言葉を聞いた俺は、また何か思い悩ませていたのかと不安になった。

「あ、先輩のせいじゃないですよ! あれ? やっぱり先輩のせいなのかな。先輩が優しいからいけないんですよ」

「怒られる流れだったの!?」

 俺は自分が優しいだなんて思っていない。ただ嫌われないように目立たないように振る舞ってきただけだ。

 それでも確かに最近の日向さんの様子が、以前と変わったかもしれないとはなんとなく感じていた。

「このままじゃ先輩に嫌われちゃうって不安だったんです」

 日向さんは今も前だけを見ている。その表情から気持ちは読み取れない。

「俺が日向さんを嫌いになることは無いよ」

 俺は断言した。俺自身、それは間違いないと確信している。

「本当ですか?」

「もちろん!」

 俺はその短い言葉をできる限り力強く伝えた。

「日向さん、俺は——」

「先輩、帰りましょうか!」

 俺がそこまで言った時、いつもの日向さんの元気な声が俺に続きを言わせなかった。

 俺は完全にタイミングを失ってしまった。いずれにしても日向さんが俺の言葉を遮ってきたんだ、今はまだその時ではないということだ。失敗すれば確実に何かが変わってしまう。

 気がつけば遠くで花火会場の撤収作業が始まっており、俺達の周囲に人はいなかった。本当に静かな時間だったようだ。

「本当に俺達が最後になったね」

「私、十分に楽しめましたよ」

 今度こそ俺達が帰ろうとして気がついた。日向さんと手を繋いだままだ。だからといって「ご、ごめん!」と手をふりほどくようなことはしない。

 俺はそうだけど日向さんはどうするだろう。すると日向さんは手を離して俺の右側に来た。俺もそれを見て帰り道の方を向いた。

(まあそうだよな。普通のことだ)

 屋台にはまだそこそこ人がいる。花火を見ている間に小腹が空いた俺は、日向さんに屋台に寄って帰ってもいいか聞いたところ、まだまだ食べたいものがあるとのことだった。

「行きも帰りも屋台で食べ物を買うって、同じことしてるね」

「フフッ、そうですね! でも違うこともありますよ」

「なんだろう、思いつかない」

「買う食べ物が違います!」

 りんご飴とたこ焼き以外にもいくつか食べたが、それでもまだまだ食べたいものがあった。帰り道でも気になった屋台をまわっては食べ物を買い、日向さんと分け合うといった楽しみ方をした。

 今日、日向さんと夏祭りに来られたことには大きな意味があったと思う。
 日向さんから距離を縮めてきてくれたんだ。だったら日向さんが完全にその気になるまで、俺も少しずつ距離を縮めていくだけだ。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!! 「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

勇者パーティー追放された解呪師、お迎えの死神少女とうっかりキスして最強の力に覚醒!? この力で10年前、僕のすべてを奪った犯人へ復讐します。

カズマ・ユキヒロ
ファンタジー
解呪師マモル・フジタニは追放された。 伝説の武器の封印を解いたあとで、勇者パーティーに裏切られて。 深い傷と毒で、死を待つばかりとなったマモル。 しかし。 お迎えにきた死神少女との『うっかりキス』が、マモルを変えた。 伝説の武器の封印を解いたとき、体内に取り込んでいた『いにしえの勇者パーティー』の力。 その無敵の力が異種族異性とのキスで覚醒、最強となったのだ。 一方で。 愚かな勇者たちは、魔王に呪いを受けてしまう。 死へのタイムリミットまでは、あと72時間。 マモル追放をなげいても、もう遅かった。 マモルは、手にした最強の『力』を使い。 人助けや、死神助けをしながら。 10年前、己のすべてを奪った犯人への復讐を目指す。 これは、過去の復讐に燃える男が。 死神少女とともに、失ったはずの幼なじみや妹を取り戻しながら。 結果的に世界を救ってしまう、そんな物語。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

処理中です...