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番外編 初めての
01-06 初めてへの道のりは思ったより遠い
しおりを挟むなんかあったかいなぁ、そう思いながら目が覚めた。
目を開けてパチパチと瞬きしてみれば、かなり暗いけど、窓からの月明かりのおかげか見えなくもない。俺はどうやら、ギゼルに抱きしめられながら眠っていたらしい。
ギゼルもすでに寝ているし、結構な時間が経ってしまったのかもしれない。
そういえば、宿のご飯がどんなのか食べてみたかったなぁ。俺がこっちに来てからまともに食べれたのって果物だけだし。そんなことを考えていると、くぅっとお腹が鳴ってしまった。食べなくても問題ないはずなんだけど、やっぱりお腹は空いている気がする。
……俺はお腹が空いてない、俺はお腹が空いてない、俺はお腹が空いてない。そう念じてみたけど、やっぱり空腹感は消えてくれなかった。
ちぇー、やっぱり簡単に自分の意思で操作できるものじゃないんだなあ。癖みたいなものなんだろうか。うーん、何か趣味にでも熱中すれば、空腹にならないで済んだりして。
でも、この世界で集中できそうなことって…そもそも料理は一から勝手が違いそうだし、小説はお金持ちの人の趣味だったよな。
まずは文字を読めるようにならないとか、あとは魔法の練習? 趣味って言うよりは勉強だけど、どっちも早く身につけたほうが良いスキルだから、頑張らないとなぁ。
うう……やっぱり暇だ。ギゼルは起きちゃうかもしれないけど、腕から抜け出せないかチャレンジしてみよう。ただ、腕から抜け出したとしてもできることが見つからないのか。んー、詰んだ!
もぞもぞするのを止めて力を抜き、パタリとギゼルの腕枕に頭を乗せる。おさまることなく鳴るお腹の音だけが定期的に響いて、なんだか面白くなってきた。寝ちゃえばいいと思ったけど、微妙に面白くなってきて上手く寝つけない。
そういえばあのチョーカー、早くつけてほしいな。あー、俺はなんで寝ちゃったんだろう。
……俺ばっかりじゃなくて、ギゼルもちゃんと俺の事好き、なんだよな。
……うわあぁっぅ、何を考えてるんだ俺は!
顔が熱くなって、心臓はバクバクしてくる。全然違うけどさ、なんか結婚指輪っていうか、勝手にそんな感じに捉えちゃったんだよな、なんかさぁ。
ああ、このままゴロゴロ転がりたい、足をバタバタしたい!
体を動かすのはなんとか我慢したんだけど、気づけば自分の周りがキラキラしていた。風が吹くような感じはないけど、かなりキラキラしている。まあきっとすぐに収まるだろ。
と、思ったんだけど……なんか、全然収まらないんですけど。
かなり眩しいんだけど…?これってどうしたらいいんだ?
体というか気持ちというか、そっちはもう落ち着いてきてるんだけど、キラキラだけが収まらない。
どうすればいいのかさっぱり分からない…深呼吸をしても何にも変わらない。少しの間、目を瞑って羊を数えてみたりしたけど、何も変化なし。
そういえば、お腹はもう鳴らなくなってるし、空腹もどっかにいってるなぁ。
「ん…アキラ、起きたのか?」
「あ、ごめんギゼル。おはよう」
俺が魔力を出してしまったせいか、ギゼルが起きてしまった。せっかく寝てたのにごめん。そう思いながらなんとかキラキラを消そうとするんだけど、むしろさらにキラキラしてしまった。
……もう、これはお手上げだ。今の俺は諦めと申し訳なさで、なんとも言えない渋い顔になっているかもしれない。
チラッとギゼルを見てみれば、気だるそうに髪をかき上げていた。
「あ゛ー、はよ、アキラ。夜中、いやもうそろそろ朝か、朝から元気だな」
…声も擦れてるのが、なんか、なんかえっちです。
満足そうでありながらも穏やかな表情で笑いかけてきて、そのままぎゅっと抱きしめられる。ううわあぁ、ご褒美力がすごい……これは、恋人との理想の朝だよ。
ギゼルの行動に感動していたら、そのまま髭で首をずりずりされた。ちょっと痛いけど、それすら嬉しい。その気持ちのまま、片手だけどギゼルをぎゅっと抱き返す。
「ぅぅうん、とっても元気です。昨日は寝ちゃってごめん。ごめんついでに、これはどうやったら収まるか分かる?ずっとキラキラしてて目が眩しい」
「ふはは、そりゃそうか、キラキラしてたら主張激しそうだもんな。俺はじんわり流れてってなんか気持ちいんだけどよ」
俺をしげしげと見ては面白そうにしているギゼルがちょっと羨ましい。俺もそういうのが良かったよ!
「そうだな、俺の動きに合わせて魔力が体の中を巡ってるイメージで動かしてみるといいんじゃねえか?」
ああ、あのぐるぐるするやつかな?
あの時、自分の魔力は分からなかったけど、ギゼルが動かしてるのは途中から分かったんだよな。
今も俺が分かりやすいように体の魔力をぐるぐると動かしてくれる。うんうん、分かりやすい!それにキラキラがくっついていくイメージを意識していると、だんだん体の周りにあったキラキラは収まってきた。ちょっと自分の体はキラキラしたままだけど。
「おお、ちゃんとできてんじゃねえか」
そういって俺の頭をギゼルが撫でてくれた。嬉しくなったので渾身のドヤ顔を披露しておく。
「ふっ、俺もやればできるってことさ」
まだギゼルの腕を枕に寝転んだままだけど、ついでに髪をなびかせるようなポーズもしておく。
よおし、このままどんどん魔力を使いこなせるようになるぞ!
「おいおい、随分調子のってんなぁ?」
ニヤニヤしながら、わざとらしく片手をわきわきさせたギゼル。………まて、これは擽られるんじゃないか?
慌ててお腹周りを守るようにぎゅっと手でガードする。ここは絶対に死守、擽られてなるものか。そんな気持ちで、動かないギゼルを緊張しながら見つめる。
……………………あれ………何もしてこないな?……少しお腹を守る手を緩めた時。
「隙あり」
あ、やば、油断するべきじゃなかった!
と思ったら唇にちゅっと柔らかい感触がした。ぇ、そっち?
目を見開いたままギゼルを見るけど、お構いなしにちゅっちゅっと可愛い音を立てながら何度もキスをされる。
ぇえ……嬉しいんですけど。くそぉ、なんか負けた気持ちになってしまう。
悔しいので、俺はもう一度近づいてきたギゼルの唇をパクっと食べてみる。でも、ギゼルはニヤニヤと余裕そうだ。まあ分かってましたよ。
そのままぺろぺろと唇を舐める。別に口を開けてほしいって合図ってわけじゃなく、犬が飼い主を舐めるようなイメージで舐める。ふん、契約魔と契約主だし?
ちょっと不貞腐れた気持ちでいたらそのまま舌ごと口を食べられて、互いに舌をざりざりと舐め合う。うっ、なんか一気にえっちな雰囲気になったかもしれない。恥ずかしくなってきた。ドキドキしながらギゼルの舌にちゅうっと吸い付いてみれば逆に口内を好き勝手に動かれて、どんどん息が上がってくる。目を瞑ってるのに心なしかキラキラしているように感じる。もしかして、また魔力が出ちゃってるのかなぁ、難しい。
「はぁっ…ン」
一応、俺は口をしっかり離さなくてもなんとか息ができるようになっていて、ギゼルとたくさんキスをしてきたんだなって実感する。いずれは鼻でも息できるようになっちゃうかも。ほくそ笑んでいたらギゼルの指が俺の背中をなぞってきて、それが気持ちいい。
そうやって触れるか触れないかの位置で手を動かされると体がぞくぞくして震えてしまう。
「ぎぜるっ」
甘えるように名前を呼んで、もっと触ってもらいたかったんだけど、ギゼルはスッと俺から離れてしまう。
「…ギゼル?」
「いや、わりい、そろそろ腹減ってきてよ。昨日はお前が寝てて、ちょっと様子見てたんだが起きそうもないしな、風呂入って俺も一緒に寝たんだわ。だからあのドラゴン肉食ったのが最後なんだよ」
あ…。ぅぅぅ…。
「そ、そうなんだ、それじゃあお腹空いたよなぁ、早く食べよう!」
ちょっと大きな声をだしてガバリと起き上がる。
はっずかしいぃ、俺だけがすごい盛りあがってた感じだよ、これ。あああ、いや、うぅぅ。顔があっつい。というか、お風呂、俺お風呂はいってないじゃん。汚いままでえっちなことしようとしてたよ、あぶない!
そう考えると、ギゼルのお腹が空いてて助かったのかも……はぁぁ。
「…おー。そういえば、副マスの話からしても、肉は噛みきれなくても飲みこむのは問題ないだろう。まあ、噛みきれないのを飲みたいと思えるかは分かんねえが。果物にしろ野菜にしろ、お前が好きなもんを食えばいい。あと、腹が減った時専用のマジックバッグも用意しといた。こんなかに入ってんのは、どれも子供が素手で簡単にむけるやつとか生で食えるやつだ、いつでもこっから食べて良いからな」
ゆっくりと起き上がったギゼルは、ベッドサイドテーブルに置いてあった小さい袋を渡してくれる。
すっごく小さい袋で、なんだったらお守りぐらいのサイズしかない……これに果物が……?
「ぴっ」
なにこれ!?
恐る恐るその袋の口を開けると、それは、すごくみにょーんと伸びた。予想外に大きく広がった袋に驚いてちょっと放り投げてしまった。せっかくの俺専用マジックバッグが!
慌てて手に取り直して、もう一度開いてみる。またもやみにょーんと伸びる。 なにこれ、どこまで伸びるんだろう?
どこまで伸びるのかと試したら、めちゃくちゃ伸びた。俺が潜って入れそうなぐらい伸びたものだから、流石に恐ろしくなって手を離す。どう考えても布地がたりないはずなのに。
そのまま何度も広げたり閉じたりを繰り替えした。手を離せばゆっくりと閉じていくし、不思議で仕方ない、これ、どうなっているんだろう。
「っくっくっく、良い反応だなぁ」
テーブルに料理をだしたギゼルが、椅子に座りながら楽しそうにこちらを見ていた。う…すっかりギゼルのことを忘れてた。
いや、これは誰だってびっくりするだろ。ちょっといじけちゃおうかとも思ったが、途端に感じたご飯のいい匂いにそんな気持ちは拡散してしまう。
おおー!テーブルの上は、またお肉が山のようになっていた。パンも山盛り置いてあるし、さらには昨日と違う果物まで出ている。朝からすごい量だし、なんか豪華だ!
ワクワクしながらベッドから下りようとして、気づく。俺、靴はいたままなんですけど!?
「あー、靴はちゃんとクリーンかけてるから心配すんな」
俺がショックを受けたのを察したのか、ギゼルが説明してくれる。フォローもばっちりだし、ありがとうございます。
「そ、そうなんだ、ありがとう」
「まあ、そういうちゃんとした装備はそうそう汚れねえから、クリーンかけなくても大丈夫なんだけどな」
なるほど、俺が嫌がると思ってかけてくれたってことかな。
「そっか、それならもっと有難うだよ」
「…おう、そんな感謝されることじゃねえけどな」
ギゼルが俺から視線をそらして照れたように頭をかいている。…なんか、可愛い。
幸せな気持ちがじわじわと体からあふれ出す感じがする。こういうのが日常になっていくのかなぁ、それってすごい幸せなことだ。
ふわふわとした気持ちのままベッドから下りて、テーブルの側へ近づいてギゼルの隣に座る。
「どれも美味しそうだねえ」
「おう、お前に食わせたくて色んな美味いもん集めたからなぁ、まだまだいっぱいあんぞ」
「そっかぁ、ありがとう。それじゃあさっそく食べよっか」
「ん、いただきます」
「いただきます!」
あ、いただきますって挨拶は同じなんだ。また一つギルドとの共通点が見つかって嬉しい。
ドラゴンのお肉は駄目だったけど、もう噛みきれなくても飲みこんじゃえば良いって分かってるしな。どんな味なんだろうか、楽しみだ。
「あ、食いたい肉言えば切ってやるから遠慮せずに言えよ。基本こっちじゃ出された肉を切って食うなんてことしねえから、そういう道具はねえんだ。わりいが格闘用のナイフで切ることになるからな、慣れてないお前が使って指とばすなんて笑えねえし、自分でやろうとは思わないでくれ」
「…ぇ?小さい子はどうしてるの?」
「……小さいガキでもドラゴンの肉ぐらいなら余裕で食えんだよ」
ぇぇ……やっぱりこっちの世界の人は体の作りからして全然違う…俺、小っちゃい子にも負けるんだ。
ショックを受けている俺を横目にギゼルがドラゴンのお肉を切っている。結構大きめのナイフで、おれが使うのはどう考えても無理そうです。軽く絶望した気持ちでそれを眺めた。
「あー、これはダンジョン産の新品だから心配すんな」
「ぁ、違う違う、俺ってお肉も一人じゃ食べれ無さそうだなって思ってただけだから。本当に何から何までありがとう」
今は使えなくたって、練習すればいずれ、だよな! 千里の道も一歩から…よし、頑張るぞ…おー!
これから俺の座右の銘は人生ポジティブとして頑張っていこうと思ってる。心持ちが体に影響してくるなら、絶対それがいいはずだからな。病は気から、おー!
「そうか?ならいいが…俺はお前の面倒みんの、面倒じゃねえどころかすげえ楽しいからな?なんならこのまま囲っときてえぐらいだって、ちゃんと分かっとけよ」
俺のやる気を感じ取ったのか、小さく切ったお肉をのせたお皿を俺の側に置きながら、ギゼルがまるで注意するような雰囲気で言ってくる。う…まあ、分かってるよ。嬉しいような恥ずかしいような感じだけど。
「ちゃんと分かってる。だから甘えちゃうし、それでも良いかなって、自分で自分を許せるのもギゼルのおかげだよ。ありがと」
うぅぅ恥ずかしい。俺は小さく切られたドラゴンの薄切り肉を、照れた気持ちを誤魔化すように勢いよく口に入れた。
ん……やっぱり美味しい!少し噛んで、もぐもぐしたけど、やっぱり噛みきれる様子はない。それでも小さく切られているから飲みこむのに支障はないのでゴクリと飲みこんだ。ふわあ、美味しい、ご飯が食べたくなるなぁ。
「ふっ、どんどん食えよ」
ギゼルはとても穏やかな表情でこちらを見ながらも、かなりのスピードで口にお肉を入れている。それ、ちゃんと噛めてる?
すごいスピードで食べられてしまう料理たちに何だか面白くなってくる。
「っはは、俺が全部食べるから覚悟してほしい!」
心意気だけなら、俺もギゼルには負けないからな。
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