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番外編 初めての

01-02 初めてへの道のりは思ったより遠い

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「アキラ、ちょっといいか?」

「はい、OKです」

弄っていたはずのカードをすでにしまっていたギゼルに真剣なトーンで声をかけられて、ちょっとドキドキしていた俺は敬語になってしまった。
ギゼルに返事をしてから、最後のピルヒの実を慌てて口にいれてもぐもぐする。

「あ、別に急がなくていいぞ。ちょっと長くなるが聞いてくれ。
 契約魔に詳しい奴ってのがここの副マス、副ギルドマスターなんだが、多分今行けば会えるはずだ。で、俺はお前が契約魔だってことのほかに、試練で会ってこっちに連れてきたってのも言おうと思ってる。伝説級の契約魔って言い張るには、ちょっとアキラは無知すぎるし色々勝手が違いそうだからな。
 一応秘匿のアーティファクトを使ってもらうつもりでいる。そうすれば秘匿の場で喋ったことは、それを知らない相手に伝えられなくなるから、多少は安心だ。
 ただ、それでもアキラが、アキラのいた場所について説明するのが心配ってんなら、せめて契約魔ってことだけでも伝えたい。こっちからバラすつもりはあんま無かったが、色々体のことも心配だし、詳しく聞けるなら聞きてえ。契約魔は基本ものを食べない、食べてもただの嗜好品、でもねえか、ただの遊びみてえなもんのはずなんだ。腹が減るなんて聞いたことねえからな。ギルマスよりよっぽど人間ができてるし、多分アキラが安心して頼れる相手になるだろう。…ちょっとムカつくが。……どうだ?」

ギゼルはすごく真剣な表情で見つめてくる。…俺のことを心配して、色々考えてくれてるんだなぁ。不謹慎だけど、ちょっと嬉しい。

俺からすればお腹が減るのは別に普通のことだけど、契約魔になった以上そうじゃないかもってことか。
それで、つまり…副マスさんが頼れる人ってことで…うん、俺が無知なのは仕方ないし、信頼出来る人に相談できるなら、それに越したことないよな!

契約魔に詳しいってことは、もしかして副マスさんにも契約魔がいたりするんだろうか、さらにワクワクしてきた。

「んと、色々考えてくれてありがとう。実は俺、契約魔とか試練のことを話すのはそこまで心配してないんだ。ただ、そのせいでギゼルに迷惑がかかるようなことになったら嫌だな、ってだけで。
 だから、秘匿のアーティファクト?を使ってもらえて、尚且つギゼルがそんな風に思える相手なら、むしろ全部話して、色々一緒に考えてもらえたら心強いって思うよ」

ギゼルより全然真剣みというか、自分のことなのにいい加減な感じでちょっと申し訳ないんだけど。
俺の返事を聞いたギゼルは少しほっとしたのかふんわりと笑いかけてきた。ううん、なんか、かわいい。

「そうか、アキラにも負担じゃねえならよかった。じゃあ、早速行く」
「うん、いこう!」

ついワクワクして待ちきれず、ギゼルの言葉に自分の言葉を重ねてしまった。
いや、俺って試練の途中で気を失って、気づいたらこの部屋にいたからさ。今からが、やっと魔法の世界の初外出になるわけで…すっごい楽しみなんだよな!
空を飛んでる人がいるかもしれないんだぞ…?楽しみ過ぎる。

「いや、俺も今気づいたけどよ、その恰好で行くつもりか?」

……ん?

確かに、寝間着かぁ。…まあ緩くて薄っぺらくはあるけど普通のTシャツとルームウェアだし。
別にこれ以外服がないなら仕方ないし、近くのコンビニだったらこれで普通に買い物してた。ギゼルの言い方のせいでちょっと悩んだけど、普通に大丈夫だよな。

「………うん」

「駄目だ」

取り付く島もない! 据わった目で言われてちょっとビビる。
そりゃあ副マスさんって役職の人に会うにはちょっとあれな恰好だけど。…あ!契約魔って伝えるんだから、これを契約魔的服装だってことにすれば………いや、ずっとこの服はそれはそれで辛いから、無理だ、やめておこう。

うん、やっぱり今回だけはこの恰好でも仕方ない気がする。なんせ服が無いし。

「えー、でもさ、服無いから仕方ないと思うんだけど」

「服は予備の新品がある。俺の服でわりいがそれを着てくれ」

有無を言わさぬ迫力を出しながら言うセリフとは思えない。ちょっと面白い。

でも、えー、ギゼルの服か。なんかちょっと嬉しいし、着てみたい気もするけど、でもやっぱり駄目だと思う。

「ギゼルの服じゃ大きすぎて絶対変だよ。この服の方がマシだと思うよ」

「…いや、服はサイズ調整されるから大丈夫だ。ちょっとベルトが重いかもしれねえけど、最悪俺がお前を抱き上げていけば問題にならない」

「あ…」

そっか、あのズボンみたいな感じで調整してもらえる服があるんだ!え、それは楽しそう!

「分かった!それなら問題なしだな!」

「そうだろ?じゃあ今から服を渡すわ」

現金にもめちゃくちゃ嬉しそうな声がでてしまった俺をギゼルがニヤァっとした顔でみてくる。

くぅ…なんて単純な奴なんだ俺は…でも、あの服なんかすごいんだよ、楽しそうなんだ。

ギゼルがテーブルに出した服は、黒いインナーと黒い下着、黒い靴下、白いシャツに白いズボンと白い靴だった。このチョイスは何なんだ…これ透けたりしないか?

…まあいいや、これどうすればいいのか分かんないな。

「ギゼル、これどうやって着ればいいのか教えてくれる?」

「おー、教えてやるからさっさと脱ごうな」

のんびり考えながら聞いたら、すごい笑顔で返事をされた…。うー、そりゃあ下着とかもあるし、脱がなきゃだとは思うけど…。
俺が固まっていると、さっさと俺を抱き上げてベッドの上に乗せられた。着替えも一緒にもってきてくれたし。

「お前をこのまま脱がしてやってもいいんだが?どうだ?」

「じ、自分で脱ぎます!」

「そりゃあ残念だ。ベッドの上から落ちないように気をつけよ」

慌ててわたわたと服を脱ぎだした俺を、ギゼルはベッドの端でのんびりしながら待っている。

ちぇっ ギゼルってば本当に余裕あるよな。

普通、その、恋人が服を脱ぐってなったらもっとドキドキしたっていいと思いませんか?俺だったらもうそれだけで絶対心臓バクバクしてる!

できるだけ急いで服を脱いで、ギゼルから借りたインナーを被るようにして着る。よし、これでひとまず安心だ。それからは慌てずに下着と靴下を履いて、シャツも着た。

ズボンだけは、このままだと下着と靴下だけでも布がダルダルなのでえらいことになりそうなんだけど、どうすればいいんだろう。一応靴下として渡されたけど、俺が着ると足の付け根まで届いちゃってるんだよな。
パンツもぶっかぶかで持ってなきゃ駄目な状態だし。はっきりいって、今の俺はすごい情けないです。

「これどうしたらいいんでしょうか?」

情けなさすぎて、自分からすごい哀愁が漂っている気がする。
ギゼルを見ると、なんとも言えない表情をしていた。まあ、そうでしょう、こんな格好を見たらな。むしろよく笑わないでいてくれてると思う。やばい、なんかちょっと情けなさすぎて笑いそうになってきた。

「あー、これな、まず上からサイズ合わせるぞ」

そういって、小さなブローチみたいなのを付けられたと思ったら、ギゼルがそれに向かって魔力を流したのがわかる。

「おおー!!」

そうすると、あっという間に上の服が俺にぴったりのサイズに!……どうなってるんだ、体験してみても、やっぱり不思議だ。

というか、前よりギゼルの魔力が分かる、かも?…なんか前よりキラキラして……ん?なんか俺も薄っすら、大分薄っすらだけど、キラキラしてる?

今の今まで気づかなかったんだけど、ギゼルの魔力に目を凝らしたまま、その腕越しに自分をみたら、なんか俺もキラキラしてた。なにこれ?
自分の手のひらをじっと見てみるけど、やっぱり微妙にキラキラしてる…むしろギゼルの魔力よりもっとキラキラだ。

「おい、どうした?」

「ぅえっ…いや、なんか自分がキラキラしてて……」

ギゼルの心配するような声に慌てて答えたけど、なんかこれって、すごい変な事いってないか? 自分がキラキラしてるってなんだ……何言ってるんだ!

「ぁ、えっと違くて、ギゼルの魔力が前より分かるかもって気づいてギゼルをじっと見てたんだけど、そしたらキラキラしてて!それで自分を見たら、もっとキラキラしてた、から!?」

「落ち着け、落ち着け。魔力が見えるようになったんだな?契約魔っつうか、こっちのやつなら当然のことではあるが、アキラもこっちに慣れてきたっつうことかもな。まあ、見えねえ分からねえよりよっぽどいいことだ、安心していいぞ」

俺の背中を落ち着かせるように撫でてくれる。ちゃんと伝わったみたいで良かった。

「魔法ってキラキラしてるんだね」

「んー、いや、魔法の見え方とか感じ方は個人差があるな。俺は無色透明で水っぽく感じる。まあ無色透明なわりに、なんか動きとかも見えるから不思議ではあるんだが」

「あ、そうなんだ。……俺にはキラキラしてて、あと何か風っぽいかも?」

うわあ、なんか不思議だなあ。こんなにはっきり見えて感じるのに、人それぞれ違って感じるなんて。ちょっと感動してしまう。

「キラキラしてるアキラか、俺も見てえな」

「…いや、それは全然見なくて大丈夫!」

でも、水っぽい魔力ってどんな感じなんだろう、気持ちよさそう。

……そういえば服を着替えてる途中だった。上の服が縮んだせいで下着が丸見えだし、早く縮めてもらおう。次はベルトを使うのかな?

「ギゼル、ごめん、服なんだけど」

「ああ、それな…本当はベルトでズボンと下着を縮めて、最後に靴と靴下を一緒に縮ませんだが……俺がズボンを広げるから、アキラは靴下と下着をそのまま手で押えて、なんとか頑張って跨いでくれ」

「……うん、ごめん。頑張るよ」

「慌てなくていいから、転ばねえようにだけ気をつけろ」

「うん」

ギゼルがベルトを通す部分に指をひっかけて、少し自由になった手で俺を支えようとしてくれる。なんだかとっても過保護な感じだけど、嫌な気はしない…というか嬉しい。
そんな場合じゃないんだけど、勝手に口がニマニマとしてしまう。

もたもたしつつもやっとズボンに足を通せた。
せっかく立ち上がったけど、もう一度ベッドに座らせてもらって、下着や靴下から手を離した状態でベルトを通してそれに魔力を流してもらう。

するときゅきゅきゅっとサイズが変わってぴったりになる。ちょっと靴下がごわついてるのが変な感じだけど。

「あー、やっぱ駄目だな後でもう一回やり直すか」

「そうなんだ…お手数おかけします」

「そうしょんぼりすんな。この靴下と靴は結構面倒で俺も全然使わんねえタイプだから。ただ、防御力自体はかなりあるし、アキラにはできるだけ俺が安心できるもんを着てほしいっつう、俺の我がままだ」

ぅ、すっごい甘い瞳でそんなこと言わないでほしい。嬉しいんだけど、なんかこのままベッドをゴロゴロ転がりたくなる。

「そ、そうなんだ。それなら、いいんだけど」

口をもにょもにょさせながら答えたせいで、ちょっとたどたどしくなってしまったかもしれない。

そのままギゼルが俺に靴…膝上のブーツを履かせてくれて、またぶわわっと魔力を流した。

そうすると一気にぴたっとした!

んー、でもブーツはひざ丈のままだ。そこはあんまり縮まんないんだな。靴下の感触的にも足の付け根の側にぴったりくっついてる気がするし。うーん、不思議だ。

「それ、縦のサイズはそこまで変わんねえからな」
もう一度ベルトを操作してサイズを直してくれつつも、俺が不思議そうにしていることに気づいたのかギゼルが説明してくれる。

「そっか。ブーツの丈まで足の付け根に届いてるタイプじゃなくて良かったよ。」

ズボンとブーツは元からごつめだし、なんならシャツも、縮めたら結構分厚くなったけど着心地は良い。ブーツは足を曲げても全然邪魔にならないし、暑苦しい感じも無い。なんか見た目と使い心地が一致しなくて、違和感がすごいや。

「っふっくく、付け根までブーツが行ってたら、さらに安全だったな?」

ギゼルめ、明らかに面白がっているな。

わざと無視するように顔を背けて、ベッドから下りて床を踏みしめる。うん、やっぱりすごくフィットする。履きなれた運動靴よりも動きやすいんじゃないか…?

異世界、すごい、冒険者装備、すごい。

「よし、それじゃあさっさと副マスに会いにいくか」

こっちのスルーを特に気にした様子もなく、ギゼルは俺の手を取って部屋の扉に進んでいく。
ちょっとまだムムムとしたい気持ちはあるけど、優しく握られた手にすぐ口がにんまりしてしまう。我ながら、少しちょろいのかもしれない。

……それにしても、副ギルドマスターかぁ、どんな人なんだろう。

ギルドマスターのヤニックさんは気さくなお爺さんって感じだったけど…ギゼルさんが太鼓判を押す人って……なんかすごそう。


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