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番外編 ギゼル視点

07-01 両手を2時間繋ぎなさい ギゼル視点

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あーー、本物のユキミだ。


デカいマットレスと毛布の山、そこにユキミが眠っている。嬉しくてたまらねえ。

潰さねえようにしねえとな。そう思いつつも毛布を掛け直したユキミの上に倒れ込んだ。安心したせいか一気に眠くなっちまって、瞼が空けていられねえ。




______________________________



あ゛ーあ、良く寝た。
ここに来てからどんぐらい経ったんだ?体感では結構寝ちまった気がすんだが、ユキミは…起きてねえな。

意外と時間が経ってねえってことなのか。

っつーか、俺の下にいんの、ちゃんとユキミだよな? もう一度毛布をまくって確認する。 よし、ユキミだな。のんびり眠っている姿に安心しながら毛布を戻し、もう一度覆いかぶさる。

はぁ、結局あれからユキミからの連絡は来ねえ、試練にも引っかからねえ、引っかかっても魔物しかいねえ。

もしかしたらまたすぐユキミに会えるかも、なんていう甘い考えは許されず。俺は前回色々と見て見ぬふりしたツケを、早々に払うことになっちまたわけだ。

細氷ダンジョンの罠を荒らしまくって、腹が減ったら罠を探しつつ携帯食料、トイレはずっと薬で代替、眠くなったら結界のアーティファクトだけ張って倒れる様に寝る。

そんなだったにもかかわらず、前回は罠荒らしして約半月でユキミに会えたが、今回は3ヶ月近くかかった。もう一生会えないんじゃねえかと思わせるには十分な期間だった。
というか、一生ダンジョンの罠を荒らして生きて行くことを覚悟するぐらいには心が折れかかっていた。

まじで、下にユキミいるよな、夢じゃねえよな。もう一度毛布をまくって確かめる。ユキミだな…はぁー。

ユキミから連絡あんじゃねえかって期待すんのもやめられねえからフローレスから動けねえし、なんだったら一度ユキミに会えたダンジョンの方がいいんじゃねえかと考えついてからはずっとあのクソ寒い細氷ダンジョンの中だ。
最初は指名依頼を受けろってうるさかったギルマスが、なんかやべえ呪いでもかかってんのかってさらに騒ぎだすし。まじで、次を逃したら一生会えねえかもしんねえって、身にしみてよく分かった。

今回は絶対にくそヘタレあほムッツリ馬鹿野郎にはならねえ。断られちまうとしても、本気で口説く。
多分ユキミは恋愛とかそういうの、自覚が薄いと思うんだよな。危機感もねえし。


そういや、今回の試練が両手を繋ぐって内容だったせいで、試練は空気を読むという俺の仮説がさらに補強された気がするわ。



あ゛ー、ここだとユキミは何故か甘えてくれるしよ、このままここに住んじゃまずいかぁ?マジックバッグにはかなりの食料が入ってるし、一生とは言わねえけどかなり過ごせるはずだ。………馬鹿か俺は、弱気になってんじゃねえ。くそヘタレあほムッツリ馬鹿野郎にはならねえ、まじで。



俺がまた同じ思考を繰り返しそうになった時、ユキミがもぞもぞと動き出した。今回は俺が起こさなくても目が覚めたか。

一生懸命もぞもぞしてんな。特に押さえてるわけじゃねえが、俺が覆いかぶさってるだけでもユキミじゃどかせねえか。……あー、そろそろ腹くくんねえとな。

「ユキミ」

俺がちょっと体重を掛けなくなっただけじゃ動くのは無理か、もぞもぞ頑張ってはいるみてえだが。

「ユキミ、悪い」

俺は謝りながら起き上がって、ついでにユキミも抱き起こした。


「ギゼル、何してたんだよ。もしかして寝てる俺を抱き枕にでもしてたのか?」

まあ、合ってるっちゃあ合ってるな。

「悪い…ようやく会えたと思って脱力してた」

「ええぇ……」

なんか引かれてるが、こいつやっぱ俺なんて眼中にねえのか?好意のあるやつと3ヶ月ぶりにあった反応じゃねえぞ。あー、くっそ、きついな。


「ギゼル…お風呂入ってないのか…?」

………やっべえ。

「あー、わりぃ」

ユキミから慌てて離れながら、自分にクリーンをかける。

一応、たまにクリーンはかけてたんだけどな、すっかり忘れてたわ。あー、あー、あー、やり直してえ。こいつ、今だけ都合よく記憶消してくんねえかな。

いや、俺が忘れよう。忘れた。

気を取り直してユキミを膝に抱き上げる。…こういうことしても嫌がらねえどころか、むしろ嬉しそうに見えんだけどな。

「いや、謝らなくていいけど、大丈夫?試練なんだよな?」

「ああ、ダンジョンにいた」

「そっか、ダンジョンって泊まり込みでするのが一般的?」

「実力と目的の階層によるが、泊まり込みは多いな」

「大変そうだなぁ」

普通に冒険者事情に興味津々って感じか。全体的にのんびりしてるっつうか軽いっつうか。
これ、どうやって話を切り出せばいいのか分かんねえ。こんなんで、あっさり会う気がないからごめんって言われちまったら、精神的ダメージで気絶するかショック死するだろ。

「ギゼル、今日の試練ってもしかしてハズレ?」

「いや、当たりだ」

「あ、そうなんだ…どんなやつ?」

「両手を2時間つなぐ、だな」

「えぇ…簡単なやつじゃん。なんでそんな険しい顔してるんだ?」

くっ、お前にどう切り出したらいいか分かんなくて険しい顔になってんだが、お前の前にいんのはくそヘタレ馬鹿野郎だからな。

「今回の試練自体は関係ないな。前回、試練に引っかかってもお前に会えなかったと話しただろ、今回もそうだ。積極的に試練に引っかかったにもかかわらず、前回の倍以上時間がかかった」

全然本題にいけねえ、どうすりゃいいんだ。苦し紛れにユキミを抱きしめてみる、これで少しは気持ちが伝わったりしねえか?

「そ、そうなんだ、俺は一月に一回ぐらいだから、あんまり頻度は変わってないんだけどな!」

あっさりしてんなとか、全然気にして無さそうだとか、元気そうだなとか、ひとまず置いておく。

「………一月に一回?」

「う、うん、そうだけど…?」

時間がズレる、そんなことあんのか? ………よく考えればこいつ、いっつも寝間着っぽいな……ダンジョン内だと時間間隔が狂いがちだから気にもしてなかったが。

つうか一月に一回か…それにしては、今までも全然寂しそうにしてくれてねえんだな。


「ユキミ、俺は最初のころは1週間に一度ぐらいの頻度でお前と会っていた。前回が約1ヶ月半、そして今回が3ヶ月以上かかってる」

「そうなんだ。…っって!3ヶ月近く試練にわざと引っかかってたのか!?あっぶないだろそれ!!」

………心配してくれんのは嬉しいんだけどな。 あー、マジで脈ないのか。わざと引っかかんなきゃ一生会えなかったかもしれねえんだぞ。

何とも言えねえ虚しさに飲まれそうになっているとユキミが顔を青くして震えていた。こいつは、俺を本気で心配してくれてはいるんだよなぁ。優しさを素直に喜べないのがつれえ。

「わざと引っかかったのは、悪いとは思うが…。それよりもユキミ、あまり驚かないな?時間の経過がズレていると分かっていたのか?」

「…いや、時間の経過を意識したことはないけど、まあそういうこともあるだろうなと思うよ」

ダンジョン産とか魔術具にはあんな反応がよかったのにな、時間のズレはあっさり流すのか。

「前々から思っていたが、ユキミは俺にあまり興味が無いんだな」

「ぇっ…え?そんなことないよ」

きょとんとした無邪気な顔、いつも通り可愛いことが、酷く残酷に感じる。

駄目だ、嫌味ったらしいこと言ってる場合じゃねえのに、こっからユキミを口説ける気がしねえ。ここまで話しても俺については欠片も興味を持ってもらえねえって、かなり心が折れる。

「怖がらせたり嫌がられるのは本意じゃねえからユキミが少しでも会いたがってくれるまで言うつもりは無かったが…このまま試練で会えなくなって後悔するのはごめんだからな。
 俺は現在フローレスにあるダンジョンにいる。お前が少しでも俺に興味を持つか、会いたいと思った時に簡単に調べられるだろうと…別の街やダンジョンにも行ったが戻ってきた。特に試練が不安定になってからはずっと動いていない。
 ユキミ・アキラという人物やジェラピケノ商会についても調べていた…今のところ手掛かりすら掴めてないがな。まあそこは多少名が知られているとはいえ所詮冒険者だ、気長に調べるつもりだった。
 自惚れじゃなけりゃあお前も結構俺を気に入ってくれてると思ったが…冒険者じゃあ火遊び程度の相手にはできても、関係を深くしたいとは思えねえか?」

ユキミを責める言い方になっちまう。どうにか魔力循環をして落ち着こうと思ったが、魔力は全く荒れていない、むしろ冷え切っていた。


「俺も、もっと会いたいって思ってる!でも現実問題それは無理だし…。試練でしか会えなくてもギゼルと、こ、恋人にだってなりたいよ!」

……それは無理、か。

俺がここまで言っても、お前は外で会いたいとは言ってくんねえんだなぁ。

あーあ、顔赤くしながら声も震えちまってる。恋人になりたいと伝えて、こんな反応をしてもらいてえと何度も想像した可愛いユキミなんだが…言われた言葉が今の俺には受け入れられそうもねえ。

なんとか絆されてくれねえかと思って抱きしめていたが、それすらキツく感じてユキミを下ろした。

「……はぁ、つまり、ここだけで会う恋人ってことだな?」

「そ、れは、そうなるの、かな…」

「それは恋人っていう名の遊び相手だろうが」

「ぇ、違うって! 違う、ギゼルのこと、すき、だから…恋人になりたいんだよっ」

「はぁ…」

駄目だ、俺にはユキミの気持ちが理解できねえ。せっかく好きだと、恋人になりたいと言われてんのに、苦しくてたまらねえ。

俺はユキミを見ていられなくなって、体ごと視線をそらした。

「………ごめん、ギゼル、その」

「別に謝らなくていい」

ユキミは悪くねえ。
ただ、俺の思うような関係は望まれてなかった。脈がないわけじゃねえのに、決定的に別のところを見ている。

「あの、本当に、好きなんだ、ギゼルのこと。恋人とか言わない、から……き、らいに、ならないで」


あー、泣かせちまってるな。嗚咽まじりの声が痛々しい。

こっちはお前がどんなに良い奴か分かってんだ。驚くほど可愛くて、一生懸命で優しい。そんなお前を嫌いになんて、なれるわけねえ。

「嫌いじゃねえ…から困んだよ。俺はお前が、ユキミが好きだ。
 お前はここで恋人ごっこできればいいかもしれねえが、俺にはもう無理だ。
 何度試練に引っかかっても会えやしねえ、気が狂いそうだった。次会ったら、外で会う約束をもらうまで絶対口説こうと思ってたしな。
 まあそれも、会う期間が伸びていて、もしかしたらこのままずっと会えねえって可能性を出しても気にされないぐらいに脈が無いとは思ってなかった。てっきり色々自覚が薄い鈍い坊ちゃんかと思えば、試練での恋人を希望してたとは、予想外だったわ」

くっそ、つい恨みがましくなっちまう。…傷つけたいわけじゃねえのに。

………いっそ受け入れるか?ユキミが望むなら、一生ダンジョンで罠を荒らしながら、ユキミに会える時を待って生きるのもあ

「ち、ちがう。俺だって会えるなら、会いたい…毎日一緒にすごして、おやすみとかおはようだって言いたいよ。でも、絶対無理なんだ…夢と現実じゃ、どう頑張っても無理なんだよ!」

………ん……あ?
毎日一緒にすごしておやすみとおはようを言いたい…それが無理な理由が、夢と現実じゃどうにもならないからっつったか?
夢云々はともかく、毎日一緒に過ごしておやすみとおはようってのは、現実が辛すぎて俺の頭が勝手に作り出した幻聴じゃねえよな。

…………夢と現実ってなんの話だ。


「はぁっ…ひっく」

ユキミに向き直ると、毛布に顔を埋めていた。それでも漏れ出ている嗚咽が悲しげで、自分の行動が間違っていたのかもしれねえと思えてくる。

「ユキミ、夢と現実ってどういうことだ?」

「……夢は夢だよ。やっぱ夢の中のギゼルには認識できないのか…」

俺の質問に、ユキミはどこかぼんやりした様子で答えている。夢の中の俺……。

かなり酷い態度をとっちまった分いまさら抱き寄せるのは気が引けて、ユキミの近くで手をうろつかせはしたが、結局触れることはできなかった。

「夢の中の俺…ユキミはこれが夢だと思ってるのか?」

…今になって気づいたが、ユキミからしたら魔術具も魔道具もなじみが無いんだよな。ダンジョンだってちゃんと理解していたか怪しい。

ユキミの周りがそういうものから意図的に遠ざけて育てていたらなら、ユキミがこれを夢だと考えて深く俺の事情を気にしないのもおかしいことじゃねえ、はずだな。
完全に潰えたと思った希望が目の前をちらついて、心臓がバクバクと音を立てはじめる。

そうこうしていたら、ユキミの反応がなくなったんだが、まさか泣きつかれて寝ちまったのか…?

「おい、ユキミ?」

呼びかけながら肩に触れると、ユキミはビクリと震えて毛布から顔をあげた。

「あ…ちょっとうとうとしてました……ごめんなさい」

涙を流しながら敬語で後ずさるユキミに、酷く傷つけてしまったことを思い知る。

あれか、ユキミからしたら夢の中だと思ってた場所で急に切れられたことになんのか。
っつうか、夢ってなぁ。今までの無邪気というか無防備な行動は現実だと思われてないからこそ、だったのか?

「あー、悪い…ユキミはこれが夢だと思うのか?」

「うん」

「なぜだ?」

「だって夢だから。現実で眠るとこの試練の夢を見れるときがあって、試練が終わったら夢から覚めるんだよ。…な、夢だろ」

ユキミは少しぼんやりした様子でたどたどしく喋っている。…くっそ、夢じゃないってどうしたら伝わるんだ。一緒に外へはいけねえし…やっぱ外でユキミに合うしかねえのか。

「ユキミ、これは夢じゃない」

「まあ、ギゼルにはそうだよね…」

「ユキミは本当にそう思っているみたいだが、夢じゃないんだ。現実で俺を探してくれないか?フローレスは結構端だからな、難しいようなら王都でもいいし、俺がお前の指定する場所に行ってもいい」

なんとか、可能性を潰したくねえ。ユキミも俺を好きでいて、恋人になりたいと思ってくれてんだったら、絶対諦めきれねえ。
とにかく、俺を信じて探してもらわねえと…………あー、さっきのユキミもこんな気持ちだったんだろうな。くっそ、何やってんだ俺は。

ユキミがそんな遊びの関係を望むような奴じゃないって信じるところだっただろうが……俺が自分の短慮さに軽く失望していると、ユキミほっとしたような様子で泣き止んでいた。

はぁ、少しは落ち着けたみてえで良かったわ。傷つけたことに変わりねえけどよ。

「あのさ、ギゼルは信じられないか、分からないかもしれないんだけど、本当に俺はギゼルが好きだよ。だけど、俺にはフローレスも王都も、それ以外の場所も分からないんだ。現実にはさ、冒険者とかダンジョンとかそういうのが無いんだよ。あ、小説とか漫画にはあるんだけど…ギゼルの世界に小説とか漫画ってあるかな?」

…………あ゛?

「は?どういうことだ?」

俺の言葉を聞いて、ようやく泣き止めたとこだろうユキミの目から涙がこぼれる。

ユキミが一生懸命話してくれたのは分かっていたが、想像していなかったことを言われてつい固い声がでちまった。あー、あー、何やってんだ俺は。
っつーか、未だに言われたことがうまく理解できねえ。

「そのままの意味だよ。現実では絶対に会えないんだ。…本当に、本当なんだ、ギゼル」

現実に冒険者やダンジョンが無いなんてありえんのか…?周りの奴が囲ってるんじゃなく…?

小説はあるが、漫画とやらはねえはずだ。少なくとも俺の知識にはねえ。小説自体もダンジョン産のはいくつか見たが、それだって金持ちの道楽的に扱われてるしな。
今はとにかく一旦情報を飲みこんで、ユキミの話を全部聞いた方がいいな。これ以上不安にさせたくねえ。

「…悪い、さっきは頭に血がのぼってお前の言葉をちゃんと聞いてやれなかった。今はお前が本当のことを言ってるってわかる。ちゃんと現実で恋人になりたいって思ってくれてるんだな」

一瞬迷ったが、きっとユキミはこうした方が安心すんだろうと、抱き上げて背中をさすった。
そうすればみるみるうちに大粒の涙を流してしゃくり上げるユキミに膝を折りたくなる。

「そう、ギゼルが好きで、恋人になりたい、し、ひっく…できるなら俺だって、現実で会いたいっ」

必死にこっちを見て気持ちを伝えようとしてくる姿が健気で胸が苦しい。

「はぁ、わりぃこんなに泣かせて…いい歳して自分が情けねえ」

できるだけ優しく背中をさすりながら、やり場のない気持ちを発散するように魔力を循環させた。

ほっとしたように俺の胸元で力を抜いて甘えるユキミ。傷つけたままで外…いや、現実に返すことにならなくて本当に良かったと息をつく。


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