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本編
07-01 両手を2時間繋ぎなさい
しおりを挟むん、なんだか苦しい。体が動かない。金縛りか…?
……さいっあくだ、俺は、金縛りが嫌いなんだ。
いやだいやだ、起きれたと思ったら寝ているっていう状況を繰り返されるパターンがおおいし。脳の勘違いが原因らしいけど、やっぱりお化けが頭によぎってきて、なんか怖いんだよ!
くっそ、こういう時は足先から動かすようにしていけばなんか解ける気がするんだよな…ん?なんか足先は簡単に動いてる気がする?
「ユキミ」
もぞもぞと奮闘しているとギゼルに呼ばれた…?もしかしてこれっていつもの夢か?慌てて起き上がろうとするがやっぱり上手く動かない。これってギゼルに抱きしめられてる?
「ユキミ、悪い」
その言葉と同時に体が動けるようになったし、抱き起してもくれる。
「ギゼル、何してたんだよ。もしかして寝てる俺を抱き枕にでもしてたのか?」
寝てる俺の上にのって抱きしめてる状況ってなんだよ。
「悪い…ようやく会えたと思って脱力してた」
「ええぇ……」
ようやく見えたギゼルは、なんだかかなり顔色が悪い。ついでに髭もちょっと生えていて、髪の毛もいつもよりぼさっとしているように見える。そして今気づいたけど…ちょっとくさいぞ。
「ギゼル…お風呂入ってないのか…?」
一瞬、聞こうかどうしようか迷ったけど、さすがにスルーできない! 汗を流してる状況とかならいやじゃないんだけど、なんかこういうあからさまに汚い感じを楽しめる経験値は…まだ俺にはない!
「あー、わりぃ」
そういってギゼルはパッと俺から離れると、一瞬でキレイになった、感じがする。髭はそのままだけど。多分クリーンを使ったんだな。
それからすぐに側によってきて俺を抱き上げ、膝の上にのせる。なんだ、この、最初っからいちゃいちゃな感じは!嬉しいけど!
「いや、謝らなくていいけど、大丈夫?試練なんだよな?」
「ああ、ダンジョンにいた」
「そっか、ダンジョンって泊まり込みでするのが一般的?」
「実力と目的の階層によるが、泊まり込みは多いな」
「大変そうだなぁ」
泊まり込みでダンジョン生活…どんな感じなんだろう。俺が想像していないようなことも多い夢だからなぁ。
そういえば、今日のギゼルはなんだか難しい顔をしている気がする。…もしかして、ハズレの試練だったのか…?
「ギゼル、今日の試練ってもしかしてハズレ?」
「いや、当たりだ」
「あ、そうなんだ…どんなやつ?」
「両手を2時間つなぐ、だな」
「えぇ…簡単なやつじゃん。なんでそんな険しい顔してるんだ?」
試練の内容を言いながらも難しい顔のままのギゼル…なんでだ?
「今回の試練自体は関係ないな。前回、試練に引っかかってもお前に会えなかったと話しただろ、今回もそうだ。積極的に試練に引っかかったにもかかわらず、前回の倍以上時間がかかった」
喋りながら苦しそうな表情をすると、俺をそのままぐっと抱きしめる。その動きが、俺と会えないことを心底悲しがっているようで、心臓がぎゅっとなる。
何ができるっていうわけでもないけど励ましたくてわざと明るい声で話しかける。
「そ、そうなんだ、俺は一月に一回ぐらいだから、あんまり頻度は変わってないんだけどな!」
「………一月に一回?」
俺の言葉を聞いて少し黙ったあと、訝しげに聞かれる。 なんだ、なんかまずかったか?
「う、うん、そうだけど…?」
「ユキミ、俺は最初のころは1週間に一度ぐらいの頻度でお前と会っていた。前回が約1ヶ月半、そして今回が3ヶ月以上かかってる」
「そうなんだ。…っって!3ヶ月近く試練にわざと引っかかってたのか!?あっぶないだろそれ!!」
3ヶ月って…ハズレの試練だったら死んじゃうようなやつもあるんだろ?
前回の時に気をつけるっていってたのに!!
ギゼルの信じられない言葉に体が恐怖で震えてしまう。…いや、落ち着け、落ち着け。これは俺の夢…俺の夢だ。
俺が死んじゃうって思うことの方がギゼルと会えないことに繋がっちゃうかもしれない。ギゼルは大丈夫。試練なんて、余裕なんだ…。
手のひらをぎゅっと握りしめて、なんとか落ち着こうと深呼吸する。
「わざと引っかかったのは、悪いとは思うが…。それよりもユキミ、あまり驚かないな?時間の経過がズレていると分かっていたのか?」
「…いや、時間の経過を意識したことはないけど、まあそういうこともあるだろうなと思うよ」
あんまり反省してなさそうなギゼルになんとも言えない気持ちになるけど…まあ大丈夫なんだろう。大丈夫にしてくれなきゃ困る。
「前々から思っていたが、ユキミは俺にあまり興味が無いんだな」
「ぇっ…え?そんなことないよ」
思ってもみなかったことを言われてまじまじとギゼルを見てしまう。苦虫を嚙み潰したような顔をして俺を見ていた。
「怖がらせたり嫌がられるのは本意じゃねえからユキミが少しでも会いたがってくれるまで言うつもりは無かったが…このまま試練で会えなくなって後悔するのはごめんだからな。
俺は現在フローレスにあるダンジョンにいる。お前が少しでも俺に興味を持つか、会いたいと思った時に簡単に調べられるだろうと…別の街やダンジョンにも行ったが戻ってきた。特に試練が不安定になってからはずっと動いていない。
ユキミ・アキラという人物やジェラピケノ商会についても調べていた…今のところ手掛かりすら掴めてないがな。まあそこは多少名が知られているとはいえ所詮冒険者だ、気長に調べるつもりだった。
自惚れじゃなけりゃあお前も結構俺を気に入ってくれてると思ったが…冒険者じゃあ火遊び程度の相手にはできても、関係を深くしたいとは思えねえか?」
苦々しいといった声で話される言葉に、不謹慎だけど胸がときめいてしうまう。喜んでいる場合じゃないけど、ギゼルも俺と恋人になりたいとか思ってくれてるってことだよな…。にやけそうになる口をなんとか抑える。
「俺も、もっと会いたいって思ってる!でも現実問題それは無理だし…。試練でしか会えなくてもギゼルと、こ、恋人にだってなりたいよ!」
顔がカッと熱くなって緊張で声も震えてしまう。ギゼルが俺と恋人なんて、そうなれたらと何度も思ったけど、絶対に無理だってその度に否定してた。これはたまに見れる夢の中、だけど、それでも俺はギゼルと恋人になりたい。
なんとか自分を奮い立たせて言葉にしてみたけど…ギゼルはあんまり嬉しそうじゃない。膝の上から横に下ろされて、抱きしめてくれていた腕も離される。
「……はぁ、つまり、ここだけで会う恋人ってことだな?」
「そ、れは、そうなるの、かな…」
「それは恋人っていう名の遊び相手だろうが」
「ぇ、違うって! 違う、ギゼルのこと、すき、だから…恋人になりたいんだよっ」
「はぁ…」
吐き捨てるように言われてなんとか言いつのったけど、深いため息を吐かれて、失望したような顔をさせてしまう。そして体ごと横を向かれてしまって、目が逸らされた。
どうしよう、いやだ、嫌われたくない。なんて言えばいい?…もう嫌われた?
どうすればいいんだよ。
俺だって、俺だって現実で会えたらって思うけど…そんなの無理なんだよ。
現実にギゼルがいてくれたらって、恋人になりたいって、そう思ってたから?だからこんな夢になっちゃったのか?もうそういうのは望まないから、普通に話せるだけでいい。
「………ごめん、ギゼル、その」
「別に謝らなくていい」
なにか言わないといけないのに言葉がでてこなくて、しどろもどろに謝った言葉にぴしゃりと返される。
「あの、本当に、好きなんだ、ギゼルのこと。恋人とか言わない、から……き、らいに、ならないで」
話しながら、まったくこっちを向いてくれないギゼルに、苦しくなる。きちんと、もう一度認めてもらえるようなことを言いたいのに、どうすればいいか全然わからなくて、そんな自分にも嫌になって、涙がでてくる。
泣いてる場合じゃないのに、泣きたくなんてないのに、涙がでてきて喉がひくつく。どうしたら、せめて目を見て話せるように、元に戻れるんだろう。
応えてもらえないまま、ぼたぼたと涙を流して、でも何をいってももっと嫌われてしまいそうで、動けない。
「嫌いじゃねえ…から困んだよ。俺はお前が、ユキミが好きだ。
お前はここで恋人ごっこできればいいかもしれねえが、俺にはもう無理だ。
何度試練に引っかかっても会えやしねえ、気が狂いそうだった。次会ったら、外で会う約束をもらうまで絶対口説こうと思ってたしな。
まあそれも、会う期間が伸びていて、もしかしたらこのままずっと会えねえって可能性を出しても気にされないぐらいに脈が無いとは思ってなかった。てっきり色々自覚が薄い鈍い坊ちゃんかと思えば、試練での恋人を希望してたとは、予想外だったわ」
「ち、ちがう。俺だって会えるなら、会いたい…毎日一緒にすごして、おやすみとかおはようだって言いたいよ。でも、絶対無理なんだ…夢と現実じゃ、どう頑張っても無理なんだよ!」
せっかくギゼルに好きって言ってもらえたのに、それが突き放す色をしているのが悲しい。俺の気持ちを伝えても、ギゼルがどんどん呆れていくだけで、自分の想いじゃ喜んでもらえないのが苦しい。
もうこのまま終わって、ずっと会えなくなるのか…?そんなの絶対、いやだ。
でも、この試練を終えてしまったら、その次に夢で会える気がしない。
このまま試練をやらないでいたらいいのか?そうしたら、次の夢もここからはじまる?たとえもう失望されてたとしても、話しすらできないとしても、この試練が終わらなければ、また一ヶ月後には夢でギゼルと会える?
「はぁっ…ひっく」
この状況のすべてが苦しくて、悲しくて、涙がとまらない。側にあった毛布を掴んで顔を埋める。もっと冷静にならなきゃだめだ、何かいい言葉を考えて伝えなきゃ、失望されたままじゃいやだよ。
そう思うのに上手く頭が回らなくて、どこかぼんやりしてしまう。
「ユキミ、夢と現実ってどういうことだ?」
「……夢は夢だよ。やっぱ夢の中のギゼルには認識できないのか…」
ギゼルが聞いてくるけど、それ以外に説明のしようがない。本当はあんまりギゼルに夢って言いたくなかった…、夢が崩壊しちゃうんじゃないかと思って。
夢パワーで適合のとれた修正をされるのかもしれないけど、もしそうじゃなかったら、それで変になったりしたら、そう思うと嫌だった。
ぼろぼろと涙を流しながらも、なんだか眠くなってくる。このまま寝ちゃいたいって思ってるからかな。
「夢の中の俺…ユキミはこれが夢だと思ってるのか?」
先ほどまでの冷たい声が、少し穏やかになっている気がする。それだけですごく嬉しい。
「おい、ユキミ?」
壊れたように涙を流しながらも、半分寝ていた。ギゼルが肩に触れてくれたことでハッと目が覚める。
「あ…ちょっとうとうとしてました……ごめんなさい」
どうしよう、また呆れられてしまうかもしれない、涙もとまらないし。ぎゅっと毛布を掴んでギゼルから離れるように動く。
「あー、悪い…ユキミはこれが夢だと思うのか?」
「うん」
「なぜだ?」
「だって夢だから。現実で眠るとこの試練の夢を見れるときがあって、試練が終わったら夢から覚めるんだよ。…な、夢だろ」
伝わるのかな、夢の中のギゼルに…。そうなんだって納得して、恋人になってくれる…?
「ユキミ、これは夢じゃない」
「まあ、ギゼルにはそうだよね…」
「ユキミは本当にそう思っているみたいだが、夢じゃないんだ。現実で俺を探してくれないか?フローレスは結構端だからな、難しいようなら王都でもいいし、俺がお前の指定する場所に行ってもいい」
ギゼルは優しく俺に言い聞かせるようにいってくる。いつもの表情に近いギゼルにほっとして涙がとまった。良かった。
でも、ギゼルの言葉を実行するのは難しい。ここで断ったら、また試練だけの恋人ごっこをしたいから言ってるって思われるのかな…。
「あのさ、ギゼルは信じられないか、分からないかもしれないんだけど、本当に俺はギゼルが好きだよ。だけど、俺にはフローレスも王都も、それ以外の場所も分からないんだ。現実にはさ、冒険者とかダンジョンとかそういうのが無いんだよ。あ、小説とか漫画にはあるんだけど…ギゼルの世界に小説とか漫画ってあるかな?」
なんとかギゼルに分かってほしくて喋っていると、せっかくとまった涙がまたじわじわと滲んでくる。冷静に、ちゃんと話さなきゃいけないのに。落ち着け、落ち着け。
「は?どういうことだ?」
ギゼルの声が固くなる。それにつられるように涙がぽろっと出てしまった。夢のせいか涙腺がおかしい。そもそも現実では泣かないほうなのに。
「そのままの意味だよ。現実では絶対に会えないんだ。…本当に、本当なんだ、ギゼル」
「…悪い、さっきは頭に血がのぼってお前の言葉をちゃんと聞いてやれなかった。今はお前が本当のことを言ってるってわかる。ちゃんと現実で恋人になりたいって思ってくれてるんだな」
そう言って側にきたギゼルは膝の上に抱き上げてくれる。優しく背中をさすってくれるギゼルに、先ほど零れた涙が可愛く思えるほど、涙がどばどばと出てくる。
「そう、ギゼルが好きで、恋人になりたい、し、ひっく…できるなら俺だって、現実で会いたいっ」
泣きながらもちゃんと伝わってほしくて、ぼやける視界だけど真っ直ぐギゼルを見つめて伝える。
「はぁ、わりぃこんなに泣かせて…いい歳して自分が情けねえ」
優しく背中をさすりながら中々泣き止まない俺を待ってくれるギゼルに、俺はようやく本当の意味で安心して体から力が抜けた。そのままそっとギゼルの胸元に頬をくっつけて寄りかかる。
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