この魔法はいつか解ける

石原こま

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 帰りの馬車の中で、父は犯した過ちに身を震わせている私に「よくやった」と、初めて声をかけた。
 おそらく父は、私が母と同じ力を受け継いでいる可能性に賭けていたのだろう。
 そうでなければ、たった半年付け焼き刃のマナーを叩き込まれただけの私が、他の令嬢に敵うわけが無いのだから。 

 そのしばらく後、私はこの国の王太子である二歳年上のユージーン殿下の婚約者に選ばれた。
 それまで一切公の場に現れたことがなかった侯爵令嬢はあらぬ噂の的となったが、王太子本人の強い希望だったこともあり、速やかに承認された。

 そしてそれは、私にとっての幸福の始まりだった。
 まず、私は王妃教育を受けるため、王宮に住まいを移すことになった。
 これには父が関与したようだった。
 父は魅了魔法の経験者なだけあって、この魔法のことをよく知っていた。
 魅了魔法というのは、傍から見てはっきりと分かるようなものではないのだという。
 初めは、ただの一目惚れのように感じるのだそうだ。
 会いたい。顔を見たい。それは普通に恋する男女が感じるものと似ているのだという。
 ただ魅了魔法にかかった者は、その対象から長く離れていることを苦痛に感じるのだという。
 父曰く、麻薬のようなもので、定期的に会っていれば特に問題はないが、長く離れていると耐え難い飢餓感に襲われ、そのまま会わずにいれば精神に異常をきたすのだという。
 だから、父は過去に、王太子妃の座をめぐった争いの末、婚約者に内定していた令嬢が暗殺されたことなどを理由に、私が王宮に住まうことを提案した。
 実際、私が急に婚約者に選ばれたこともあり、懸念があったのだろう。
 父の提案は疑われることなく了承された。

 そして、私は王宮に住むことになり、侍女や教育係には、王家が選んだ最良の人材が選ばれた。
 そこには悪意で私を傷つける人はいなかった。
 それは、夢のような日々の始まりだった。
 皆が私に微笑み、優しくしてくれる世界。
 もう誰も私を蔑まない世界。

 けれど、私はこの日々に終わりがあることを知っていた。

 この魔法はいつか解けるもの。

 殿下が真実の愛を見つけられた時、この幸せな日々は終わるのだと。
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