この魔法はいつか解ける

石原こま

文字の大きさ
上 下
3 / 10

しおりを挟む
 私には古の魔女の血が流れている。
 そのため、私の系譜には時折、魅了という魔法で相手を惑わす術を使える者が現れるという。
 私の母もまた魅了眼の持ち主で、父を惑わし、そして切り捨てられた。
 美しい瞳と夫からの愛を失った母は、その後、自らの命を絶ったという。
 そして、父から捨てられた私は、母の妹だという叔母に引き取られ、そこで養育された。
 真実の愛の相手と再婚した父は、叔母に私の養育費は払ってくれたらしい。

「お前は偽りの愛から生まれた呪われた子さ。ここに置いてもらえるだけ感謝するんだね。」

 物心ついた頃には、そこで叔母とその家族から虐げられていた。
 誰からも愛されず、誰の温もりも知らず、ただ息をしていた。
 本来なら、私はそのまま小さくて暗い部屋の片隅で生きていくことしかできないはずだったのだ。

 運命が大きく変わったのは、八歳だったあの日。
 突然、父が私を迎えに来たのだ。
 その時初めて知ったことだが、父はこの国の侯爵家の人間で、政敵の娘が王太子の婚約者に選ばれることを阻止したかったらしい。
 後妻との間に生まれたのが皆、男子だったため、私のことを思い出したのだろう。

 そうして連れて来られた王宮の中庭で、私はあの方と出会ってしまった。
 今でもはっきりと覚えている。
 初めて見た時、天使が舞い降りたのだと思った。
 日差しを集めたかのような美しい金色の髪。
 夏の青空を切り取ってはめたかのような澄んだ青い瞳。

「大丈夫?」

 そう言って、慣れないドレスで無様に転んだ私に、手を差し伸べてくれたその人の笑顔を見た時、私は思ってしまったのだ。

 ああ、いつもこんな風に誰かが私に微笑みかけてくれたらいいのに。

 私は愛に飢えていたのだ。
 父からも母からも誰からも愛されず、いつも冷たい目で蔑まれていた。
 侯爵家に引き取られてから、令嬢としての教育を全く受けて来なかった私を待っていたのは、教育という名の下に行われる絶え間ない暴力だった。
 目立たないところを鞭で打たれ、言葉で傷つけられ続ける日々。
 王太子が婚約者を選ぶ茶会の席が設けられる今日の日のために、寝る間も惜しんで準備を重ねてきた。
 だから、あの優しい笑顔を向けられた時、つい強く願ってしまったのだ。
 この優しい眼差しが、ずっと私を見ていてくれたらいいのにと。

 そして、その時、私の力が目覚めた。

 私を助けてくれた少年は、急にうっとりとした表情で私を見つめた。
 その眼差しは、熱に浮かされた時のように曇って見えた。
 そして、彼は私の手を握り私の名前を尋ねた。
 何が起きたのか分からず固まった私とは対照的に、父には全てが分かったのだろう。

「ユージーン殿下、大変失礼いたしました。こちらは私の娘、リリアーナでございます。静養のため郊外の邸宅にいたため、このような場には今日が初めてでして。まだいろいろと不慣れで申し訳ありません。」

 父はこれまで私には見せたことがない笑顔で、そう答えた。

「クローデン侯爵の御令嬢だったのですね。初めまして、リリアーナ嬢。」

 殿下はそう言って跪くと、私の指先にキスをした。
 私を見つめる眼差しはどこまでも優しかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

「俺が君を愛することはない」じゃあこの怖いくらい甘やかされてる状況はなんなんだ。そして一件落着すると、今度は家庭内ストーカーに発展した。

下菊みこと
恋愛
戦士の王の妻は、幼い頃から一緒にいた夫から深く溺愛されている。 リュシエンヌは政略結婚の末、夫となったジルベールにベッドの上で「俺が君を愛することはない」と宣言される。しかし、ベタベタに甘やかされているこの状況では彼の気持ちなど分かりきっていた。 小説家になろう様でも投稿しています。

冴えない子爵令嬢の私にドレスですか⁉︎〜男爵様がつくってくれるドレスで隠されていた魅力が引きだされる

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のラーナ・プレスコットは地味で冴えない見た目をしているため、華やかな見た目をした 義妹から見下され、両親からも残念な娘だと傷つく言葉を言われる毎日。 そんなある日、義妹にうつけと評判の男爵との見合い話が舞い込む。 奇行も目立つとうわさのうつけ男爵なんかに嫁ぎたくない義妹のとっさの思いつきで押し付けられたラーナはうつけ男爵のイメージに恐怖を抱きながらうつけ男爵のところへ。 そんなうつけ男爵テオル・グランドールはラーナと対面するといきなり彼女のボディサイズを調べはじめて服まで脱がそうとする。 うわさに違わぬうつけぷりにラーナは赤面する。 しかしテオルはラーナのために得意の服飾づくりでドレスをつくろうとしていただけだった。 テオルは義妹との格差で卑屈になっているラーナにメイクを施して秘められていた彼女の魅力を引きだす。 ラーナもテオルがつくる服で着飾るうちに周りが目を惹くほどの華やかな女性へと変化してゆく。

毒姫の婚約騒動

SHIN
恋愛
卒業式を迎え、立食パーティーの懇談会が良い意味でも悪い意味でもどことなくざわめいていた。 「卒業パーティーには一人で行ってくれ。」 「分かりました。」 そう婚約者から言われて一人で来ましたが、あら、その婚約者は何処に? あらあら、えっと私に用ですか? 所で、お名前は? 毒姫と呼ばれる普通?の少女と常に手袋を着けている潔癖症?の男のお話し。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

頭頂部に薔薇の棘が刺さりまして

犬野きらり
恋愛
第二王子のお茶会に参加して、どうにかアピールをしようと、王子の近くの場所を確保しようとして、転倒。 王家の薔薇に突っ込んで転んでしまった。髪の毛に引っ掛かる薔薇の枝に棘。 失態の恥ずかしさと熱と痛みで、私が寝込めば、初めましての小さき者の姿が見えるようになり… この薔薇を育てた人は!?

はずれの聖女

おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。 一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。 シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。 『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。 だがある日、アーノルドに想い人がいると知り…… しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。 なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。

処理中です...