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[外伝]姫君と大きすぎる花瓶
姫君と侍女
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「アンナ、ちょっと聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」
姫様がそう切り出したのは、いつものように朝の身支度を手伝っていた時のことだった。
「はい、姫様。何でございましょう。」
長く美しい黒髪を櫛で梳かしながら返事をすると、姫様は何故かしかめっ面をしたままだ。
「十年って結構長いわよね?」
「はい、そうでございますね。私は姫様がお眠りになっている間に結婚し、子供を二人産みましたからね。姫様がお目覚めになる前に復職できて、本当によかったです。」
今ではすっかり元気になられたので、つい忘れてしまいがちだが、姫様は一年半前にお目覚めになるまで、不治の病と言われていた眠り姫病のため十年もの長い間、眠り続けていたのだった。
こうして今、姫様のお世話を続けられるのは、本当に幸せなことだと思う。
「つかぬことを聞くけれど、男性ってその・・・十年の間に何もなかったってことはないわよね?」
姫様が鏡の方を向いたまま、さらに質問してくる。
鏡越しに見るその顔色は、妙に冴えない。
「何もって言うのは、何のことでしょう?」
私が問い返すと、姫様はさらに眉間に皺を寄せ、言い出しづらそうにそっぽを向きながら言葉を続けた。
「いや、その・・・恋愛的なことっていうの?」
「あー、姫様の言いたいことは分かりました。そうですね。あの者は無骨な感じではありますが、真面目で実直なタイプですから、意外とモテていましたよ。結婚するならああいうタイプがいいと言っている侍女もいましたから、何もなかったっていうのはないでしょうねー。」
「くっ・・・。」
姫様の口から、淑女らしからぬ音が漏れた。
あの者というのは、姫様が眠りにつかれる前から交流していた、ある一人の護衛騎士のことだ。
姫様はご自身が持って生まれたその絶大な魔力ゆえに、私がお側仕えするようになった16歳の頃には、全てを理解され、全てを弁えていらっしゃる方だった。
絶大な魔力を持つものの責任を誰よりも理解しておられ、ご自身もまだ少女であられたのに、あまり魔力が強くない弟君たちを守ろうとするその姿は、時に痛々しく見えることさえあった。
そんな姫様が、唯一年頃の娘らしく笑うのが、その護衛騎士といる時だった。
毎朝、一緒に王宮の庭で花を苅り、護衛騎士に山ほどの花を持たせて楽しそうに笑う時だけが、全ての重荷を忘れられる時なのだろうと思っていた。
その護衛騎士は姫様が眠りにつかれた後も自らの意思で異動せず、姫様の目覚めを待ち続けた忠義者なのだが、あれからもう一年半が経つというと言うのに、相変わらず二人の仲が進展したようには見えない。
少しは焦らせたほうがいいのかと思い、ついお節介を焼きたくなる。
「まあ、姫様の寿命はもうすぐ尽きると言われていましたから、いくらあの忠義者でも姫様が事切れたら結婚しようと思っていても不思議はないですわね。」
「うっ・・・。」
「急にそんなことを聞いてくるなんて、どうされたのです?さては、何かありましたね?」
「ぐっ・・・。」
「さあ、正直におっしゃってください!ここまで聞いておいて、何でもないなんて言わせませんわよ!」
私がそう問い詰めると、姫様は子供のように頬を膨らませた。
その頬は、紅梅の蕾のように色づいている。
「・・・最近、やたらとぐいぐいくるようになったのだけど、なんていうのかしら、妙に手慣れているのが気になって。」
ははーん。
と思わず声が出そうになるのをぐっと堪えた。
あの者も人畜無害そうな顔をして、意外とやるなと感心する。
この姫様をここまで戸惑わせるとは、なかなかの腕前と見た。
しかし、ここでもう一押ししてやらねばと、妙な責任感が沸き立つ。
「そういえば、姫様はまだ二十歳になられたばかりでしたね。姫様が呑気に十年も眠っているのが悪いのですよ!私たちが、一体どれほど心配したと思ってるんです?十年も待たせて、さらにそれから一年半!いい加減痺れを切らしているのは、あの者だけではないのですよ!」
「うぐっ・・・。」
姫様が再起不能とばかりに、鏡台に突っ伏した。
思わず、にんまりしてしまう。
私は、そんな姫様の体を引っ張りあげて立たせ、崩れたドレスと前髪を再び整えた。
今日は、姫様によくお似合いの新緑の色のドレス。
その色は、あの者の瞳の色でもある。
「さあさ、ぐずぐずしていないで早く準備してくださいませ。そういえばもう姫様ではなく、今日からは女公爵様でしたね。知ってます?女公爵は身分に関係なく、自分で夫を決められるのですよ!」
「だから困ってるんじゃない!やっぱり、私から言わないといけないのかしら?幼い頃からの乙女の夢がっ!!」
私の言葉に、女公爵閣下になられた姫様は、天を仰いで叫んだ。
そんな姿も実に可愛らしいと思ってしまうのは、自分が姫様よりも十年多く歳を重ねたせいなのかもしれないと思う。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと準備なさいませ。ずっと外で待ってますよ!今日も花を苅るのでしょう?」
私は、渋る姫様の背中を微笑ましく見送った。
苛烈な性格に似合わず、意外と乙女趣味でいらっしゃる姫様の幼い頃からの夢を叶えようと、あの無骨な忠義者が今日の日のために色々準備を重ねていることを知っていたからだ。
「さっ。次は婚礼の準備で忙しくなりますよ!」
私は侍女たちに声をかけ、今日の仕事を開始した。
姫様がそう切り出したのは、いつものように朝の身支度を手伝っていた時のことだった。
「はい、姫様。何でございましょう。」
長く美しい黒髪を櫛で梳かしながら返事をすると、姫様は何故かしかめっ面をしたままだ。
「十年って結構長いわよね?」
「はい、そうでございますね。私は姫様がお眠りになっている間に結婚し、子供を二人産みましたからね。姫様がお目覚めになる前に復職できて、本当によかったです。」
今ではすっかり元気になられたので、つい忘れてしまいがちだが、姫様は一年半前にお目覚めになるまで、不治の病と言われていた眠り姫病のため十年もの長い間、眠り続けていたのだった。
こうして今、姫様のお世話を続けられるのは、本当に幸せなことだと思う。
「つかぬことを聞くけれど、男性ってその・・・十年の間に何もなかったってことはないわよね?」
姫様が鏡の方を向いたまま、さらに質問してくる。
鏡越しに見るその顔色は、妙に冴えない。
「何もって言うのは、何のことでしょう?」
私が問い返すと、姫様はさらに眉間に皺を寄せ、言い出しづらそうにそっぽを向きながら言葉を続けた。
「いや、その・・・恋愛的なことっていうの?」
「あー、姫様の言いたいことは分かりました。そうですね。あの者は無骨な感じではありますが、真面目で実直なタイプですから、意外とモテていましたよ。結婚するならああいうタイプがいいと言っている侍女もいましたから、何もなかったっていうのはないでしょうねー。」
「くっ・・・。」
姫様の口から、淑女らしからぬ音が漏れた。
あの者というのは、姫様が眠りにつかれる前から交流していた、ある一人の護衛騎士のことだ。
姫様はご自身が持って生まれたその絶大な魔力ゆえに、私がお側仕えするようになった16歳の頃には、全てを理解され、全てを弁えていらっしゃる方だった。
絶大な魔力を持つものの責任を誰よりも理解しておられ、ご自身もまだ少女であられたのに、あまり魔力が強くない弟君たちを守ろうとするその姿は、時に痛々しく見えることさえあった。
そんな姫様が、唯一年頃の娘らしく笑うのが、その護衛騎士といる時だった。
毎朝、一緒に王宮の庭で花を苅り、護衛騎士に山ほどの花を持たせて楽しそうに笑う時だけが、全ての重荷を忘れられる時なのだろうと思っていた。
その護衛騎士は姫様が眠りにつかれた後も自らの意思で異動せず、姫様の目覚めを待ち続けた忠義者なのだが、あれからもう一年半が経つというと言うのに、相変わらず二人の仲が進展したようには見えない。
少しは焦らせたほうがいいのかと思い、ついお節介を焼きたくなる。
「まあ、姫様の寿命はもうすぐ尽きると言われていましたから、いくらあの忠義者でも姫様が事切れたら結婚しようと思っていても不思議はないですわね。」
「うっ・・・。」
「急にそんなことを聞いてくるなんて、どうされたのです?さては、何かありましたね?」
「ぐっ・・・。」
「さあ、正直におっしゃってください!ここまで聞いておいて、何でもないなんて言わせませんわよ!」
私がそう問い詰めると、姫様は子供のように頬を膨らませた。
その頬は、紅梅の蕾のように色づいている。
「・・・最近、やたらとぐいぐいくるようになったのだけど、なんていうのかしら、妙に手慣れているのが気になって。」
ははーん。
と思わず声が出そうになるのをぐっと堪えた。
あの者も人畜無害そうな顔をして、意外とやるなと感心する。
この姫様をここまで戸惑わせるとは、なかなかの腕前と見た。
しかし、ここでもう一押ししてやらねばと、妙な責任感が沸き立つ。
「そういえば、姫様はまだ二十歳になられたばかりでしたね。姫様が呑気に十年も眠っているのが悪いのですよ!私たちが、一体どれほど心配したと思ってるんです?十年も待たせて、さらにそれから一年半!いい加減痺れを切らしているのは、あの者だけではないのですよ!」
「うぐっ・・・。」
姫様が再起不能とばかりに、鏡台に突っ伏した。
思わず、にんまりしてしまう。
私は、そんな姫様の体を引っ張りあげて立たせ、崩れたドレスと前髪を再び整えた。
今日は、姫様によくお似合いの新緑の色のドレス。
その色は、あの者の瞳の色でもある。
「さあさ、ぐずぐずしていないで早く準備してくださいませ。そういえばもう姫様ではなく、今日からは女公爵様でしたね。知ってます?女公爵は身分に関係なく、自分で夫を決められるのですよ!」
「だから困ってるんじゃない!やっぱり、私から言わないといけないのかしら?幼い頃からの乙女の夢がっ!!」
私の言葉に、女公爵閣下になられた姫様は、天を仰いで叫んだ。
そんな姿も実に可愛らしいと思ってしまうのは、自分が姫様よりも十年多く歳を重ねたせいなのかもしれないと思う。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと準備なさいませ。ずっと外で待ってますよ!今日も花を苅るのでしょう?」
私は、渋る姫様の背中を微笑ましく見送った。
苛烈な性格に似合わず、意外と乙女趣味でいらっしゃる姫様の幼い頃からの夢を叶えようと、あの無骨な忠義者が今日の日のために色々準備を重ねていることを知っていたからだ。
「さっ。次は婚礼の準備で忙しくなりますよ!」
私は侍女たちに声をかけ、今日の仕事を開始した。
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