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[外伝]リドルの美味しい珈琲
6.二人の珈琲
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あの日以降、私の日常は一変した。
私が男装している理由を知った王女殿下は、即刻、魔具技師養成学校の門戸を女性にも開放するように言ってくれたのだという。
早くも、次の春から魔具技師養成学校は女性も入学できるようになるとのことだった。
また、王太子殿下のご推薦もあって、私は魔具技師名簿に名前を載せていただけることにもなった。
こうして、私はこの国で最初の女性魔具技師として正式に認められることになったのだ。
あの日、あの馬車に乗ったことで、こんなに世界が拓けるなんて。
◇
あの日、組み立て工場での打ち合わせを終え、外に出た私は、待ち構えていた王女殿下の侍女達に馬車に乗せられた。
何事かと驚く私をじろじろと見つめた侍女達は、
「あら、本当!」
「さすが姫様ですわ!」
「これは腕が鳴りますわね!」
などと口々に言っていて、私の質問には誰も答えてくれなかった。
侍女とはいえ、皆貴族には違いない。
私が逆らうことなどできるわけもない。
「リドル様もすぐいらっしゃいますから、ご安心くださいませ。」
という言葉に、おそらく仕事関係のことなのだろうと思い、大人しくしていることにする。
けれど、まず通されたのは豪華な一室だった。
目の前には先日お会いしたばかりの王女殿下がおられ、そして、それよりも高い位置にもう一人女性が座っておられた。
王女殿下より身分が高い女性など、この国には一人しかいない。
低頭する私に対し、王女殿下が声をかけられる。
「顔を上げてちょうだい。あなたを呼んだのは、お母様に見ていただくためなのだから。」
と言って微笑まれた。
恐る恐る顔を上げると、王妃様が訝しんだような顔でこちらを見ていた。
そして、立ち上がって私の側に来ると、いつかの王女殿下のように私をじろじろと見つめながら、周りを一周した。
「まあ、本当なのね。『事実は小説より奇なり』とは言うけれど、まさか本当に女性だなんて!」
その一言にぎくりとする。
バレた!
と焦る私を余所に、王女殿下の指示で現れた侍女達に再び連れ去られ、気がつけばドレス姿にされていた。
そのままリドル様の前に連れて行かれた時にはどうしようかと思ったが、リドル様は怒ることもなく、そのまま私を受け入れてくれた。
けれど、問題だったのはここからで、何故か私とリドル様は以前から恋人同士だったということになっていた。
すぐ誤解を解かなければならないと思ったのだが、リドル様は何故かそれをしなかった。
後で知ったことなのだが、リドル様は王女殿下が書かれた本と、男装した私が側にいたことなどが原因で、男色家という噂が流れていたのだという。
だから、初めはその噂が消えるまでのことなのだと思っていたのだが。。。
その噂が消えてもリドル様がそれを否定しないまま、もう数ヶ月が過ぎた。
リドル様が私を女性としてあつかうようになったこともあり、今、私とリドル様の関係は前とは違うものになりつつある。
変わったのはそれだけではない。
「シンシア、そろそろ休憩にしよう。コーヒーを淹れたから。」
リドル様が私を呼ぶ声が休憩室の方から聞こえる。
また先に淹れられてしまったと悔やむが、もう遅い。
一旦手を止めて、作業台から立ち上がる。
休憩室へ行くと、そこにはコーヒーカップが二つ用意されていた。
最近、リドル様がコーヒーを淹れてくれることが増えていた。
以前から淹れてくれることはあったのだが、確実に回数が多くなっている。
しかも、ハンドドリップで淹れることを好むようになった。
理由は分かっている。
魔力を込めるためだ。
リドル様に促されるまま、向かいの席に座り、コーヒーを飲む。
向かいに座ったリドル様がニコニコと微笑みながら、その様子を見つめてくる。
それがもう堪らなく恥ずかしい。
リドル様が淹れてくれたコーヒーははっきりと分かるほど、以前とは味が変わっていた。
一口飲んだだけで、甘さを感じるほど豆の風味と果実の香りが引き出され、全身の細胞がほんのりと温かくなるような喜びで満たされる。
そう、魔法のコーヒーだ。
ルバート様がコーヒーメーカーで淹れたコーヒーに文句をつけたくなるのも分かる美味しさだった。
けれど、私はそのことを心から喜べずにいた。
私が王女殿下の元を訪れたのは、そんな想いを抱えていた時だった。
王女殿下はしばらく執筆活動をお休みするとのことで、今、霧発生装置の整備は私が行うようになっていた。
「シンシア、どうしたの?そんな浮かない顔をして。リドルと両思いになったんでしょう?」
王女殿下には、あれ以降、親しく声をかけていただくことが多くなった。
「はい、どうやらそのようなのですが。私だけが美味しいコーヒーを飲んでいることが、リドル様に申し訳なくて。。。」
リドル様は魔力があるので、私に美味しいコーヒーを飲ませることができるが、私にはほとんど魔力がないので、コーヒーに魔法をかけることができない。
私もリドル様を喜ばせたいと思っているのに。。。
私がそう言うと、王女殿下は何故か少し微笑んで、
「あら、私と同じね。」
と言った。
「どういうことですか?」
王女殿下は魔力量がとても多いはずなのにと思い、私がそう尋ねると、王女殿下は意外なことを話し始めた。
「どうやら、コーヒーに魔法をかけるのは相応しい魔力量があるらしいのよ。私は多すぎでダメだったわ。危うく、ジェラルドを殺してしまうところだった。。。」
ジェラルド様は、王女殿下の婚約者だ。
「医者には、もう二度とコーヒーを淹れないように釘を刺されたわ。魔力が入りすぎてしまって、ジェラルドを魔力過多で一週間も寝込ませることになってしまったの。」
そういえば、以前、アメリアさんがルバート様の淹れたコーヒーは強すぎて酔うと言っていたのだけれど、それの酷い症状ということだろうか。
魔力があればあったで悩みがあるのだなと思っていると、王女殿下はふと思いついたように、私にある提案をしてきた。
「そうだわ。今、シンシアは魔法のコーヒーが淹れられるコーヒーメーカーの開発をしているのよね?今、いいアイデアを思いついたのだけれど、試してみてくれないかしら?」
そう言って、王女殿下は一つの石を手に取ると、それに魔力を込めた。
石は王女殿下の手の中で光を放ち、その光が止んだ時、石は魔石に変わっていた。
「そんなことができるんですね。」
驚く私に、王女殿下は石をもう一つ手に取り、私の手の上に置いた。
「シンシアも作ってみたらいいのよ。少し手伝ってあげるから。心の中で、リドルのことを思い浮かべてみて?」
王女殿下が石を握った私の手を包み込むように握り、力を込める。
言われた通りにリドル様のことを思い浮かべてみる。
出会いから、これまでの九年間の感謝と自分の思いを込める。
王女殿下から、優しい魔力が流れてくるのを感じる。
しばらく後、両手を広げると、そこには王女殿下が作った魔石とは違う色の魔石が出来上がっていた。
王女殿下のところから帰った私は、その日の雑務を終えると、急いで作業台へと戻って作業を開始した。
リドル様はまだ帰って来ていない。
リドル様は魔法のコーヒーに拘らなくてもいいと言ってくれているので、またやっているところを見られるわけにはいかなかった。
けれど、今日は、王女殿下が授けてくださった、特別な魔石がある。やらないわけにはいかない。
しかし、その魔石を前に、どのような文様を描いたらいいのか分からず、私は途方に暮れた。
これまでにもいくつもの文様を試してみてはいたが、美味しいコーヒーを淹れられる魔力は引き出せなかったからだ。
父は新しい文様を次々に生み出した人だった。
父はよく『魔石が教えてくれる』と言っていた。
でも、私の目の前にある魔石は、私に何も教えてはくれない。
両手に乗せた魔石を睨むように見つめる。
と、その時、そんな私の視線を遮るように、誰かの手が私の手の上に重ねられた。
驚いて見上げると、すぐ後ろにリドル様が立っていた。
「シンシア、もういいんだよ。」
そう言って、リドル様は私の体を横に向かせた。
魔石を握ったままの私の手を、リドル様の手が優しく包み込む。
そして、リドル様はそのまま私の前に跪いた。
「シンシア。コーヒーは、魔法がかかるから美味しいんじゃない。二人で飲むから美味しいんだ。これからも、ずっと一緒にコーヒーを飲んで欲しい。だから、俺と結婚してくれないか。」
リドル様がそう言って、少し照れたように微笑む。
その瞳には、私が映っている。
驚いて声を失った私の脳裏に、突然一つの文様が浮かんだ。
手の中にある魔石が、ほんのりと温かくなるのを感じる。
私は微笑んで、リドル様の言葉に頷いた。
私がリドル様に特別美味しいコーヒーを淹れてあげられたのは、そのすぐ後のことだった。
私が男装している理由を知った王女殿下は、即刻、魔具技師養成学校の門戸を女性にも開放するように言ってくれたのだという。
早くも、次の春から魔具技師養成学校は女性も入学できるようになるとのことだった。
また、王太子殿下のご推薦もあって、私は魔具技師名簿に名前を載せていただけることにもなった。
こうして、私はこの国で最初の女性魔具技師として正式に認められることになったのだ。
あの日、あの馬車に乗ったことで、こんなに世界が拓けるなんて。
◇
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何事かと驚く私をじろじろと見つめた侍女達は、
「あら、本当!」
「さすが姫様ですわ!」
「これは腕が鳴りますわね!」
などと口々に言っていて、私の質問には誰も答えてくれなかった。
侍女とはいえ、皆貴族には違いない。
私が逆らうことなどできるわけもない。
「リドル様もすぐいらっしゃいますから、ご安心くださいませ。」
という言葉に、おそらく仕事関係のことなのだろうと思い、大人しくしていることにする。
けれど、まず通されたのは豪華な一室だった。
目の前には先日お会いしたばかりの王女殿下がおられ、そして、それよりも高い位置にもう一人女性が座っておられた。
王女殿下より身分が高い女性など、この国には一人しかいない。
低頭する私に対し、王女殿下が声をかけられる。
「顔を上げてちょうだい。あなたを呼んだのは、お母様に見ていただくためなのだから。」
と言って微笑まれた。
恐る恐る顔を上げると、王妃様が訝しんだような顔でこちらを見ていた。
そして、立ち上がって私の側に来ると、いつかの王女殿下のように私をじろじろと見つめながら、周りを一周した。
「まあ、本当なのね。『事実は小説より奇なり』とは言うけれど、まさか本当に女性だなんて!」
その一言にぎくりとする。
バレた!
と焦る私を余所に、王女殿下の指示で現れた侍女達に再び連れ去られ、気がつけばドレス姿にされていた。
そのままリドル様の前に連れて行かれた時にはどうしようかと思ったが、リドル様は怒ることもなく、そのまま私を受け入れてくれた。
けれど、問題だったのはここからで、何故か私とリドル様は以前から恋人同士だったということになっていた。
すぐ誤解を解かなければならないと思ったのだが、リドル様は何故かそれをしなかった。
後で知ったことなのだが、リドル様は王女殿下が書かれた本と、男装した私が側にいたことなどが原因で、男色家という噂が流れていたのだという。
だから、初めはその噂が消えるまでのことなのだと思っていたのだが。。。
その噂が消えてもリドル様がそれを否定しないまま、もう数ヶ月が過ぎた。
リドル様が私を女性としてあつかうようになったこともあり、今、私とリドル様の関係は前とは違うものになりつつある。
変わったのはそれだけではない。
「シンシア、そろそろ休憩にしよう。コーヒーを淹れたから。」
リドル様が私を呼ぶ声が休憩室の方から聞こえる。
また先に淹れられてしまったと悔やむが、もう遅い。
一旦手を止めて、作業台から立ち上がる。
休憩室へ行くと、そこにはコーヒーカップが二つ用意されていた。
最近、リドル様がコーヒーを淹れてくれることが増えていた。
以前から淹れてくれることはあったのだが、確実に回数が多くなっている。
しかも、ハンドドリップで淹れることを好むようになった。
理由は分かっている。
魔力を込めるためだ。
リドル様に促されるまま、向かいの席に座り、コーヒーを飲む。
向かいに座ったリドル様がニコニコと微笑みながら、その様子を見つめてくる。
それがもう堪らなく恥ずかしい。
リドル様が淹れてくれたコーヒーははっきりと分かるほど、以前とは味が変わっていた。
一口飲んだだけで、甘さを感じるほど豆の風味と果実の香りが引き出され、全身の細胞がほんのりと温かくなるような喜びで満たされる。
そう、魔法のコーヒーだ。
ルバート様がコーヒーメーカーで淹れたコーヒーに文句をつけたくなるのも分かる美味しさだった。
けれど、私はそのことを心から喜べずにいた。
私が王女殿下の元を訪れたのは、そんな想いを抱えていた時だった。
王女殿下はしばらく執筆活動をお休みするとのことで、今、霧発生装置の整備は私が行うようになっていた。
「シンシア、どうしたの?そんな浮かない顔をして。リドルと両思いになったんでしょう?」
王女殿下には、あれ以降、親しく声をかけていただくことが多くなった。
「はい、どうやらそのようなのですが。私だけが美味しいコーヒーを飲んでいることが、リドル様に申し訳なくて。。。」
リドル様は魔力があるので、私に美味しいコーヒーを飲ませることができるが、私にはほとんど魔力がないので、コーヒーに魔法をかけることができない。
私もリドル様を喜ばせたいと思っているのに。。。
私がそう言うと、王女殿下は何故か少し微笑んで、
「あら、私と同じね。」
と言った。
「どういうことですか?」
王女殿下は魔力量がとても多いはずなのにと思い、私がそう尋ねると、王女殿下は意外なことを話し始めた。
「どうやら、コーヒーに魔法をかけるのは相応しい魔力量があるらしいのよ。私は多すぎでダメだったわ。危うく、ジェラルドを殺してしまうところだった。。。」
ジェラルド様は、王女殿下の婚約者だ。
「医者には、もう二度とコーヒーを淹れないように釘を刺されたわ。魔力が入りすぎてしまって、ジェラルドを魔力過多で一週間も寝込ませることになってしまったの。」
そういえば、以前、アメリアさんがルバート様の淹れたコーヒーは強すぎて酔うと言っていたのだけれど、それの酷い症状ということだろうか。
魔力があればあったで悩みがあるのだなと思っていると、王女殿下はふと思いついたように、私にある提案をしてきた。
「そうだわ。今、シンシアは魔法のコーヒーが淹れられるコーヒーメーカーの開発をしているのよね?今、いいアイデアを思いついたのだけれど、試してみてくれないかしら?」
そう言って、王女殿下は一つの石を手に取ると、それに魔力を込めた。
石は王女殿下の手の中で光を放ち、その光が止んだ時、石は魔石に変わっていた。
「そんなことができるんですね。」
驚く私に、王女殿下は石をもう一つ手に取り、私の手の上に置いた。
「シンシアも作ってみたらいいのよ。少し手伝ってあげるから。心の中で、リドルのことを思い浮かべてみて?」
王女殿下が石を握った私の手を包み込むように握り、力を込める。
言われた通りにリドル様のことを思い浮かべてみる。
出会いから、これまでの九年間の感謝と自分の思いを込める。
王女殿下から、優しい魔力が流れてくるのを感じる。
しばらく後、両手を広げると、そこには王女殿下が作った魔石とは違う色の魔石が出来上がっていた。
王女殿下のところから帰った私は、その日の雑務を終えると、急いで作業台へと戻って作業を開始した。
リドル様はまだ帰って来ていない。
リドル様は魔法のコーヒーに拘らなくてもいいと言ってくれているので、またやっているところを見られるわけにはいかなかった。
けれど、今日は、王女殿下が授けてくださった、特別な魔石がある。やらないわけにはいかない。
しかし、その魔石を前に、どのような文様を描いたらいいのか分からず、私は途方に暮れた。
これまでにもいくつもの文様を試してみてはいたが、美味しいコーヒーを淹れられる魔力は引き出せなかったからだ。
父は新しい文様を次々に生み出した人だった。
父はよく『魔石が教えてくれる』と言っていた。
でも、私の目の前にある魔石は、私に何も教えてはくれない。
両手に乗せた魔石を睨むように見つめる。
と、その時、そんな私の視線を遮るように、誰かの手が私の手の上に重ねられた。
驚いて見上げると、すぐ後ろにリドル様が立っていた。
「シンシア、もういいんだよ。」
そう言って、リドル様は私の体を横に向かせた。
魔石を握ったままの私の手を、リドル様の手が優しく包み込む。
そして、リドル様はそのまま私の前に跪いた。
「シンシア。コーヒーは、魔法がかかるから美味しいんじゃない。二人で飲むから美味しいんだ。これからも、ずっと一緒にコーヒーを飲んで欲しい。だから、俺と結婚してくれないか。」
リドル様がそう言って、少し照れたように微笑む。
その瞳には、私が映っている。
驚いて声を失った私の脳裏に、突然一つの文様が浮かんだ。
手の中にある魔石が、ほんのりと温かくなるのを感じる。
私は微笑んで、リドル様の言葉に頷いた。
私がリドル様に特別美味しいコーヒーを淹れてあげられたのは、そのすぐ後のことだった。
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