美味しい珈琲と魔法の蝶

石原こま

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31.エピローグ(2)

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「大丈夫ですか?」

 咄嗟に支えて、そう尋ねる私に、

「さすがに疲れたな。」

 と言って、ルバート様が笑った。
 宿場ごとに休憩はとられたそうなのだけれど、普通三日かかるところを一日もかからずに駆けてきたのだ。
 早く会えて嬉しいけれど、もう二度とやらないでほしいとお願いしなければと思う。

「どこか座れるところへ行きましょう。」

 とは言ったものの、まだ夜も明けない時間であるし、寝ているはずの家族のことを思うと母屋に通すのも気が引ける。
 そういえばと思いついて、ルバート様を勝手口近くの作業場へご案内する。
 屋根もあるし、作業の途中などで休憩を取れるようになっているのだ。
 
「少しここでお待ちください。」

 ルバート様をベンチにご案内して、勝手口からキッチンへと入る。
 もちろん、コーヒーをご用意するためだ。
 自分の魔力がどれくらい強いのか、コーヒーにどれくらいの魔法がかかるのかは分からないが、少しでもルバート様のお疲れを癒せればと思う。
 祖母が祖父にやったようにはできないかもしれないが、少しでも力になれればいい。
 そう願いながら、コーヒーを淹れる。

「お待たせしました。」

 そう言って、差し出したコーヒーを受け取られたルバート様は、一口飲まれて、

「ああ、本当に美味しいな。体の底から疲れが取れていくようだ。」

 と感慨深い表情で言って、微笑まれた。
 やはり魔力が入っているのか、少し顔の隈も取れたような気もする。

 そして、その後、

「いつも美味しいコーヒーを淹れてくれて、本当にありがとう。」

 と言ってくださった。

「いえ、そんな・・・。私が勝手にやったことです。」

 こんな風に感謝の言葉をいただくなんて思わなかったので、胸がいっぱいになってこれ以上返す言葉が見つからない。

「そういえば、俺もコーヒーの淹れ方を練習したんだ。だから、今度、アメリアに俺の淹れたコーヒーを飲んでほしい。アメリアの好きな味になっているはずだ。」

 そう言って、ルバート様が私を見つめた。
 深い海のような色の瞳に、私が映っている。
 リドル様にコーヒーの秘密を聞いたのだろう。
 私が今まで込めた想いも知られているのかと思うと、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

「ぜひ、お願いします。」

 顔が熱くなるのを感じながら、何とか言葉を紡ぎ出す。
 そして、ルバート様の淹れてくださるコーヒーは、どんな味なのだろうかと想像する。
 ルバート様は魔力がお強いから、きっと上手に淹れられるに違いないなどと思っていると、ルバート様がコーヒーカップを持っていない方の手で私を抱き寄せた。
 これまで、ルバート様との間には周囲に誤解を生じさせないよう、適切な距離が保たれていたのだけれど、その反動だろうか。
 ルバート様は、しばらく私を離すつもりがないようだ。
 調子に乗って、私も少し体を預けてみる。

 それから、ルバート様は、私がルバート様とクレア王女の婚約を勘違いした理由などについて、お話し下さった。
 女子高等部では有名な話だったのだけれど、ルバート様曰く、色々な話が混ざって、間違った噂話として広まっていたのだろうとのことだった。
 確かに、クレア王女は公爵家の子息と婚約していたが、それはルバート様の兄上であること。
 そして、婚約者のために研究を頑張っているというのは、ルバート様ではなくソフィア様のことだろうとのことだった。
 ついでに、ルバート様がいつから私のことを特別に想っていてくださったかなども、詳しくご説明いただくことになり、もう途中から身体中が熱でおかしくなりそうだった。
 これも、今までの反動なのだろうか。
 さっきから求愛の言葉が止まらないし、いつの間にかルバート様の膝の上に座らされているし、距離感がおかしい。

 と、その時。
 ガチャンと大きな音が響き、何かが落ちた音がした。

 そこには驚き、固まっている父がいた。

「る・・・るる、る・・・ルバート様!?」

 父の声に気づいたルバート様が、ガタッと音を立てて立ち上がる。

「セルフィス殿、こんな朝早くから申し訳ない。然るべき時に、また正式な挨拶に伺おうと思ってはいたのだが、この度、アメリア嬢に求婚させていただきたいと思ってだな。少し気が急いてしまって申し訳ない。」

 ルバート様が父に何かおっしゃられている。
 父の表情は見えないが、おそらく相当驚いているだろう。
 しかし・・・

「お・・・おろ、おろしてください。ルバート様。」

 ルバート様の腕に抱きかかえられたまま、私は必死で声を絞り出した。
 これ以降、おかしくなってしまったルバートとの距離感に、私は終始悩まされることになるのだった。

 もう、本当にどうしていいか分からない。
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