美味しい珈琲と魔法の蝶

石原こま

文字の大きさ
上 下
33 / 50

30.エピローグ(1)

しおりを挟む
『全部、アメリアと一緒にいるためにやったことだ。』

 先日、リドル様が置いていった口述筆記魔具から出力された紙に印刷された文字を、何度も何度も読み返す。

 これは本当にルバート様の言葉なのだろうか。
 とても信じられない。
 もう何年も前から、私との結婚を目標にされていたなんて。

 夢を見ているんじゃないかと思う。
 リドル様が帰られた後、父に確認したのだけれど、コーヒーが特別な魔力を得るのは、お互いが想いあっている間柄ではないとダメだと言っていた。
 けれど、それを聞いた後でも、とても信じられない。

 その紙が届いた後、ルバート様からは
『今すぐそちらへ向かう』
 と連絡があった。

 けれど、すぐと言っても、ここは辺境伯領だ。
 三日はかかる。
 早く会いたいけれど、全て夢だったらどうしようとも思ってしまう。
 一度眠りについたものの、やはり眠れずに何度も紙の束を読み返すうち、外が白んできたのが分かった。
 ここで待っていないで、せめて領都でお迎えしようかと思っていた時、外で馬のいななきが聞こえた気がした。

 まさか、と思う。
 まだ一日も経っていない。
 窓を開けてみたものの、今日も霧が濃くて、何も見えない。
 空耳だとは思ったけれど、どうせ眠れないのだと思い、上着を羽織って外へ出てみることにした。
 
 家の門まで近づいた時、私は空耳でなかったことを知った。
 そこには、一頭の馬を従えたルバート様が立っていらした。
 供の一人も付けず、単騎でいらしたようだ。

 ルバート様が、こちらに気づき、柔らかく微笑まれる。

「アメリア、すまない。起こしてしまっただろうか。」

 聴き慣れた低い声が、私を呼ぶ。
 ああ、もう二度と聞くことはないと思っていたのに。
 胸がいっぱいで、言葉が出てこない。

 私が首を左右に振ると、目の前までいらしたルバート様が、

「これが夢でないといいのだが。」

 と呟かれた。
 そして、次に

「触れてもいいだろうか。」

 と尋ねられた。

 夢を見ているのは、私の方かもしれないと思う。
 夢なら醒めないでほしいと思いながら頷くと、ルバート様がふわっと包むように私を優しく抱きしめた。

「アメリア、すまなかった。ずっと誤解させていたようだ。俺の言葉が足りなかった。ちゃんと伝えるべきだったのに、本当にすまない。」

「いいえ、いいんです。私の方こそ、きちんと最後まで話を聞かず、遮ってしまって申し訳ありませんでした。」

 ああ、あの時、ちゃんと最後まで話を聞いていれば、こんな苦しい想いをせずに済んだのにと思う。
 でも、あの時は、まさかルバート様が私のことを気にかけてくださっているなんて思いもしなかったのだ。

「もう一度、やり直させてほしいんだが、いいだろうか。」

 ルバート様はそう言って跪き、私の顔をじっと見つめた。
 自分の顔が赤くなるのが分かる。
 私が「はい」と返事をすると、ルバート様は大きく息を吸い、一度吐いた後、また大きく息を吸った。

「アメリア、これからもずっと側にいてほしい。俺と結婚してほしい。」

 ルバート様の言葉が、真っ直ぐ心に届いた。
 何か気の利いた返事をした方がいいのかもしれないと思ったけれど、「はい」と頷くことしかできない。
 胸がいっぱいになる。
 ルバート様が再び立ち上がり、私を抱きしめた。
 今度は、さっきよりも少し強く抱きしめられる。
 ルバート様の香りに包まれて、心臓がどうにかなりそうだ。

 ルバート様が不意に腕を緩められて、私の肩に手を置いた。
 促されるように顔を上げると、ルバート様の唇がいつかのように私の額に触れた。
 そして、次に、私の唇に重なる。
 全身の血が逆流して、沸騰してしまうかと思う。

「ああ、やっとだ。」

 ルバート様が一人言のように呟いた。
 再び抱きしめられて、もうどうしていいか分からなくなっていると、ルバート様が私から手を離し、急によろけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない

高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。 王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。 最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。 あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……! 積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ! ※王太子の愛が重いです。

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

【完結】強制力なんて怖くない!

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のエラリアは、十歳の時に唐突に前世の記憶を取り戻した。 どうやら自分は以前読んだ小説の、第三王子と結婚するも浮気され、妻の座を奪われた挙句、幽閉される「エラリア」に転生してしまったらしい。 そんな人生は真っ平だと、なんとか未来を変えようとするエラリアだが、物語の強制力が邪魔をして思うように行かず……? 強制力がエグい……と思っていたら、実は強制力では無かったお話。 短編です。 完結しました。 なんだか最後が長くなりましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。 彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。 優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。 王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。 忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか? 彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか? お話は、のんびりゆったりペースで進みます。

処理中です...