美味しい珈琲と魔法の蝶

石原こま

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27.美味しい珈琲の秘密(2)

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「ルバート様のお側にいるのが辛くなってしまったのです。」

 涙が勝手にぽろぽろと溢れてきた。

「ごめんね、アメリア。泣かせるつもりはなかったんだ。俺はずっと、アメリアがルバートをどう思ってるのか分からなかったんだ。アメリアはいつも俺たちに一線を引いていたし、もしルバートの独りよがりなんだったら申し訳ないと思ってた。」

 リドル様が、まるで子供に諭すように話しかける。

「どういう意味ですか?」

 だんだん話が見えなくなってくる。独りよがりって、どういう意味なんだろうと思う。

「でも、この前、アメリアが淹れてくれたコーヒーを飲んだ時に気づいたんだよ。研究室で飲むコーヒーは、いつも苦味が強かった。でも、俺のために淹れてくれたコーヒーはそうじゃなかった。研究室で飲んだ何千杯というコーヒー、それは全て、あいつの好きな味になってた。つまり、全てルバートのために淹れたコーヒーだったんだろ?」

 ああ、やはりリドル様には知られてしまったと思った。
 自分の魔力は、自分では分からない。
 だから、私には味の違いが分からない。
 でも、飲み慣れているリドル様がそうおっしゃるということは、それだけ私の気持ちがコーヒーにこもっていたのだろう。

「アメリアがコーヒーには淹れた人の魔力が入るって言ってたのを聞いて、俺、あれから色々調べたんだ。そしたら、西国では、特別な想いを込めて淹れた珈琲には特別な魔力が宿るとされているそうだね。ルバートが何度も言ってた、アメリアの淹れたコーヒーはすごく美味しくて、飲むと疲れが取れるって言ってた意味が、それで分かった。俺がどんなに頑張ってもアメリアのコーヒーには近づけなかったわけだよ。だって、ルバートはいつも特別なコーヒーを飲んでいたんだからね。」

 ルバート様がこのことを知らないといいなと思った。
 勝手にそんなコーヒーを飲まされていたなんて知ったら、気持ち悪いと思われてしまうかもしれない。

「ルバート様には言わないでいていただけますか?」

 気づいたら、そう口にしていた。
 ルバート様の重荷になりたくない。

「え、俺からは言わないけど、どうして?」

「ルバート様のご結婚に水を差したくないのです。そうだ。クレア様にコーヒーの淹れ方を覚えていただければいいんですね。そうすれば、また美味しいコーヒーが飲めるようになりますね。」

 と自分で言って、虚しくなる。

 きっとクレア様の方が上手に淹れられるようになるはずだ。
 なぜなら、お二人は十年もの時を経て、やっと結ばれた恋人同士なのだから。

 けれど、私の言葉に、リドル様はとても驚かれた顔をした。

「ん?なんか、俺、話が見えなくなってきた。何で突然クレア王女が出てきたの?」

 研究室の先輩方が、ルバート様が結婚の準備を始められるという話をしていたはずだけれど、リドル様が知らないなんてことあるのだろうかと不思議に思う。

「ルバート様は、クレア様と結婚されるのではないのですか?」

 私がそう尋ねると、何故かリドル様は額に手をあてて、考え込み始めた。

「え?何で、アメリアはルバートがクレア王女と結婚するって思ってるの?」

 何故と言われてもと思う。

「ルバート様が、婚約者であるクレア様のために研究をされているのは、初めから知っていました。それに以前、ルバート様がフェリクス様とお話しされているのを偶然聞いてしまいまして・・・その時、姫が目覚めなければ、自分の結婚はないと。」

 私がそう答えると、リドル様はまた大きくため息をつかれた。

「ああ、そういうことね。あー、やっと意味が分かってきた。でも、それは違うよ。ルバートとクレア王女は、たぶん目を覚ました時が初対面じゃないかな?いや、色々分かったよ。あいつが何も言ってないってことがよく分かった。」

 ルバート様とクレア様は結婚されない?
 では、何故ルバート様は、姫が目覚めなければご自身の結婚はないとおっしゃられたのだろう。

 未だ話の意図が見えない私に、リドル様はしばし考え込み、そしてしばらくした後、こう言った。

「アメリア。コーヒーが特別美味しくなるには、もう一つ条件があるって知ってる?一方が特別な想いを込めるだけじゃダメなんだ。お互いが想い合ってないと特別美味しいコーヒーにはならないらしいよ。」

 リドル様の言葉が、まるでさざなみのように心に広がる。

 お互いが想い合ってないと特別なコーヒーにはならない?

 そして、リドル様は続ける。

「これは俺から言うことじゃないから、ちゃんとルバートから説明させるよ。ああ、でもあいつの文章力じゃ、ちゃんと伝わるかどうか怪しいよな・・・。」

 と独り言のように呟いてから、はたと手を打った。

「俺、今いいことを思いついた!ルバートのやつ、埋まりたいって言ってたし、ちょうどいいかもな。」

 そう言って、リドル様は不敵な笑みを浮かべられた。
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