美味しい珈琲と魔法の蝶

石原こま

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19.魔法の蝶(1)※ルバート

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 アメリアが辺境伯領に帰ったと聞いた時、俺はまだ夢を見ているんじゃないかと思っていた。
 けれど、何度起きても夢は醒めない。悪夢は終わらない。

 アメリアが辺境伯領に到着したと思われる頃、俺は久しぶりに大学の研究室を訪れていた。

「ルバート様。アメリアさんが最後に餌をあげてくれたみたいですけど、俺、明日帰省するので、持って帰ってくださいね。」

 到着するや否や、待ち構えていた一年生に箱を手渡された。
 ゴルゴーンオオルリアゲハの幼虫が入っている飼育箱だ。
 久しぶりに開けてみると、アメリアが入れてくれたであろう新鮮な青葉の下で蠢く幼虫達の姿があった。ゴルゴーンオオルリアゲハは幼虫の姿で越冬するのだ。
 ソフィアに醜悪の極みと言わしめたその姿も、アメリアに言わせれば、気持ち悪いと可愛いを合わせた「きもかわいい」らしかった。
 飼育の手伝いをするようになってからは「最近は可愛いが勝ってます」とのことで、こっそりと「ゴルちゃん」と呼んでいるのを見かけることもあった。

 そんなアメリアの愛情ある世話のおかげでだいぶ数を増やしたゴルゴーンオオルリアゲハだが、今回の眠り姫病の治療に役立ったこともあり、大半は他の研究室や植物園へ寄贈されていた。
 もう、手元に残ったのは、この一箱だけだ。

「お前たちもアメリアがいなくて淋しいか。」

 馬鹿みたいに幼虫たちに話しかけてみる。
 もちろん何も答えはしないが、ムシャムシャと音を立てて青葉を喰む音が非難の音のようにも聞こえてくる。

 そして、去年の夏至の出来事を思い出す。
 あの時、俺は迷っていた。
 その2年前から取り組んでいたクロノスサバクネズミを使った眠り姫病治療薬の実験結果が思わしくなかったからだ。
 クロノスサバクネズミは、大型のサボテンであるクロノスコリファンタに依存して生きる小さなネズミだ。
 それは、クロノスコリファンタが枯れると、次の株が成長するまで、仮死状態のまま数年を生きることで知られていた。
 クレア王女の症状を調べていくうち、眠り姫病の症状が、そのクロノスサバクネズミで起きている現象に近いことまでは分かったのだが、その治療方法については結論を出しきれずにいた。

 眠り姫病は魔力欠乏症の一種だ。
 魔力欠乏症の一番重篤な症状と言える。
 生き物は皆、体内に魔力を巡らすことで生きている。
 魔力欠乏症は何らかの理由で魔力のバランスが崩れた時、体のあちこちに支障をきたす病なのだが、眠り姫病では臓器などで魔力を消費させないよう、体が極限まで生命活動を制限していると考えられていた。
 通常の魔力欠乏症は魔力を補ってやることで治るが、眠り姫病の患者は臓器が活動していないため、薬も受け付けなければ、注射をしても血が巡らないため魔力を補う方法が分からずにいた。

 クロノスサバクネズミは、枯れたクロノスコリファンタの地下におり、何らかの方法でクロノスコリファンタから魔力を補って目を覚ますと思われていたが、姫を砂漠に埋めるわけにもいかない。
 二年前に砂漠から掘り出したクロノスサバクネズミ数十匹を検体として、さまざまな実験を行ってきたが、魔力は多く補えばいいというわけではない。
 少な過ぎれば効果はないし、多過ぎては魔力暴走を引き起こしかねない。
 その時は、魔法薬を調合した水にクロノスサバクネズミを浸すことで、ちょうどいい濃度の薬の配分や時間を割り出そうとしていたのだが、ほんの数滴、数秒の違いでクロノスサバクネズミは魔力暴走を起こして死んでしまった。

 姫は一人しかいない。失敗は許されない。
 そんな俺の気の迷いが、あの夏の事件を引き起こしてしまったのだ。
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