美味しい珈琲と魔法の蝶

石原こま

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10.アメリアとの出会い(2)※ルバート

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 アメリアはほぼ強制的に眠り病研究室の補助員にさせられたにも関わらず、毎日熱心に通って来て、俺のメモを清書していた。
 本人が辞めたいと言い出したら、いくらソフィアでも止めはしないだろうと思い、初めの頃わざとアメリアにキツく当たってみたこともあるのだが、アメリアは弱音を吐くこともなかった。
 研究室の隅で、俺の文字を一生懸命書き取り、分からない言葉には印をつけて、自分で調べている姿を見かけることもあった。
 清書するだけではなく、分からないところがあればきちんと質問し、まだ高等部で学んでいないことばかりのはずなのに、理解しようとしている姿勢には好感を持った。
 表面だけの知識で満足し、曖昧な知識のままでいる他の学生にも見習って欲しいところだ。
 ただ、一点だけ気になったのは、アメリアがいつも必要以上に萎縮していることだった。
 初めは、貴族の令息が多いためなのだろうと思っていた。
 けれど、原因はそれだけではなかった。

「この研究室はな、本来、お前のような田舎娘が出入りを許されるようなところじゃないんだぞ!分かってんのか!」
「眠り姫病研究室は、王太子フェリクス様が創設された由緒正しい研究室なんだぞ。」
「そもそも平民なんだから、これはお前が洗っておけ。貴族の命令は絶対だ!いいな!」

 ある日、研究室前の廊下で、そう行ってアメリアを囲んでいる三人の学生たちの姿を目にした。
 皆、貴族の次男三男で、頭は悪くないものの出世欲ばかりが目立ち、あまり熱心に研究しないことで有名な学生たちだった。

 フェリクスが創設したこともあり、眠り姫病研究室にはフェリクスに取り入ろうという下心を持って入ってくるものもある程度いた。
 貴族の子息とはいえ、次男三男では家督を継ぐこともできないため、少しでもフェリクスに己の優秀さをアピールしようとしているのだ。
 実際、優秀なものも多かったので、そのままにしていたのだが、自分たちの親の爵位を盾にして、しかもまだ高等部の学生であるアメリアにそんなことを言う輩がいるなんて、全く許し難いことだった。

「はい」と小さく答えて、アメリアが大量の使用済みシャーレなどが入った箱を持って、走っていくのが見えた。

 こんなことが日常的に行われていたとすれば、この研究室の責任者である俺の監督責任だ。
 アメリアが去っていくのを満足げに見ているようだった3人の学生に、後ろから声をかける。

「ほー。俺の記憶が正しければ、この眠り姫病研究室は、身分を問わず志ある者の入室が許されているはずだが。」

 ビクッと一瞬肩を震わせて、三人がこちらに振り返った。

「フェリクスは、学問の前では身分の貴賎はないと言わなかったか?」

 三人とも真っ青な顔をしている。

「もし、その理念を理解していないものがいたとするならば問題だな。この研究室にいる資格はない。そうは思わないか?」

 そう言うと、その三人は俺が言いたいことを理解したようだった。

 けれど、今後も同じようなことがないとは言い切れない。
 そこで、リドルと相談し、アメリアを俺専任の助手にすることになった。
 専任補助として、毎日のように顔を合わせるようになると、メモを清書するより、直接話したことをメモする方が圧倒的に効率的だと気づいた。
 言い訳になるが、一応この頃、俺なりに字を綺麗に書く努力はしていた。
 それが実ったとは言わないが・・・。

 アメリアは非常に優秀だった。
 祖父の口述筆記もやっていたことがあるらしく、俺が言った言葉をそのまま書き写すのではなく、上手に要約して、俺が話したことをより分かりやすくまとめる能力に長けていた。
 また、魔術に関する興味があり、この国の女性の大学への進学率は非常に低いのだが、将来、大学に進んで魔術を学びたいと思っているとのことだった。
 しかも、アメリアはソフィアが最大の問題点として、絶対にアメリアには見せないようにと何度も念を押した俺の趣味にも理解があったのだ。
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