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8. 最後の会話 (2)
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大嘘をついてしまった。
もうこれくらいしか断る口実を思いつかなかった。
私ももう結婚適齢期を過ぎている。
私自身の結婚準備のためなら、ルバート様は私を引き止めないだろうと思った。
すぐにバレてしまう嘘かもしれないけれど、破談になったとか、いくらでも言い訳はできる。
実際、母には早く結婚相手を決めるように言われているのだ。
このまま帰れば、そうなるのも時間の問題かもしれない。
不用品を持ち、それを外に持ち出すためを装って、ルバート様に顔を見られないように出口へ向かう。
出口へ向かう間、大きく息を吸って、気持ちを落ち着ける。
たぶん、これが最後になる。
後の片付けは私がいなくても大丈夫なはずだし、辺境伯領に戻ったら、おそらくもう二度と会うことはない。
この姿が、少しでもルバート様の記憶に残るのであれば、最後くらい笑顔でいなければ。
表情筋を総動員して、泣きたがる顔を無理矢理笑顔に変える。
「長い間、お世話になりました。あまり無理なさらないよう、お体には気をつけてくださいね。これからもルバート様のご活躍をお祈りしております。」
では、お先に失礼します。と言って、頭を下げた。
少し涙が滲むのを堪えられなかったけれど、ここを離れることへの感傷だと思ってもらえないだろうか。
でも、どうせ最後だ。どう思われたっていい。
「…ああ。」
ルバート様は驚いた顔をされていたけれど、それ以上は何も言わなかった。
***
あの日を最後にしようと思ったものの、やはりまだ私でないと処分方法が分からないものがあるとのことで、辺境伯領に帰る前日、私は同期に呼び出されて再び研究室に来ていた。
ルバート様はあの後、領地へ戻られたとのことで、それきり研究室には顔を出していないとのことだった。
私が実家に帰ることにしたと言うと、皆、すごく驚いていた。
そこまで驚くことかしら?と思ったけれど、皆、私がルバート様から言われた言葉を聞けば納得してくれるだろう。
屋根裏に住んで、生涯ルバート様のお世話をし続けるなんて、耐えられない。
もちろん、私の口から言うことはないが。
「アメリア、実家に帰るの?一時帰郷じゃなくて?えっ?なんで?」
「ルバート様・・・、どうするんだろうな。大丈夫かな?」
「いや、大丈夫じゃないだろ?」
などという皆が口々に言っている声を、何処か遠くから聞いているような気持ちになる。
ルバート様はとても優秀だけれど、字は汚いし、研究への熱意ゆえに怖い人でもあった。
渡される仕事量も膨大だったし、繰り返ししつこく何度もやり直しを要求された時などは、魔王かと思うこともあった。
けれど、眠り姫病の解明に、誰よりも全身全霊を捧げている人だった。
いつ自宅に帰っているのだろうかと思うほど、ほぼ研究室に住み着いていたし、私たち研究室のメンバーの何倍もの仕事量をこなしていた。
魔術の研究のためならば、地位も何もかも投げ捨てて、知識と好奇心だけを携え、どこへでも飛び込んでいく人だった。
泳ぎかたも知らないまま海に投げ出された子供のように、魔術の知識の海で何度も溺れそうになる私のことを、時には怒鳴りつけながらも、いつも最後にはちゃんと導いてくれたのだ。
だから、次の人も大丈夫。
絶対に導いてくれる。
こんな、何の取り柄もない私でもできたのだから。
「大丈夫ですよ。すぐ慣れますって。私より優秀な方はたくさんいますから。」
私はそう言って笑った。
多分、今日は上手に笑えたと思う。
もうこれくらいしか断る口実を思いつかなかった。
私ももう結婚適齢期を過ぎている。
私自身の結婚準備のためなら、ルバート様は私を引き止めないだろうと思った。
すぐにバレてしまう嘘かもしれないけれど、破談になったとか、いくらでも言い訳はできる。
実際、母には早く結婚相手を決めるように言われているのだ。
このまま帰れば、そうなるのも時間の問題かもしれない。
不用品を持ち、それを外に持ち出すためを装って、ルバート様に顔を見られないように出口へ向かう。
出口へ向かう間、大きく息を吸って、気持ちを落ち着ける。
たぶん、これが最後になる。
後の片付けは私がいなくても大丈夫なはずだし、辺境伯領に戻ったら、おそらくもう二度と会うことはない。
この姿が、少しでもルバート様の記憶に残るのであれば、最後くらい笑顔でいなければ。
表情筋を総動員して、泣きたがる顔を無理矢理笑顔に変える。
「長い間、お世話になりました。あまり無理なさらないよう、お体には気をつけてくださいね。これからもルバート様のご活躍をお祈りしております。」
では、お先に失礼します。と言って、頭を下げた。
少し涙が滲むのを堪えられなかったけれど、ここを離れることへの感傷だと思ってもらえないだろうか。
でも、どうせ最後だ。どう思われたっていい。
「…ああ。」
ルバート様は驚いた顔をされていたけれど、それ以上は何も言わなかった。
***
あの日を最後にしようと思ったものの、やはりまだ私でないと処分方法が分からないものがあるとのことで、辺境伯領に帰る前日、私は同期に呼び出されて再び研究室に来ていた。
ルバート様はあの後、領地へ戻られたとのことで、それきり研究室には顔を出していないとのことだった。
私が実家に帰ることにしたと言うと、皆、すごく驚いていた。
そこまで驚くことかしら?と思ったけれど、皆、私がルバート様から言われた言葉を聞けば納得してくれるだろう。
屋根裏に住んで、生涯ルバート様のお世話をし続けるなんて、耐えられない。
もちろん、私の口から言うことはないが。
「アメリア、実家に帰るの?一時帰郷じゃなくて?えっ?なんで?」
「ルバート様・・・、どうするんだろうな。大丈夫かな?」
「いや、大丈夫じゃないだろ?」
などという皆が口々に言っている声を、何処か遠くから聞いているような気持ちになる。
ルバート様はとても優秀だけれど、字は汚いし、研究への熱意ゆえに怖い人でもあった。
渡される仕事量も膨大だったし、繰り返ししつこく何度もやり直しを要求された時などは、魔王かと思うこともあった。
けれど、眠り姫病の解明に、誰よりも全身全霊を捧げている人だった。
いつ自宅に帰っているのだろうかと思うほど、ほぼ研究室に住み着いていたし、私たち研究室のメンバーの何倍もの仕事量をこなしていた。
魔術の研究のためならば、地位も何もかも投げ捨てて、知識と好奇心だけを携え、どこへでも飛び込んでいく人だった。
泳ぎかたも知らないまま海に投げ出された子供のように、魔術の知識の海で何度も溺れそうになる私のことを、時には怒鳴りつけながらも、いつも最後にはちゃんと導いてくれたのだ。
だから、次の人も大丈夫。
絶対に導いてくれる。
こんな、何の取り柄もない私でもできたのだから。
「大丈夫ですよ。すぐ慣れますって。私より優秀な方はたくさんいますから。」
私はそう言って笑った。
多分、今日は上手に笑えたと思う。
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