焚火の聖女

石原こま

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6.炎の中に見えるものは

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 例の木箱を召喚してしまった時の気まずさは、一体なんと表現したら良かったんだろう

 目を輝かせて、召喚したものについて尋ねてくる神官長に向かって、



『これは、この世界にはない・・・美味しいお酒です。』



 と答えた時の空気感。

 神殿内の温度が二度は下がったと思う。

 神官長は一瞬にして無表情になり、『そうですか』と一言発した後、秒で退席した。

 隣に並んだ聖女たちは、皆、肩を震わせていた。

 わかる・・・。わかるけど、みんなもうちょっと気をつかって欲しかった!!



 けれど、その後、大神官様が説明してくださったことによると、私が召喚してしまったあまりにも私的過ぎる召喚物は『失敗』ではないらしい。

 そもそも『女神の御心』に沿わないものは召喚できないし、『女神の御心』に沿わない聖女は召喚そのものができないのだという。

 召喚できたということは、これは『女神の御心』に沿う物。

 つまり、この世界に必要なものだということらしい。

 続けて、大神官様は私に『この物の使い方は、あなた自身が決めるように』と言い置いていかれた。

 召喚したものの使い方は召喚した聖女が決めるのが儀式の決まりであり、大神官様曰く、『聖女の御心が女神の御心そのもの』ということなのだという。



 そして、私は今、一人部屋に戻り、その木箱と向き合っていた。

 しばらくの間、神殿に捧げるのかと思っていたら、それもしないのだという。

 いつも小言の多い、あの神官長ですら何も言ってこなかった。

 私だけがこの召喚物の正しい使い方を知っていて、私が望む通りすればいい。

 ということは、、、もちろん私の心は決まっている。



 ***

 

 私がヴィンスを呼び出したのは、そのしばらく後のことだった。

 このお酒を開けるなら、絶対にヴィンスと一緒に飲む時にしようと思った。

 なぜなら、今回一番頑張ったのはヴィンスだし、この国を救ったのは間違いなく彼だから。

 そして、この日のために聖女仲間達にも協力してもらい、豪華なつまみを用意した。

 向こうの世界からわざわざ召喚した『純米大吟醸研ぎ二割三分』様を開封するのに、いつものつまみでは申し訳ないというものだ。

 とは言っても、場所はいつもの神殿の裏庭だけど。

 

「メグミ!」



 そう私の名を呼びながら入ってきたヴィンスは、これまでと違って、晴れやかな表情をしている。

 今日、ヴィンスは『七つの種事件(私が勝手に命名した)』を解決したことで爵位をもらった。

 叙爵式から直行したのだろうか、珍しくこの世界での『正装』を着ている。

 元々超美形なのもあって、キラキラ度がすごい。

 本当に二次元かってくらいの破壊力。

 でも、これから焚き火臭くなるから、その服は脱いだ方がいいんじゃないかと思うけど、多分、私にその姿を見せに来てくれたんだろう。



「ヴィンス、おめでとう!これは私からのお祝いよ。」



 そう言って、ヴィンスに例の酒瓶を掲げて見せる。

 私が向こうの世界から召喚した『純米大吟醸研ぎ二割三分』。

 ヴィンスの出世祝いをするなら、これ以上に相応しいお酒はない。



「これが例のお酒か。」



 ヴィンスが目を輝かせた。

 

「そうよ!この日のために、わざわざ向こうの世界から取り寄せたのよ!」



 と言って笑えば、ヴィンスも笑う。



「それと、見て!今日の豪華なつまみ!聖女仲間が手伝ってくれたのよ。でも、胃袋ちゃんは作ってないから安心して。」



 実は今日、つまみだけではなく、私の服装もいつもと少し違う。

 いつもの服装で出ようとしたら、聖女仲間たちに『あり得ない』と一喝されたのだ。

 と言っても、聖女の服はヒラヒラで寒くて焚き火には向かないので、普段着ドレスの上にコートっていう感じのものだけど。

 だって、やっぱり焚き火臭つくしね。

 そんな私の姿が珍しいのか、ヴィンスがジロジロと私を眺めてくる。

 いくら見慣れたとはいえ、超ド級の美形に見つめられたら狼狽えてしまう。

 イケメンホストに翻弄される気分って、こんな感じなんだろうか。



「さ、とりあえず座ってよ!乾杯しよう。でも、本当に私だけで良かったの?せっかく皆にも声かけようと思ってたのに…。」



 そう。実は当初、私は合コン的なものを開催しようと思っていたのだ。

 だって、ヴィンスは今回爵位をもらい、これで晴れて結婚できる立場を手に入れたわけだ。

 そして、うちには独身の若くていい子が揃ってる。

 となったら、もうこれは絶対に引き合わせなくては!と見合い婆になる気満々だったのだ。

 それなのに、ヴィンスに事前に手紙で提案したら、『やっと何も気にせず、飲む時間を楽しめるようになったのだから、メグミと二人だけで飲みたい』と断りの返事が来てしまったのだ。



 まあ、確かにヴィンスはずっと重大な秘密を隠しながら飲んでいたわけで、楽しく飲んでいるように見えたけど、本当はいつ種から芽が出るか気が気じゃなかったんだろう。

 だから、今回は諦めて、また二人だけで飲むことにした。



「じゃあ、乾杯しようか。」



 そう言って、ついに『純米大吟醸研ぎ二割三分』様を開封し、用意したグラスに注いだ。

 ああ、この透明感。

 この世界のお酒にはない神々しいまでの清らかさ。



「こ・・・これが酒なのか?」



 ヴィンスが驚いた顔でグラスを見つめている。

 そうでしょうとも。この世界には、こんなに美しいお酒はない。



「ええ、これが日本酒『純米大吟醸研ぎ二割三分』よ。」



 自分用のグラスにも注ぎ、乾杯の準備を整えた。

 そして、ヴィンスと目を合わせて静かに乾杯し、一緒に口をつける。

 この香り、この口当たり、喉に染み渡る米の旨味。

 思わず昇天してしまいそうになる。

 目を開けてみると、そこには芳醇な香りを堪能しているかのような表情のヴィンスがいた。



「どう?」



 と声を掛ければ、ヴィンスは私の目を見つめ、ゆっくりと頷いた。



「これは・・・美味しい。こんな酒を飲むのは初めてだ。」



「でしょ?この世界にはない味でしょ?」



 そう言って、並べたつまみを勧める。

 今日は日本酒に合うものばかりを用意したつもりだ。

 私がヴィンスに味合わせてあげたかった日本酒とつまみのコラボレーション。

 私自身も久しぶりの日本酒とあって、お酒が進む。



「あー、大事に飲まないといけないって思うのに、どんどん飲めるー。」



 たったこれ一本しかないと思うと、中身が減ってしまうのがもったいないなどと思っていると、ヴィンスが驚くべきことを言い出した。



「いや、この酒は多分なくならないぞ。女神の召喚っていうのはそういうものなんだ。だから、多分、そのうちどっかの泉から湧き出すとかそんな感じで、こっちの世界でも飲めるようになる。」



「え?そうなの?」



「ああ、そうだ。二百年前に召喚された『ワクチン』は先代の筆頭聖女の死後も今もあるしな。」



「そういえば、こっちの世界の『ワクチン』ってどうなってるの?」



 今まで深く考えたことなかったけど、ワクチンの培養とか接種のノウハウとか、そんなに単純なものじゃないはず。



「元の世界の『ワクチン』がどういうものなのは分からないが、先代筆頭聖女が存命中には、聖女が一人一人と握手をしていたらしい。今は先代の筆頭聖女を祀る神殿にある聖女像に触れることで同じ効果が得られる。」



「握手会&撫で牛・・・。」



 思わず、某有名アイドルの握手会と、昔、修学旅行で訪れた神社に鎮座していた御神牛を思い出してしまった。

 そして、自分もいつか聖女像になるのかと思うと、ちょっと憂鬱な気分にもなってきた。

 触れると酒が湧き出す自分の像とか、想像するだけでもかなりイヤ!



 考え込んでしまった私を見て、ヴィンスは慌てた様子だ。

 失せ物が全て見つかった今日は、私が楽しんでいるかどうかはあまり関係ないはずなのに、多分もう癖になっているんだろう。

 そんなヴィンスの顔を見ていたら、少しおかしくなってきた。

 私がずっと楽しく飲めたのは、ヴィンスのおかげだったのだと思い出す。



「じゃあ、たくさん飲んでも大丈夫ってことね。」



 にやっと笑って、グラスを高く掲げる。



「そうだ!」



 ヴィンスもグラスを掲げてくれた。

 そして、タイミングを合わせて一緒に飲む。

 ああ、こうやってヴィンスとこのお酒を飲みたかった!

 気兼ねしないで一緒にお酒を楽しめる相手がいるって、なんて楽しいんだろう。



 そんな風にして、今日も楽しい時間を過ごしていたのだけれど、そのうち私はあることが気になるようになっていた。

 もう失せ物はないはずなのに、さっきから焚火の炎の中に、あるものがチラチラと映るのだ。

 っていうか、それはなくなってないんですけど、酒で正気を失ってるってこと?ヴィンスは何を探しているの?

 

 そうやって炎を見つめていたら、ヴィンスが何か言いたげな表情で私を見てきた。

 もしかして・・・と思う。



「ヴィンス、なんか悪戯してる?さっきから、炎の中に私の顔がちらついて、気が散るんですけど!」



 ヴィンスも魔法が使えるんだから、これはヴィンスの仕業に違いないと思ってそう言うと、ヴィンスは驚いたように目を丸くした。



「そうか。メグミは炎の中に『失せ物』を見てるわけじゃないんだな。」



 そう独り言のように呟いて、何やら納得している。



「え?どういう意味?」



 ヴィンスの言っている意味が、よく分からない。

 今、炎の中に見ているのは『失せ物』じゃない?

 まあ、確かに私は今ここにいるわけなんで『失せ物』ではない。

 だとすると、一体何なんだろう。



「メグミには一緒に飲んでいる相手が『心から求めているもの』が見えるんだろう。」



 ヴィンスがそう言って、私の瞳を真っ直ぐに見つめた。



「・・・心から求めているもの?」



 言葉の意味は理解できるものの、まだ何かよく分からない。謎かけのようだ。

 なんとなく居心地の悪さを感じ、ヴィンスの眼差しから逃げるように再び焚火の方を向き、その炎をぼんやりと眺める。

 やたらと乾いてきた喉を潤すために、グイッと一杯飲めば、またもや炎の中に私の姿が映る。



 焼き鳥に齧り付く私。

 カップ酒を一気飲みする私。

 イカの足を食いちぎる私。

 大笑いする私。

 今、炎の中に見えているのが、ヴィンスが心から求めているもの。



「そっか!これからも一緒に飲もうってことか!」



 やっと納得いく答えを導き出した私に向かって、ヴィンスは何故かため息をついた。



「そうじゃない。俺が心から求めているもの。それはつまり・・・こういうことだ。」



 そう言うと、ヴィンスは突然、目の前で膝をつき、私の手をとった。

 上目遣いで見つめてくるその赤い瞳は、焚火の炎を映して、ゆらゆらと燃えているようにも見える。

 次に、私の指先にその唇が触れる。

 これって、映画とかで見るアレなんですかね?と心のどこかで思いつつも、予想していなかった展開に頭がついていかない。

 急激に自分の顔が熱くなるのを感じるが、これは・・・たぶん焚火の火に当てられたせい。

 きっとそうだ。
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