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第九部 六章「願いのその先へ」
「言いたい事は……」
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それは、道中での他愛ない会話であったと、当時のクロトは思った。
魔女のもとへ向かう途中は、どこもかしこも薄紫色の水晶で構成された回廊。同じような景色と光の反射で視界を通して不快感が溜まる。それを紛らわすような。そんな間をついたようなものだった。
『とこれで我が主』
「……なんだよクソ蛇? 俺は今イラついてる最中だ」
とは言うものの、景色よりも紛らわしたいという気持ちがあったのだろう。
簡単にニーズヘッグの呼びかけに応答。そのまま駆け続ける。
相も変わらない反応に、炎蛇は気楽そうに苦笑を浮かべていた。
これから魔女との決着という、どちらにとっても因縁の戦いの前だというのに。
『ぶっちゃけ、お前……姫君のこと……今はどう思ってるんだ?』
「…………あっ?」
思わず、足が止まりそうにもなった。……が。どうにか前進し続ける。
明らかで、それでもわずかな動揺がニーズヘッグには伝わってきた。
「こんな時に何言いだすんだよ、クソ蛇ぃ!!」
『堪えてるつもりだけど動揺が見え見えだぞクロトぉ~。なに? ひょっとして聞かれてドキッとしちまったか?』
「……っ、お前ぇ!」
殴りたい。すごくニヤけた様子で見てくるこの炎蛇を今すぐ殴りたい。グッと握られた拳をぶつけたいが、そこまで意識を内側に持っていけば足が止まって時間の無駄にすらなる。
その場は堪えて怒りを鎮めた。
『我慢できて偉い偉~い』
「……黙ってろっ」
『まあ……なんだ。俺としては、前と同じ返答されないだけマシだと思ってるがな』
「はぁ?」
『お前、さんざん姫君のこと嫌ってたろ? 仕方ない関係とかで、なんとかやってきた。……でもさ。お前、言うほど姫君のこと……そうは思ってないんだろ?』
「…………」
『……なあ、クロト。今のお前は……姫君のことどう思ってんだよ?』
「今更……なんだよ。俺にとって……アイツは…………」
ただの道具だ。
そう言い切りたかった。
言い切って、それだけだと。そうやってすぐに切り捨てたかった。
魔女からの役目も終えた。【不死殺しの呪い】もない。この決着が終われば…………。
なのに、道具だとすぐには言い出せず、それどころか黙り込んでしまう。
『お前は俺に願ったよな? 【愛情】はいらない、って……』
自分にとっての大きな戒め。それを捨てて楽になることを願った。
魔女に頼り、悪魔に縋って。卑怯だとか、ズルいとか、そんなこと言われたとしても自由を望んで自分の生き方を変えたかった。
誰も信頼しない。誰も想わない。誰も愛さない。自分を守るための、自己防衛。
そうすれば楽になれた。そうすれば何にも縛られない。そうすれば……二度と後悔なんてしなくてすむ。それを実感してきた。
例え、何人と数え切れない命を奪ったとしても。この生き方を自分だけは認めていたかった。
……だと…………いうのに。
何故、これまでの道に戸惑いが生じてしまうのか。
自分で作った、血にまみれた道を…………心の何処かで後ろめたくもあった。
『なあ、クロト。お前の【願い】によってアレはあの時焼却されて無になった。俺が叶えたのは、お前が当時まで抱いていた【愛情】を消すこと。そして、お前は感情の一つを失った』
「……それが……なんだよ?」
『俺が叶えたのはその場限りの【願い】ってわけだ。それを維持とか、継続させ続けるとか……そんなもんは一切ない』
「……」
『感情なんてもんは、後からでも芽生える。そういうもんなんだよ。お前が望めば、その感情を取り戻すことだってできる』
「……俺は……」
『姫君にいつまでも自分の気持ちを伝えられないままでいんなよ? お前、いっつもそんな気はねーって思ってるみたいだが、本当にそうなのかよ?』
「……っ」
『言いたい事あんなら、別れる前にでも言わねーと、ずっと抱えっきりになるぞ?』
それは、後悔するとも言っている様だった。
エリーが白の光の中に消えていく最中、それは起こった。
少女の頭部目掛け、クロトは片足の靴を手に取り、問答無用で勢いよく投げつけた。
見事に頭にそれはぶつかり、エリーはその場で転ぶ。そして、当てられた頭を痛がりながら擦り、更に驚愕として何が起きたのかと目を見開く。
「……えぇっ?」
これには隣で見ていた【管理者】もぽかんと口を開く。
「……言いたい事は…………それだけかよ?」
戸惑い、おろおろするエリーは背後から聞こえたクロトの問いにビクリと肩を跳ね上がらせる。
あと一歩というところだった。それを乱暴な手段で遮られ、困惑にどう反応すればいいかも頭の整理がつかない。
ただ、クロトの方を向かないようにはしていた。
それでも、クロトは話を続ける。
「……それが本当に、……お前の本当の望みなのかよ!?」
「……っ!?」
胸を打つような声に、エリーは再度反応する。
前にも、そんな問いをされた事があった。
聞き覚えのある問いは更に続く。
「言いたい事があるなら言え! 前にも言っただろうが……。――俺が聞いてやる」
「……」
間を開けるも、エリーは応えようとはしなかった。
本当にないのか、それとも……言えないでいるのか。
「…………お前が言えないなら、俺が先に言ってやる。……俺は前に言ったよな? お前のことが…………嫌いだって。…………訂正しとく」
前に踏み出し、一呼吸の後にクロトは言い放つ。
「……今の俺は……っ、――――お前のことが…………嫌いじゃ…………ないっ」
「……っ!」
少し戸惑いながらも、クロトの意外な発言にエリーは驚きすらした。
当然だ。他人嫌いで名のあるようなあの魔銃使いが、一番嫌っているであろう少女を嫌いでないと言い放ったのだから。
だが、事実でもあった。
当初と違って、クロトが抱く道具であった少女への認識が、今では変わってしまっていたのだから。
いつからなんて、クロトですら把握できていない。それは徐々に浸透する様に、いつの間にかだった。
気に喰わないと思いつつも、どうしても何かを許してしまうものがあった。
誰かに受け入れられたいと思ってもいなかったのに。優しくしたつもりもなかったのに。ただ必要だから守っていただけなのに。それすら関係なく、少女は魔銃使いの隣に居続けてきた。
何度自分に言い聞かせてきたか。それはただの道具と。必要がなくなればすぐに切り捨てれる存在だと。自分の生き方を貫くと。そう固く誓ってきたのだと。
……そうして、ずっと蓋をしてしまっていたものがあった事に気付けもしなかった。
違和感はあった。気付けなかったというよりは、気付くのが怖かったのかもしれない。
また過去を繰り返すのではないかと、無意識に恐れてしまっていたかもしれない。
信頼を寄せれば裏切られ利用される。損な生き方。【好意は偽善】。なら、誰も信じないのが一番楽な道だ。
それでも。切り捨てられるとわかっていても最後まで自分を信じてきたのは……エリーだった。
いつだって、見限られてもよかった。幻滅されてもよかった。そういう生き方を選んできたというのに……。
この内に抱いた感情は本物でしかなかった。
――ああ……。ずっと…………。ずっと前から…………あったのか。
ただ道具として守っていたんじゃない。
守りたいから……守ってきたんだ。
――しかた……ないだろうが……。コイツなら信じれるって…………。こんな俺を信頼して……裏切らずにいて……。
――――【好意】になったんだから…………っ、仕方ねぇだろうが!
「俺にとって、他人の【好意】ほど信頼できるものはなかった……。恐怖と苦しみとしか感じられなかった。でも、そうじゃないってお前が教えてくれていた……」
気付いたなら。その感情が本物なら。己のそれを偽りなどしない。
この気持ちは。――この【感情】は、本物なのだから。
「だから、俺にはお前が必要だ! 道具とかじゃない。お前が必要なんだよ!!」
「……クロト、さん……?」
「例えお前が周りにどう言われようが。世界がお前を嫌おうが。そんなもん関係ねぇ! そんなもん、俺が否定してやる! 俺がお前の存在をちゃんと認めてやる!!」
そして、再び手を差し出す。
「今度は俺が、お前の【呪い】をなんとかしてやる! ……お前が、ちゃんと生きれるように。だから、神なんてつまんねーもんになって消えるな! ……俺がいてやる。最後までいてやる!」
叫び。呼びかける。
「だから。――――来い!! エリー!!」
魔女のもとへ向かう途中は、どこもかしこも薄紫色の水晶で構成された回廊。同じような景色と光の反射で視界を通して不快感が溜まる。それを紛らわすような。そんな間をついたようなものだった。
『とこれで我が主』
「……なんだよクソ蛇? 俺は今イラついてる最中だ」
とは言うものの、景色よりも紛らわしたいという気持ちがあったのだろう。
簡単にニーズヘッグの呼びかけに応答。そのまま駆け続ける。
相も変わらない反応に、炎蛇は気楽そうに苦笑を浮かべていた。
これから魔女との決着という、どちらにとっても因縁の戦いの前だというのに。
『ぶっちゃけ、お前……姫君のこと……今はどう思ってるんだ?』
「…………あっ?」
思わず、足が止まりそうにもなった。……が。どうにか前進し続ける。
明らかで、それでもわずかな動揺がニーズヘッグには伝わってきた。
「こんな時に何言いだすんだよ、クソ蛇ぃ!!」
『堪えてるつもりだけど動揺が見え見えだぞクロトぉ~。なに? ひょっとして聞かれてドキッとしちまったか?』
「……っ、お前ぇ!」
殴りたい。すごくニヤけた様子で見てくるこの炎蛇を今すぐ殴りたい。グッと握られた拳をぶつけたいが、そこまで意識を内側に持っていけば足が止まって時間の無駄にすらなる。
その場は堪えて怒りを鎮めた。
『我慢できて偉い偉~い』
「……黙ってろっ」
『まあ……なんだ。俺としては、前と同じ返答されないだけマシだと思ってるがな』
「はぁ?」
『お前、さんざん姫君のこと嫌ってたろ? 仕方ない関係とかで、なんとかやってきた。……でもさ。お前、言うほど姫君のこと……そうは思ってないんだろ?』
「…………」
『……なあ、クロト。今のお前は……姫君のことどう思ってんだよ?』
「今更……なんだよ。俺にとって……アイツは…………」
ただの道具だ。
そう言い切りたかった。
言い切って、それだけだと。そうやってすぐに切り捨てたかった。
魔女からの役目も終えた。【不死殺しの呪い】もない。この決着が終われば…………。
なのに、道具だとすぐには言い出せず、それどころか黙り込んでしまう。
『お前は俺に願ったよな? 【愛情】はいらない、って……』
自分にとっての大きな戒め。それを捨てて楽になることを願った。
魔女に頼り、悪魔に縋って。卑怯だとか、ズルいとか、そんなこと言われたとしても自由を望んで自分の生き方を変えたかった。
誰も信頼しない。誰も想わない。誰も愛さない。自分を守るための、自己防衛。
そうすれば楽になれた。そうすれば何にも縛られない。そうすれば……二度と後悔なんてしなくてすむ。それを実感してきた。
例え、何人と数え切れない命を奪ったとしても。この生き方を自分だけは認めていたかった。
……だと…………いうのに。
何故、これまでの道に戸惑いが生じてしまうのか。
自分で作った、血にまみれた道を…………心の何処かで後ろめたくもあった。
『なあ、クロト。お前の【願い】によってアレはあの時焼却されて無になった。俺が叶えたのは、お前が当時まで抱いていた【愛情】を消すこと。そして、お前は感情の一つを失った』
「……それが……なんだよ?」
『俺が叶えたのはその場限りの【願い】ってわけだ。それを維持とか、継続させ続けるとか……そんなもんは一切ない』
「……」
『感情なんてもんは、後からでも芽生える。そういうもんなんだよ。お前が望めば、その感情を取り戻すことだってできる』
「……俺は……」
『姫君にいつまでも自分の気持ちを伝えられないままでいんなよ? お前、いっつもそんな気はねーって思ってるみたいだが、本当にそうなのかよ?』
「……っ」
『言いたい事あんなら、別れる前にでも言わねーと、ずっと抱えっきりになるぞ?』
それは、後悔するとも言っている様だった。
エリーが白の光の中に消えていく最中、それは起こった。
少女の頭部目掛け、クロトは片足の靴を手に取り、問答無用で勢いよく投げつけた。
見事に頭にそれはぶつかり、エリーはその場で転ぶ。そして、当てられた頭を痛がりながら擦り、更に驚愕として何が起きたのかと目を見開く。
「……えぇっ?」
これには隣で見ていた【管理者】もぽかんと口を開く。
「……言いたい事は…………それだけかよ?」
戸惑い、おろおろするエリーは背後から聞こえたクロトの問いにビクリと肩を跳ね上がらせる。
あと一歩というところだった。それを乱暴な手段で遮られ、困惑にどう反応すればいいかも頭の整理がつかない。
ただ、クロトの方を向かないようにはしていた。
それでも、クロトは話を続ける。
「……それが本当に、……お前の本当の望みなのかよ!?」
「……っ!?」
胸を打つような声に、エリーは再度反応する。
前にも、そんな問いをされた事があった。
聞き覚えのある問いは更に続く。
「言いたい事があるなら言え! 前にも言っただろうが……。――俺が聞いてやる」
「……」
間を開けるも、エリーは応えようとはしなかった。
本当にないのか、それとも……言えないでいるのか。
「…………お前が言えないなら、俺が先に言ってやる。……俺は前に言ったよな? お前のことが…………嫌いだって。…………訂正しとく」
前に踏み出し、一呼吸の後にクロトは言い放つ。
「……今の俺は……っ、――――お前のことが…………嫌いじゃ…………ないっ」
「……っ!」
少し戸惑いながらも、クロトの意外な発言にエリーは驚きすらした。
当然だ。他人嫌いで名のあるようなあの魔銃使いが、一番嫌っているであろう少女を嫌いでないと言い放ったのだから。
だが、事実でもあった。
当初と違って、クロトが抱く道具であった少女への認識が、今では変わってしまっていたのだから。
いつからなんて、クロトですら把握できていない。それは徐々に浸透する様に、いつの間にかだった。
気に喰わないと思いつつも、どうしても何かを許してしまうものがあった。
誰かに受け入れられたいと思ってもいなかったのに。優しくしたつもりもなかったのに。ただ必要だから守っていただけなのに。それすら関係なく、少女は魔銃使いの隣に居続けてきた。
何度自分に言い聞かせてきたか。それはただの道具と。必要がなくなればすぐに切り捨てれる存在だと。自分の生き方を貫くと。そう固く誓ってきたのだと。
……そうして、ずっと蓋をしてしまっていたものがあった事に気付けもしなかった。
違和感はあった。気付けなかったというよりは、気付くのが怖かったのかもしれない。
また過去を繰り返すのではないかと、無意識に恐れてしまっていたかもしれない。
信頼を寄せれば裏切られ利用される。損な生き方。【好意は偽善】。なら、誰も信じないのが一番楽な道だ。
それでも。切り捨てられるとわかっていても最後まで自分を信じてきたのは……エリーだった。
いつだって、見限られてもよかった。幻滅されてもよかった。そういう生き方を選んできたというのに……。
この内に抱いた感情は本物でしかなかった。
――ああ……。ずっと…………。ずっと前から…………あったのか。
ただ道具として守っていたんじゃない。
守りたいから……守ってきたんだ。
――しかた……ないだろうが……。コイツなら信じれるって…………。こんな俺を信頼して……裏切らずにいて……。
――――【好意】になったんだから…………っ、仕方ねぇだろうが!
「俺にとって、他人の【好意】ほど信頼できるものはなかった……。恐怖と苦しみとしか感じられなかった。でも、そうじゃないってお前が教えてくれていた……」
気付いたなら。その感情が本物なら。己のそれを偽りなどしない。
この気持ちは。――この【感情】は、本物なのだから。
「だから、俺にはお前が必要だ! 道具とかじゃない。お前が必要なんだよ!!」
「……クロト、さん……?」
「例えお前が周りにどう言われようが。世界がお前を嫌おうが。そんなもん関係ねぇ! そんなもん、俺が否定してやる! 俺がお前の存在をちゃんと認めてやる!!」
そして、再び手を差し出す。
「今度は俺が、お前の【呪い】をなんとかしてやる! ……お前が、ちゃんと生きれるように。だから、神なんてつまんねーもんになって消えるな! ……俺がいてやる。最後までいてやる!」
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