256 / 280
第九部 二章「選ばれた理由」
「名無しの魔女」
しおりを挟む
「あの子じゃないといけない理由? 炎蛇さんと一緒で、クロトもまたあの子の事なのかしら?」
「クソ蛇はいい。勝手に喚いただけだからな」
『感情論だけですませないでいただけないかクロト? 正論だろ』
多々問い続けてきたが、クロトは納得などできていない。
そしてそれは自分にとっても無関係ではない。
「アイツを基準になってんだろ? なんでその立ち位置をどうでもいい奴にしなかったのかも疑問じゃねーか。それに、その中心に俺も関与してんだから色々スッキリさせたいだけだ。お前はこの目的のためだけにそれなりに準備していたはずだ。……それこそ、魔武器を作って契約者を複数用意するとか」
「……」
「いったんアイツの事は置いておこう。……なんで俺をこの計画に選んだ?」
選んだ理由。魔女がクロトという人間を選んだが、その意図がずっと気がかりであった。
人間だけでなく魔族ですら愚者と見下す魔女が、何故自分という人間を選んだのか。魔女の選んだ契約者の共通点としては、当時に悲惨な環境に強いられおり抜け出せずにいた。そして、魔女はそんな者に「可哀想な子」と手を差し出し力を与えている。
だが、そういった人間がこの世にどれだけいようか。ただ哀れな者を救うだけならそれでいい。だが、魔女はその中から限定している。
何故魔女は自分を選んだのか。それは選んだ魔女にしかわからない。
「クロトを選んだ理由?」
「お前は俺を選んだ事に後悔も何もしていない。普通、ここまで邪魔すれば切り捨てる方が効率がいい」
数年間共に過ごした仲だからか。そんな理由も考えれたが、目的のために世界全てを犠牲にする魔女がそれだけで切り捨てずにいられるだろうか。
魔女は少し黙り込み、天井を見上げる。
真紅の瞳に水晶がキラキラと映りこむ。
「……クロト。クロトは……この世界が…………好き?」
「はあ? べつに好きでもねーよ」
個人的には、どうでもいい。好きでもなく、嫌いとも言えない。
どこか安堵した様子で、魔女はふっと微笑む。
「そうよね。好きじゃないわよね、……こんな醜い世界」
そこまで思った事はないが、肯定的でないことに魔女は心底嬉しそうだ。
魔女は、ゆっくりとクロトに向き直る。
「クロト。……私と貴方はとても似ている。だから私は貴方を最初に選んだのよ」
「俺がお前と似ている?」
それは、親近感というもの。魔女はそれを理由に、クロトを最初の契約者として選んだと言う。
「そうよ。……少し、私の事を話しましょうか」
魔女は自分の事をあまり語った事がなかった。いつも目先の不満などばかり。
「私はねクロト。…………ちゃんとした名前がないの」
魔女は語りだす。
誰もが持っているであろう、個人、個体を象徴するための大事な要素。彼女はその名がないと。
聞かされてから思い出した様に頭の中に鮮明に残る。ずっと彼女は『魔女』という肩書でしかその存在を現してこなかった。
確かに彼女は魔女だ。だが、魔女であろうと人の様にこの世に産まれたからには、彼女を産んだ親の存在があるはず。
「私が産まれたのは、国の目が届かないような山に囲われた小さな街だったわ。まるで小さな国の様な場所で、外との関係を持たない。小さくて狭くて、……そんな中の一番小さな家で産まれたわ」
初めて聞く、魔女の過去。彼女もまた人の世に産まれた人物なのだと、思い知らされる。
語り続けられる魔女の物語を、クロトはしばし口を閉ざして聞く。
「私はずっと、本に囲まれた場所で生活をしていたわ。特に不自由もない。あったとすれば、世話をしてくれる人の作る料理があんまり美味しくないって事。その人と私は二人で過ごしていたの。……魔女と崇められながら」
「世話をしてくれる彼女は、とても弱い人。いつも自分が弱いことに怯え、強い力を持って生まれた私に縋って。教え込まれたのが、安全に暮らせる場所と、その代わり自身を守ってほしいという願い。物心をついた私にとって、魔女はそういうものだと認識したわ。不満がないわけじゃなかったけど。だって、あの人ってとてもせわしなくて、滑稽なところもあって…………そんなあの人が私にとって一番の愚者でもあって、羨ましかった」
「私になんで名がないのか……。だって……あの人が私に名前を与えてくれなかったのよ? おかしな話よね。弱い自分を魔女と認めず、その資格がないと言ったのよ? あの人は……私の母親だというのに、その役目を放棄して、私を自分が守ってもらうために利用したんだから」
「それを知った時、外で普通に暮らす人間たちよりも怒りが増したわ。私が魔女でも、あの人も魔女だというのに。あの人は私と違って、簡単に人の世で死んでしまった弱い魔女なのよ? 弱い魔女なら、普通の人間と変わらないの。死因は荷馬車に引かれてですって。街中で、ましてや事故で死ぬなんて、最後まで滑稽なんだから」
笑い話として納めているのだろうが、当時の怒りは冷めてなどいない。ずっと最初の怒りを抱え続けて生きてきた。
「私は不平等が嫌い。私を普通にしてくれない世界が嫌い。私を自分の子として認識しなかった母親が嫌い。それを他所に普通を過ごす者たちが嫌い」
「だから、最初に貴方を見つけた時、とても共感したのクロト。貴方も私と同じ、親という存在に利用されていた可哀想な子なのだと。偽善を押し付けられ、苦しんだ貴方なら私と同じで世界を嫌ってくれる。他者を嫌ってくれる。そんな貴方と一緒に、こんな世界を変えていきたい。そう思ったから、私は貴方を選んだの。そこに、間違いなんてものは存在しない」
信頼にも近い共感。魔女にとって、クロトはもう一人の自分とも見えていたのだろう。
それが、魔女がクロトを必要以上に愛し、切り捨てる事ができない存在にへとなっている。
「だから……クロト」
捨てきれない共感。魔女は今一度手を差し伸べる。
同じなら、同じ穴の狢ならその手を取れる。そう信じている。
が。魔女に送られたのは銃弾だ。
意図もたやすく、魔女は銃弾を切り裂く。
「悪いが魔女。境遇が同じだったとしても、俺はお前とつるむことはできない」
「……」
「お前の手を取ってしまったら、俺は俺の過去を受け入れないといけなくなる。親がお前を利用したように、お前もアイツを利用しようとしているんだからな。それになんの違いがあるっ」
「クソ蛇はいい。勝手に喚いただけだからな」
『感情論だけですませないでいただけないかクロト? 正論だろ』
多々問い続けてきたが、クロトは納得などできていない。
そしてそれは自分にとっても無関係ではない。
「アイツを基準になってんだろ? なんでその立ち位置をどうでもいい奴にしなかったのかも疑問じゃねーか。それに、その中心に俺も関与してんだから色々スッキリさせたいだけだ。お前はこの目的のためだけにそれなりに準備していたはずだ。……それこそ、魔武器を作って契約者を複数用意するとか」
「……」
「いったんアイツの事は置いておこう。……なんで俺をこの計画に選んだ?」
選んだ理由。魔女がクロトという人間を選んだが、その意図がずっと気がかりであった。
人間だけでなく魔族ですら愚者と見下す魔女が、何故自分という人間を選んだのか。魔女の選んだ契約者の共通点としては、当時に悲惨な環境に強いられおり抜け出せずにいた。そして、魔女はそんな者に「可哀想な子」と手を差し出し力を与えている。
だが、そういった人間がこの世にどれだけいようか。ただ哀れな者を救うだけならそれでいい。だが、魔女はその中から限定している。
何故魔女は自分を選んだのか。それは選んだ魔女にしかわからない。
「クロトを選んだ理由?」
「お前は俺を選んだ事に後悔も何もしていない。普通、ここまで邪魔すれば切り捨てる方が効率がいい」
数年間共に過ごした仲だからか。そんな理由も考えれたが、目的のために世界全てを犠牲にする魔女がそれだけで切り捨てずにいられるだろうか。
魔女は少し黙り込み、天井を見上げる。
真紅の瞳に水晶がキラキラと映りこむ。
「……クロト。クロトは……この世界が…………好き?」
「はあ? べつに好きでもねーよ」
個人的には、どうでもいい。好きでもなく、嫌いとも言えない。
どこか安堵した様子で、魔女はふっと微笑む。
「そうよね。好きじゃないわよね、……こんな醜い世界」
そこまで思った事はないが、肯定的でないことに魔女は心底嬉しそうだ。
魔女は、ゆっくりとクロトに向き直る。
「クロト。……私と貴方はとても似ている。だから私は貴方を最初に選んだのよ」
「俺がお前と似ている?」
それは、親近感というもの。魔女はそれを理由に、クロトを最初の契約者として選んだと言う。
「そうよ。……少し、私の事を話しましょうか」
魔女は自分の事をあまり語った事がなかった。いつも目先の不満などばかり。
「私はねクロト。…………ちゃんとした名前がないの」
魔女は語りだす。
誰もが持っているであろう、個人、個体を象徴するための大事な要素。彼女はその名がないと。
聞かされてから思い出した様に頭の中に鮮明に残る。ずっと彼女は『魔女』という肩書でしかその存在を現してこなかった。
確かに彼女は魔女だ。だが、魔女であろうと人の様にこの世に産まれたからには、彼女を産んだ親の存在があるはず。
「私が産まれたのは、国の目が届かないような山に囲われた小さな街だったわ。まるで小さな国の様な場所で、外との関係を持たない。小さくて狭くて、……そんな中の一番小さな家で産まれたわ」
初めて聞く、魔女の過去。彼女もまた人の世に産まれた人物なのだと、思い知らされる。
語り続けられる魔女の物語を、クロトはしばし口を閉ざして聞く。
「私はずっと、本に囲まれた場所で生活をしていたわ。特に不自由もない。あったとすれば、世話をしてくれる人の作る料理があんまり美味しくないって事。その人と私は二人で過ごしていたの。……魔女と崇められながら」
「世話をしてくれる彼女は、とても弱い人。いつも自分が弱いことに怯え、強い力を持って生まれた私に縋って。教え込まれたのが、安全に暮らせる場所と、その代わり自身を守ってほしいという願い。物心をついた私にとって、魔女はそういうものだと認識したわ。不満がないわけじゃなかったけど。だって、あの人ってとてもせわしなくて、滑稽なところもあって…………そんなあの人が私にとって一番の愚者でもあって、羨ましかった」
「私になんで名がないのか……。だって……あの人が私に名前を与えてくれなかったのよ? おかしな話よね。弱い自分を魔女と認めず、その資格がないと言ったのよ? あの人は……私の母親だというのに、その役目を放棄して、私を自分が守ってもらうために利用したんだから」
「それを知った時、外で普通に暮らす人間たちよりも怒りが増したわ。私が魔女でも、あの人も魔女だというのに。あの人は私と違って、簡単に人の世で死んでしまった弱い魔女なのよ? 弱い魔女なら、普通の人間と変わらないの。死因は荷馬車に引かれてですって。街中で、ましてや事故で死ぬなんて、最後まで滑稽なんだから」
笑い話として納めているのだろうが、当時の怒りは冷めてなどいない。ずっと最初の怒りを抱え続けて生きてきた。
「私は不平等が嫌い。私を普通にしてくれない世界が嫌い。私を自分の子として認識しなかった母親が嫌い。それを他所に普通を過ごす者たちが嫌い」
「だから、最初に貴方を見つけた時、とても共感したのクロト。貴方も私と同じ、親という存在に利用されていた可哀想な子なのだと。偽善を押し付けられ、苦しんだ貴方なら私と同じで世界を嫌ってくれる。他者を嫌ってくれる。そんな貴方と一緒に、こんな世界を変えていきたい。そう思ったから、私は貴方を選んだの。そこに、間違いなんてものは存在しない」
信頼にも近い共感。魔女にとって、クロトはもう一人の自分とも見えていたのだろう。
それが、魔女がクロトを必要以上に愛し、切り捨てる事ができない存在にへとなっている。
「だから……クロト」
捨てきれない共感。魔女は今一度手を差し伸べる。
同じなら、同じ穴の狢ならその手を取れる。そう信じている。
が。魔女に送られたのは銃弾だ。
意図もたやすく、魔女は銃弾を切り裂く。
「悪いが魔女。境遇が同じだったとしても、俺はお前とつるむことはできない」
「……」
「お前の手を取ってしまったら、俺は俺の過去を受け入れないといけなくなる。親がお前を利用したように、お前もアイツを利用しようとしているんだからな。それになんの違いがあるっ」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……
踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです
(カクヨム、小説家になろうでも公開中です)


【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる