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第八部 三章「真実と痛みの理由」

「痛みの理由を教えて:前編」

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 ――この感覚を実感したのは、いつ頃からだろうか?

 痛かった。傷つく事を恐れ、そして願った。
 怖かった。だから恐れを与えようとしてきたモノを壊した。
 知らなかった。何もかも知らない。自分の事すら……。
 知らない事を教えてくれたのは、自分を救ってくれた恩人だった。
 広いものがあると知って、自分の翼で自由を得られると知った。
 もう二度と【痛み】を感じる事はない。……そう、思っていた。



 その時は、よくわからない光景だったと思える。
 これまで一緒にいたはずの人が裏切って、敵になった。
 特に敵だとは思ってなかった。……でも、味方とも思えなかった。
 ……よくわからない。
 わからないままで、時間が進んで…………。

「もう、お姉さんといるのがそんなに気に喰わないわけ!?」

「そういう意味でもないが……、いても鬱陶しいというのは確かでだな……」

「なにそれ!!?」

 ――……

 それは、とてもわからない光景でしかない。
 裏切った人が、以前と変わらない様子で戻ってきた。それを他も受け入れている。
 何故か。……ほっとした? そんな気がした。
 何故そう思ったのかがわからない。
 そして、妙にざわついた感覚がる。 
 
 ……痛い。……痛い。……痛い。

 もし、裏切ったのが自分だったらと、考えてしまう。
 
 ……痛い。痛い、痛い。

 痛い。痛い。痛い。痛い――――




『――イロハ?』

「……ッ!?」

『どうしたイロハ? 妙にお前の中がざわついてる。……何かあったか?』

 問いかけられるも、言葉の意味がわからない。だが、胸の奥がざわざわとして、窮屈で、嫌な気分ではあった。
 これをどう言葉にすればいいのか、わからない。
 そして、逆に問い返してしまった。

「……ねぇ、フレズベルグ。…………ボクはいつか、お姉さんみたいに先輩たちの敵になるのかな?」

 これまで銃口を向ける事はあったが、それとは別だ。
 それこそ、二度と戻らぬような……。
 今ある光景を壊してしまうような……。

「ボクは……、いつか先輩たちを……裏切るのかな…………?」

『……イロハ』

 わからない。
 だが、そう思うと胸の奥に違和感を感じる。
 二度と感じる事のないモノが胸の奥から響き、呟く。

「――……【痛い】、な」






 漠然と様子で、脳裏を過去がよぎる。
 何故今そんなものを蘇らせたのかわからない。
 目の前では、そんな事よりも気を向けるものがあるはずだというのに。
 
「――く、そぉ!! いい加減……、はずれろぉ!!!」

 膝を抱えるイロハは、呆然と拘束に抗うクロトをただ眺めていた。
 大鳥の足に捉えら得たクロトは、何度も額を地に打ち付けつつ苛立ちながらこじ開けようとしている。
 しかし、それになんの意味があるのだろうか。
 フレズベルグに捕らえられて抜け出せる者など多くない。ましてや、クロトは人間だ。力量の差は、抗えば抗うほどその身に跳ね返ってくる。
 肉体を軋ませるほどの力がクロトを押さえつけて動きを封じる。
 
「ぐぅ、ああッ!!」

『無茶すんなよクロト。……と、言っても、そんな場合じゃねーもんな。俺でもこれは抜け出せる気がしねぇ』

「黙ってろっ、クソ蛇ぃ!! 役立たずはすっこんでろ!!」

『…………返す言葉ねぇから、マジですまん』

 何故そこまで抗うのか。
 何故そこまで苦痛を自ら受けるのか。
 ……わからない。……わからない。
 イロハには、理由がわからなかった。

「無理だよ、先輩」

 ずっと黙っていたイロハがようやく口を開く。 
 
「フレズベルグに捕まったら、逃げられない……。先輩が頑張っても……無理だよ……」

「……」

「なんでそんなに頑張るの? もう……いいじゃん。先輩は、もう呪いがないんだよ? なんでまだ、そうやってマスターの邪魔しようとするの?」

 クロトがずっと魔女を追っていたのは、その身に刻まれた呪いを解除するためだ。だが、その呪いはもうない。
 
「……うるせぇ。そんなのお前には関係ねぇだろっ!」

「……」

「なんだよ? 理由言えばお前はコレをどうにかすんのかよ!?」

「……それは」

「しねーだろ!? お前はあの魔女の味方だもんなっ。……お前なんかに構ってらんねーんだよ!」

 そう言って切り捨てると、クロトは再び拘束を取り払おうと足掻く。
 ……魔女の味方。
 イロハは、「そうだ」と言える。だが、素直にそれを受け入れる事ができずにもいた。
 魔女の味方なら、クロトの敵なのか。
 
 ――ボクは……先輩の敵……なのかな?

 そんなつもりはなかった。
 ただ、言われた通りの事をしただけだ。
 クロトが暴れない様に。クロトが余計な事をして魔女を邪魔しない様に。
 ちゃんとすれば、恩人のためになるから。恩人が、褒めてくれるから。
 ……褒めて……もらえたのに…………。
 
 ――どうして…………。

   ◆

 魔女が迎えに来た。もうこの役目はお終い。
 なら、これまでの関係はどうなってしまうのか。
 もう二度と会えない人もいるかもしれない…………。

「……? あら、どうしたのよ急に」

 イロハは少し時間を貰った。
 街中で祭りに紛れ買い食いをしていたネアを見つけ、自分から彼女を呼び止める。
 
「え、えっと……、その……」

 どう言葉にしていいかわからない。
 もう会わないであろうネアに、なんと言えばいいのか。
 戸惑っていると、ネアは急にストップと言わんばかりに手を付きだす。

「――悪いけど、野郎の告白は受け付けてないからっ」

「……え?」

「いや、怖いっ。アンタみたいのでもこの期に乗じる考えでるなんて思わなかったわ。さすがのお姉さんの目でも見極められなかった……っ」

 何を悔しそうに。ネアはグッと拳を作って自分を許せない様でいる。
 いったい何を言っているのかと、イロハは首を傾けた。

「……こくはく? って、なに?」

「……え? あ、違うの? ならいいわ」

 今度はホッとして、再度問い詰めてくる。

「じゃあ、なんなわけ? お姉さん、まだ満喫しきれてないんだけど?」

「えっと~……。あ、コレ!」

 イロハはふと思い出した様子で、ある物をネアにへと差し出す。
 それは、ネアがイロハに渡した林檎飴。……の、残り棒だ。
 ネアは受け取る事はしないが、そのイロハの行動をまじまじと見て渋い顔をする。

「…………で? 私にコレをどうしろと?」

「え? だって、お姉さんに貰ったモノだから、返した方がいいかなって……」

「いらないわよ。それもうゴミだから。……妙に気を遣うじゃない」

「……だって、返さなくて怒られるのも……嫌だし」

「あ~っ、そ……」

 ネアはどうしていいかわからない残り棒を受け取っておく。
 
「とりあえず、一緒に捨てといてあげる」

「う……うん」

「……ひょっとして、もう一個欲しいわけ? 一応あるけど」

 手持ちの紙袋をあさりだすが、イロハは焦った様子でそれを断る。
 追加を貰うために、彼女を呼び止めたのではないのだから。

「……なんかあった?」

「……っ!」

 問われれば、イロハはビクリと肩を跳ね上がらせる。
 魔女の事など口にできない。いくらそれがネアであっても、話す事はできない。
 動揺するイロハ。その頭に、ネアがそっと手を乗せる。

「……?」

「なに考えてるかわかんないけど。もし、迷ったら私でもいいから頼んなさい。アンタも一応、カーナやアキネを助ける手伝いしてくれてるし、貸しを作りっぱなしも嫌だからね」

 最初はまた打たれると思っていたが、初めてネアに頭をこの時撫でられる。
 雑ではあったが、悪い気はしなかった。
 だが、もう時間だ。
 イロハはそのまま後ろにへと下がり、ネアから遠ざかる。

「えっと、…………う、うん? よく、わかんない」

「お姉さんが困ったら助けてあげるって言ってんの。感謝しなさい」

「あぁ、うん。……わか、った?」

「なにそのぎこちない返事」

「な、なんでもないよ……っ。…………じゃあ、ね。お姉さん」

 こういう時は、「さよなら」と言うべきだったのだろうか。
 だが、その言葉がその時は出せなかった。
 言ってしまえば、本当に二度と会えない気がしたからだ。
 
 だが、こんな事になって、また会ったとしても……。今まで通りに関われるのだろうか?

 クロトの敵になってしまったら、ネアとも敵になるのではないのだろうか?
 思い返すだけで…………痛い。
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