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第六部 二章 「今と過去の星」

「変えられない過去」

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『お願い。――私の傀儡たち』

 母親はそっと岩の兵隊に命じ、杖を魔銃使いにへと向けた。
 人形の頭部にある赤い瞳が、一斉なって魔銃使いを捉え駆け出す。
 地精霊ピグノームは精霊の中で土、岩といった物質を操作し、それを具現化することに優れている。
 数秒遅れ、身構えてから魔銃使いは地を蹴る。
 小柄な魔銃使いは軽い身のこなしで人形の懐に入り込むと、顎から頭部に目掛け銃口を押し当て、撃ち抜く。
 頭を破壊された人形は脆く崩れ地に散らばる。
 流れ作業の如く。魔銃使いは的確に人形たちの急所を撃ち抜き、頑丈な兵はあっけなく崩れるのみ。
 兵がいなくなるのも時間の問題だろう。そう思えたのは束の間だ。
 あとから迫る人形は前進しつつ、片腕を転がる岩の残骸にへと伸ばす。
 持ち上げた途端。残骸は周囲の岩を寄せ集め、長斧にへとなり、一気に下から振り上げ魔銃使いを打ち上げた。
 鋭さのない斧を魔銃使いは自身の武器を盾代わりにし防ぐも、力は人の何倍もあるせいか簡単に後ろにへと吹き飛ばされてしまう。
 宙を舞う最、後方で控えている術者の母親の静かな目を合う。
 その余裕のある様には、忌々しいと奥歯を強く噛み合わせた。
 地に下りれば、剣や槍などを携えた人形が容赦なく襲い掛かる。
 重々しく振り下ろされる武器を避け、銃口は火を噴く。

『――【爆ぜろ! ニーズヘッグ!】』

 人形に撃ち込まれた銃弾。それは撃ち抜いた人形を内側から焼き、爆炎となって周囲を巻き込む。
 母親は目を細め、静かに息を飲んだ。

『……悪魔契約者。…………そう。貴方の様な子が』

 何かを悟った様子で、母親は悩まし気に眉をひそめる。
 
『そんな貴方が、何故あの子を狙うのかしら? ……貴方もあの子が邪魔なのかしら? それとも、その魔銃に潜む悪魔に捧げるつもりなの?』

 【厄災の姫】を狙う理由。
 それはどれも少女を死に追いやるものばかりだ。
 人はその呪いの恐ろしさから死を願い。魔はその呪いの力欲しさに少女を喰らおうとする。
 その様を母親は十年間見続けてきた。
 例え魔銃使いが刺客でなかろうと、人として少女を殺し、更なる力のために魔に捧げる事もあり得る。
 どの道、魔銃使いは母親にとって敵でしかなかっただろう。
 残骸となった岩を踏みつけ、魔銃使いは鋭い眼光を向けた。

『教えても無意味だろうが。俺があのガキをどう扱おうが、お前には関係ないっ』

 足元の手頃な岩を魔銃使いは強く蹴り飛ばす。
 母親に向けられた岩は、彼女に触れる前に待機していた人形が防ぐ。
 かすり傷程度でも主を守ろうとする人形。その防御の硬さは優れた一面なのだろうが、魔銃使いはそれを確認し終えると静かに呼吸を整える。
 そして、片手で持っていた魔銃にもう片方の手を添え、まっすぐに狙いを定める。

『――どうせ、お前は此処で死ぬからな!』

 言葉と共に、何かを仕掛けると危機感を抱いた母親は人形たちを集結させ岩の盾を作り上げる。
 この時。この場を見ていたエリーはハッと思い出す。
 
 魔銃使い。――クロトは目の前の母親を殺した張本人であると。

 
『くだらねぇ小細工しようが、意味ねぇんだよ!!』

 魔銃が赤い閃光を放つ。
 同時に、エリーは無意識に母親の前にへと立つ。
 

「――待ってください! クロトさん!!」


 困惑と、焦った頭はまともな考えなどできなかった。
 ただ現状に感情が流されてしまい、エリーは母親を庇おうと前に立った。
 この声が、記憶でできた光景に届くはずがないという事すら、忘れてしまうほど。
 
『――【貫け! ニーズヘッグ!】』

 魔銃使いはそう言い、引き金を引いた。
 発砲と一緒に反動で銃口は天を向く。
 エリーの頭部を鋭い風がかすめ、気づいた時には何もかもが終わってしまっていた。
 振り返った先には、盾を銃弾が貫いた痕と……その後ろでは呆気に取られた表情で胸を撃ち抜かれた母親が、ゆっくりと身を後ろに傾けていく。
 噴き出す鮮血。見開いた瞳をそれを眺めるのみ。倒れきった時には、母親の意識は消え死んだのだろう。ぴくりとも動く気配がない。
 彼女が操っていた岩は砕け、地精霊ピグノームたちは眠るように静かに歌い姿を消してしまう。
 
「…………ぁ」

 エリーは声を震わせる。
 魔銃使い。クロトが人を殺した。その事実と現場を目視しただけで、知っていた事とはいえ動揺に呼吸が乱れてしまう。
 光を失った瞳から目が離せず、あの時教えられたクロトの言葉が頭の中で蘇ってくる。
 母親を殺したのは一緒にいる魔銃使い。当時は深く意識する事ができずにいたが、いざその現場を見てしまえば、何故そんな軽い気持ちで受け止めていたのだろうかと疑問しかない。 
 過ぎた事だと、覚えていないからと流していただけにすぎない。
 母親は、最後まで娘を守ろうとし、その末路がこの有様だ。
 
『無駄に時間をとらせやがって……』

 殺した者を見下ろし、魔銃使いは白けた様子でそう呟く。
 その目には罪悪感がない。人を殺す事に躊躇いなどない。ただ邪魔だったから排除した。その程度でしかない。
 エリーの頭の中では問いたい言葉が幾らでもある。だが、その言葉が口にでず、無意識に自分で出さない様に閉ざしてしまった。
 この時のクロトと、これまで一緒だったクロトと、思う気持ちが複雑に絡んでしまい、この非道を黙って見過ごすだけとなる。
 そんなエリーの事など気づきもせず、魔銃使いは少女の後を追う。
 
「…………クロトさん」

 悲痛の思いを押し殺し、堪えた声でエリーは痛む胸を押さえ、呟く。
 誰もいなくなる。炎が一気に浸食を開始し、周囲を呑み込んだ。

 ――これが、私の忘れていたもの……。







 どこまで進むのか。少女を抱える人形はただひたすら走り続ける。
 腕の中で、少女は母の名を呼んで泣き続けていた。
 
『母様……、母様ぁ……』

 そんな少女をなだめる事まで人形はできないのだろう。
 ただ前だけを進み続ける事だけに行動するのみ。
 炎の届かない薄暗い通路。その後方奥で一瞬何かが煌めく。
 刹那。破壊音と共に、人形がバランスを崩した。
 人形の片足が砕け、抱えていた少女は腕の中から前にへと放り出されてしまう。

『――ッ!?』

 状況に頭が追いつかず、少女は前方にあった数段ほどの下り階段に身を打ちながら転がる。
 痛みよりも、少女は何が起きたのかと状況を確認する。
 同時に、エリーの身もこの場に飛ばされていた。
 少女が今いるのは、見慣れないマナ結晶の組み込まれた機材が壁際に並ぶ少々広い程度の部屋だった。中心には何を意味するのかわからない陣が描かれており、此処がもしかしたら目的地だったのやもしれない。
 母親が少女と共に訪れようとしていた場所。エリーの記憶の片隅であるのは、この国で最後に訪れたと思われる場所。
 クレイディアントからヴァイスレットへ避難するための転送魔道装置。それがこの部屋なのだろう。
 唖然とする空気に、後方では何かが飛ばされ部屋の床に衝突する。
 見開いた星の瞳は、床に転がった人形を見る。片足が砕け、中心を強い衝撃が撃ち込まれた痕が残っている。痙攣する様な動きを取った後、人形は力を失ってただの岩にへと変わる。
 
 ――ああ。来てしまったんですね。

 鈍い思考の中で、エリーは虚ろな心の声で呟いた。
 この場に来てほしくなかったと、エリーは心の奥底で願ってしまっていた。
 過去は変わらない。この場に魔銃使いが来ることも、変えられない事だ。
 少女は再び、あの冷たい瞳を目にする。
 
『……なん…………で?』

 疑問の問いかけはかすれた声。
 聞こえるか聞こえないか、その程度の問いなど魔銃使いには届いていなかった。
 返ってくるのは、不快感ある舌打ちと、苛立った声だ。

『余計な手間かけさせやがって……っ。どうやら、此処が予定していた脱出経路か』

 入口付近にあった機材に触れ、魔銃使いは全体を見渡す。

『大掛かりな転送魔道装置か。この技術はまだ未発達と聞いていたが、そのせいか燃料が無駄に多く設置されているな。まともに動くかどうか…………』

 一人でぶつぶつと解析する魔銃使い。
 状況に置き去りにされつつあった少女は、再び声を発する。

『……なんで? …………母様、は?』

 その小さな声が聞こえたのか、魔銃使いの目がわずかに少女にへと傾いた。
 機材の確認を取りつつ、魔銃使いは感情のない声で応答する。


『――殺した。邪魔だったからな』


 事実をありのまま、なんの偽りもなく魔銃使いは、淡々と文字を読む様に語った。
 それだけの発言が、少女の心を残酷に抉る。
 
『嘘……、そんなの……嘘……』

 認めたくない。その感情が事実を否定する。
 母親は約束していた。後で行く、と。その言葉を信じるがために、少女は現実から目を背ける。

『なんだったら、首を切り落として持ってくるべきだったか? ……まあ、面倒でしかないが』

 粗方構造を理解した魔銃使いは、錯乱する少女にへと歩むと、銃口を少女の頭にへと向けた。

『……此処まで来たんだ。いないとは言わせないぞ? ――クソ魔女』

 低く、怒りの滲む声で、魔銃使いは何処かにへと問いかける。
 二人しかいない部屋で、第三者の声が響く。


『――ふふっ。よく来てくれたわね。……私の、愛おしい子』

 
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