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第六部 一章「闇の声」

「霧に潜む者」

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 ――あれ。あれだよ。
 ――ホントだ。珍しいのがいる……。

 何処かから。ひそひそと声をかけあう。
 誰にも気づかれず、それらは見つけた者たちを遠くから眺め、くすくすと笑いだした。

 ――見える……見えるよ……。
 ――すごく暗いものが見える。
 ――すごく暗いものが……深い深い場所に沈んでる。
 ――ドロドロの沼の底……。
 ――光の届かない、深淵の底……。

 楽しそうに語るも、紡がれる言葉はどれもおぞましくある。
 ほくそ笑み、口角を吊り上げてそれらは悪質そうな目でずっと眺めていた。
 視線の先には、魔族の街の中で魔族たちが群がっている中心。魔界では最も目を引くような珍しい存在だ。

   ◆

 ざわざわと、宿の前で人だかりができていた。
 それもそのはずだ。宿からは半魔のネアだけでなく、人間である三人がいるのだから。
 周囲の異形たちは特に襲い掛かる様子はなくも、不審として小言を呟く。

「……なんで人間がこの街に」
「少し前にはニーズヘッグとフレズベルグが魔界に戻ってきていたはずだぞ? どうなってるんだ?」
「どれもガキだぞ?」
「……喰っていいのか?」
「やめとけって。……あのネアの連れだぞ? 殺される」

 襲わない理由として。それは誰もがネアという半魔に酷く恐れを抱いている事。
 少しでも妙な気を起こさぬ様にと、ネアは先頭で周囲の魔族たちを睨みつけ威嚇している。
 さすがネアだ。人間界だけでなく魔界でもその凶悪っぷりを知らしめているらしい、と。一番の被害者であるクロトは呆れ顔で彼女を見てしまう。

『さすが凶暴電気女! 半魔風情なのは癪だが、予想通りの悪評だな、ハッハッハー!!』

「言うなクソ蛇。アイツが人間だろうが人外だろうがそう思われてるのは必然なんだよ」

「さっきから後ろでうっさいのよ! 私がなんですって!? このクズ野郎!!」

「……べつに間違った事言ってねーだろうが。つーか、どんだけ恐れられてんだよ? こっちでも暴れてんのか?」

「うるさいって言ってんのよ!! どっちかっていうと、魔界の方が物騒なんだから、そりゃあもめ事相手ぶっ飛ばすなんてよくある事に決まってるでしょうが! お姉さんだって忙しいのよ!!」

 ネアが気を荒げている。
 それを知った途端、周囲は更に彼女から距離を取り出す。
 中には建物の中に逃げ込む姿も。
 人間界以上の恐れられ具合だ。これは相当の事をしている。
 
「もう! こっちの気も知らないで……っ。さっさと魔界門探して出るわよ!!」

 一番魔界に詳しくあるネアが先頭を進んで行く。
 魔族たちは彼女に道をどうぞと言わんばかりに譲りだした。

「おお、お姉さんすごい」

「……確かにすごいですけど、なんだか悪い気がしてしまいますね」

「まっ。こんなとことっとと出るのが一番だからな。魔界門まで案内を任せるか」

 開かれた道にクロトたちも続く。





 群れから離れても、やはりその視線は街を出るまでには続いたものだ。
 なんとか気にしない様にして、一同は街の外に広がる荒野を見渡す。
 
「これが魔界ねぇ……。夜しかないとは聞いていたが、本当にそうらしいな」

「え~。じゃあ明るくならないの?」

「そうなりますね。私も全然お日様を見てません」

「仕方ないんじゃないの? だって魔界だもの。一番席魔王ことイブリースが創生した時からだし。……私もできれば来たくないのよね。こっち」

 しかし、こうして一同になって会話する事には不思議な感覚がある。
 イロハはしばらく離れていた事もあるが、まさか偶然迷い込んでしまった魔界でネアと遭遇するなど。考えもしていなかった。

「そういえば、なんでお前は魔界にいるんだよ?」

 レガルで別れたネアだが、確か彼女の仕事が理由だったはずだ。
 
「ん? 仕事の用事で魔界に来たのよ。……すぐ済む用事でちょうど戻るところだったから、タイミングよかったわね。アンタたちの事はニーズヘッグに事情聞いてるから」

「でもよかったです。おかげですぐに元の場所に戻れそうですから」

「まあ、そうね。道中に危険な魔物が出るなんて事は滅多にないし、安心していいわよ」

 ネアが言うのであれば、帰りになんの問題もないだろう。
 クロトとイロハはマカツ草の効果で数日は魔素に耐えれるが、その期限を超えればまた眠ってしまう。しかし、それもふまえてネアからは余裕でたどり着けるとのこと。そのため道中は急ぐ心配もない。
 道案内を務めるネアに続き、一同は魔界門をそのまま目指す。

 ……だが。

 殺風景な夜の荒野を進み続ける中、ネアがふと歩みを止めた。
 彼女が止まれば、クロトたちも必然と足を止める。
 そして、周囲にへと警戒の眼差しを向ける事となる。
 夜道に紛れ、うっすらと霧が周辺を覆った。
 霧に包まれ、周囲の景色が見えなくなると、逆にこちらをうかがうような視線に意識が集中する。

「……何かいるな」

 魔銃を取り出し、クロトは呟く。
 続いてネアとイロハも身構え、辺りを警戒。全員は一か所に固まって互いの姿を見失わない様にした。

「おかしいわね。こんな事、今までなかったわよ?」

「と、いうことは、予想外の事態と思っていいんだな? 安全な道だと聞いていたが?」

「うっさいっ。魔界なんだから、何があってもおかしくないわよ」

 それもそうだ。なんせ此処は魔界。魔の巣窟なのだから。不自然な現象が幾つも起こるような場所である。
 視界を妨げる霧。一番正しい行動としては、全員が離れぬ様に行動する事だ。
 少しでも離れてしまえば、霧が視界を阻んで見失い事となる。
 
「……どうしましょう?」

「とりあえず、皆はぐれない様にするしかないわね」

「じゃあ、手をつなぐ……とか?」

 イロハがおもむろに手を差し出す。
 しかし、ネアがそれを取るとはとても思えない。それはクロトも同じだ。
 イロハの意見は適当ながらも全うである。全員が手を取り合い離さなければ問題はない。
 ただ、それを実行する事に二名ほどが躊躇ってしまっている。
 そのせいか、意見を聞こえなかった事としてネアとクロトは別の方法を考えだす始末。
 
「……なんか縄とかないわけ?」

「あったら出してる。……しかたない、炎蛇の皮衣で代用するか」

『あの、俺の相棒をそんな物みたいな扱いやめてください』

 ほったらかしにされたイロハ。代わりにエリーがその差し出した手を握ってあげる。
 嫌がるニーズヘッグを押しのけ、クロトは炎蛇の皮衣を顕現させる。

「……よし。とりあえずこれにつかまっておく……でいいか?」

「まあ……、マシかしらね」

「燃えたりしない?」

「大丈夫だと思いますけど……」

 少々の不安混じりで、全員が羽衣を手にする。
 そのまま全員が同じ方角を目指し進みだす。
 霧の終わりが見えず、どこまで続いているのかすらわからない。
 そして、相も変わらず視線が気になってしかたない。
 その視線は、ただの視線とは違う。胸の奥を刺激する様な、何処か感じた事があるものだ。
 そう感じたのは、クロトだけでなくネアとイロハも同様。

「……なんだろう。すごく嫌なの感じる。……どっかで感じたことあるような」

「同意見なのは虫唾が走るが……、確かにそうだな。……なんなんだ、この霧は」

「…………」

 視線を気にしない様にも試みるが、突然ネアが珍しく肩をビクリと跳ねあがらせて足を止める。
 何を感じたのか、彼女の表情は蒼白としており酷い恐怖を得た様子でもある。
 
「どうした?」

「……今、何か聞こえなかった?」

「は?」

「女の人の……悲鳴みたいなの……。それに……」

 妙な幻聴が聞こえているのか。ネアの言うものをクロトは一切聞いていない。
 様子がおかしくなると、続いてイロハまでもが頭を抱えだす。

「イロハさん!?」

 途端に膝を地に付けてしまうイロハにエリーは寄りそう。
 しかし、イロハはエリーに気づいていないのか、見開いた瞳を揺らして何かを呟きだす。

「……う、そ……だっ。なんで……また……っ」

 急に二人はどうしてしまったのか。まるで幻覚でも見ているかの様。
 
『……おい。……まさかこれはっ』

 ニーズヘッグが何かに気づいたのか。しかし、詳細を言い放つ前に、その声は遠ざかってしまう。
 
「おい、クソ蛇! なんなんだよ!?」

「……クロトさんっ」

 不安になり、クロトにエリーは寄りかかりわずかに衣服を掴む。
 その時。エリーは聞こえた声に目を見開いた。

 ――どうして……?

 呟く、少女の声。
 エリーは声の方にへと顔を向けた。
 霧に紛れ、何かがそこには確かにいた。
 それは……目を疑い、頭を混乱させられる。

「…………え? 私?」

 エリーが見たのは、「どうして?」と呟いてきたのは自分だった。
 鏡ではない。身に纏っているものは別物であっても、それは確かにエリーであった。
 もう一人のエリーは、続いて問いかける。

 ――どうして……、その人と一緒にいるの……?

 彼女はクロトの事を言っているのか、疑問を抱いている。
 一緒にいる事になんの問題があるのか。エリーが困惑したのはその質問だけではなく、少女の様子も含めてである。
 はっきりとその姿が見える様になった時。もう一人のエリーは何かに怯えつつ、そして悲しみに濡れた顔でこちらに強く訴えてきていた。
 



 ――だって……その人はっ。を……殺したのに……っ!
 
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