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第五部 五章「変わらぬ想い」

「棘の華」

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 王の間から追い出されたニーズヘッグとフレズベルグ。
 その後は本人たちも訳が分からず、何があったのかすら頭が追いついていなかった。
 しかし、生きてあの場から出られた事はなによりも運が良かったとしか思えず、速やかにその場から離れる事とした。
 フレズベルグの翼を使い、時には自らの足で……。
 そうこうしているうちに数日が経過。二体が迷いこんだのは植物生い茂る樹海だった。
 我武者羅に行動した結果、その場が何処なのかすらわからない。
 フレズベルグが空から見渡すも、見覚えなど一切なく、いったん休憩とする。

「……マジでどうすっか? 俺こんな場所初めてなんだが?」

 火山で育ち、荒野を駆けまわっていたニーズヘッグは植物に囲まれた場所など新鮮でしかなく、少々落ち着かない様子だ。
 魔界の樹海なだけあって、おどろおどろしい植物の数々。木々や巨大なキノコ。発光する草花や異様な甘い香りを出すものなど、様々なものが存在していた。
 
「ボクも此処まで植物の多い場所は……。だが、あまり長居していても良くないな。樹海となると、この前の魔王の事を思い出す……」

 フレズベルグが言う魔王。それはおそらく樹海の王である八番席魔王――【猛華のアリトド】のことだ。
 確かに。魔王は魔界に領地を持っており、この樹海も八番席の領域になるやもしれない。そう考えると、一度叩きのめされた記憶が脳裏をよぎる。
 当時の痛みが戻ってくるかのようだ。おかげでニーズヘッグはゴクリと喉を鳴らしてしまう。
 植物なら炎を操るニーズヘッグにとってそこまで恐れるものではないはずなのだが、やはり今の身で魔王に挑むのは自殺行為でしかなく、その衝突を拒みたくなる。
 無言で苦い思い出を噛みしめて、ニーズヘッグも焦った様に「うんうん」と首を縦に振る。

「……そうなんだがフレズベルグ。…………ちょっとやべーかも」

 申し訳なく、ニーズヘッグは先に詫びる気持ちで頭を垂れる。
 直後、二体は空腹の合図を鳴らし、しばし沈黙。
 遠くに行くために体力を消耗してしまっている。そのため魔力も減少。今一番必要なのはまともに行動するためのエネルギー補充。つまりは――食糧だ。

「確かに……それなりに腹が減ったな。樹海なのだし、食料は多くあると思うんだが……」

 そう言いつつ、フレズベルグは周囲を見渡す。
 しかし、見るのは初めて見る植物ばかりで、どれが食糧となり得るのか。間違ったものを口にするのは危険でしかない。
 少し樹海の中を歩き、植物以外にも生き物を何度か見る。
 鹿かと思えば蔦が幾つも絡み合ってできた魔物。小人の様なキノコ。木の実かと思えば飛び跳ねて動く果実。
 
「……焼いたら、喰えると思うか?」

「ボクは嫌だぞ? 腹を壊したくない。……せめて、まともに話せる住人でもいれば」

 そんな都合よくいるだろうかと、ニーズヘッグは口に出さず悩む。
 火山を縄張りにできる魔族の様に、樹海を縄張りとする魔族も確かに存在はするだろう。しかし、果たして話が通じるかどうか。
 最悪。この地が八番席の領域と考えて、その領地の住人が自分たちを心をよく受け入れるかどうか。魔王から話が伝わっていれば、それこそ敵として見られる。
 一番穏便に済ませるなら、この地の住人に関わらず、見つからず、そして空腹を堪えて樹海を抜けるという事だ。
 そうフレズベルグに説得を持ちかけようとした時。両者が隠れていた茂みの後ろで、カサッと音がした。
 背後に何かがいる。そう感じてニーズヘッグたちは目を丸くさせ、一緒になって後ろを振り向く。

「……」

 真後ろには、同じほどの身長のがいた。
 少女はこの樹海で初めて見る、人に最も近い形をした個体だ。
 草色の髪と、宝石のような美しい瞳。それだけでも百点満点の愛らしさを持っているが、更にその身は人形の様にドレスで着飾っており、もはや百点満点オーバーである。
 そんな儚くも、凛として感情のない表情でいる少女は、ただじっとニーズヘッグたちを眺めている。
 
「こ……子供?」

 初めて見る。人の形をした少女の個体に、ニーズヘッグは思わず物珍しそうに呟く。
 すると、無表情の少女は小さな口を開き――


「――テメェも子供だろ。鏡見た事ねーでございますか?」


 
 …………。
 一瞬。「ん?」と首を傾けてしまう。
 今、少女の姿とは似つかわしくない言葉がその愛らしい口元から出た気がした。
 フレズベルグも自身の耳を疑ってしまうほどだ。
 更に少女は、

「……あ。ひょっとして耳も悪い障害者でしたか。これは失礼いたしました。………………ぷっ」

 と。かしこまって行儀よく頭を下げるも、最後の最後で不意打ちとして無の表情は嘲笑う。
 ニーズヘッグとフレズベルグは、自分の耳をもう一度疑う。疑う事でこの初対面の少女がそんな煽る言葉を言っていないと、心のどこかで肯定したかったのだろう。
 だが、追い打ちに疑いを捨てる事を禁じ得ない。

「だ、誰が障害者だ!? もういっぺん言ってみろ!」

「ぷー……」

 少女は、くるっと綺麗に180度回転。気力のない煽り笑いを口にしながら木々の奥にへと駆けて行った。
 誤りなどしない。完全に小馬鹿にされた事に、ニーズヘッグは少女の後を追う。つられて、フレズベルグもだ。

「野郎! ちょっと可愛いからってなんでも許されると思ってんのか!? フレズベルグの方がまだそういうとこ可愛げあるぞ!」

「ちょっと待てニーズヘッグ! 何故そこでボクを比較に出す!?」

「んだって! フレズベルグよく俺のこと愚か愚かって言うだろうが! あれ結構傷ついてますー!」

「そ、それならボクだって言いたい事はあるぞ! 移動手段にボクの翼をあてにするなっ。その後は徒歩で、結局ボクの方が疲れるはめになるんだぞっ」

「だって俺、羽ねーしっ」

「そういう屁理屈は言うな愚か者ぉ!」

「また言ったなフレズベルグ!」

「ニーズヘッグこそ!!」

「……やーい、痴話喧嘩とはガキんちょなのに進んでますね。恐ろしやーでございます」

「「――やっぱ先にお前を黙らせる!!」」

 口調が丁寧なのかどうなのか。棘のある言葉を少女は感情のない顔で呟いでくる。
 空腹が吹き飛ぶほどの煽りに、一言謝らせないと気が済まない。
 こちらをガキと称するが、少女も同じほどの子供にしか見えない。魔族にとって外見と実際の年齢が異なるのはよくある事だが、とても相手を大人として見る事ができない。
 まっすぐ。少女は迷いもなく樹海を進む。
 やはりこの樹海に住む住人の一体なのだろう。
 捕まえたら樹海の抜け道を聞くのも悪くない。そう、何処か良くない考えが頭によぎってしまう。
 サラマンダーが聞いたらどやされるような行為だ。
 
 ――爺、悪い。これも生きるためなんよ。

 と。心の何処かにいるサラマンダーに吹っ切れた言葉を送っておく。
 怒りが勝っての行動だったが、やはり空腹が途中で襲い掛かってくる。
 先に疲労を訴えるのはフレズベルグだ。走る速度が落ちてきている。

「大丈夫かフレズベルグっ? お前だけ休むか?」

「ふ、ふざけるな! 置いてかれたら迷うだろうがぁ!!」

 ――そりゃそうだ。
 なら頑張れと言ってやりたいのだが、

「鳥かと思えばダチョウでしたか。飛ばない鳥など…………ぷっ」

 少女がまた煽り言葉を吐く。
 その後。何処かで何かが切れた音がした気がした。

「――潰す!!」

 この発言が出た時のフレズベルグは本気でキレた時だ。
 ニーズヘッグを追い越し、フレズベルグは少女に向かい手をかざす。
 風は手に集中し、前方にへと風の刃を飛ばした。
 この状況でよくそんな魔力を絞り出せるものだ。これが怒りの力かと、ニーズヘッグは少女の安否を願ってしまいたくなる。
 一直線に飛ぶ鋭い刃。それが少女に触れる瞬間、周囲の木の枝が割り込んで壁を作り身代わりとなった。
 まっすぐ追い、切り裂かれた枝を潜り抜けるも攻撃してくる様子はない。少女を守るためだけに動いた様だ。

「な……なんだったんだ?」

「知らん! とにかく潰す!!」

「……今更だが、落ち着けフレちゃん」

 此処は乱心したフレズベルグに代って大人な心構えをするニーズヘッグ。
 そのまま突き進み、見失いそうになっていた少女がこちらを向いて止まっていた。
 追いつくと息を切らせたニーズヘッグとフレズベルグは、これ以上ない空腹感と疲労で脚を止めた途端、地にへと倒れてしまう。

「はあ……っ、はあっ。追いつい……ったぁ」

「潰されたくなければ……、今すぐボクに謝れ」

「……俺もっすフレズベルグ」

 もはや会話すら体力の消費でしかなく、後は絶えた息遣いで無様に這いつくばる。
 それを見下ろす少女は、なんの感情も抱いていない様に涼し気な無表情だ。
 しかし、言葉は相も変わらず丁寧に紛れて棘を刺す。

「ご苦労様です。意外に根性あるんですね、ガキのくせに」

 謝る素振りなど一切ない。
 もうこの口調が少女のスタンダードなのだと受け入れる方がメンタルがもちそうだ。
 フレズベルグも更に怒り散らしたいのだが、体が動かなければどうすることもできない。
 少女は淡々と近くから離れると、すぐに戻ってきてしゃがみ込む。

「とりあえずご褒美としてお渡しします。よき運動になりました」

 少女は大きな葉を地に置く。葉の上には果実が幾つも盛られている。
 一瞬。追い打ちの毒攻めだと思えたが、空腹に抗えずニーズヘッグは先走って一つをかじる。
 咀嚼する度に広がる甘味と程よい酸味。一口だけで胃が食物を更に欲してしまい、更に手に取って次々と食す。
 更に活気付いた事から、フレズベルグも最初は恐る恐る食べ始め、最終的には食欲に従ってがっついた。
 
「……っ。やばい! 泣けるくらい美味い!!」

「空腹が限界だった分だろうか。食のありがたみが身に染みる……」

「……はっ。そこまで犬のようにがっつくとは、相当空腹だったのですね。……まあ、あの辺の魔物は食さない方がいいですよ? 内側から浸食されて、新たな植物魔物になるだけですから」

 なんと恐ろしい真実か。
 一瞬。呑み込む速度が遅れてしまったではないか。
 
「つーか、お前なんだよ? 此処の住人なんだろうが、さっきはよくフレズベルグの攻撃を防いだな」

 もしかすれば、この少女もそれなりに強い存在なのやもしれない。
 なら、フレズベルグの攻撃を防ぐことも可能だろう。
 
「……ああ、あれは違います。私は何もしてませんし、この樹海が私を守っただけなので」

「…………樹海が?」

 ニーズヘッグは周囲の樹海を見渡す。
 
「申し遅れました。おそらく才ある悪魔たち。私は八番席魔王、【猛華のアリトド】様によって生み出された華たち乙女。――愛らしきでございます」
 
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