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第四部 五章 「約束」
「けじめ」
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意外だったのか、その向けられた銃口の意図が理解できなかったのか……。
クロトは凶器を前に危機感と警戒心を抱きながら、呆けてしまった。
「……なんのつもりだっ。お前」
自分に向けられるイロハの魔銃。その中身は【不死殺しの弾】以外に考えられない。
それを向ける理由など、イロハがクロトを敵として認識している、ということだ。
質問に、イロハは間を開けてから……ゆっくりと口を開く。
「だって……先輩は危険だから……っ。こうしなきゃダメだって…………」
「またアイツの言葉か。お前の意志はねーのかよっ!」
「――だってわかんないもん!! そんなわかんないこと言われても、わかんないんだもん!!」
引き金に指が触れる。
キリ……と、音をたて始めると。
『やめろ、愚か者』
イロハの脳内で、フレズベルグの言葉が響く。
「……なん、で」
『お前のその行動は無意味だ。【不死殺しの弾】を使う必要はない』
「わかん……ないよ……っ。だって、姫ちゃんが……っ」
『……確かに予想外の事態だ。だが今はこんな事をしている場合ではないだろう? それにニーズヘッグはもう無害だ。――約束をしたからな』
「そんなの信じられないよ! それでこのままにして、約束なんて破られたら、どうするのさ!? 今、姫ちゃんがどうにかなってるじゃないか!」
現状、イロハも、クロトも、ニーズヘッグの事を信用することができない。
今エリーを苦しめている原因に炎蛇が絡んでいる事は、容易に考えられる事。
同意に、イロハはこの事態の責任をニーズヘッグだけでなくクロトにも向けている。
「先輩は、姫ちゃんと一緒じゃない方がいいよっ。先輩は、やっぱり危険だから……っ」
責任はクロトにある。
もしも、あの時……。エリーの行動を阻止できていれば、こんな事態にならずにすんだのではないだろうか?
それ以前に。ただ距離を置くだけではなく、誰にも知られずに別れていればよかったのか?
なにが最善だったのか、過ぎた今となっては意味をなさない。
自分の行いを否定するよりも、クロトは不快なイロハの言葉を否定する。
「……うるさい」
イロハに、自分の間違いを指摘されたくない。
責任を押し付けられると、内側からも同様の声が聞こえてきた。
『うるさい』
同調するかの声。
そして、更にイロハから責められる。
「――先輩は、姫ちゃんが死んじゃってもいいの!!?」
その言葉は、クロトとニーズヘッグの癇に障った。
誰がそんな事を望んだ?
誰がこの存在の死を望んだ?
そんな望みなど、今あるわけがない……。
「『――うるせぇ!! お前に俺の、なにがわかる!!?』」
クロトと、ニーズヘッグの言葉が、その時息を揃えるように重なる。
言い返さずにいる事などできるはずがない。
己の不甲斐なさなど、他人よりも理解できている。
己の過ちなど、言われるまでもなく理解できている。
何も理解できないようなイロハに、責められ続けられるなど。
イロハがこちらを敵と見るなら、それに対してイロハを敵と見るのも、しかたがなかったかもしれない。
クロトは魔銃を取り出し、銃口をイロハに向ける。
引き金を引けば、もう後戻りはできないだろう。
この様な事態にならないようにと、命を懸けた一人の少女の意思などなかったかの様に……。
――ダンッ!!!
緊迫とした空気に、扉を蹴破る音が……。
咄嗟の事に、クロトとイロハの顔は部屋の扉にへと同時に向く。
更に、二人は肝を冷やす感覚と共に顔色を青くさせた。
扉を蹴破ったのは――ネアだ。
蹴り上げた脚を下ろすと、鋭い眼光と目が合う。
「お、お客様……っ、困りますよ」
宿主の男性がおろおろとして、焦る様子でネアの後ろにいる。
そんな些細な事など気に留めず、ネアは状況を確認する。
一人一人と、順に目を配り……。察すればズカズカと威圧を放ちながら部屋に入る。
一番近くにいたのはイロハだ。
「お、お姉さん……!?」
距離が縮まれば圧に負けてしまい、その恐怖対象に思わず銃を怯えながら向けてしまう。
恐れる者があれば排除しなければならない。そう体が勝手に動く。
だが、ネアが歩みを止めることなどない。
焦った手が引き金を引こうとすれば、瞬時にイロハの魔銃はネアに払い飛ばされる。
イロハの目が魔銃を追うと、今度はイロハの胴体をネアは蹴り飛ばし、激しく壁に打ち付けた。
一瞬だった。なにが起こったかすらわからないほどの速度で、イロハは床に倒れ伏せる。
――これはマズイ……。
完全にネアの憤怒は高まりきっている。
あのネアが無言で容赦なく処理する辺りが、特に恐ろしくもある。思わずクロトも生唾をごくりと呑み込むほど……。
しかし、これで終わるわけがない。
イロハに気をとられていれば、今度はクロトにへと彼女の怒りは向く。
気づくと同時だった。ネアの拳が、クロトの頭を一気に殴りつけたのは。
「――いっ!!」
尋常じゃない痛み。一瞬脳が強く揺さぶられた。
頭蓋すら砕く勢いの拳に、クロトは頭を抱えて悶える。
その隙に、ネアはエリーを抱え、ようやく言葉を発した。
「何やってんのよ! アンタたちは!!」
怒鳴り声は、二人を唖然とさせる。
「エリーちゃんがこんな状態で、無駄口叩いて言い争ってるとか、どんだけ馬鹿なの!!」
「……だ、だって。…………あ、れ?」
床に倒れていたイロハ。
だが、起き上がろうとするもその体は言う事を聞かず……。
「な、なにこれ……っ。体が……動かない……??」
「当たり前でしょ? 融通の利かない野郎はそこでおとなしく痺れてなさい!」
クロトはともかく、イロハまでもが銃を向けているなど、これまでになく危機感しかなく。ネアは雷撃を調整し、イロハの動きを封じだ。
抱えるエリーをベッドに寝かせ、ネアは症状を確認する。
止まらない汗。呼びかけるも応答すらままならない。体温の異様な上昇。
負傷した手の布をとると、傷口は紫に変色している。特に熱を帯びているのがそこだ。
「ただの熱じゃないわね。……毒かしら? これ」
ある程度の症状が理解できれば、ネアは直に行動する。
「店主。氷と水をお願い。なるべく氷は多く」
「え……っ、あ、はい!!」
店主は指示の通りに、急いで駆けだす。
毒であれば毒抜きも一つの応急処置。だが、毒は既にエリーの体内を巡りきっている。
吸い出すことは不可能な位置に達していた。
部外者がいなくなったところで、ネアは黙り続ける二人にへと向き直る。
「……とりあえず、事情を聞こうかしら? ただ事でないのは、確かなんでしょ?」
「…………事情って言われてもな」
「まさかとは思うけど、誰もなにも知らないなんて事、ないでしょうね?」
クロトは事の詳細をまだ知らない。知っているのはニーズヘッグだ。
そして……当時居合わせていただろうイロハと……。
「――そう殺気を漂わせるな、異端者」
予想すればなんとやら。
身動きできないイロハはネアに向けそう言い放つ。
ネアを異端者と言うのは、彼の中にいるフレズベルグくらいだ。
案の定、イロハが説明などできるわけもなく出てきた。
「その言い方……あの真っ白野郎ね。フレズベルグだったわよね? そんな風に出てくるなんて、何の冗談なのかしら?」
「私もこのような不様な姿で長居するつもりはない。お前たちには事態の説明が必要だからな。……まず、姫がニーズヘッグを呼び出した。無謀な策ではあったがな、どうしてもそこの魔銃使いと離れたくないと言うのでな。……まあ、無事その辺は解決できた。しかし、問題が一つあってな」
「問題?」
「ニーズヘッグの枯渇した魔力を戻す必要があった。でなければ、そこの魔銃使いは戦力として乏しいからな。そこで、最も早い手段が身近にあった。それが姫の呪いだ。血を分け与える事で、その魔力を補充しようとしたのだが……、予想以上に姫の呪いは危険だった。一時とはいえ、ニーズヘッグの自我を崩壊寸前まで追い込んだのだからな。……おそらくその時だ」
「つまり……、クソガキにあの時の毒が入ってるって事かよっ」
クロトはその毒を体験している。
生命の体内から焼き尽くす、――炎蛇の毒。
どれだけ投与されたかなど、当時自我の薄れていた炎蛇にもわからないだろう。
クロトの時は加減をされていたが、同じ量でもエリーの体がもつとは限らない。
最悪……このままでは…………。
「なるほど。炎蛇の毒……。聞いたことがあるわ。血液に紛れた毒が体内を循環して高熱を発する……。投与された量が多ければ、一気に燃え死ぬところだけど、まだ微量ですんでいるようね」
「まあ、そういう事だ。ニーズヘッグにとっても想定外だっただろう。事故と思ってくれ」
「そう。わかったわ」
「……やけにすんなりだな。もっとうるさく言うものだと思っていたが」
「今アンタたちを責めてもエリーちゃんが良くなるわけじゃないもの。でも勘違いしないで。アンタたちが最低なのは変わらないから」
今すべきは冷静にこの場を対処すること。
しばらくすれば、オケに大量の氷と水を運んできた店主が戻ってくる。
「お客様、お待たせしました!」
「ありがとう。……それと、解熱剤か何か熱を下げる薬あるかしら? あるならそれもお願いしたいのだけど」
「も、申し訳ありません。そういった薬は現在切らしておりまして。薬などは定期的な運搬がほとんどで、薬師もこの村にはおらず……。次は明日の昼頃だったと……」
「……それじゃあ間に合わないわね。…………しかたない」
ベッドの側から離れる。
痛みのひいたクロトにへと歩み寄ると、強引とクロトの胸倉を掴み立たせた。
「クロト。薬を持ってきなさい」
「は、はあっ!? 何言って……っ。薬はさっきないって――」
現状は理解できている。
その指示に口答えすると……
「――だったら現地調達してきなさいよ!!!」
と。ネアは壊れた窓からクロトを投げ飛ばした。
上の階にあった部屋でもあり、その光景を目の当たりにした店主は驚愕と声をあげてしまう。
そんな外野など置いて置き、更にネアはクロトに言い放つ。
「いい、クロト! ……もって夜明けよ! それまでに見つからなければ、――あの子は死ぬわ」
「――ッ!」
それは、残された時間を示していた。
エリーの命の灯も……。クロトの呪いも……。
「こうなったのもアンタの優柔不断が原因でもあるでしょうが! 自分一人で解決もできないくせに、あの子をずっとまきこみ続けて。男なら、けじめくらいつけなさいよ!!」
余裕があればネアに文句を言い返したいところだが、クロトはそれを振り切って駆け出した。
エリーの命はクロトの命にも直結している。自身の命がかかっていれば、物分かりの良さは納得がいった。
クロトの背を見送ると、ネアは備えられていたタオルを水に浸す。
「店主。もしかしたらまた氷が必要になると思うの。予備の準備もお願い」
状況に追いつけず狼狽しきっていた店主。指示が出れば我に返り、急いで慌てつつ部屋を飛び出していった。
ネアはクロトが戻るまで、自身にできることをする。
冷えたタオルをエリーに当て、口には氷を時おり含ませる。
少しでも冷気を体内に送り込み、熱を冷まして時間を稼ぐ。
「大丈夫。アイツが戻ってくるまでは……絶対もたせてみせる……っ」
溢れる汗を何度も拭い、何度も取り換える。この繰り返し。
熱が衰える気配はない。この行動は些細な悪足掻きでしかない。
それでも何もしないよりはマシだ。
「…………姫ちゃん、死んじゃうの?」
ネアの後ろで、イロハは動けないままそう呟く。
不謹慎な言葉にネアは手にした氷をイロハの脳天に直撃させた。
「馬鹿なこと言わないでっ。今クロトが薬を探してる。私は私にできることをするだけよ」
「お姉さんは、フレズベルグから話……聞いたんでしょ? どう思ったの?」
「どうもこうも、正直アンタたちにエリーちゃんを関わらせたくないっ。それも悪魔が表に出てくれるなんて、もっと最悪。……でも、それじゃあこの子のためにならない」
「先輩が近くにいたら……危ないんだよ?」
クロトの危険性は重々承知だ。
そのためクロトは同行から外れる事すら考えていた。
そう決断した理由が、事態が起きてから思い知らされた。
だが、それを拒んだのはエリーだ。
「……じゃあ、アンタはなんでエリーちゃんを守ろうとするの?」
「だって……マスターがそうしろ……って。だから、ボクは……」
「あっそ。――私はアンタにだけはエリーちゃんを任せたくない」
「なっ、なんでさ!?」
一つの回答が、ネアにそう断言させた。
「なんで? そんなの決まってるじゃない。アンタは誰かに言われてでしか行動できない。アンタはこの子のためじゃない。別のためにしか行動してない。……だからよ」
クロトは凶器を前に危機感と警戒心を抱きながら、呆けてしまった。
「……なんのつもりだっ。お前」
自分に向けられるイロハの魔銃。その中身は【不死殺しの弾】以外に考えられない。
それを向ける理由など、イロハがクロトを敵として認識している、ということだ。
質問に、イロハは間を開けてから……ゆっくりと口を開く。
「だって……先輩は危険だから……っ。こうしなきゃダメだって…………」
「またアイツの言葉か。お前の意志はねーのかよっ!」
「――だってわかんないもん!! そんなわかんないこと言われても、わかんないんだもん!!」
引き金に指が触れる。
キリ……と、音をたて始めると。
『やめろ、愚か者』
イロハの脳内で、フレズベルグの言葉が響く。
「……なん、で」
『お前のその行動は無意味だ。【不死殺しの弾】を使う必要はない』
「わかん……ないよ……っ。だって、姫ちゃんが……っ」
『……確かに予想外の事態だ。だが今はこんな事をしている場合ではないだろう? それにニーズヘッグはもう無害だ。――約束をしたからな』
「そんなの信じられないよ! それでこのままにして、約束なんて破られたら、どうするのさ!? 今、姫ちゃんがどうにかなってるじゃないか!」
現状、イロハも、クロトも、ニーズヘッグの事を信用することができない。
今エリーを苦しめている原因に炎蛇が絡んでいる事は、容易に考えられる事。
同意に、イロハはこの事態の責任をニーズヘッグだけでなくクロトにも向けている。
「先輩は、姫ちゃんと一緒じゃない方がいいよっ。先輩は、やっぱり危険だから……っ」
責任はクロトにある。
もしも、あの時……。エリーの行動を阻止できていれば、こんな事態にならずにすんだのではないだろうか?
それ以前に。ただ距離を置くだけではなく、誰にも知られずに別れていればよかったのか?
なにが最善だったのか、過ぎた今となっては意味をなさない。
自分の行いを否定するよりも、クロトは不快なイロハの言葉を否定する。
「……うるさい」
イロハに、自分の間違いを指摘されたくない。
責任を押し付けられると、内側からも同様の声が聞こえてきた。
『うるさい』
同調するかの声。
そして、更にイロハから責められる。
「――先輩は、姫ちゃんが死んじゃってもいいの!!?」
その言葉は、クロトとニーズヘッグの癇に障った。
誰がそんな事を望んだ?
誰がこの存在の死を望んだ?
そんな望みなど、今あるわけがない……。
「『――うるせぇ!! お前に俺の、なにがわかる!!?』」
クロトと、ニーズヘッグの言葉が、その時息を揃えるように重なる。
言い返さずにいる事などできるはずがない。
己の不甲斐なさなど、他人よりも理解できている。
己の過ちなど、言われるまでもなく理解できている。
何も理解できないようなイロハに、責められ続けられるなど。
イロハがこちらを敵と見るなら、それに対してイロハを敵と見るのも、しかたがなかったかもしれない。
クロトは魔銃を取り出し、銃口をイロハに向ける。
引き金を引けば、もう後戻りはできないだろう。
この様な事態にならないようにと、命を懸けた一人の少女の意思などなかったかの様に……。
――ダンッ!!!
緊迫とした空気に、扉を蹴破る音が……。
咄嗟の事に、クロトとイロハの顔は部屋の扉にへと同時に向く。
更に、二人は肝を冷やす感覚と共に顔色を青くさせた。
扉を蹴破ったのは――ネアだ。
蹴り上げた脚を下ろすと、鋭い眼光と目が合う。
「お、お客様……っ、困りますよ」
宿主の男性がおろおろとして、焦る様子でネアの後ろにいる。
そんな些細な事など気に留めず、ネアは状況を確認する。
一人一人と、順に目を配り……。察すればズカズカと威圧を放ちながら部屋に入る。
一番近くにいたのはイロハだ。
「お、お姉さん……!?」
距離が縮まれば圧に負けてしまい、その恐怖対象に思わず銃を怯えながら向けてしまう。
恐れる者があれば排除しなければならない。そう体が勝手に動く。
だが、ネアが歩みを止めることなどない。
焦った手が引き金を引こうとすれば、瞬時にイロハの魔銃はネアに払い飛ばされる。
イロハの目が魔銃を追うと、今度はイロハの胴体をネアは蹴り飛ばし、激しく壁に打ち付けた。
一瞬だった。なにが起こったかすらわからないほどの速度で、イロハは床に倒れ伏せる。
――これはマズイ……。
完全にネアの憤怒は高まりきっている。
あのネアが無言で容赦なく処理する辺りが、特に恐ろしくもある。思わずクロトも生唾をごくりと呑み込むほど……。
しかし、これで終わるわけがない。
イロハに気をとられていれば、今度はクロトにへと彼女の怒りは向く。
気づくと同時だった。ネアの拳が、クロトの頭を一気に殴りつけたのは。
「――いっ!!」
尋常じゃない痛み。一瞬脳が強く揺さぶられた。
頭蓋すら砕く勢いの拳に、クロトは頭を抱えて悶える。
その隙に、ネアはエリーを抱え、ようやく言葉を発した。
「何やってんのよ! アンタたちは!!」
怒鳴り声は、二人を唖然とさせる。
「エリーちゃんがこんな状態で、無駄口叩いて言い争ってるとか、どんだけ馬鹿なの!!」
「……だ、だって。…………あ、れ?」
床に倒れていたイロハ。
だが、起き上がろうとするもその体は言う事を聞かず……。
「な、なにこれ……っ。体が……動かない……??」
「当たり前でしょ? 融通の利かない野郎はそこでおとなしく痺れてなさい!」
クロトはともかく、イロハまでもが銃を向けているなど、これまでになく危機感しかなく。ネアは雷撃を調整し、イロハの動きを封じだ。
抱えるエリーをベッドに寝かせ、ネアは症状を確認する。
止まらない汗。呼びかけるも応答すらままならない。体温の異様な上昇。
負傷した手の布をとると、傷口は紫に変色している。特に熱を帯びているのがそこだ。
「ただの熱じゃないわね。……毒かしら? これ」
ある程度の症状が理解できれば、ネアは直に行動する。
「店主。氷と水をお願い。なるべく氷は多く」
「え……っ、あ、はい!!」
店主は指示の通りに、急いで駆けだす。
毒であれば毒抜きも一つの応急処置。だが、毒は既にエリーの体内を巡りきっている。
吸い出すことは不可能な位置に達していた。
部外者がいなくなったところで、ネアは黙り続ける二人にへと向き直る。
「……とりあえず、事情を聞こうかしら? ただ事でないのは、確かなんでしょ?」
「…………事情って言われてもな」
「まさかとは思うけど、誰もなにも知らないなんて事、ないでしょうね?」
クロトは事の詳細をまだ知らない。知っているのはニーズヘッグだ。
そして……当時居合わせていただろうイロハと……。
「――そう殺気を漂わせるな、異端者」
予想すればなんとやら。
身動きできないイロハはネアに向けそう言い放つ。
ネアを異端者と言うのは、彼の中にいるフレズベルグくらいだ。
案の定、イロハが説明などできるわけもなく出てきた。
「その言い方……あの真っ白野郎ね。フレズベルグだったわよね? そんな風に出てくるなんて、何の冗談なのかしら?」
「私もこのような不様な姿で長居するつもりはない。お前たちには事態の説明が必要だからな。……まず、姫がニーズヘッグを呼び出した。無謀な策ではあったがな、どうしてもそこの魔銃使いと離れたくないと言うのでな。……まあ、無事その辺は解決できた。しかし、問題が一つあってな」
「問題?」
「ニーズヘッグの枯渇した魔力を戻す必要があった。でなければ、そこの魔銃使いは戦力として乏しいからな。そこで、最も早い手段が身近にあった。それが姫の呪いだ。血を分け与える事で、その魔力を補充しようとしたのだが……、予想以上に姫の呪いは危険だった。一時とはいえ、ニーズヘッグの自我を崩壊寸前まで追い込んだのだからな。……おそらくその時だ」
「つまり……、クソガキにあの時の毒が入ってるって事かよっ」
クロトはその毒を体験している。
生命の体内から焼き尽くす、――炎蛇の毒。
どれだけ投与されたかなど、当時自我の薄れていた炎蛇にもわからないだろう。
クロトの時は加減をされていたが、同じ量でもエリーの体がもつとは限らない。
最悪……このままでは…………。
「なるほど。炎蛇の毒……。聞いたことがあるわ。血液に紛れた毒が体内を循環して高熱を発する……。投与された量が多ければ、一気に燃え死ぬところだけど、まだ微量ですんでいるようね」
「まあ、そういう事だ。ニーズヘッグにとっても想定外だっただろう。事故と思ってくれ」
「そう。わかったわ」
「……やけにすんなりだな。もっとうるさく言うものだと思っていたが」
「今アンタたちを責めてもエリーちゃんが良くなるわけじゃないもの。でも勘違いしないで。アンタたちが最低なのは変わらないから」
今すべきは冷静にこの場を対処すること。
しばらくすれば、オケに大量の氷と水を運んできた店主が戻ってくる。
「お客様、お待たせしました!」
「ありがとう。……それと、解熱剤か何か熱を下げる薬あるかしら? あるならそれもお願いしたいのだけど」
「も、申し訳ありません。そういった薬は現在切らしておりまして。薬などは定期的な運搬がほとんどで、薬師もこの村にはおらず……。次は明日の昼頃だったと……」
「……それじゃあ間に合わないわね。…………しかたない」
ベッドの側から離れる。
痛みのひいたクロトにへと歩み寄ると、強引とクロトの胸倉を掴み立たせた。
「クロト。薬を持ってきなさい」
「は、はあっ!? 何言って……っ。薬はさっきないって――」
現状は理解できている。
その指示に口答えすると……
「――だったら現地調達してきなさいよ!!!」
と。ネアは壊れた窓からクロトを投げ飛ばした。
上の階にあった部屋でもあり、その光景を目の当たりにした店主は驚愕と声をあげてしまう。
そんな外野など置いて置き、更にネアはクロトに言い放つ。
「いい、クロト! ……もって夜明けよ! それまでに見つからなければ、――あの子は死ぬわ」
「――ッ!」
それは、残された時間を示していた。
エリーの命の灯も……。クロトの呪いも……。
「こうなったのもアンタの優柔不断が原因でもあるでしょうが! 自分一人で解決もできないくせに、あの子をずっとまきこみ続けて。男なら、けじめくらいつけなさいよ!!」
余裕があればネアに文句を言い返したいところだが、クロトはそれを振り切って駆け出した。
エリーの命はクロトの命にも直結している。自身の命がかかっていれば、物分かりの良さは納得がいった。
クロトの背を見送ると、ネアは備えられていたタオルを水に浸す。
「店主。もしかしたらまた氷が必要になると思うの。予備の準備もお願い」
状況に追いつけず狼狽しきっていた店主。指示が出れば我に返り、急いで慌てつつ部屋を飛び出していった。
ネアはクロトが戻るまで、自身にできることをする。
冷えたタオルをエリーに当て、口には氷を時おり含ませる。
少しでも冷気を体内に送り込み、熱を冷まして時間を稼ぐ。
「大丈夫。アイツが戻ってくるまでは……絶対もたせてみせる……っ」
溢れる汗を何度も拭い、何度も取り換える。この繰り返し。
熱が衰える気配はない。この行動は些細な悪足掻きでしかない。
それでも何もしないよりはマシだ。
「…………姫ちゃん、死んじゃうの?」
ネアの後ろで、イロハは動けないままそう呟く。
不謹慎な言葉にネアは手にした氷をイロハの脳天に直撃させた。
「馬鹿なこと言わないでっ。今クロトが薬を探してる。私は私にできることをするだけよ」
「お姉さんは、フレズベルグから話……聞いたんでしょ? どう思ったの?」
「どうもこうも、正直アンタたちにエリーちゃんを関わらせたくないっ。それも悪魔が表に出てくれるなんて、もっと最悪。……でも、それじゃあこの子のためにならない」
「先輩が近くにいたら……危ないんだよ?」
クロトの危険性は重々承知だ。
そのためクロトは同行から外れる事すら考えていた。
そう決断した理由が、事態が起きてから思い知らされた。
だが、それを拒んだのはエリーだ。
「……じゃあ、アンタはなんでエリーちゃんを守ろうとするの?」
「だって……マスターがそうしろ……って。だから、ボクは……」
「あっそ。――私はアンタにだけはエリーちゃんを任せたくない」
「なっ、なんでさ!?」
一つの回答が、ネアにそう断言させた。
「なんで? そんなの決まってるじゃない。アンタは誰かに言われてでしか行動できない。アンタはこの子のためじゃない。別のためにしか行動してない。……だからよ」
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*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。
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