厄災の姫と魔銃使い:リメイク

星華 彩二魔

文字の大きさ
上 下
26 / 280
第一部 五章「命を喰らう結晶」

「二つの魔銃」

しおりを挟む
「なんだと、兄が鄧禹に殺された!」
 李宝には弟がいた。史書に名前が残っていない以上、それほどの男ではなかったかもしれないが、弟として兄を殺されて憤怒するのは当然であろう。
 彼は鄧禹との対面に臨場せず、兄の部隊を預かって待機していた。そこにこの凶報である。弟は呆然とした直後、決然として鄧禹への復讐を誓うと、部隊の兵へその意思を説き、彼らを味方につけることに成功した。もともと弟自身がこの部隊の副将であったし、兵も李宝の子飼いである以上、これは難しいことではなかった。


 だが復讐自体は困難を極める。鄧禹の本陣は当然のことながら兵は多く、また今そこには劉嘉がいて、彼の兵も近くに駐屯していた。
 李宝同様、弟にとっても劉嘉は主君だが、彼が兄の謀殺を受け容れたのであれば、鄧禹共々討つのにためらいはない。しかし鄧禹兵だけでも困難であるのに、劉嘉兵まで斬り破って彼らを討ち取るのは不可能である。
「よし、ならばせめて一矢を報いてくれる」
 弟は歯噛みしながら周囲を見回す。と、一つの部隊が少し離れたところに駐屯しているのを見つけた。
 鄧禹配下の赤眉将軍・耿訢こうきんの部隊である。
 弟にとって相手は誰でもよかった。自分の部隊でも充分に戦果が見込め、鄧禹に一泡吹かせるに適当な規模の部隊であれば誰でも構わなかったのだ。
「あの部隊に夜襲をかけるぞ。準備せよ」
 弟は自軍の兵にひそかに伝えると、他の部隊にばれないよう夜襲の準備を始めた。


 その夜、鄧禹は接収した一家屋で眠っていた。
 李宝を斬った件について、劉嘉や来歙への説明はさほど困難ではなかった。理と、皇帝である劉秀の意とをからめての弁は、彼らを納得させた。何の相談もなくいきなりのことだったため、いささかのしこりは残っているかもしれないが、さほど深刻なものでないのは鄧禹にも見て取れる。またこれは鄧禹も知らぬことだったが、彼ら二人もすでに李宝に小さな疑念を持っていたことも事を荒立てない一因だったのだろう。
 宴は礼儀を損なわないなごやかさで終始し、劉嘉の降伏は成り、彼は準備ののち洛陽へ向かい、劉秀に直接拝謁することも決まった。


 また劉嘉はこの日もこれまで通り雲陽城内でやすみ、鄧禹が城外で寝ることともなった。これは皇族である劉嘉に対する礼もあるが、鄧禹が自軍からあまり離れたくないという事情もある。
 事ここに至ってまずありえないが、万が一劉嘉が襲ってきたとき、即応する必要があるためだ。
 このあたり乱世で生きる鄧禹に甘さはなく、劉嘉もその意図を薄く感じ取っていたが、なにも言わなかった。


 それゆえ一応は様々に懸念の片付いた鄧禹は、久しぶりに深く安眠できていたのだが、その眠りを破る凶報が飛び込んできた。
「赤眉将軍(耿訢)の陣が襲われております!」
 どれほど深く眠っていても即座に覚醒できるのは、乱世の将軍にとって必要な資質の一つである。鄧禹もそれを持ち合わせていたが、状況に対しての混乱は他の兵と変わらなかった。
「誰の襲撃か! どこからだ!」
「わかりませぬ。現在調べている最中ですが、とにかくまずはご報告をと思いましたもので」
 しらせに来た兵の言うことはもっともなので鄧禹もそれ以上は怒気を飲み込み、急ぎしょう(寝台)から起き上がると、従卒に手伝わせて着替えと武装を急ぐ。
 だがこのときすでに耿訢は討ち取られ、襲ってきた兵は逃走に入っており、鄧禹が兵をひきいて駆けつけたときは、完全に逃げ去った後だった。


 襲撃してきたのは当然李宝の弟の部隊で、彼らは完全に油断していた耿訢の陣へ飛び込むと、脇目も振らず大将の陣へ突入し、彼を撃殺してしまったのである。もともと鄧禹に一泡吹かせることが目的だっただけに、それ以上は求めず逃げ去ってしまったことが成功の要因だった。

   
 鄧禹は李宝に弟がいて、彼と一緒に劉嘉に臣従していたことを知っていたのだろうか。
 知っていたとすれば兄を殺した後、彼を放置していたことが解せない。
 知らなかったとすれば、彼の存在を劉嘉たちは鄧禹に教えていなかったのだろうか。
 あるいは劉嘉は、鄧禹が弟のことをすでに知っていて、そちらへの対処も独自におこなうであろうと考え、何も言わなかったのかもしれない。


 いずれにせよ、鄧禹はこれで遠征当初からひきいてきた将軍をまた一人失った。
 李宝をいきなり処刑するという果断を選んだにしては事後処理に難がありすぎ、その報いを受ける形となってしまったが、これもまた鄧禹の失調がさらに浮き彫りになる結果と言えた。
 

 李宝の弟たちのその後はわからない。どこかの勢力に吸収されたか、野盗となったか、それとも窮死きゅうししたか。
 劉嘉としてもこれは部下の不始末ということになるが、原因が鄧禹の拙速せっそくのせいでもあり、互いに非難も抗議もできない気まずさを残したまま、彼は劉秀に会うため、洛陽へ向けて出立することとなった。
 劉嘉から兵を借りるという話は、ついに切り出すことができなかった。


しおりを挟む
script?guid=on
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...