15 / 280
第一部 三章「紫電の情報屋」
「見極める者」
しおりを挟む
「……はぁ。――落ち着かん……」
なんだかんだと、とりあえず入浴したクロトからホッとした一息の後に文句が飛び出た。
それもそのはずだ。広すぎる大浴場にポツンと一人なのだから。
なんのための広さなのか。そんなことすら思わせられる。
……わかってる。それくらい説明されなくてもわかっている。
無駄に多く並んでいる鏡やシャワーや積み重なっている桶も、幾多の有象無象が使用するためのモノだというのも。
本来は一人でこんな場所使う必要などないのだ。
「……まあ、いいか。どうせ他人と入る気なんか毛頭ないからな」
肩までゆったりと身を湯船に沈めまた一息吐く。
「久しぶりだなぁ……、こんなにゆっくりするのは……。いつ以来だっけか、こんな気分は」
少々熱い湯に当てられぼんやりとた意識の中、クロトは目を閉じ記憶をあさる。
目当ての記憶を探している間にいろんなモノが彼の中を流れていった。
黒い。黒い。しだいに身にドロリとした黒いものが纏わり付いていく気がした。
黒い闇の中で一筋の光が見える。
……赤い、光。それは一気に広がると、周囲に幾つもの死体が並んでいた。
赤い。赤い。赤い。――俺の手も、赤い……。
赤く染まった手を見下ろすもなにも感じない。
赤い景色の奥に、更に赤い光が煌めく。
死体の群れをモノともせず立ち尽くす黒い少女がそこにはいた。
光は少女の瞳から放たれている。
くすくすと、囁くような声。その赤い瞳はこちらを見るなり――笑っている……。
「――ッ!?」
カッと目を見開いたクロト。体を急に起こし自身を中心に広い湯船には波紋が広がった。
両目を見開いたまま驚愕とした顔を硬直させてしまう。
「……くそっ。何処にいやがるんだ、あの魔女」
余計なことを思い出したと、これ以上記憶を遡ることをやめ、ふとクロトは右手を上げる。
その手には浴室にまで持ち込まれた魔銃があった。
そして更に、隣の壁を見上げ目をひそめる。
壁の奥は――女湯である。
「あのクソガキ。とりあえずは、いるようだな。……それにしても」
「あ、あの、ネアさん……。自分で洗いますので……っ」
「いいのよエリーちゃん。遠慮しなくていいの。あ~、綺麗な髪ねぇ。さらさら~」
「……ネアさんも、綺麗、ですよ?」
「やだもうっ、エリーちゃんたら。お世辞でもお姉さん嬉しい」
「ひゃっ! ネ、ネアさんっ」
「あ~ん。ゴメンねぇ~、手が滑っちゃうの~」
などという会話が壁から少々漏れて聞こえてくる。
「……アホだろ、ホントに」
耳に人差し指を突っ込み、クロトは再び湯にへと身を沈める。
ぶくぶくと音をたて耳障りな声は聞こえなくなりマシにはなる。
そう一安心とするも、クロトは仏頂面に考え込む。
「妙だな。……あの女がわざわざこんな場所選んで。……それにこの建物、――気配がなさ過ぎる」
「はぁ……。やっぱり女の子と入るお風呂っていいわねぇ」
「男の人と入るというのは、早々ないと思うのですが……」
タオル一枚を素肌に纏うエリーとネア。二人の間ではあまり間も開くことなく会話が続く。
髪から体まで泡まみれのエリーの後ろには彼女を丹念に洗うネアが上機嫌でいる。
「でもよかった~。あんな野郎と一緒にいるわりにはエリーちゃん、ちゃんと綺麗にしてるんだもの。怪我とかあんまりしてないようでお姉さん安心したわ」
「ちゃんと綺麗にしないと、クロトさんにも悪いので……。それに、クロトさんが守ってくださるので……」
「……なーんだ。なんだかんだ言ってるけど、ちゃんとやってるんだ、アイツ。そろそろ頭流すから、目を瞑っててねぇ」
桶を持ち上げられるとエリーは言われたとおりに目をギュッと閉じる。 頭上から優しく湯を流され風呂床にへ泡が落ち排水口にへと流れていく。続いてシャワーを向けられ頭皮までしっかり洗われる。
「はい。おしまい」
「ありがとうございます……」
「お礼なんていいのよぉ。お姉さんは好きでお世話してるんだから。さっ、ゆっくり浸かって疲れをとりましょ」
背を押され積極的にネアはエリーを浴槽にへと案内する。
「……そういえば、エリーちゃんっていくつ?」
「え……? えーっと、十くらいだったかと……? よく覚えてないので」
ふと問いかけられると首を傾け答える。
記憶がないのもあり、おおよその年齢を答えておいた。
「そうなの? それにしては、ちょっと胸、大きい方かしらね? 洗ってて思ったんだけど」
「そ、そそ、そんなこと……ないと思うんですけど……っ」
赤面しつつタオル越しにエリーは自分の胸部を確認してみる。
自分の体で見慣れているためそう言われてもピンとこない。だが歳のわりには少しある方であるのが事実であった。
幼い少女の身に、ふっくらとした柔らかなものが確かにそこにはある。
「いいじゃないのぉ。将来性あって。きっとエリーちゃんは美人さんになるわ~」
「……」
鏡をちらりと見るも自分が大人になった姿など今の時点では想像がつかない。大人になるということはそれだけの時間を費やすということ。
その頃の自分はどうなってなにをしているのだろうか……。
今のような環境でなくなっていたとして、自分の環境は本当に幸せなものになるのか……。
――クロトさんとも、いつか別れるのかな……。
別れた頃には、自分はどうなってしまうのだろうか……。
「ふっ、んん~。いい湯加減。エリーちゃんは熱くない?」
「だ、大丈夫、です。……」
湯船に浸かり、ネアは長い腕を上へ伸ばす。その隣でエリーは彼女を見上げたままでいた。
初対面から思っていた憧れるように素敵な女性。容姿だけでなく強気と頼りがいのある内面もまた惹かれてしまうものがある。
そしてなにより……クロトをよく知る女性。
「……ネアさんは、クロトさんのこと、知ってるんですか?」
「ええ、いろいろとね。アイツとは会ってひと月ほどの付き合いなんだけどぉ~、いろいろ難儀な奴だから仕方な~く気にかけてやってるの。お姉さんってとっても慈悲深いからぁ~」
「……は、はあ」
「お姉さんの仕事は情報屋。知りたいこととかを教えたりして情報を提供するお仕事なの。……例えばぁ~、魔女を捜してたり~、そのためにエリーちゃんが必要だったり~」
指を折りネアは例えを数えていく。
魔女についてはここに来る前にも話していたので知っていた。クロトがそのために自身を必要な条件だと言ったことも……。
……ふと、エリーは目を見開く。
「……あれ? ネアさん、ひょっとして」
クロトだけでなく、自分も知っている? そうエリーは思うと案の定である。
「人前では言えないものね。エリーちゃんアレでしょ? ――【厄災の姫】様」
やはりそうだと確信すると、エリーは焦って自分の瞳を濡れた髪で隠す。
「そ、それは……っ」
「隠さなくてもいいわ。その目を見た時からわかってたし。アイツが連れてるなら尚更だものねぇ。私のお仕事は情報屋って言ったでしょ? アイツとは仕事絡みで知り合ってね。強引で礼儀知らずな輩で、ホント迷惑」
「……ネアさんは、私のことなんとも思わないんですか?」
「べつに。お姉さんは可愛いお嬢様たちの味方だもの。……それに、エリーちゃんってそんな悪い子にも全く見えない。他に質問があるなら言って。答えられる範囲で答えてあげる」
「でも、私お金とかは……」
そういえば。と、エリーは自身が今までお金というものをロクに手にしたことがないことに気付く。
この場合クロトに請求がいってしまうものなら、エリーは口に手を当てて黙ることを選択した。
「タダに決まってるじゃないのぉ。私は可愛い子からお金を取る守銭奴でもないわ」
ネアの積極かつ押しの強さにエリーは戸惑う。
それでも少しは知りたかった。クロトのことを。
いつも余計なことは聞けず、ずっと気にしていたのだから。
「じゃあ、クロトさんは……その、どうして魔女さんを捜しているんですか?」
一番気になっていることだ。
ここまで危険と称される【厄災の姫】である自分を必要としつつ捜す、その理由。
「まあ、知りたいのもしかたないわよねぇ。いいわ、教えてあげる。……アイツね、魔女に呪いをかけられてるらしいの」
「……呪い?」
「本人は内容までは言わなかったけど、あの体質なら幾らかは予想はつくわね。エリーちゃんは知ってるの? アイツが死なない体、――不死身なのを?」
エリーはこくりと頷く。
そう。クロトは死なない不死身の体である。それは例え銃弾を脳に当てられようと、ほんの一瞬で治癒されてしまうほどの。恐ろしくある再生速度。
最初の時だって脚を貫かれてはいたが気付いた頃には跡形もなかった。
だが、それでも痛みというモノはあることもエリーは知っている。
「死なないって、聞きようによっては羨ましいことかもしれないけど、私はそうは思わないわね。それって、死にたい時に死ねないのと一緒だもの。どれだけの苦痛の中でも死ぬことを許されない。……あれも一つの呪いのようなモノね」
「……魔女さんによる呪いと、クロトさんの不死身な体は別なんですか?」
「おそらく、ね。……で。まだなにか聞きたいことあるんじゃないのかしら?」
ニヤけた顔をネアはエリーにへと向ける。
エリーとしてはこれ以上聞く気はなかったのだが、その瞳に見つめられ困惑と本音を漏らしてしまう。
「ど、どうしてわかるんですか? 私、まだなにもいってないんですけど……」
「私は情報屋だもの。人に情報を与えるためには、ちゃんと人を見極め、与えていいかを考える。この自分の目でね」
ネアは自身の目を指さす。
情報というものは与える相手によってなにに使われるかわからない。
それが善か悪か。
――【見極める目】。ネアはそれを常時使い一目で相手のことをあらかた知ることができるらしい。
人の視線。行動という仕草。表情から相手の情報を読み取る。
エリーがまだなにか聞きたいことがあるかなども、彼女の目にはバッチリとお見通しなのだ。
「私はそうやって自分を鍛えてきたから。だから、エリーちゃんがどう思ってるのかわかるの。もちろん、あの馬鹿のこともそれなりに……」
「……」
「でもねぇ、ゴメンだけど、エリーちゃんのその質問。お姉さんは答えてあげられないかなぁ」
「ま、まだなにも……っ」
「クロトのことでしょ? 聞きたいのは。それももっと詳しいアイツのこと……」
「……~っ」
正にそれである。言い当てられ口を塞いでわかりやすい表情をまずは隠した。
「確かに私はアイツを知っている。……でも、それって見たまんまのことだけなのよねぇ。私はアイツじゃない。アイツの本当の答えって常人とは違って結構複雑だから……。不死身で魔銃使いで魔女の知り合いなんて、早々会えるような奴じゃないし。ホント、どういう環境で育ったんだか……」
クロトの事情。クロトのことをエリーはこの期と思い更に知りたくなってしまっていた。
だが、その答えは彼のみが知るらしく、きっと本人に聞いても答えてはくれないだろう。
呪いのことも。彼がいったいなんなのかも。
――だって今の自分は、あの人にとってただの道具なのだから。
「ゴメンね。アイツってホントに素直じゃないから」
「いえ……。教えてくださって、ありがとうございます」
「どういたしまして。可愛いお姫様。……それと、一ついいかしら?」
「はい。なんですか?」
ネアは男湯が奥にある壁を横目に、エリーに近づいて耳打ちをした。
警戒しているようでいったいなにかと気を引き締め耳を傾ける。
「……エリーちゃん。私と一緒に来る気はない?」
「え……」
それはネアからの誘いだった。
わざわざクロトに聞こえることを避けるように、彼女は声を抑える。
「ほら。アイツってあの通りじゃない? 傷つけることに躊躇がない。むしろ、殺すことに慣れすぎている。そんな輩とエリーちゃんを一緒にするのは、ちょっとお姉さん心配なのよね」
「……」
「いつアイツがエリーちゃんを傷つけるかわからない……。大丈夫。お姉さん、アイツよりは強い方だし、守ってあげる。正体だってバレないように匿ってあげるから。ね?」
それはクロトかネア、どちらかを選ぶというものだった。
人を傷つけることを躊躇わないクロト。自分を優しく守ると言うネア。
この場合、ネアを選ぶことは自分の身の安全を確保するには最適やもしれない。
彼女は酷いことなどしない。冷たくあしらったりなどしない。
誰しもが満場一致でネアを選ぶことだろう。
――私は……。
なんだかんだと、とりあえず入浴したクロトからホッとした一息の後に文句が飛び出た。
それもそのはずだ。広すぎる大浴場にポツンと一人なのだから。
なんのための広さなのか。そんなことすら思わせられる。
……わかってる。それくらい説明されなくてもわかっている。
無駄に多く並んでいる鏡やシャワーや積み重なっている桶も、幾多の有象無象が使用するためのモノだというのも。
本来は一人でこんな場所使う必要などないのだ。
「……まあ、いいか。どうせ他人と入る気なんか毛頭ないからな」
肩までゆったりと身を湯船に沈めまた一息吐く。
「久しぶりだなぁ……、こんなにゆっくりするのは……。いつ以来だっけか、こんな気分は」
少々熱い湯に当てられぼんやりとた意識の中、クロトは目を閉じ記憶をあさる。
目当ての記憶を探している間にいろんなモノが彼の中を流れていった。
黒い。黒い。しだいに身にドロリとした黒いものが纏わり付いていく気がした。
黒い闇の中で一筋の光が見える。
……赤い、光。それは一気に広がると、周囲に幾つもの死体が並んでいた。
赤い。赤い。赤い。――俺の手も、赤い……。
赤く染まった手を見下ろすもなにも感じない。
赤い景色の奥に、更に赤い光が煌めく。
死体の群れをモノともせず立ち尽くす黒い少女がそこにはいた。
光は少女の瞳から放たれている。
くすくすと、囁くような声。その赤い瞳はこちらを見るなり――笑っている……。
「――ッ!?」
カッと目を見開いたクロト。体を急に起こし自身を中心に広い湯船には波紋が広がった。
両目を見開いたまま驚愕とした顔を硬直させてしまう。
「……くそっ。何処にいやがるんだ、あの魔女」
余計なことを思い出したと、これ以上記憶を遡ることをやめ、ふとクロトは右手を上げる。
その手には浴室にまで持ち込まれた魔銃があった。
そして更に、隣の壁を見上げ目をひそめる。
壁の奥は――女湯である。
「あのクソガキ。とりあえずは、いるようだな。……それにしても」
「あ、あの、ネアさん……。自分で洗いますので……っ」
「いいのよエリーちゃん。遠慮しなくていいの。あ~、綺麗な髪ねぇ。さらさら~」
「……ネアさんも、綺麗、ですよ?」
「やだもうっ、エリーちゃんたら。お世辞でもお姉さん嬉しい」
「ひゃっ! ネ、ネアさんっ」
「あ~ん。ゴメンねぇ~、手が滑っちゃうの~」
などという会話が壁から少々漏れて聞こえてくる。
「……アホだろ、ホントに」
耳に人差し指を突っ込み、クロトは再び湯にへと身を沈める。
ぶくぶくと音をたて耳障りな声は聞こえなくなりマシにはなる。
そう一安心とするも、クロトは仏頂面に考え込む。
「妙だな。……あの女がわざわざこんな場所選んで。……それにこの建物、――気配がなさ過ぎる」
「はぁ……。やっぱり女の子と入るお風呂っていいわねぇ」
「男の人と入るというのは、早々ないと思うのですが……」
タオル一枚を素肌に纏うエリーとネア。二人の間ではあまり間も開くことなく会話が続く。
髪から体まで泡まみれのエリーの後ろには彼女を丹念に洗うネアが上機嫌でいる。
「でもよかった~。あんな野郎と一緒にいるわりにはエリーちゃん、ちゃんと綺麗にしてるんだもの。怪我とかあんまりしてないようでお姉さん安心したわ」
「ちゃんと綺麗にしないと、クロトさんにも悪いので……。それに、クロトさんが守ってくださるので……」
「……なーんだ。なんだかんだ言ってるけど、ちゃんとやってるんだ、アイツ。そろそろ頭流すから、目を瞑っててねぇ」
桶を持ち上げられるとエリーは言われたとおりに目をギュッと閉じる。 頭上から優しく湯を流され風呂床にへ泡が落ち排水口にへと流れていく。続いてシャワーを向けられ頭皮までしっかり洗われる。
「はい。おしまい」
「ありがとうございます……」
「お礼なんていいのよぉ。お姉さんは好きでお世話してるんだから。さっ、ゆっくり浸かって疲れをとりましょ」
背を押され積極的にネアはエリーを浴槽にへと案内する。
「……そういえば、エリーちゃんっていくつ?」
「え……? えーっと、十くらいだったかと……? よく覚えてないので」
ふと問いかけられると首を傾け答える。
記憶がないのもあり、おおよその年齢を答えておいた。
「そうなの? それにしては、ちょっと胸、大きい方かしらね? 洗ってて思ったんだけど」
「そ、そそ、そんなこと……ないと思うんですけど……っ」
赤面しつつタオル越しにエリーは自分の胸部を確認してみる。
自分の体で見慣れているためそう言われてもピンとこない。だが歳のわりには少しある方であるのが事実であった。
幼い少女の身に、ふっくらとした柔らかなものが確かにそこにはある。
「いいじゃないのぉ。将来性あって。きっとエリーちゃんは美人さんになるわ~」
「……」
鏡をちらりと見るも自分が大人になった姿など今の時点では想像がつかない。大人になるということはそれだけの時間を費やすということ。
その頃の自分はどうなってなにをしているのだろうか……。
今のような環境でなくなっていたとして、自分の環境は本当に幸せなものになるのか……。
――クロトさんとも、いつか別れるのかな……。
別れた頃には、自分はどうなってしまうのだろうか……。
「ふっ、んん~。いい湯加減。エリーちゃんは熱くない?」
「だ、大丈夫、です。……」
湯船に浸かり、ネアは長い腕を上へ伸ばす。その隣でエリーは彼女を見上げたままでいた。
初対面から思っていた憧れるように素敵な女性。容姿だけでなく強気と頼りがいのある内面もまた惹かれてしまうものがある。
そしてなにより……クロトをよく知る女性。
「……ネアさんは、クロトさんのこと、知ってるんですか?」
「ええ、いろいろとね。アイツとは会ってひと月ほどの付き合いなんだけどぉ~、いろいろ難儀な奴だから仕方な~く気にかけてやってるの。お姉さんってとっても慈悲深いからぁ~」
「……は、はあ」
「お姉さんの仕事は情報屋。知りたいこととかを教えたりして情報を提供するお仕事なの。……例えばぁ~、魔女を捜してたり~、そのためにエリーちゃんが必要だったり~」
指を折りネアは例えを数えていく。
魔女についてはここに来る前にも話していたので知っていた。クロトがそのために自身を必要な条件だと言ったことも……。
……ふと、エリーは目を見開く。
「……あれ? ネアさん、ひょっとして」
クロトだけでなく、自分も知っている? そうエリーは思うと案の定である。
「人前では言えないものね。エリーちゃんアレでしょ? ――【厄災の姫】様」
やはりそうだと確信すると、エリーは焦って自分の瞳を濡れた髪で隠す。
「そ、それは……っ」
「隠さなくてもいいわ。その目を見た時からわかってたし。アイツが連れてるなら尚更だものねぇ。私のお仕事は情報屋って言ったでしょ? アイツとは仕事絡みで知り合ってね。強引で礼儀知らずな輩で、ホント迷惑」
「……ネアさんは、私のことなんとも思わないんですか?」
「べつに。お姉さんは可愛いお嬢様たちの味方だもの。……それに、エリーちゃんってそんな悪い子にも全く見えない。他に質問があるなら言って。答えられる範囲で答えてあげる」
「でも、私お金とかは……」
そういえば。と、エリーは自身が今までお金というものをロクに手にしたことがないことに気付く。
この場合クロトに請求がいってしまうものなら、エリーは口に手を当てて黙ることを選択した。
「タダに決まってるじゃないのぉ。私は可愛い子からお金を取る守銭奴でもないわ」
ネアの積極かつ押しの強さにエリーは戸惑う。
それでも少しは知りたかった。クロトのことを。
いつも余計なことは聞けず、ずっと気にしていたのだから。
「じゃあ、クロトさんは……その、どうして魔女さんを捜しているんですか?」
一番気になっていることだ。
ここまで危険と称される【厄災の姫】である自分を必要としつつ捜す、その理由。
「まあ、知りたいのもしかたないわよねぇ。いいわ、教えてあげる。……アイツね、魔女に呪いをかけられてるらしいの」
「……呪い?」
「本人は内容までは言わなかったけど、あの体質なら幾らかは予想はつくわね。エリーちゃんは知ってるの? アイツが死なない体、――不死身なのを?」
エリーはこくりと頷く。
そう。クロトは死なない不死身の体である。それは例え銃弾を脳に当てられようと、ほんの一瞬で治癒されてしまうほどの。恐ろしくある再生速度。
最初の時だって脚を貫かれてはいたが気付いた頃には跡形もなかった。
だが、それでも痛みというモノはあることもエリーは知っている。
「死なないって、聞きようによっては羨ましいことかもしれないけど、私はそうは思わないわね。それって、死にたい時に死ねないのと一緒だもの。どれだけの苦痛の中でも死ぬことを許されない。……あれも一つの呪いのようなモノね」
「……魔女さんによる呪いと、クロトさんの不死身な体は別なんですか?」
「おそらく、ね。……で。まだなにか聞きたいことあるんじゃないのかしら?」
ニヤけた顔をネアはエリーにへと向ける。
エリーとしてはこれ以上聞く気はなかったのだが、その瞳に見つめられ困惑と本音を漏らしてしまう。
「ど、どうしてわかるんですか? 私、まだなにもいってないんですけど……」
「私は情報屋だもの。人に情報を与えるためには、ちゃんと人を見極め、与えていいかを考える。この自分の目でね」
ネアは自身の目を指さす。
情報というものは与える相手によってなにに使われるかわからない。
それが善か悪か。
――【見極める目】。ネアはそれを常時使い一目で相手のことをあらかた知ることができるらしい。
人の視線。行動という仕草。表情から相手の情報を読み取る。
エリーがまだなにか聞きたいことがあるかなども、彼女の目にはバッチリとお見通しなのだ。
「私はそうやって自分を鍛えてきたから。だから、エリーちゃんがどう思ってるのかわかるの。もちろん、あの馬鹿のこともそれなりに……」
「……」
「でもねぇ、ゴメンだけど、エリーちゃんのその質問。お姉さんは答えてあげられないかなぁ」
「ま、まだなにも……っ」
「クロトのことでしょ? 聞きたいのは。それももっと詳しいアイツのこと……」
「……~っ」
正にそれである。言い当てられ口を塞いでわかりやすい表情をまずは隠した。
「確かに私はアイツを知っている。……でも、それって見たまんまのことだけなのよねぇ。私はアイツじゃない。アイツの本当の答えって常人とは違って結構複雑だから……。不死身で魔銃使いで魔女の知り合いなんて、早々会えるような奴じゃないし。ホント、どういう環境で育ったんだか……」
クロトの事情。クロトのことをエリーはこの期と思い更に知りたくなってしまっていた。
だが、その答えは彼のみが知るらしく、きっと本人に聞いても答えてはくれないだろう。
呪いのことも。彼がいったいなんなのかも。
――だって今の自分は、あの人にとってただの道具なのだから。
「ゴメンね。アイツってホントに素直じゃないから」
「いえ……。教えてくださって、ありがとうございます」
「どういたしまして。可愛いお姫様。……それと、一ついいかしら?」
「はい。なんですか?」
ネアは男湯が奥にある壁を横目に、エリーに近づいて耳打ちをした。
警戒しているようでいったいなにかと気を引き締め耳を傾ける。
「……エリーちゃん。私と一緒に来る気はない?」
「え……」
それはネアからの誘いだった。
わざわざクロトに聞こえることを避けるように、彼女は声を抑える。
「ほら。アイツってあの通りじゃない? 傷つけることに躊躇がない。むしろ、殺すことに慣れすぎている。そんな輩とエリーちゃんを一緒にするのは、ちょっとお姉さん心配なのよね」
「……」
「いつアイツがエリーちゃんを傷つけるかわからない……。大丈夫。お姉さん、アイツよりは強い方だし、守ってあげる。正体だってバレないように匿ってあげるから。ね?」
それはクロトかネア、どちらかを選ぶというものだった。
人を傷つけることを躊躇わないクロト。自分を優しく守ると言うネア。
この場合、ネアを選ぶことは自分の身の安全を確保するには最適やもしれない。
彼女は酷いことなどしない。冷たくあしらったりなどしない。
誰しもが満場一致でネアを選ぶことだろう。
――私は……。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる