厄災の姫と魔銃使い:リメイク

星華 彩二魔

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第一部 三章「紫電の情報屋」

「見極める者」

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「……はぁ。――落ち着かん……」

 なんだかんだと、とりあえず入浴したクロトからホッとした一息の後に文句が飛び出た。
 それもそのはずだ。広すぎる大浴場にポツンと一人なのだから。
 なんのための広さなのか。そんなことすら思わせられる。
 ……わかってる。それくらい説明されなくてもわかっている。
 無駄に多く並んでいる鏡やシャワーや積み重なっている桶も、幾多の有象無象が使用するためのモノだというのも。
 本来は一人でこんな場所使う必要などないのだ。
 
「……まあ、いいか。どうせ他人と入る気なんか毛頭ないからな」

 肩までゆったりと身を湯船に沈めまた一息吐く。

「久しぶりだなぁ……、こんなにゆっくりするのは……。いつ以来だっけか、こんな気分は」



 少々熱い湯に当てられぼんやりとた意識の中、クロトは目を閉じ記憶をあさる。
 目当ての記憶を探している間にいろんなモノが彼の中を流れていった。
 黒い。黒い。しだいに身にドロリとした黒いものが纏わり付いていく気がした。
 黒い闇の中で一筋の光が見える。
 ……赤い、光。それは一気に広がると、周囲に幾つもの死体が並んでいた。
 赤い。赤い。赤い。――俺の手も、赤い……。
 赤く染まった手を見下ろすもなにも感じない。
 赤い景色の奥に、更に赤い光が煌めく。
 死体の群れをモノともせず立ち尽くす黒い少女がそこにはいた。
 光は少女の瞳から放たれている。
 くすくすと、囁くような声。その赤い瞳はこちらを見るなり――笑っている……。



「――ッ!?」

 カッと目を見開いたクロト。体を急に起こし自身を中心に広い湯船には波紋が広がった。
 両目を見開いたまま驚愕とした顔を硬直させてしまう。

「……くそっ。何処にいやがるんだ、あの魔女」  

 余計なことを思い出したと、これ以上記憶を遡ることをやめ、ふとクロトは右手を上げる。
 その手には浴室にまで持ち込まれた魔銃があった。
 そして更に、隣の壁を見上げ目をひそめる。
 壁の奥は――女湯である。

「あのクソガキ。とりあえずは、いるようだな。……それにしても」


「あ、あの、ネアさん……。自分で洗いますので……っ」
「いいのよエリーちゃん。遠慮しなくていいの。あ~、綺麗な髪ねぇ。さらさら~」
「……ネアさんも、綺麗、ですよ?」
「やだもうっ、エリーちゃんたら。お世辞でもお姉さん嬉しい」
「ひゃっ! ネ、ネアさんっ」
「あ~ん。ゴメンねぇ~、手が滑っちゃうの~」

 
 などという会話が壁から少々漏れて聞こえてくる。
 
「……アホだろ、ホントに」

 耳に人差し指を突っ込み、クロトは再び湯にへと身を沈める。
 ぶくぶくと音をたて耳障りな声は聞こえなくなりマシにはなる。
 そう一安心とするも、クロトは仏頂面に考え込む。

「妙だな。……あの女がわざわざこんな場所選んで。……それにこの建物、――気配がなさ過ぎる」






「はぁ……。やっぱり女の子と入るお風呂っていいわねぇ」

「男の人と入るというのは、早々ないと思うのですが……」

 タオル一枚を素肌に纏うエリーとネア。二人の間ではあまり間も開くことなく会話が続く。
 髪から体まで泡まみれのエリーの後ろには彼女を丹念に洗うネアが上機嫌でいる。
 
「でもよかった~。あんな野郎と一緒にいるわりにはエリーちゃん、ちゃんと綺麗にしてるんだもの。怪我とかあんまりしてないようでお姉さん安心したわ」

「ちゃんと綺麗にしないと、クロトさんにも悪いので……。それに、クロトさんが守ってくださるので……」

「……なーんだ。なんだかんだ言ってるけど、ちゃんとやってるんだ、アイツ。そろそろ頭流すから、目を瞑っててねぇ」

 桶を持ち上げられるとエリーは言われたとおりに目をギュッと閉じる。 頭上から優しく湯を流され風呂床にへ泡が落ち排水口にへと流れていく。続いてシャワーを向けられ頭皮までしっかり洗われる。

「はい。おしまい」

「ありがとうございます……」

「お礼なんていいのよぉ。お姉さんは好きでお世話してるんだから。さっ、ゆっくり浸かって疲れをとりましょ」

 背を押され積極的にネアはエリーを浴槽にへと案内する。

「……そういえば、エリーちゃんっていくつ?」

「え……? えーっと、十くらいだったかと……? よく覚えてないので」

 ふと問いかけられると首を傾け答える。
 記憶がないのもあり、おおよその年齢を答えておいた。
 
「そうなの? それにしては、ちょっと胸、大きい方かしらね? 洗ってて思ったんだけど」

「そ、そそ、そんなこと……ないと思うんですけど……っ」

 赤面しつつタオル越しにエリーは自分の胸部を確認してみる。
 自分の体で見慣れているためそう言われてもピンとこない。だが歳のわりには少しある方であるのが事実であった。
 幼い少女の身に、ふっくらとした柔らかなものが確かにそこにはある。

「いいじゃないのぉ。将来性あって。きっとエリーちゃんは美人さんになるわ~」

「……」

 鏡をちらりと見るも自分が大人になった姿など今の時点では想像がつかない。大人になるということはそれだけの時間を費やすということ。
 その頃の自分はどうなってなにをしているのだろうか……。
 今のような環境でなくなっていたとして、自分の環境は本当に幸せなものになるのか……。
 
 ――クロトさんとも、いつか別れるのかな……。

 別れた頃には、自分はどうなってしまうのだろうか……。
 




「ふっ、んん~。いい湯加減。エリーちゃんは熱くない?」

「だ、大丈夫、です。……」

 湯船に浸かり、ネアは長い腕を上へ伸ばす。その隣でエリーは彼女を見上げたままでいた。
 初対面から思っていた憧れるように素敵な女性。容姿だけでなく強気と頼りがいのある内面もまた惹かれてしまうものがある。
 そしてなにより……クロトをよく知る女性。

「……ネアさんは、クロトさんのこと、知ってるんですか?」

「ええ、いろいろとね。アイツとは会ってひと月ほどの付き合いなんだけどぉ~、いろいろ難儀な奴だから仕方な~く気にかけてやってるの。お姉さんってとっても慈悲深いからぁ~」

「……は、はあ」

「お姉さんの仕事は情報屋。知りたいこととかを教えたりして情報を提供するお仕事なの。……例えばぁ~、魔女を捜してたり~、そのためにエリーちゃんが必要だったり~」

 指を折りネアは例えを数えていく。
 魔女についてはここに来る前にも話していたので知っていた。クロトがそのために自身を必要な条件だと言ったことも……。
 ……ふと、エリーは目を見開く。
  
「……あれ? ネアさん、ひょっとして」

 クロトだけでなく、自分も知っている? そうエリーは思うと案の定である。

「人前では言えないものね。エリーちゃんアレでしょ? ――【厄災の姫】様」

 やはりそうだと確信すると、エリーは焦って自分の瞳を濡れた髪で隠す。
 
「そ、それは……っ」

「隠さなくてもいいわ。その目を見た時からわかってたし。アイツが連れてるなら尚更だものねぇ。私のお仕事は情報屋って言ったでしょ? アイツとは仕事絡みで知り合ってね。強引で礼儀知らずな輩で、ホント迷惑」

「……ネアさんは、私のことなんとも思わないんですか?」

「べつに。お姉さんは可愛いお嬢様たちの味方だもの。……それに、エリーちゃんってそんな悪い子にも全く見えない。他に質問があるなら言って。答えられる範囲で答えてあげる」

「でも、私お金とかは……」

 そういえば。と、エリーは自身が今までお金というものをロクに手にしたことがないことに気付く。
 この場合クロトに請求がいってしまうものなら、エリーは口に手を当てて黙ることを選択した。

「タダに決まってるじゃないのぉ。私は可愛い子からお金を取る守銭奴でもないわ」

 ネアの積極かつ押しの強さにエリーは戸惑う。
 それでも少しは知りたかった。クロトのことを。
 いつも余計なことは聞けず、ずっと気にしていたのだから。

「じゃあ、クロトさんは……その、どうして魔女さんを捜しているんですか?」

 一番気になっていることだ。
 ここまで危険と称される【厄災の姫】である自分を必要としつつ捜す、その理由。
 
「まあ、知りたいのもしかたないわよねぇ。いいわ、教えてあげる。……アイツね、魔女に呪いをかけられてるらしいの」

「……呪い?」

「本人は内容までは言わなかったけど、あの体質なら幾らかは予想はつくわね。エリーちゃんは知ってるの? アイツが死なない体、――不死身なのを?」

 エリーはこくりと頷く。
 そう。クロトは死なない不死身の体である。それは例え銃弾を脳に当てられようと、ほんの一瞬で治癒されてしまうほどの。恐ろしくある再生速度。
 最初の時だって脚を貫かれてはいたが気付いた頃には跡形もなかった。
 だが、それでも痛みというモノはあることもエリーは知っている。

「死なないって、聞きようによっては羨ましいことかもしれないけど、私はそうは思わないわね。それって、死にたい時に死ねないのと一緒だもの。どれだけの苦痛の中でも死ぬことを許されない。……あれも一つの呪いのようなモノね」

「……魔女さんによる呪いと、クロトさんの不死身な体は別なんですか?」

「おそらく、ね。……で。まだなにか聞きたいことあるんじゃないのかしら?」

 ニヤけた顔をネアはエリーにへと向ける。
 エリーとしてはこれ以上聞く気はなかったのだが、その瞳に見つめられ困惑と本音を漏らしてしまう。

「ど、どうしてわかるんですか? 私、まだなにもいってないんですけど……」

「私は情報屋だもの。人に情報を与えるためには、ちゃんと人を見極め、与えていいかを考える。この自分の目でね」

 ネアは自身の目を指さす。
 情報というものは与える相手によってなにに使われるかわからない。
 それが善か悪か。
 ――【見極める目】。ネアはそれを常時使い一目で相手のことをあらかた知ることができるらしい。
 人の視線。行動という仕草。表情から相手の情報を読み取る。
 エリーがまだなにか聞きたいことがあるかなども、彼女の目にはバッチリとお見通しなのだ。

「私はそうやって自分を鍛えてきたから。だから、エリーちゃんがどう思ってるのかわかるの。もちろん、あの馬鹿のこともそれなりに……」

「……」

「でもねぇ、ゴメンだけど、エリーちゃんのその質問。お姉さんは答えてあげられないかなぁ」

「ま、まだなにも……っ」

「クロトのことでしょ? 聞きたいのは。それももっと詳しいアイツのこと……」

「……~っ」
 
 正にそれである。言い当てられ口を塞いでわかりやすい表情をまずは隠した。

「確かに私はアイツを知っている。……でも、それって見たまんまのことだけなのよねぇ。私はアイツじゃない。アイツの本当の答えって常人とは違って結構複雑だから……。不死身で魔銃使いで魔女の知り合いなんて、早々会えるような奴じゃないし。ホント、どういう環境で育ったんだか……」

 クロトの事情。クロトのことをエリーはこの期と思い更に知りたくなってしまっていた。
 だが、その答えは彼のみが知るらしく、きっと本人に聞いても答えてはくれないだろう。
 呪いのことも。彼がいったいなんなのかも。
 ――だって今の自分は、あの人にとってただの道具なのだから。

「ゴメンね。アイツってホントに素直じゃないから」

「いえ……。教えてくださって、ありがとうございます」

「どういたしまして。可愛いお姫様。……それと、一ついいかしら?」

「はい。なんですか?」

 ネアは男湯が奥にある壁を横目に、エリーに近づいて耳打ちをした。
 警戒しているようでいったいなにかと気を引き締め耳を傾ける。

「……エリーちゃん。私と一緒に来る気はない?」

「え……」

 それはネアからの誘いだった。 
 わざわざクロトに聞こえることを避けるように、彼女は声を抑える。

「ほら。アイツってあの通りじゃない? 傷つけることに躊躇がない。むしろ、殺すことに慣れすぎている。そんな輩とエリーちゃんを一緒にするのは、ちょっとお姉さん心配なのよね」

「……」

「いつアイツがエリーちゃんを傷つけるかわからない……。大丈夫。お姉さん、アイツよりは強い方だし、守ってあげる。正体だってバレないように匿ってあげるから。ね?」

 それはクロトかネア、どちらかを選ぶというものだった。
 人を傷つけることを躊躇わないクロト。自分を優しく守ると言うネア。
 この場合、ネアを選ぶことは自分の身の安全を確保するには最適やもしれない。
 彼女は酷いことなどしない。冷たくあしらったりなどしない。
 誰しもが満場一致でネアを選ぶことだろう。
 
 ――私は……。
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