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三章 湯けむり温泉、ぬるぬるおふろ

お兄ちゃんと凛は、ずっと一緒だよ

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 それは航と凛が手を繋いで温泉から出ていく時の話。


 凛の心境は複雑だった。二人で綾瀬さんにとんでもないことをしてしまった。そのうえ、色々あって気まずいお兄ちゃんとキスしながら綾瀬さんの精液を……思い出すだけで、凛の頬は赤くなる。
 前を歩く航をちらりと見た。水にぬれた髪の毛と流れる水滴がとにかく性的だった。今日もかっこいいな、そう思った。
 ……凛は、航の事が嫌いになったわけではない。ただ、複雑だった。好きな人が、自分ではない人に好きだって言っている所。自分の知らない所で何かをしている事。本当は色々と謝りたい。でも素直になれない。
 複雑な気持ちで、脱衣所と露天風呂を繋ぐガラス張りの引き戸を通る。と、段差に足を取られてバランスを崩す。転ぶ、そう思って凛は目をぎゅっと閉じた。

「大丈夫!?」

 でも転ぶ前に、航が手を引っ張って支えてくれた。目を開ける。お風呂上がり、まだ服を来ていなくて洗面用品しか持っていない航に、力強く掴まれて……凛の胸は早鐘を打つ。

「うん……」
「……良かった。怪我したら大変だから、足元には気を付けようね」

 うつむいて頷くと、抱きしめられた。引き戸が閉まった脱衣所の中。洗面台の大きな鏡に兄弟の姿が映る。航からふんわりと漂うシャンプーの香りは、爽やかなグリーンシトラス。裸で抱きしめられている。素肌が触れ合い、体温が伝わる。凛の胸の鼓動がどんどん早くなっていく。

「ねえ、おにいちゃん……もし、綾瀬さんと両思いになったら、俺はどうなるの?」

 どうしても気になった事を聞いてしまった。凛の怒りの原因、そしてずっと気になっていた事。航は首を傾げる。

「どうって……凛とはずっと一緒だよ?」
「で、でも、好きな人がいるのに……?」
「凛だって僕とも臨とも付き合ってるじゃないか。それと同じだよ」

 今凛が味わっている気持ち。好きな人を独占したい気持ちは、かつて綾瀬が味わっていたもの。そのことにようやく凛は気づいた。でも、綾瀬はずっと我慢していたのだ。凛が義兄との関係も望んでいたから、それを尊重して。とても優しい人なのだ。
 それなのに……なんて残酷な事をしていたんだろう。凛はしょんぼりとする。


「そうだよね……」
「心配しなくても凛と別れたり捨てたりなんかしない。だって………………だもんね」


 航が耳元で囁いた。それは、悲しみに暮れていた凛の頬を真っ赤にする魔法の言葉だった。兄弟以外の単語で、凛が今まで気が付かなかった事。その事を思うだけで心が温かくなる。

「そうだった! そうだったよね!!」
「まぁ、凛の許可なしに臨と性行為したのは良くなかったかな……」
「それは確かに……あれ、俺めちゃめちゃ傷ついた……綾瀬さんを取られちゃんじゃないかって……お兄ちゃんが俺の事、嫌いになっちゃうんじゃないかって……思った」

 一応脱衣所には暖房が入っている。しかし、裸のまま抱き合っているので、少し冷えてきた。その凛の背を温めるようにしっかりと抱いた。

「絶対、そんなことないよ」
「そうだよね、だって………………だもんね……!」

 先ほど言われた言葉を凛は繰り返してみた。冷える身体と反比例するように、凛の心が温かくなっていく。航は微笑んだ。腕の中にいる、健気で可愛らしい義理の弟。たまらなくなって、キスをした。逃げていく熱を二人で分け合うみたいに。体温と同じ温度の舌で、唇を舐めた。そっと触れ合わせて、こすりつけるようにして離した。


「そうだよ、お兄ちゃんと凛は、ずっとずっと一緒だよ……」


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