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三章 湯けむり温泉、ぬるぬるおふろ
兄弟だから分かる
しおりを挟む話は綾瀬が旅館で休み、航と凛が外に遊びに行った時にさかのぼる。車で山のふもとの温泉街に向かった。まず足湯。それから周囲の散策をしてお昼ごはんを食べる。さらに山並みの景色を楽しんで……十五時頃、築百年以上たつ古民家風カフェでおやつを食べる事にした。
そこはつきたてのお餅で作る和スイーツが有名な喫茶店。内装もおしゃれで、女性客やカップルが多かった。そこにものすごく顔の良い二人組が入店したので店内が騒然とする。
航の中身は義弟大好きでその彼氏を寝取っているストーカーだが、外見はとんでもない美形である。すらりとした長身とオレンジブラウンのおしゃれな髪形。そしてやたらと似合っているキャメルのチェスターコートと、クラシックなボストンタイプの眼鏡が大人っぽい。
連れの可愛らしいタイプの青年も違う意味での美形だった。優しそうなたれ目、でも口元のほくろがそこはかとなく色気を醸し出している。こちらは裾の背面が燕尾状になっている「フィッシュテール」と呼ばれるモッズコートを着ている。フードにファーが付いていて、ふわふわと温かそう。
しばし店内がざわつく。しかし二人ともそういうのはもう慣れっこである。普通に案内された席に座って、普通にメニューを見て注文する。
「白玉あんみつにする! 季節のフルーツとアイスだって、おいしそ~」
「僕はパンケーキを和風にデコレーションしたやつにしてみたよ……わ、みて、つぶあんクリームだ」
それは義理の兄弟の久しぶりのたわむれ。写真を撮ってSNSに上げてみたり、一口ずつ交換してみたり、一ノ瀬兄弟は楽しいひとときを過ごした。
お会計をしてお店の外に出た。時刻は十六時。そろそろ旅館に帰る時間だ。航は財布をしまって、凛を見た。秋の日はつるべ落とし。まだ十六時だというのに薄暗くなりかけ、青紫色に朱色が混じる空。冷たくなった風に、モッズコートのファーと凛の髪の毛が揺れていた。
「じゃあ凛、そろそろお夕ご飯も近いし、戻ろうか……」
「うん……」
凛は何かを考え込んでいるようだった。何かを言おうとして、やめて……でも、言った。暮れ行く秋の日に凛の顔が照らされて、陰影を作る。
「ねぇ、お兄ちゃん……昨日の夜、綾瀬さんと何してたの?」
航は内心肝を冷やす。完璧に後始末はした。ばれないようにしているはず。顔には一切出さずに返事をする。
「二人でお酒を飲んだんだよ……今、アーヤ、二日酔いじゃん」
「嘘つかなくていいよ?」
「え?」
秋の日差しは脆く柔らかい。その日のぬくもりをふくまぬ優しい日に照らされて、凛の表情はよく見えない。まつげに縁取られたたれ目が航をじっと見つめていた。それはどこかで覚えのある視線、航は記憶をたぐりよせる。
「ねえ、俺の目をごまかせると思う? 兄弟だから分かる。お兄ちゃん……綾瀬さんとセックスしたんだよね」
ぎらりと凛の白目の部分が光った。逆光。あふれ出てくる獣のような怒り。燃える火の塊だ。
航は思い出した。それは遠い昔、凛が生まれる前の事。父親が近所のおじさんと何かをしていた時に……しゃがんでドアの前から動けなかった時。ふと顔を上げると、鬼のような形相の義父……凛の実の父親が覗いていた事。その時の顔にそっくりだった。
航の背筋が冷える。それは秋の寒さのせいだけではない……本能的な恐怖だった。
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