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三章 湯けむり温泉、ぬるぬるおふろ

のぞむ君

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 航が綾瀬臨と初めて出会ったのは、小学校二年生の時。綾瀬は転校生として遠方からやってきて、先生と一緒に教壇に立った。
 「綾瀬臨」と黒板に字が書かれて、先生がクラスのみんなに紹介をする。

「転校生を紹介します。あやせ……りん君」
「……のぞむです」

 綾瀬は静かに訂正した。転校生は二年生にしては大柄だった。そしてスポーツが得意。スイミングをやっていて、八歳にしてすでに選手コース。周りがまだお子様水泳を習っている時に、すでに中学生に混じってタイムを競っていた。
 そんな子だったから、最初は物珍しさと羨望で女子も男子も寄ってきていた。でも、長く話すうちにクラスの皆の頭の中に浮かぶハテナマーク。


 何だかこいつ、変なやつだぞ?


 世は平成だというのに教室に犬を連れて来たり、ランドセルを忘れて登校して来たり、やりたい放題だった。靴下は常に左右別、服は大体後ろ前。少し気を抜くとすぐに壁にぶつかるし、手にプリントを持っているのにないと騒ぐ。その他もろもろの綾瀬伝説。本人は物静かなだけにギャップがすごい。
 図工の時間にダイナミックにタワーを作るもどうみても男性器だったり、給食のプリン争いで「おれはグーを出す!」と宣言し皆のパーを誘うも本人もパーを出してしまったためにあいこになったり……そんな綾瀬を、航はずっと見ていた。

 航はと言えば正反対だ。運動はそこそこ。でも勉強がよくできるクラスの委員長ポジション。綾瀬とはタイプの違う顔だちの良さ。そして優しく頼りになるので女子からも男子からも慕われるタイプ。
 航は綾瀬のような人間を初めて見た。見ているだけで面白かったが、とうとう我慢できずに声をかけた。


「どう、クラスには慣れた?」
「あっ、クラス委員の……いちのせホニャホニャ」
「……わたるだよ。何か探しているの?」


 放課後、綾瀬は何かを探しているようだった。いじめだろうか? いや、さすがに最近の子どもはそんな露骨にいじめなんてしない。ただの不注意である。


「しゅくだいのプリントが……ない! 神隠しってやつだ」
「……この教科書の間に挟まってるやつ?」
「すごい! よく見つけたな、それはお前にやろう」
「いや、ぼくがもらったら綾瀬くん宿題出せないよ……わ、牛乳こぼしてるじゃん……ぼくのぶん、コンビニでコピーしようよ」


 遠巻きに見ていた綾瀬臨は、話したら遠くから見るより愉快なやつだった。航はそれから何かと綾瀬をかまうようになる。


「のぞむ君って呼んでいい?」
「うーーーーん、おれ自分の名前きらい。りんって言われるから。のぞむ! N・O・Z・O・M・U・のぞむ!」
「りん……去年家族になったぼくの弟の名前もりんって言うんだよ。漢字は違うけど」
「へー、今度会いに行きたいな!」
「じゃあ綾瀬だからアーヤって呼ぼう」
「えーっ、女の子みたいだな。まぁいいか……」


 そこから二人は友達になった。だんだんと航が本性を出してくるのは高校生くらいから。それまでずっと、学校帰りにゲームをしたり一緒に釣りに行ったり勉強を教え合ったりして過ごしてきた。
 正反対のようで意外と気があった。楽しい。最終的にああいう形で利用するのだが、航は航なりに綾瀬に友情を感じていた。



 中学校二年生の時、綾瀬に凛を紹介した。



「凛、お兄ちゃんの友達だよ……綾瀬くん」
「……こんにちは」

 初めて航と綾瀬が出会った時と同じ年齢だった。血のつながりはないということだが、兄弟として育ってきたからかどこか航に似ていた。
 可愛らしい子どもは、兄の後ろに隠れてちらりと綾瀬を見る。身体が大きく寡黙なので怖がられていた。どうにかしようとして……ポケットを探ってお菓子を出して渡した。

「これ、あげる」
「……わ、おかし! ……いきものいろいろグロテスク珍獣グミ?」
「何でそんなものがポケットから出てくるんだよ……まぁいいや、凛。お礼を言おうね」
「……あやせさん、ありがとう!」

 にっこりと笑う凛は、子どもながらとても綺麗だった。でも、子ども。まだお腹がぽっこりと出ていて、足がぷにぷにしていて、前歯が抜けている小学校二年生。

 そんな子どもが大きくなって青年になってから……性的な意味で航と共有するとは……その時の綾瀬は思いもしなかった。

 
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