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二章 えっちな3Pシェアハウス
俺のこと、絶対、裏切らないでね
しおりを挟む航がティッシュとタオルを使って、凛の身体を拭く。時刻はもう十三時になろうとしていた。干すはずの洗濯物は床に落ちたまま、もう一度洗い直し。綾瀬は冷蔵庫から水のペットボトルを三本取り出して、航と凛に渡した。
「凛の精液で、ティッシュもタオルもぐちゃぐちゃだね……これは量が多いからこっちの袋に入れよう。あ、アーヤが拭いたやつはこの袋に入れて。あとで捨てるから」
航はそう言って、綾瀬に透明のビニール袋を渡した。凛はそれを見て、ぽつりと言った。
「お兄ちゃん、俺が拭いたやつと他のやつで分けてるよね……俺のだけ、集めてるの?」
「……違うよ。入らないから分けてるだけ」
「いいよ、隠さなくても……俺、全部知ってる。俺が口を拭いたティッシュや、使い終わった歯ブラシ……集めてるんだよね」
何事もなかったような顔で答える航に、凛はとんでもないことを言う。綾瀬はぎょっとした。それじゃストーカーみたいだ。突然の告発に、何も言えない。凛は寝転がったまま、淡々と言う。
「俺の写真もこっそりいっぱい撮ってるし……廊下やリビングの充電器。あれ、全部盗聴器だよね。スマホも定期的にチェックしてる……全部知ってるよぉ、お兄ちゃん」
「…………そうだよ」
航もさすがに動揺する。それは行き場のない愛情。弟を愛しているがゆえに、暴走する思い。 好きな人の全部が知りたい。弟と身体を重ねた時からずっとやっているルーティンワーク。
でも、さすがにこんなことをしているとバレたら、いくらなんでも気持ちが悪いだろう……航はそう思って隠してきた。凛は綾瀬と初めて関係を持った日、航に言われたことを思い出す。
『お兄ちゃんはね、何でも知ってるんだよ。……最近、乳首がじんじんする事。軟膏を塗って絆創膏を貼っていた事。授業中に乳首をいじっていた事。学校のトイレでこっそり一人でしている事……凛の事なら、全部知ってる』
話してもいないのに体調の事を把握していることを始めとして、お兄ちゃんは何でも知っている。それは全部盗聴されていたり、スマホをチェックされているからだ。その事に気付いたのは最近。何気なく、棚に置いていたクマのぬいぐるみを触って……その縫い目が不自然なことに気付いた時だ。
そこから意識してみたら……ずっと、家にいるとき・外出中・トイレやお風呂にいる時でさえも……義兄の存在を感じるようになった。それはまるで、がんじがらめに相手をとらえて離さない蔓で縛られているようだった。
「……こんな、お兄ちゃんでごめんね……」
「いいよ。それでも俺は、お兄ちゃんの事、好き……」
うなだれる航の頭を、凛はぎゅっと抱きしめた。義理の兄に朝から晩までストーキングされていたというのに、凛の顔は穏やかだった。
「スマホは見たい時に言って。トイレ以外なら盗聴してもいいよ。歯ブラシとかティッシュは捨てる前に言うね……あとは何か欲しいものある?」
「……使い終わった下着」
「もぉ! お兄ちゃんったら変態~!」
どうしようもない事を話しながら、一ノ瀬兄弟が笑い合う。やっぱりこの兄弟はおかしい。綾瀬はそれを見ながらしみじみと思う。
最初は怖かった。でも、二年たった今では……もうすっかり慣れてしまった。食虫植物にとらわれて食べられてしまう虫のような存在の綾瀬が、今や二人と共生している。
「本当に……二人はろくでもないなぁ」
「えーっ、いいじゃん! お兄ちゃんに、溺れるほどに愛されているんだから……それを考えると俺は夜も眠れないよ。ねぇ……臨さんはどう? 俺のこと、好き……?」
唐突に綾瀬の下の名前が呼ばれた。綾瀬……臨は先ほど言った事を思い出す。特別な時しか呼ばれたくない。今が、特別な時だった。
「……好きだよ……君が、どんな事を望んだとしても、その全部をかなえてあげたい。君がどんな人間だったとしても、丸ごと受け入れる……俺も凛ちゃんのことを……溺れるくらいに愛している」
そう言って臨は凛を抱きしめた。航と凛と、三人で抱きしめ合うような形になる。まだ太陽の高い昼下がり。傍から見れば異常としか言えない関係の三人の……優しく甘い時間が流れていく。
……食虫植物と昆虫の共生といえば、ウツボカズラとカニグモが有名だ。カニグモはウツボカズラのエサを横取りしてしまう。が、それによってウツボカズラの損になる事はなく、むしろ獲物の収穫量が増えるという研究結果があるのだ。
蜜や罠におびきよせられてやってきた昆虫を、ウツボカズラの中に潜むカニグモが積極的に捕らえて、捕食する。その残りをウツボカズラが頂く。一見、損しかない関係に見えて、お互いの利益になっているのだ。
異種間の関係が捕食者と被捕食者から共生へ変化する……そんな風に、一ノ瀬兄弟と臨の関係も変わっていった。
しかし、カニグモもまた常に生命の危機にさらされている。補虫袋の中に潜み、天敵である奇生バチから逃れていると共に……少しでも足が滑れば、少しでもバランスを崩せば……飲みこまれてしまう。
お互いに良好な関係にありながらも……いつかはそれが崩れてしまう時も来る。
それは、臨が自分の気持ちに気付いた時だ。
凛が好き、全てを受け入れたい。その事に偽りはない。しかし、航については何も意識しなかった。しかし、一回だけキスをしてしまった事があった。それは一瞬だけ航が凛に見えたから。凛が寝ている間に行われた、ひみつの性欲処理。その時かすかに生まれた気持ち。
ずっと、小さな頃から一緒にいる友達との関係が少しでも変わったとき……凛は絶対に許さないだろう。今まで同じ釜の飯を食ってきたカニグモを、平然と飲みこむウツボカズラのように……何をするか分からない。
「ねぇ、臨さんもお兄ちゃんも俺のものだよね……? 俺のこと、絶対、裏切らないでね……?」
温室のようなシェアハウス。凛はそこに咲き誇るムシトリスミレ。花言葉は「欺きの香り」。可愛らしい顔で人をおびき寄せて、逃れられなくしてからその血肉をすする、食虫植物。
凛は航の頭を痛いほどに抱きしめ、綾瀬の耳元で囁く。整った穏やかな顔。たれ目。口元のほくろ……そこに浮かぶ蠱惑的な笑み。凛は口の端をつりあげて、頬を歪めた。
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