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一章 一ノ瀬兄弟
お兄ちゃんはいつだってお前の事を見ている 1
しおりを挟む忘れられない夏の日の記憶がある。
それは、午後四時なのにまだ昼のように明るい夕方の事。航は学校から帰ってきて家の鍵を開けた。玄関に鞄を置いて、リビングのドアを開けようとして……中から人の声がすることに気付いた。誰もいないはずなのに……嫌な予感がして、そっと扉の前に立つ。
「おらっ、真昼間からだらしないイキ顔晒して射精しろっ!」
「やめ、んっ、あっ……やめてっ! お願い……もう、子どもがかえってきちゃうぅ……」
中には義理の父親と、近所のおじさんがいるようだった。苦しくて今にも泣きだしそうな父親の声。ぐちゅぐちゅ、ぱんぱんという音。
何をしているの……? 中で何が行われているのか……航はその行為の意味を知らない。でも本能で分かった。
見てはいけないものが、扉の先にはある。
「奥さんの里帰り中に男咥えこむ淫乱が父親なんて……子どもに謝りながらイけっ!」
「あぁああんっ、ごめ、ごめんなさいっ……あっ、あっ、でもっ……おちんぽおいしいのぉ……! ごめん、ごめんね…………わたる…………」
謝る義父の声。ドアの前で航は震えながら座りこむ事しかできない。
ふと、顔を上げると、義父がドアの隙間からのぞき込んでいた。目が合った。とろんととろけた顔……いつも優しい義父が、猛獣のような目で航を見て囁いた。
「お母さんには、ないしょだよ…………」
成人した今なら分かる。母親が不在の間に、義父は家に不特定多数の男性を引っ張りこんでいた。毎日、毎日。凛の保育園が休みなどの用事で母親が家にいる時は、おそらく外で……。凛が三歳になった頃、ようやくその事を母親が知った。気が付けば義父は家に帰ってこなくなり、母親は育児でセーブしていた看護師の仕事を増やした。
十数年経った今でも忘れられない。リビングのドアの細い隙間から見えた義理の父親の顔。情欲に溺れた二重のたれ目。凛に、よく似た羅刹の顔…………。
――――凛は大学の講義のあと、机に頬杖をついてぼうっと窓の外を見る。
大好きなお兄ちゃんとの行為を撮られて脅されて犯された。行為の画像を消してほしくて、脅してきた人と話していたら、とても優しくてそんな事をするような人ではなかった。画像も動画も全部消してくれた。もうこんな事しないって言ってくれた。事実、連絡も来ない。それなのに、それなのに凛の心は……このどんよりと曇った空のようだった。
「おい、一ノ瀬。これ、お前が休んでた時のノート」
「……ありがと」
「元気ないね……何かあった? 俺で良ければ何でも聞くけど」
凛の友人が数学のノートを差し出していた。バイト先が飲食店で髪色が自由。赤く染められた長めの髪、じゃらじゃらとついたピアス。一見チャラいように見えるが、なかなか優しくていい奴だ。凛はノートを受け取り、大きくため息をついた。でも、まさかこんな事を言うわけにもいかない。
「…………ありがと。最近、知り合いから連絡が来なくて、でもこっちからも連絡しづらくて……」
「そいつの事、好きなの?」
「は!? そ、そんな訳ないじゃん!」
友人は真面目な顔で、いきなり爆弾発言をする。凛からしたら訳が分からない。自分の事を脅して好き勝手してきた人の事を好きになるなんて。
でも、今思い浮かぶのはあの日の綾瀬だった。結んだままの唇に不意に浮かんだ、柔らかな笑み。そこからの泣きそうな顔。大きな身体を丸めて膝を抱える綾瀬。小さな声。好き、凛ちゃん……ずっと、ずっと好きだった……。
「そんな訳……ない……」
「そ。何かあったらいつでも言えよ」
「…………うん。ありがとう……」
友人のスマホが鳴った。どうも急にバイトが入ったようだ。慌てて帰っていく後ろ姿を見ながら、なぜか凛は綾瀬の事を考えていた。
一緒に食べた焼き芋。実家で飼っている犬の写真。もらった漫画……昔の事。兄と凛と綾瀬で虫を取ったり、プールに行った事。何で、いまさら思い出したのかは分からない。……もう、あの人には、会えないんだよ……。
ぽつ、ぽつ、と窓の外では雨が降ってきた。凛はうつむいて、借りたノートをぼんやりと見つめる。
窓ガラスを叩く大きな雨粒。雨でにじむ窓ガラスの景色。
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