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第二章 なんてものを釣り上げてしまったんだ

◇9 何でも上手くいくわけではない

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 パンを作るための材料の一つ、バター。

 とりあえず畑に入れれば手に入る。

 そんな浅はかな考えはその3日後に打ち砕かれた。


 ______________
 食材:無塩バター
 状態:腐食
  食用バター。
  牛乳から分離したクリームを練って固めた食品。
 ______________



 最初、芽が出たからよっしゃ成功! って喜んでたんだけど、これよこれ。もうアウトじゃん。


「色もだいぶ黄色いし、それに何より匂いがやばいな」

「いや食べられないでしょ、これ。システムウィンドウ見なくても分かるって、絶対お腹壊すって」


 芽が育っていくにつれて、何となくトマトと似ててピーマンぽい実がなってさ。だいぶ期待して頭切り落としてみたらこれよ。はぁ、何でも上手くいくわけないよね。


「とりあえず引っこ抜く?」

「だな、こんな匂いだから他のに移ったら大変だ」


 という事で、シャベルで引っこ抜かせていただきました。


「収穫するタイミングか?」

「あんなにドロドロしてたって事は、収穫するの遅かったって事? それか、温度とか?」

「けど、今は嵐の中だから陽の光も当たってないし、気温も低めだしな」


 一応冷蔵食品だから、もしかしたら溶かしバターになっちゃってるかなって思ってたけどこうなってしまったとは。

 一体何が悪かったのか全然分からない。残念ながら私は農家の娘でも何でもない。


「俺らにはハードル高かったな。やっぱり買ったほうが早いな」

「まぁでも、油がバターの代わりになるし、油買ってきた方が早い?」

「だな。バターは冷蔵保存したとしても賞味期限が油より短いからな」


 やっぱりそうなるよね……難しい、食品事情。

 私達は船にいる訳で、食品とかすぐには買いに行けないから、食品を手に入れるとなるとそこにある色々おかしな畑か、海からという事になる。

 それに、賞味期限事情も出てくる。

 ウチの畑には卵も元気に実がどんどんなっている為、ご飯は卵率が高い。卵かけご飯だったり、目玉焼きだったり、玉子焼きだったり。ヴィンスも飽きちゃったかな。私は飽きました。

 けどね、あまり料理をやらなかったらしいヴィンスが玉子焼き出来るようになったの。他のも教えてるんだけど、み込みが早すぎるというか。とにかく器用すぎて私泣きそうです。ただの一人暮らし歴の長い凡人ぼんじんだし、私。


「どうした?」

「ううん、何でもない。ただ料理男子になろうとしてる誰かさんを尊敬してるだけ」

「なんだそれ」


 うん、分かってないならそれでいいよ。むしろ理解しなくていいし。


「ま、でも失敗は成功のもとって言うしね。バターはダメだったけど、他のものをトライしてみよっか!」

「だな」


 実はうちには大豆の水煮があって。それを昨日から植えている。大豆が出来たら、豆腐とか出来るでしょ。塩作った時に残るにがりもある事だしさ。

 豆腐だなんて今まで作った事もないけれど、一応ネットで調べたし。だからきっと上手くいくでしょ。ヴィンスもいる事だしね。

 あ、でもこの嵐が過ぎないと海水取れないじゃん。にがり取れないじゃん。

 早く嵐過ぎないかなぁ。




 そんな事を思っていたその夜。

 ふと目が覚めて、嵐でゴーゴー鳴っていた音がパタリと止まっている事に気が付いた。

 あれ、嵐は?

 そう思いつつ、外に出た。


「う、わぁ……!」


 甲板に出てみると、空一面に広がっていた……夜空。

 真っ黒い空が、いろんな色の星で彩られている。海もその輝きが映ってる。

 幻想的、とはこのことを言うのか。


「……飲んじゃう?」


 ヴィンス……は寝てるかもしれないから、起こすのは悪いよね。うんうん、静かにしてまーす。

 という事で、私の家に戻ってから冷蔵庫を拝借。お、あったあった。ビール!


 こっそり、船の方に戻ってまた甲板、に……


「ナーオー」

「……」


 やばい、バレた。


「寝てなかったのか。その手にあるのは?」

「あ、はは……飲む?」

「それは?」

「ビール」


 あ、この缶見た事なかったか。色々と日本の製品のパッケージとか見た事ないから分からないよね。


「外凄いよ」

「星か? なら上何か着てこい」


 ということで、道連れになりました。ビール一本しか持って来てなかったけど、半分くれ、って言われたからもう一本は持ってこなかった。まぁ、向こうにビールはあと3本だったかな。まぁ飲んだらなくなっちゃうし。……今度、飲み終わったビール缶、畑に埋めてみる? いや、ダメ元よ。


「……これは絶景だな」

「でしょ? これは飲まなきゃね」

「はいはい」


 二人並んで、甲板の芝生に腰を下ろした。

 ぷしゅ~っ、と音を立てて缶ビールを空ける。うんうん、この音よ。

 ……でもさ、これ半分くれって事は……間接チューよね、これ。え、いいの? ヴィンスってそういうの気にしないタイプ?

 でも私の好みドンピシャイケメンよ? いいの? 私ヤバいんだけど。


「先飲んでいい?」

「あぁ、俺あとでいい」

「ありがと」


 先、いただきます。


「はぁ~~、うんうん、美味しい!」

「ビール、そんなに好きなのか」

「う~ん、そんなに、って程ではないかな。でも好きだよ。今日も頑張った~! って飲むと余計美味しいし。あ、あとお風呂上がりね」

「それは分かる」

「でしょ」

「ナオは酒強いのか」

「ん~、ビールならいくらでもいけるかな。度の高いやつは無理だけど」

「へぇ、じゃあこれ半分じゃ物足りないか」

「私の事、酒豪か何かだと思った?」

「そんな事はないさ」

「ほんと~?」

「ほんとほんと」


 本当か? そんなこと言ってて内心酒豪だって思ってたり? やだよ、こんなイケメンさんに私は酒豪だなんて認識されるの。恥ずかしすぎるわ。


「酒、何好き?」

「酒? ん~、ビールは好き。あとは……日本酒、はちょっとしか飲めないけど好きだよ」

「ナオの故郷の酒か?」

「うん、米から作ってるの」


 ヴィンスは、最初ご飯を出した時お米を不思議そうに見ていた。お米を知らなかったらしい。

 でも今では普通に食べてる。まぁでももうそろそろでお米無くなっちゃうんだけどさ。

 でも今育ててる最中だからもう少しでお米もっと食べられるようになるはず。


「本当は飲んで欲しかったけど、ごめんね」

「いいよ別に、料理酒一口味見させてもらったし」


 あ、そういえば。ここだと料理にお酒って使わないらしいから味見してもらったんだよね。

 なんか、ここの常識だと平民とかはお酒はビール、貴族様とかお金のある人はワインをたしなむみたい。なんか不公平な気もしなくもない。ワイン美味しいのに味わえないなんて。

 まぁでもこの世界のお酒飲んだことないからどんな味なのか分からないけど。


「……なんか、思い出すなぁ」

「何を?」

「故郷。私の故郷もさ、こういうの見えたんだよね」


 地球、かぁ……今どうなってるんだろう。


「どした」

「んーん、何でもない」


 私、地球と連絡取れなくなったから、音信不通になってるって事だよね。

 まぁ、無断で会社休んでることになってるだろうから心配されてるかも。行方不明扱いになってるかな?


「……もし、前の生活に戻れるとしたら、どっちがいい? って聞かれたら……きっとっこっち選ぶかな」


 前は、どっちだろうって思ってたけど、最近はこの生活が楽しくなっちゃった。今はヴィンスがいるから寂しくないし。


「理由、聞いてもいいか」

「……ちょっと窮屈だったのかも。こうしなさい、ああしなさいって言われ続けてずっとそうしてきたけど……なんか疲れちゃったんだよね。だからここでの生活が自由でとっても楽だし、楽しいし」


 そう言いつつ、ビール缶を煽った。はぁ、ビールうまっ。

 だからだろうか、どうでもいい事口からぽろぽろ出ちゃう。


「……だから、これが続いてほしいなって思ってる。……でも、そういうのってずっとは続かないじゃん? 人生そんなに甘くないし。だから、何も知らない私がちゃんと生きていけるかちょっと心配かも」


 まだ私はここに来て1ヶ月も経ってない。それに陸地にも行った事ないし。常識も全く分からない。そんなんで生きていけるだろうか。


「……あはは、ごめん酔っちゃったかも。今の忘れ……」


 て。

 そこまで言いたかったのに、言えなかった。

 隣に座っていたヴィンスに止められたからだ。

 どうやって? それは……


「俺がいる」


 唇で、だ。キスをされたからだ。


「だから大丈夫、心配するな」


 と、またキスをされた。

 あまりにも意外過ぎて、驚きを隠せず、唖然あぜんとしてしまった。けど、その後に抱き締められて、ようやく理解出来ると一気に顔の温度が上昇していった。やばい、酔った。

 これは酒のせい? と思ったけれど、そういえばヴィンス一口も飲んでないぞ。え、これほんと?


「肌寒くなってきたから戻ろう」


 そう言いつつ私が持ってたビールを奪い取り、残りを一気飲みしたヴィンス。その様子を黙って見る事しか出来ず。うわーかっけー絵になるー間接チューだーとしか頭が働かなかった。

 ……マジかよ。

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