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■93 イアン
しおりを挟むパキッ……
パキッ……
そんな音を、一番近くにいる私と、その後ろに待機している男性の使用人達と弟子達。そしてその周りに集まる使用人多数が聞き、その音を鳴らしている卵を息を飲みながら見つめる。
そして……
パリンッ……
卵の殻が割れ、穴が開いた。
「「「「ッ!?」」」」
穴から頭を出したのは、水色のモンスター。何となく、小さなドラゴンの様な見た目だ。でも、私達はまだ見ているだけ。
この殻からは自分の力で出てこなければならない。頑張れ、頑張れ、皆がそう心を一つにして見つめる。
産まれたてのモンスターは、やっと動いているかのような動きでじたばたと身体を動かし、何とかここから出ようともがいている。少しずつ、パキ、パキ、と卵の殻にヒビが入り……
「キュッ!」
やっと殻から出ることが出来た。それを見た私達はつい拍手をしてしまって。待った待った、驚いちゃう。
私は、用意していた大きなタオルを持って近づき、包んだ。思ったよりも大人しくて何とか上手くいった。人間だと嫌がるかもしれないと思ってはいたけれど、大丈夫そうだ。
「フー、何とか」
「えぇ、お疲れ様でございます。男爵様」
「手伝ってくれてありがとうね」
「いえ、お手伝いが出来て嬉しいかぎりです!」
「ありがとうございました!」
周りの皆は、無事産まれてくれたことに喜びハイタッチをしていて。混ざりたいと思ったり思わなかったり。
さ、ここからは温度調整などが大切になってくるから細心の注意をしなければ。
「ジョシュ、ローレンス、名前決めた?」
「うん!」
「〝イアン〟がいいかなと思いまして」
イアンか、リヴァイアサンだからかな。うん、いいと思う。
これから仲良くしようね、イアン。
お食事は如何いたしますか、と言われたけれど落ち着いてからでいいと断った。
何たって、初めての事ばかりだからね。一応知識は色々と得てきたけれど……それでも分からない事ばかりだ。まぁ、一週間くらいはここで食べれる簡単な軽食ばかりだったけれど。でも、この子の為だからね。
いつもは、温室の最近増えた植物達の事も面倒を見なければいけないけれど……最近人を雇ったのだ。
領民で、何時もここに来てくれる錬金術師。
「あら、今日早くない? ニックス」
「おはようございます。リヴァイアサンが生まれたと聞いて早く来てしまいました、はは」
「そっかそっか」
そう、あの果実屋の店主の双子の弟だ。教えてくださいと来てくれて、植物に対しての知識が豊富だった為温室の管理を偶に任せる事にしているのだ。
近づいても大丈夫ですか? と聞かれ、身長を低くしてこっちにおいでと指示を出す。近づいてきた彼は、初めて見る幼獣に目をキラキラさせていて。可愛い……!! と口からその言葉を零していた。何ともさっきの皆と同じ反応である。
順番に、近くで見て来た使用人達。頬を綻ばせていて、まるで人間の赤ちゃんを見ているかのような反応だ。うん、私も分かるよ。ちょっとサイズが大きすぎる気がするけれど。でも可愛い事に変わりはない。
これだけ人間に対して大人しいのなら、人間を襲わないように躾けられるのではないだろうか。
我々にとって脅威とならないモンスターは、討伐対象にはならない。襲ってしまうのなら、母親のように討伐しなければならなくなってしまうが、何とか人と親しく出来るよう育ってほしいものだ。この、私の聖獣であるルシルのように。
……聖獣になってしまえば、大丈夫なのだろうか……?
でも、聖獣にさせるにはちょっと骨が折れそうだ。
モンスターが、主人となる人間を認めれば聖獣となる。人間とモンスターの間に強い繋がりを作らなければいけないという事だ。
まぁ、一つの案として考えておこうかな。
「……ん?」
クゥ……と私に向けてそんな声を出す。何と言っているのかは分からない。うーん、何て言っているのだろうか。まぁ、私は君の母ではないけれど……どんな認識をされているのだろうか。母、だと思ってくれると嬉しいな。一つの罪滅ぼしではあるけれど。けれど、これは仕方のない事だから。
「ちゃんと、元気に育ってね」
「クゥン……?」
ふふ、可愛いなぁ。
ステファニー・モストワ男爵は、領地に戻ってから社交界はおろか、よく姿を見せていた王宮にまで長く姿を現さなかった。
その影響で、彼女の噂はどんどん広がっていっていた。
色々な噂などで彼女にお近づきになろうとしていた者達はいただろう。それに、お見合いなどの話も今までにもあった。けれど、あのリヴァイアサンの卵の件で静かになったのだ。
リヴァイアサンの卵は、どうなったのだろうか。
もしかして、あのグリフォンのように聖獣にするのでは。
だがしかし、リヴァイアサンが無事に生まれる保証もない。
人間がリヴァイアサンの卵を孵化させ育てたという事例は全くない。
だが、彼女は賢者だ。可能性は十分にある。
今は一体どうなっているのか、皆は気が気でならなくなっているのである。
だがしかし、当の本人は首都でそんな事になっているとは知る由もなかった。
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