上 下
94 / 110

■93 イアン

しおりを挟む

 パキッ……

 パキッ……

 そんな音を、一番近くにいる私と、その後ろに待機している男性の使用人達と弟子達。そしてその周りに集まる使用人多数が聞き、その音を鳴らしている卵を息を飲みながら見つめる。

 そして……

 
 パリンッ……


 卵の殻が割れ、穴が開いた。


「「「「ッ!?」」」」


 穴から頭を出したのは、水色のモンスター。何となく、小さなドラゴンの様な見た目だ。でも、私達はまだ見ているだけ。

 この殻からは自分の力で出てこなければならない。頑張れ、頑張れ、皆がそう心を一つにして見つめる。

 産まれたてのモンスターは、やっと動いているかのような動きでじたばたと身体を動かし、何とかここから出ようともがいている。少しずつ、パキ、パキ、と卵の殻にヒビが入り……


「キュッ!」


 やっと殻から出ることが出来た。それを見た私達はつい拍手をしてしまって。待った待った、驚いちゃう。

 私は、用意していた大きなタオルを持って近づき、包んだ。思ったよりも大人しくて何とか上手くいった。人間だと嫌がるかもしれないと思ってはいたけれど、大丈夫そうだ。


「フー、何とか」

「えぇ、お疲れ様でございます。男爵様」

「手伝ってくれてありがとうね」

「いえ、お手伝いが出来て嬉しいかぎりです!」

「ありがとうございました!」


 周りの皆は、無事産まれてくれたことに喜びハイタッチをしていて。混ざりたいと思ったり思わなかったり。

 さ、ここからは温度調整などが大切になってくるから細心の注意をしなければ。


「ジョシュ、ローレンス、名前決めた?」

「うん!」

「〝イアン〟がいいかなと思いまして」


 イアンか、リヴァイア・・だからかな。うん、いいと思う。

 これから仲良くしようね、イアン。






 お食事は如何いたしますか、と言われたけれど落ち着いてからでいいと断った。

 何たって、初めての事ばかりだからね。一応知識は色々と得てきたけれど……それでも分からない事ばかりだ。まぁ、一週間くらいはここで食べれる簡単な軽食ばかりだったけれど。でも、この子の為だからね。

 いつもは、温室の最近増えた植物達の事も面倒を見なければいけないけれど……最近人を雇ったのだ。

 領民で、何時もここに来てくれる錬金術師。


「あら、今日早くない? ニックス・・・・

「おはようございます。リヴァイアサンが生まれたと聞いて早く来てしまいました、はは」

「そっかそっか」


 そう、あの果実屋の店主の双子の弟だ。教えてくださいと来てくれて、植物に対しての知識が豊富だった為温室の管理を偶に任せる事にしているのだ。

 近づいても大丈夫ですか? と聞かれ、身長を低くしてこっちにおいでと指示を出す。近づいてきた彼は、初めて見る幼獣に目をキラキラさせていて。可愛い……!! と口からその言葉を零していた。何ともさっきの皆と同じ反応である。

 順番に、近くで見て来た使用人達。頬を綻ばせていて、まるで人間の赤ちゃんを見ているかのような反応だ。うん、私も分かるよ。ちょっとサイズが大きすぎる気がするけれど。でも可愛い事に変わりはない。

 これだけ人間に対して大人しいのなら、人間を襲わないように躾けられるのではないだろうか。

 我々にとって脅威とならないモンスターは、討伐対象にはならない。襲ってしまうのなら、母親のように討伐しなければならなくなってしまうが、何とか人と親しく出来るよう育ってほしいものだ。この、私の聖獣であるルシルのように。

 ……聖獣になってしまえば、大丈夫なのだろうか……?

 でも、聖獣にさせるにはちょっと骨が折れそうだ。

 モンスターが、主人となる人間を認めれば聖獣となる。人間とモンスターの間に強い繋がりを作らなければいけないという事だ。

 まぁ、一つの案として考えておこうかな。

 
「……ん?」


 クゥ……と私に向けてそんな声を出す。何と言っているのかは分からない。うーん、何て言っているのだろうか。まぁ、私は君の母ではないけれど……どんな認識をされているのだろうか。母、だと思ってくれると嬉しいな。一つの罪滅ぼしではあるけれど。けれど、これは仕方のない事だから。


「ちゃんと、元気に育ってね」

「クゥン……?」


 ふふ、可愛いなぁ。









 ステファニー・モストワ男爵は、領地に戻ってから社交界はおろか、よく姿を見せていた王宮にまで長く姿を現さなかった。

 その影響で、彼女の噂はどんどん広がっていっていた。

 色々な噂などで彼女にお近づきになろうとしていた者達はいただろう。それに、お見合いなどの話も今までにもあった。けれど、あのリヴァイアサンの卵の件で静かになったのだ。

 リヴァイアサンの卵は、どうなったのだろうか。

 もしかして、あのグリフォンのように聖獣にするのでは。

 だがしかし、リヴァイアサンが無事に生まれる保証もない。

 人間がリヴァイアサンの卵を孵化させ育てたという事例は全くない。

 だが、彼女は賢者だ。可能性は十分にある。


 今は一体どうなっているのか、皆は気が気でならなくなっているのである。


 だがしかし、当の本人は首都でそんな事になっているとは知る由もなかった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

目の前で不細工だと王子に笑われ婚約破棄されました。余りに腹が立ったのでその場で王子を殴ったら、それ以来王子に復縁を迫られて困っています

榊与一
恋愛
ある日侯爵令嬢カルボ・ナーラは、顔も見た事も無い第一王子ペペロン・チーノの婚約者に指名される。所謂政略結婚だ。 そして運命のあの日。 初顔合わせの日に目の前で王子にブス呼ばわりされ、婚約破棄を言い渡された。 余りのショックにパニックになった私は思わず王子の顔面にグーパン。 何故か王子はその一撃にいたく感動し、破棄の事は忘れて私に是非結婚して欲しいと迫って来る様になる。 打ち所が悪くておかしくなったのか? それとも何かの陰謀? はたまた天性のドMなのか? これはグーパンから始まる恋物語である。

売れない薬はただのゴミ ~伯爵令嬢がつぶれかけのお店を再生します~

薄味メロン
ファンタジー
周囲は、みんな敵。 欠陥品と呼ばれた令嬢が、つぶれかけのお店を立て直す。

【完結】ガラクタゴミしか召喚出来ないへっぽこ聖女、ゴミを糧にする大精霊達とのんびりスローライフを送る〜追放した王族なんて知らんぷりです!〜

櫛田こころ
ファンタジー
お前なんか、ガラクタ当然だ。 はじめの頃は……依頼者の望み通りのものを召喚出来た、召喚魔法を得意とする聖女・ミラジェーンは……ついに王族から追放を命じられた。 役立たずの聖女の代わりなど、いくらでもいると。 ミラジェーンの召喚魔法では、いつからか依頼の品どころか本当にガラクタもだが『ゴミ』しか召喚出来なくなってしまった。 なので、大人しく城から立ち去る時に……一匹の精霊と出会った。餌を与えようにも、相変わらずゴミしか召喚出来ずに泣いてしまうと……その精霊は、なんとゴミを『食べて』しまった。 美味しい美味しいと絶賛してくれた精霊は……ただの精霊ではなく、精霊王に次ぐ強力な大精霊だとわかり。ミラジェーンを精霊の里に来て欲しいと頼んできたのだ。 追放された聖女の召喚魔法は、実は精霊達には美味しい美味しいご飯だとわかり、のんびり楽しく過ごしていくスローライフストーリーを目指します!!

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

処理中です...