63 / 110
■62 遠き日の思い出
しおりを挟むそれは、凍え死ぬような寒々とした雪が降る日だった。
「おいチビ、凍死したいのか」
初老の男性が話しかけたのは、木の下に身を縮こませて座る少女。
「ったく……ほれ、こい」
少女は驚いた。自分にこんな事を言ってくれる人がいるなんて。
そして、こんな自分に手を差し伸べてくれたことも。
彼は手を少女の目の前に出した。掌から出てきたのは、暖かい火。掌の上で静かに燃えている。そして、もう片方の手には白い花。
それらは、光り溶け出した。
目の前で、混ざり合い形を成す。
出来上がったのは、ふわふわした布。
彼は、それに見とれていた少女の首根っこを掴みいきなり引っ張り上げ布に包んだ。
「行くぞ」
少女は、口を開いたまま目を見開き驚いた顔をしている。
「……何だ、やりたいか」
少女は、頷いた。
__未知の世界に、足を踏み入れた瞬間だった。
カタカタと魔鉱車に揺られ、窓からの陽の光で目を覚ます。おっと、転寝をしてしまっていたらしい。
「ししょー」
車内の私の隣に座るジョシュがこちらを覗いてきて。目の前のサマンサは「とても気持ちよさそうに眠っておられましたね」と。
気持ちよさそうに、か。……うん、とても良い夢だった。とても懐かしくて、そしてとても大切な、夢。きっとこれは、何十年、何百年経っても忘れる事はないだろう。
「屋敷に戻ったら、錬金術見てあげるね」
「ほんと!」
まぁ、帰ってからスティーブンに何か言われそうだけれど。新しい仕事を渡されそう。簡単に終わるものだといいんだけれどなぁ。
今日はローレンスは屋敷で一人修行中。さて、まずは収納魔法陣を習得したいと言ってはいたけれど……どうなったかなぁ。因みにジョシュも練習中である。
そんな時、ガタッと魔鉱車が大きく揺れた。外にいる警備兵ユウラに声をかける。どうしたのかと。だけど……コンコンとノックをしてきて、ちらりとカーテンを開けると彼が。そして、
「絶対に出てきてはいけません」
えっ。それはどういう事、と聞こうとする前にユウラは行ってしまった。それから、大きな複数の怒鳴り声がしてきた。
「へぇ、結構良い魔鉱車じゃねぇか」
「お前らっ!!」
これは……狙われてる? 山賊というやつなのだろうか。とにかく、少し外を覗くと、武器を持った男達が十数人。けれど、ここから見ての人数だ。この周りを囲っているのか分からないけれど……
ここには戦えないサマンサやジョシュもいる。今日連れてきた警備兵も数人しかいない。
サマンサ達はここにいてね、と伝えドアを開ける。そこから、思い切り私の肩に乗っていたルシルが大きく飛び出して。私も杖を取り出し外に。ごめんね、ユウラ。出てくるなって言ってくれたのに。
「アンタがかの有名な男爵様か」
知ってたのか。まぁ紋章が刻まれてるからね、この魔鉱車に。有名、とは言っても山賊さん達の耳にまで入っていたとは。
男爵様、お下がりください。と周りの警備兵は私を隠すよう立つ。けど、どうしたものか。
「そのまま捕まえた方が、いいよね?」
「で、ですが……」
「何だぁ? 錬金術の嬢ちゃんが俺らを捕まえるってか、可愛い事言ってくれるじゃねぇか!!」
「そうですねぇ……『展開』」
収納魔法陣を開き、取り出したのは〝カヴェアの種〟
「あっ…!?」
矢が魔鉱車に向かって撃たれてきて。捕まえる事よりも、魔鉱車を守らなきゃ。
〝トラドラの種〟
『Aqua』
『Lux』
『Creare』
半透明の青い膜が錬成された。それは、魔鉱車を囲うように大きく広げられていて。警備兵も一緒にだ。そして、その後に飛んできていた矢はその膜にぶつかり……貫通する事はなかった。そのまま全て地面に落とされてしまっていた。
そう、これは少しの弾力性がある。余程のものが当たらない限り、これは破ることは出来ないだろう。
〝カヴェアの種〟
『Ignis』
『Lux』
『Creare』
「せーのっ!!!」
錬成した白い紐を、山賊達の横から囲うかのように風魔法で飛ばす。白い紐は大量に作ったからどんどん飛ばして飛ばして。よっしゃぐるぐる巻き!!
「なっ切れねぇぞっ!?」
「ちょっなんじゃこりゃ!!」
そう、これには粘着性があり一度くっついたら中々離れない。武器である斧や剣にもくっつき使い物にならない。そして近くの木に引っ掛かり幹にぐるぐる巻きだ。
そして、森の中からひょいっひょいっとこちらに飛んでくる山賊達もそれに巻き込まれていく。これを飛ばしてきたのは、ルシルちゃんだ。彼女の鼻はよく利く為、山賊が逃げられるはずもない。例え隠れる場所が沢山ある森の中でも、だ。
「一丁上がり?」
周りを見渡しても、粘着紐にかかっていない山賊はいない。というよりそんな人がいたらルシルちゃんに突っつかれている。
さ、終わった。とこの囲っていた膜を消すと中にいた警備兵達が血相を変えて此方に寄ってきて。お怪我は!? と聞かれるけれど全然大丈夫です。何の為の私達なのでしょうかと気を沈ませている人達も少々。すみませんね。
「サマンサ、ジョシュ大丈夫?」
「お嬢様っ!!」
ちょっと怖かっただろうか、けど私が怪我をしていないかきょろきょろと探している。ジョシュは私の手を握ってきて。心配させちゃってごめんね。
「さて、この人達をどうすればいいか……」
「王宮に連れていきましょうか」
ここの山賊達は何度も強盗を繰り返し貴族達の間で困っていたらしい。なら、陛下に報告したほうがいいかも。
さて、これはどう運ぶか……と思ったら、ルシルがこちらを見てきて。それから私達が通ってきたほうの道に視線を変えてきた。あ、何かの足音。人間のじゃなくて、魔鉱車でもない。
「……あっ」
視界に入ってきて、あれは……ウルフだ。それにあの乗っている人達の服装……あまり見えないけれど、もしかして。
「騎士団?」
「あら、もしかしてこちらに来てくださる王宮騎士団でしょうか。ですが、到着は明日と……」
うん、私もそう聞いたけれど……何だか、以前にもあった木がする。魔鉱車で明日到着するはずが今日到着って事か。……どこかに近道でもあるのかしら。
「……ギルバートさん!?」
複数の騎士団さん達がこちらに近づいてきて。陛下、遣わしてくださったのは第二騎士団の皆さんでしたか。
「お久しぶりでございます、男爵様」
「はい、お久しぶりです」
それで、如何いたしましたか。と、この現状に驚いているようで。けれど、何があったかは大体わかっているようだ。だって、山賊達がぐるぐる巻きにされているのだから。
この山賊達は我々にお任せ下さいとのことで。思っていた通り、この山賊達は国の牢に放り入れられるそうだ。助かりました。
「驚きましたね、ここで山賊が出るとは」
確かに、ここはモストワ領だ。あまり人が寄り付かない。狙うなら貴族様達がよく使う道をポイントにするはずなのに、どうしてここに?
この件に関しては、第二騎士団の方で調べてみますとの事で。ありがとうございます。
8
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
目の前で不細工だと王子に笑われ婚約破棄されました。余りに腹が立ったのでその場で王子を殴ったら、それ以来王子に復縁を迫られて困っています
榊与一
恋愛
ある日侯爵令嬢カルボ・ナーラは、顔も見た事も無い第一王子ペペロン・チーノの婚約者に指名される。所謂政略結婚だ。
そして運命のあの日。
初顔合わせの日に目の前で王子にブス呼ばわりされ、婚約破棄を言い渡された。
余りのショックにパニックになった私は思わず王子の顔面にグーパン。
何故か王子はその一撃にいたく感動し、破棄の事は忘れて私に是非結婚して欲しいと迫って来る様になる。
打ち所が悪くておかしくなったのか?
それとも何かの陰謀?
はたまた天性のドMなのか?
これはグーパンから始まる恋物語である。
【完結】ガラクタゴミしか召喚出来ないへっぽこ聖女、ゴミを糧にする大精霊達とのんびりスローライフを送る〜追放した王族なんて知らんぷりです!〜
櫛田こころ
ファンタジー
お前なんか、ガラクタ当然だ。
はじめの頃は……依頼者の望み通りのものを召喚出来た、召喚魔法を得意とする聖女・ミラジェーンは……ついに王族から追放を命じられた。
役立たずの聖女の代わりなど、いくらでもいると。
ミラジェーンの召喚魔法では、いつからか依頼の品どころか本当にガラクタもだが『ゴミ』しか召喚出来なくなってしまった。
なので、大人しく城から立ち去る時に……一匹の精霊と出会った。餌を与えようにも、相変わらずゴミしか召喚出来ずに泣いてしまうと……その精霊は、なんとゴミを『食べて』しまった。
美味しい美味しいと絶賛してくれた精霊は……ただの精霊ではなく、精霊王に次ぐ強力な大精霊だとわかり。ミラジェーンを精霊の里に来て欲しいと頼んできたのだ。
追放された聖女の召喚魔法は、実は精霊達には美味しい美味しいご飯だとわかり、のんびり楽しく過ごしていくスローライフストーリーを目指します!!
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる