62 / 110
■61 温かい言葉
しおりを挟む「やぁノックス、今日もか」
「あぁ、ここに乗せてくれ」
果物屋を切り盛りしている店主、ノックスは店で売るための果物を買いつけにきていた。最近はこの領地に足を運ぶやつらが多くなり果物を買う客が増えたのだ。ここは食事の場がないに等しいから当然の事だ。
「こんなに仕入れて大丈夫かぁ?」
「ま、仕方ないよ」
……とは言っても、こりゃ荷車で何往復しなきゃいけないんだ? 全く……
そんな時、デカい声で俺に話しかける奴がいた。聞いた事のある声だった。
「ノックスか! 久しぶりじゃあねぇか!」
いきなり声を掛けられたと思えば、こいつか。とため息を心の中でついた。
俺達兄弟は以前こことは離れた村に住んでいた。コイツはその村の住民だ。何でこんな所に? と疑問に思ったがさっさと立ち退きたい気持ちから早く会話を終わらせたかった。
けど……
「こんな所でフツーにいるってこたぁ、アイツ死んだのか」
その言葉に、聞こえていた奴らが何だ何だと目を向けてくる。余計なことを言いやがって。まぁお前は昔からそういうやつだったな、だから嫌いなんだよ。
「アレだよ、お前そっくりの……双子の弟だよ!」
〝双子〟
その言葉を聞き、顔を顰める奴らが多少いる。そして、同情する奴らも。
あ、それとも殺したのか? とゲラゲラ笑う糞野郎。お前さっさと帰れよ。
「双子は忌み子、村じゃあ産まれたら厄災が起こるってのは知らねぇやつはいねぇよな。
……お前がいるとまたあの湿地帯の化物共が襲いかかってくるぜ?」
そんな奴こんな所に置いて良いのかよ、とデカい声をあげて周りのやつらに聞かせるかのように喚きだす。
「……お前、さっさと帰れよ」
「んあ? 忌み子が何俺に命令してんだよ」
そう光らせた目を上から見下ろしてくる。対格差があるから、余計か。すると、奴は視線を俺から外す。そして、大きな音を立てた。俺の荷車を蹴り飛ばしたんだ。
「お前っ!!」
「忌み子が売るモンなんか食うやついねぇだろ」
こんなもん無駄だ無駄だ、なんてゲラゲラ笑う糞野郎。ふざけんな、この商売がなけりゃ俺らは生活出来ねぇんだよ。そう思うと頭に血が上ってきて。挑発する目を向けるこいつを睨みつける。
お、やるか? と拳を向けてくる。こんな挑発に乗るほど馬鹿じゃない。それは分かっているけれど……
弟を馬鹿にされ、昔のように忌み子だと言われるのが、黙ってられない。
もう、殴る寸前だった。けど、間に誰かが入ってきたのだ。
「何をしてるんですか?」
ローブを被った、小柄な人物。声からして女性。こんな大男の前によく入ってこれたな、と思ったけど単純に馬鹿なのか?とも思う。
「何だよねーちゃん、邪魔なんだが」
「何をしてるんですか、と聞いたのですが……」
「何を? 不吉を祓おうとしてやってたんだよ」
不吉? とあまり知らないらしい女性に、ニヤニヤとアイツは話し出す。コイツがいるから湿地帯が汚れ、モンスターに襲われ、ろくでなしの領主に生活を脅かされる。
「今度来た領主なんて、錬金術しか出来ないただの小娘だぜ? 不吉が不吉を呼ぶんだ。ぜーんぶお前のせい」
だから、お前には居場所はねぇんだ。さっさと失せな。そう言われて頭に来ない奴はいない。
「ごめんなさい、頼りない領主で」
その言葉に、皆視線を彼女にばっと向けた。そんな、そんなまさか。皆がそう思っただろう、だがその予測は正解となってしまったのだ。
ローブのフードを取った彼女は、スプリンググリーンの髪、そして青の瞳をしていた。まるで……
「こんにちは、皆さん」
デカい態度だったこいつは、青白い顔をしている。それもそうだ、本人の目の前で小娘だとか何だとかと言ってしまったのだから。
「ごめんなさいね、錬金術しか出来なくて。でも、出来る力をもってこの領地の領民さん達が安心して暮らせるよう頑張りますので」
まぁ口では簡単に言えちゃうんですけど……と困った顔で見てくる。こんなのがここの領主かよ、とも思っていたけれど……
「それで、不吉だとかって言ってましたけど……本当の事ですか?
__祟りとか不吉とか言ってますけど、それは違います」
えっ……
「私達人間は、大地の神ガイアの加護を受けて生まれてきました。皆の中にあるマナがその証拠です。そんな愛されて生まれてきた人間が不吉ですって? あり得ない!」
彼女は言い切った。堂々と、こんな大男の目の前で。領主であっても、殴られたら倒れてしまいそうなこの女性が。胸を張って。
俺がしたかったことを、やってのけた。
言ってやりたかった。只俺達は生まれてきただけなのに。俺達のせいにするな、そんなの俺らには関係ねぇ、と。
「ただ偶然が偶然を呼んだだけ、実にくだらない事よ」
そう、睨む女性。この領地の領主。
それから、走って警備兵が近づいてきた。
「この人、ちょっと反省させてあげて」
あ、あまり手荒くしないように。と念を押す。貴族らしくない、正反対だ。まぁ、そんなもんか。
「大丈夫だった?」
今度はくるっと回って俺に声を掛けてきた。ただ、「ありがとう、ございました」と頭を下げた。貴族様に礼なんてこんなもんで合ってるのか? と思ったら……
「怪我がなくて良かった~!」
と、嬉しそうな顔をする。あぁそういえば、とどこからか杖の様なものが装飾された長い棒が出てきた。一体どこから出てきたんだと思っていると、次の瞬間……えっ!?
あいつにけられてバラバラになっていた果物達が、空中に浮かびだしたのだ。痛んじゃったものもあるけれど、とりあえずこの木箱の中に入れておくね。そう言いながら。とんでもない大道芸を目の前で見せる彼女に唖然と立ちつくすしか出来なかった。
「もしかして、これ全部? こんなにたくさんなんて大変だね!?」
じゃあ道案内よろしくお願いします。とニコニコしながら、女性では到底運ぶことの出来ない量の木箱をこうも簡単に持ち上げられてしまった。
「いいん、ですか……」
領主様ですよね。と聞いてみたけれど、ついこの前まで私も同じだったもんと返されて。確か、モルティアートの疫病を何とかしたって聞いた。ただ解毒ポーションを沢山作ったからだと思ってたけど……そんなもんで領主になれたのは汚い手で王様にお願いしたからだろって思ってた。けど……こんな性格だし……一体どうやったんだ。
るんるんしながら早く早く、と言われ、結局断れずに店まで運んでもらったのだ。
「……どうして」
「ん?」
「あんな事、したんです」
ただのいざこざに、巻き込まれようとするなんて。領主がわざわざする事じゃないだろ。ただ警備兵に任せればいい話だ。
「ちょっと、我慢できなかったの」
「……我慢、ですか」
「だって、双子だからってこんな扱いされるなんて。貴方達はただ生まれてきただけ。それに……双子なんて素敵じゃない」
「………えっ」
「産まれる前から、兄弟と一緒なんだもん」
私は一人っ子だったから羨ましいなぁ、と言ってきて。こんな事、言われるのは初めてだ。だから、そう言った彼女の視線から目をそらすことが出来なかった。そうだ、これだ。俺達は、他人からそう言ってほしかったんだ。同情ではない、心を温めてくれる、この言葉を。
「男爵様、今月の領民登録の件で1つ気になる点が」
「気になる点?」
「生まれた赤ん坊たちの他に、1人だけ成人男性が」
「えっ?」
領民登録とは、領地に住む領民達を把握する為のもの。そして、今月のというのは今日までに生まれた、あの身分カードを持っていない人物達だ。それを、領主であるステファニーが国に報告し初めてこの国の住民だと認められる。と言っても、生まれた赤ん坊が殆どだ。
「……そっか。どんな子?」
「ニックスという名の18歳の錬金術師です」
彼女は、すぐにその人物が誰なのか分かったのだ。
8
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜
ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。
死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?
海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。
そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。
夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが──
「おそろしい女……」
助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。
なんて男!
最高の結婚相手だなんて間違いだったわ!
自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。
遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。
仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい──
しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる