厄介払いで結婚させられた異世界転生王子、辺境伯に溺愛される

楠ノ木雫

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1巻

1-3

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 そう、メーテォスは最初からこの地位にいたわけではない。最初は力のある騎士だったが武功を重ねに重ねて、英雄と称えられるまでになった。
 しかし、それを恐れた当時の国王は辺境伯という地位を与えてこの地を守るよう言いつけた。
 こんな住みづらい土地なんだ、きっと力をがれ、を上げて泣いてすがってくるに違いないとでも思ったのだろう。まぁあっさり力をつけて統治してしまったがな。今では中立派の中で一番大きな家門となった。王族は代々バカらしい。
 だが、今回、王族の証を持つ王子をとつがせてきた。この微妙な関係を少しでも修復出来たらと考えたのかもしれない。実に気分の悪い話だ。けれどこれは王命だから断れないな。
 ……はぁ、実に面倒くさい。王子を使って首都に引きずり出そうとするのだけはやめてほしい。


 そしてやってきたのは小柄なアメロ。
 俺は領地にばかりいるため会ったことがないが、十五番目と言ってもどうせチヤホヤされて生きてきたようなやつだろう。王位継承権争いは年上のやつらでどんぱちやっているのだから、十五番目の王子は関係ない。そしてアメロだからと守られて生きてきたはずだ。
 しかも、こんな雪の地に薄着で来やがった。舐めやがって。こんなやつに、屋敷で我儘わがまま放題なんてされたらたまったもんじゃない。
 だから脅して離婚届を出した。向こうの希望で離婚ということになれば、陛下も黙るだろうと踏んだのだ。……ところが、破りやがった。俺の目の前で。
 面倒くさい……実に面倒くさい。こっちはこっちで忙しいというのに、こんなやつのお守りなんてやってられないぞ。
 まぁすぐにを上げて帰ると思うがな。そう思っていたのだが……

「……これ、なんだ」
「肉じゃが、でございます。奥様が持参されたレシピを元にご用意いたしました」
「ウチの料理長の料理にケチをつけたのか」
「いいえ。奥様はここの食事がたいそう気に入ったようですよ。大絶賛していました。奥様はじゃがいものポタージュがお気に入りだそうです」

 本当か? じゃがいもだなんて、こんなイモを王族が食べるわけがない。そもそも、食卓に出されたら皿をひっくり返すだろうな。それか、王宮料理人を全員解雇か。それなのに、気に入っただと? 物好きなのか?

「首都で自分が食べていた料理をぜひ食べてほしいと私どもにまで配慮してくださった次第です。しかもこの野菜は全て奥様が収穫されたものですよ」

 一国の王子が土で手を汚して野菜を収穫しただと? あり得んな。
 でも、ふと思い出した。

「……そういえば、王宮から荷物は届いたか」
「いいえ」
「は……?」

 初めてここに来た際、あの王子は小さなトランク一つしか持ってこなかった。使用人一人すら連れずに。ここは首都とは全く違う冬の地だから用意に時間がかかってるのかと考えていたが、まだ届いてないだと? 王子がここに来てどれくらい経ったと思ってるんだ。

「気に入ったと言えば、ここの服も気に入っておられましたよ。恐れながら私が奥様のお洋服をご用意させていただいたのですが、とても嬉しそうに見ておられました。気温が低いため、首都とは全然違う服ですからね。きっと初めてご覧になり面白く思ったのでしょう」
「……」
「いかがなさいました?」
「いや」

 最初は不満げな顔をしていたくせして、楽しそうじゃないか。周りの使用人達も。
 おかしな話だな、と思いつつ肉じゃがは綺麗に平らげた。



「……何故こんなところにいるんだ」

 翌日の図書室。
 仕事の息抜きとしてここに来た、のだが……王子が踏み台の階段に座って寝ている。膝に本を数冊重ねていて、今開いてる本は……何故絵本なんだ? 確か、自分でちゃんと名前は書いていたようだが……きちんとした教育を受けてないのか?
 婚姻届にサインをする時にも引っかかった。あの役人はこの王子にずいぶん挑発的な発言をしていた。まさか自分の字は書けるだろ、と。しかし、今王子が持っている本。絵本の下には年相応のものばかりが積み上げられている。
 あの時、自分が書くべき欄を教えてもらっていたが……あれは嫌味か何かだったのか?
 ……とりあえず、風邪を引かれては困るな。
 仕方ない、と起こさないようにかついでソファーに寝かせた。近くにあったブランケットもかけてやった。なんとも手のかかるやつだ。……ん?

「……」

 こいつの手のひら……アメロのやつには絶対にないタコがあるな。ナイフか?
 何故だ? アメロは守られて生きていく存在だ。それが、タコが出来るくらいナイフを握っていただと?
 こいつは王族だ。王族となると、狙われる可能性があるにはある。だがそれは年上の王子達くらいだ。だというのに、自分を守るすべを身につけただと?
 ……俺は、何か勘違いをしていたのか?

「……なんだ、ピモ」

 こちらを静かに見ていたピモが、満足げにニコニコしている。その笑顔は本当に腹が立つ。いつものことだが。

「いいえ、珍しく優しい旦那様が見られてとても嬉しいだけですよ」
「……」
「奥様とお話しにならないのですか?」
「……忙しい」
「そうですか。奥様、ここにいらしてから結構楽しんでおられますよ?」
「知らん」
「昼食はいかがでしたか?」
「……」

 肉じゃが、と言ったか。初めて食べたが……美味うまかったな。俺は料理に興味があるわけではない。美味しければそれでいいと思っていたが……また食べたいとは、少し思ったな。
 はぁ、よく分からん。一体どうなってるんだ。


   ◇


 あれから数日後、ついに……

「雪止んだぁぁ!!」

 外はとってもいい天気。そしてだいぶ雪が積もってる!
 声が聞こえてきたから、外を覗いてみたら……あ、雪かきしてる。機械みたいなので雪を飛ばして一ヵ所に集めていた。うわぁ、雪山すんげぇデカいんだけど。あんなにいっぱいだと結構大変そうだな……でも結構手際よさそう。いつもやってるからか。

「おはようございます、奥様」
「うん、おはよピモ! なぁ、今日外出ていい?」
「えっ!?」
「ちょっとだけ!」

 またまたピモを困らせてしまうが、この異世界に来て、こんなに積もった雪を見たことはない。だから結構テンション高いんだよね。早く遊びたいなぁ~!

「雪だるま、教えてあげるよ!」
「あ、以前おっしゃっていましたね」
「うん。簡単だから大丈夫!」

 昨日までどんよりしてた分、余計テンションが高くなる。お日様の光に当たれるってこんなにいいもんなんだな。今まで普通にお日様の下にいたからなんか不思議だ。
 ピモが許可してくれたので、沢山着込んで外に出た。滑ったりして危険ですから気をつけてくださいねとピモに念押しされて手を繋いでる。

「あっ奥様!」
「片手じゃ作れない」

 手を離して、雪に触った。お、冷たい。そうだよ、こんな感じだよ雪って。だいぶ久しぶりだな。へぇ、ここの雪って結構ふわふわだ。昨日まであんなにゴーゴーと音立てて降ってたのに。
 雪をいっぱい取って、ぎゅうぎゅうと丸い形を作る。じゃあこれ持ってて、と丸く固めた雪をピモに渡した。

「これが雪だるま、ですか」
「まーだ」

 そしてさっきより小さめの球を作る。ん~、なんかないかな。なんて思いつつピモに渡した球とくっつけた。帽子はこんな感じか? と小さい帽子もくっつける。

「本当はここに枝を二本刺して、口にも枝、あと石とかで目とボタン作んの」
「なるほど……人形みたいなものでしょうか」
「そ」

 ここは屋敷の敷地だからそんなの落ちてないよなぁ。つまらん。
 でも、ピモはこう言ってくれた。他の者に拾ってこさせましょうか、と。取りに行くの大変だろ、とは思ったけど、裏の方に落ちてるとのことなのでお願いした。

「おっきいの作っていい? 邪魔になる?」
「構いませんよ。きっとなごみます」
「んじゃいっぱい作ろっ!」
「でも奥様、手がかじかんでしまいますよ。手袋を持ってこさせますからもう少しお待ちください」
「へーきへーき!」
「奥様!?」

 よっしゃ! デカいの作るぞ~!
 そう意気込み腕まくりをした。丸い球を作って、どんどん転がす。ふわふわな雪だから簡単に転がせるな。いいじゃんいいじゃん!

「ゆっきだっるまっ! ゆっきだっるまっ!」
「奥様!」

 いや~何年ぶりかな。雪なんて。前世じゃこんな大はしゃぎしなかったのに、なんか子供に戻った感じだ。
 とりあえず枝と石は持ってきてくれたけど、なんか物足りないんだよね。マフラーと手袋か? でもここだと作るしかないよな。毛糸ってあるのかな。小さいのでいいわけだし、俺でも作れそうだ。もし毛糸があるなら、あのどでかい図書室に編み方の本もあるかも。後で探してみよう。時間はたっぷりあることだしな。

「旦那様!?」

 そんな時、ピモの驚く声が聞こえた。しかも、旦那様と呼んだ。

「こんなところで何をしてるんですか」

 振り向いたら、いた。すんげぇ不機嫌顔。
 あーはいはい、お久しぶりです辺境伯様。お会いしたの、俺がここに来た時以来ですよね。何をしてるのか、と言われるとなんと答えたらいいのやら。

「遊んでます」
「は?」
「雪だるま作ってます」
「……雪だるま?」

 やっぱりこの人も雪だるまを知らないか。まぁいいけどさ。
 てかなんで俺この人に話しかけられてんの? ずっと会わなかったよな。

「あの、この雪の球、そこにのせてもらえません? これ重いんで」
「は? それより屋敷の中に戻ってください、風邪でも引かれたらこっちが困ります」
「のせてくれたら戻ります」
「……」

 あ、心配してくれてんだ。いきなり離婚届出すやつだから意外だな。と、思っていたら、ため息をついてから持ち上げてくれた。

「ここですか」
「あ、はい、お願いします」

 マジでのせてくれたよ。この人。えー予想外!
 なんて驚きつつ、持ってきてくれたバケツに雪を入れてぎゅうぎゅうに。そして頭にのせようと持ち上げた、んだけど……取られた。

「これくらいいいじゃないですか」
「……この上ですか」
「あ、はい、そうです」

 バケツをひっくり返して上にのせてくれた。それを取って、帽子が出来た。あとは持ってきてもらった枝や石などをくっつけたりすると……完成!
 ……いや、何くだらないことをやってるんだって顔しないでくださいよ。結構楽しいでしょこれ。達成感ってやつもあるし?

「ブサイクだな」
「失礼な」

 聞こえてますよ、本音が。小さい声だったけど。バッチリ。そんなにブサイクじゃないでしょ。ちょっと可愛くない?

「お久しぶりですね、旦那様」
「……」
「お忙しかったようで」
「……」

 あーあ、黙っちゃった。まぁ別にいいけど。夫婦の初めての共同作業が雪だるま作りとか笑える。

「貴方は俺の旦那様なんですから、敬語なんて使わないでくださいよ」
「……」

 これもダンマリかよ。てか目すら合わせてくれないとか……と、思ったら腕を掴まれた。引っ張られて、玄関に連行されてしまった。

「風邪引くぞ」
「俺、風邪には強いんですけどね」
「でもここの寒さには慣れてないだろ」
「おっと、俺の心配をしてくれるなんて旦那様はお優しいんですね」
「旦那が妻の心配をするのは驚くことか」

 ……マジか。そんなこと言われるとは予想してなかったんだけど。だって婚姻届にサインしてすぐ離婚届を出す人だよ? あり得るか普通。

「早く手、温めろ」

 あ、行っちゃった。仕事が忙しいのか。それなのに俺んとこ来たんだ、あの人。
 ……よく分からん。
 その後、ピモから教えてもらった。俺達が作った雪だるまを見るたび使用人達がなごんでいると。まぁ、みんなの役に立っているのであればそれでいいけどさ。
 もう一度作りに行きたいとは思ってるんだけど、そしたらまた辺境伯様が来ちゃうかな。絶対屋敷に連行されるよね。さて、どうしたものか。


   ◇


 辺境伯様との共同作業が達成された次の日、早速俺は図書室に向かった。そう、目的は編み物の本だ。
 昨日ピモに毛糸のことを聞いたら、編み物の道具と一緒に持ってきてくれると言ってくれた。屋敷に沢山あるらしい。俺が使っちゃっていいのかなとは思ったけど、ま、いっか。
 さて、本はどこにあるかな。編み物ってどんなジャンルなんだろ。なんて考えつつ図書室の中をぐるぐる回った。

「……これか?」

 毛糸……あ、細い糸で編むレースのやつもあるのか。へぇ~。でも俺の目的は手袋とマフラーだしいいや。
 よし、じゃあ何冊か持って部屋に戻ろう。持ち出しは大丈夫らしいしな。辺境伯様に見つかったらなんか言われそうだから、さっさと退散しよう。



「わぁお、結構あるな」
「どうぞ使ってください」

 ピモが持ってきてくれた編み物セット。道具も沢山あるし、毛糸も新品が何種類もある。こんなにいいのかなと結構ビックリしてる。
 さてと、じゃあまずは練習だな。
 本を読みながら色々と真似をしてみる。
 へぇ~、こんな感じか。見たことなかったし、作り方も全く想像出来なかったな。でも結構楽しいかも。鎖編みとか、こま編みとか、引き抜き編みとかあるらしい。いいな、これ。

「お上手ですよ、奥様」
「そうか? ピモはやったことある?」
「そうですね、一応は」
「へぇ~、人から教えてもらったのか?」
「はい。アメロの教育の項目に入っておりますので」

 なるほど、知らなかった。俺はちゃんとした教育を受けなかったしな。当たり前か。
 でも、ピモは驚かないのな。俺が教育を受けてなかったことに。もしかして王宮での俺の生活を調べていたとか? まぁそうだったとして俺は別に気にしないけどな。やましいことなんて全くないし。
 そして色々なデザインに挑戦し、上手くいかなかったら毛糸をほどいて、とやっていたらなんとか綺麗なコースターがいくつか出来た。四角いものとか、丸いものとか。
 これは結構上手くいったと思う。この花のやつ。

「ピモ、使うか?」
「えっ、わ、私、ですか?」
「あ、いらないならいいけど。でもこれ結構上手くいったと思うんだ。どう?」
「奥様が作ってくださったコースターをいただけるなんて、光栄です。ありがたく使わせていただきます」

 まぁ、押し付けみたいな感じになっちゃったかもしれないけど、喜んでくれたのであればいっか。
 俺、実は前世より手先が器用になったんだよな。王族の血を継いだからか? おかげで、初めての編み物でこんなに綺麗に編めた。
 次はマフラーいくか。別に人が使うくらいの長くて大きいやつじゃなくていい。小さい雪だるま用だしな。よしっ、やるぞー!


 そう意気込み、数日後。ようやく手袋が完成した。親指付きの簡単なやつで、ちっちゃくはあるけれど、それでもまぁ綺麗に出来たと思う。
 よし、じゃあ早速マフラー付き雪だるまを作りに行こう。そう思い外に出たんだけど……なんでこの前作った雪だるまが残ってるんだ? 後で壊していいってピモに言っておいたのに。

「……なぁ、ピモ」
「初めて奥様と旦那様が一緒に作られた雪だるまですよ。壊すだなんてもったいない!」

 いや、そんなのいいから。残しておいてくれなくても全然いいから。てか辺境伯様はどう思うんだろ、これ聞いて。早く壊せとでも言うか?
 まぁ俺は別にどっちでもいいんだけどさ。ピモがそうしたきゃそうすればいい。俺は知らないからな。
 ……じゃなくて、今日の目的はこっちだよ。

「おぉ~! いいじゃんいいじゃん!」

 手袋とマフラーのサイズに合った雪だるまを作り、装着。可愛い雪だるまが完成した。
 周りでソワソワとこちらを見ていた使用人達が、「おぉ~!」と拍手をしてくれた。なんか嬉しいな。
 実は手袋もマフラーもまだ沢山あるんだよな。やたら楽しくなっちゃって作ったんだけど、とりあえず雪だるま、作るか!

「奥様! お手伝いいたしましょうか!」
「私もお手伝いいたします!」

 いきなり寄ってきた使用人達。なぁ、そんなに目をキラキラさせないでくれ。

「仕事は?」
「休憩時間でございます!」
「あ、そう。じゃあお願い」
「かしこまりました!」

 めっちゃ楽しそうじゃん、使用人達。ただの雪だるま作りなのに、そんなにか?
 まぁ、気に入ってくれたのであれば別にいいや。でも俺が作った手袋とか、もうこれしかないぞ?


 結果、数十分後には玄関前に何体もの雪だるまが並べられた。もうちょっと可愛いマフラーとかを編んでやればよかったかな、と思ったけど……これ、こんなところに並べちゃっていいのか? 辺境伯様に何か言われないか? と、思ってしまった。


 ……が。
 その後の夕食、いつもは一人だったのに同席者がいた。そう、辺境伯様だ。

「珍しいですね。同じ時間に食事だなんて」
「忙しいのが終わったんだ」
「それはよかったですね」

 本当に忙しかったのか、それとも俺と食うのが面倒だったのか。果たしてどちらだろうか。

「今日は生姜焼きでございます」
「え、やった!」

 俺の渡したレシピを使ってくれたのか。おぉ~、めっちゃ美味しそう!
 お味の方は……うん! とっても美味しい! やっぱりここの料理人達は腕がいいな!
 異世界で生姜焼きが食べられるなんて最高すぎる。あぁ、ここに米があったらなぁ。ないんだよなぁ、メーテォスには。生姜焼きに米は必須じゃない? でもないものは仕方ないよな。生姜焼きだけでも美味うまいから黙って食います。
 ……なんか、正面の人も結構美味うまそうに食ってないか? それとも俺の見間違いか? それにしても、この人食べ方が綺麗だな。イケメンだから余計か。さすがお貴族様だ。
 初めての一緒の食事ではあったけど、これといった会話はなかった。けどまぁ、玄関前の雪だるまの件は何も言われなかったからよしとしよう。


   ◇


 今日は野菜がいくつか入った木箱を持っている。温室からのお届け物、そして俺は配達員だ。隣では同じくピモも野菜を運んでいる。

「奥様、やはり他の使用人を……」
「いいって、これでもちゃんと腕っぷしはあるんだから。言ったろ? 小さい頃から色々習ってたって」
「えっ、い、色々ですか!?」
「え?」
「ナ、ナイフだけでなく!?」
「そうそう、ちょくちょく体を動かしてたし」
「それは聞いてませんよ!」

 あれ、そうだっけ。まぁ今言ったんだからよくないか? それにさして重要なことでもないし。
 そうしているうちに、ようやくキッチンに到着した。覗いてみると、お願いしていた通り準備してくれていたようだ。

「奥様!? そんな重いものをお運びにならないでください!」
「別にいいって、運動運動! これから美味しいもの食べさせてもらえるんだから腹かせといた方がいいだろ?」
「奥様……!」

 おいそこのやつら、ジーンと目ウルウルさせんな。それより揚げ油の鍋に火つけろ。
 そう、これから揚げ物を作ってもらうことになっている。もう味付けと衣付けが完了して揚げるばかりのようだ。

「奥様、油がはねますからお下がりくださいね」
「別に大丈夫だって」
「ダメですよ、火傷やけどなんてしてしまっては大変ですから」

 大変、ね。まぁ、怪我した後に辺境伯様とバッタリ会って、怪我について問い詰められたら言い訳出来ないもんな。火傷やけど負うところって言ったらここくらいだもん。仕方ない、下がろう。
 熱された揚げ油に投入された肉がジュワァァァといい音を立てる。その音が食欲を誘う。めっちゃ楽しみなんだけど。

「二度揚げ、でしたね」
「そうそう、一度油から出して、油の温度を上げてまた揚げるんだ」

 油に戻すと先ほどよりも大きな音が立つ。そして油から上げてちゃんと油を切り、出来上がったのは……

「はい、唐揚げの完成です!」
「うわぁ! めっちゃいい匂いする!」

 そう、唐揚げだ! 俺、結構唐揚げ好きなんだよね~!

「揚げたばかりですから熱いですよ」
「分かってる分かってる!」

 このカラッと揚げられて茶色くなった肉! 食欲をそそられるこの香り! 美味うまそ~!
 唐揚げがのせられている皿は二枚。一枚はそのままで、もう一枚にはレモンをかける。これも美味いんだよな~! うん、これはビールが欲しいな。唐揚げにビールは必須だろ!

「なぁ、ビールってあるか?」
「ビール? 申し訳ありません、ここにはなくて……首都から取り寄せましょうか」
「いや、そこまではいいって。ただ聞いただけだから」

 そう、この世界にはビールが存在する。そして俺は十九歳! ここではちゃんと成人してるからお酒は飲んでOK! だから、唐揚げとビールの組み合わせを楽しむのも夢じゃないってことだ! もう最高だな!
 よし、とりあえず唐揚げのお味は……と用意してもらったフォークで一つ刺し、ふーふーと冷ましてから一口かじった。

「ハフハフッ、ん~~! うっまぁ!」

 何これめっちゃジューシー! やばい病みつきになりそう! レモンの方もさっぱりしてて美味うまい! あ~やっぱりビールが欲しい!
 みんなにも好評だ。もしかして唐揚げにはビールが合うということですか? と料理長は見抜いていた。いやぁ分かってるね料理長。さすがだ。
 ……と、メチャウマ唐揚げを堪能たんのうしていたその時だった。

「えっ!?」
「あっ!?」

 カツカツと靴の音を鳴らして入ってくる人物が一人。俺は入口から背を向けていたから、誰が入ってきたのか気付くが一歩遅れた。そして……

「旦那様!?」

 そんなピモの声と同時に、俺の右肩が掴まれた。

「おい、こんなところで何をしてるんだ」
「あっ……」

 やっべぇ、見つかっちった。
 一気に冷や汗をかいてしまった。俺はアメロ。当然こんな刃物や火があるキッチンになんて来てはいけないに決まってる。それは俺もよく理解してる。
 そして今の、辺境伯様のお顔は……やばい、鬼の形相だ。この場の気温が急激に下がったような気がする。
 やばい、一体なんと答えれば……と考えた時に視界に入っていたもの。とりあえず、俺のフォークに刺さっていた唐揚げを、辺境伯様の口の前に持っていった。これはなんだと言いたげだ。

「美味しいですよ。どーぞ!」

 冷や汗ダラダラ、ひきつった笑顔。もう耐えられん。
 辺境伯様はそんな俺を軽く睨みつけてきた。俺、終わった……? と、焦っていたら……唐揚げを一口で食った。いや、一口でいったのにもびっくりだが、まさか食べるとは思わなかった。これを食べ終えたら何か言われてしまうのではと、すかさずレモン味を出すと……それも一口で食べた。黙ったまま。

「美味しいでしょ。料理長が頑張ってくれたんです。今日作るって聞いて我慢出来ずにつまみ食いしに来ちゃったんですよ~あはは~」
「……」
「ほら、俺の持ってきたレシピだから味見は必要でしょ? それにここで唐揚げ食べたことあるの俺だけだし!」
「……」
「……もう一個、食べます?」
「……」

 え、マジ? 口を開けたぞ? まだ食いたいのか。試しに「どっちがいいですか?」と聞くと「酸味のない方」と言われ、恐る恐る口に突っ込んだ。いや、こっち見て黙ったまま食わないでくださいよ。怖いから。
 反応に困っていると、フォークを奪い取られた。彼は、そのフォークを台に置き……

「うわっ!?」

 軽々とたわらかつぎをされてしまった。いやいやいやちょっと待って。

「えっ、ちょっ、どこ行くんですか!!」

 そして二人してキッチンを後にした。ポカーンとしている料理長達に、おい助けてくれよ! と言いたいところだけど、それよりもう一個唐揚げが食べたかった。俺の唐揚げ~!

「どこ行くんですか!」
「本当にお前は危なっかしいな。あそこがどういうところか分かって行ったのか」
「……」
「怪我はないか」
「ない、ですけど……」
「ならいい。夕食まで我慢しろ」
「……そっちだって食べたじゃないですか」
「食わされた、の間違いだろ」

 いや、最後は食いたいか聞いただろ。俺二個しか食ってないんだけど。あと一個食いたかった……ずるい。
 仕方ない、夕食に出してくれるみたいだし、我慢するかぁ……

「……悪いの俺なんで、ピモや料理長達には何も言わないでくださいね」

 怪我とかしなかったにせよ、本当なら止めるのが当然。でも強引に頼み込んだのは俺だ。何かあったら俺の名前を出せって言ってあるけど……俺のせいで罰とか受けなきゃいけなくなるのは嫌だ。俺が全面的に悪いんだし。俺の我儘わがまま聞いてもらっちゃったわけだし。

「あの」
「分かった」
「あ……りがとうございます」

 え、マジ? そんなあっさり許してくれんの? 何かしら言われると思ってたのに。もしかして唐揚げ効果? すげぇ、最強だな。

「優しいですね、旦那様?」
「お気に召さないか」
「そんなことないですよ。心配してくれたんでしょ?」


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