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ここはランダスト国。緑豊かで自然あふれる国だ。
そして、私はこの国の第三王女として生まれた。
だけど、メイドと同じ服装をいつもしている。到底王女とは思えない。何故? それは、私は国王と今は亡きメイドとの間に生まれた子だからだ。
一応第三王女という名はあるけれど、本宮とは違った別宮で毎日、雑用・掃除・洗濯などといったメイドの仕事をしている。
「ちょっと、王女様? まだ終わってないんですか?」
「ほんと、何もできない無能ですね」
ご飯や寝床だって、ちゃんとしたものも与えられていない。毎日、毎日、生きる事で精いっぱいだ。
「ほら、見て。あそこ」
「あのドブ鼠でしょ? 床に這いつくばって、いいざまね。お父様を誘惑したあの醜い平民の女の子供なんだから、正しい立ち位置よ」
偶にこっちにやってくる姉上たち。どうして私の所に来るのか、それは、私をあざ笑い、母を侮辱し、躾と言って鞭を私に振るう為。
声を上げればもっと仕打ちをされてしまう為、声を殺し激痛に耐えなくてはならない。
こんな地獄、死んだ方がマシ。と思って身投げを考えたけれど、弱虫な私には到底出来っこなかった。
これは、一生続くのだろうか。
確か、そろそろ一番上の姉上が嫁ぐと他のメイドから聞いたから、少しは収まると思うんだけど……
でも、それは間違いだった。
これからあなたと会えなくなってしまうのは悲しいから、と言っていつも以上に激しく痛めつけられる日々が続いた。
「ねぇ、貴方知ってる?」
倒れる私の髪を引っ張りそう話しだしたのは、二番目の姉上。
「貴方、これから貢ぎ物としてエメリアス国に贈られる事が決まったそうよ」
「え……」
エメリアス国。
詳しい事はあまり知らないけれど、これだけは知ってる。その国の国王は……
「あの殺人鬼の奴隷にされるの。貴方にはとってもお似合いじゃない。ね?」
今の王は、成人して数年後先王、そして兄弟全員を殺してその座を奪い取ったと聞いた。歯向かう者は、たとえ知人、友人、家族であろうと容赦なく殺す、そんな人だ。
じゃ、じゃあ……私は、自ら殺されに、行く?
この別宮で生きる為に耐えてきたのに、最後は殺人鬼に殺されて、終わる?
頭が真っ白になった。心臓の音が、ドクドクと大きく聞こえてくる。
逃げる? いや、絶対出来ないって分かってる。
私の人生は、もう決まってしまった。
殺されに行くまでのカウントダウン。日を追うごとに、それは早く感じられて。そして、隣国へ向かわされる日になってしまった。
綺麗な洋服、素敵な装飾、そして最後に……ずっしりとした、首輪。
貢ぎ物なのだと、再確認させられる。
血の繋がった家族は、来なかった。代わりに、陛下からのお言葉を代わりの者から頂いた。
『くれぐれも粗相はするな。その時は、命はないと思え』
最後の、別れの言葉とは思えない。
でも、私の父となる方は、最初からいなかったんだと理解した。それで、もうよかった。
上等な馬車に乗せられ、ただ殺されるのを待つ事しかできない。あぁ、何て惨めなんだろう。何となく、走馬灯のように今までの事が頭に映し出される。
お母様の笑顔は、よく覚えてる。私が5歳の時亡くなり、乳母が色々な事を教えてくれた。お年寄りだったから彼女ももういない。
隠され生きてきたけれど、10歳の時第三王女という事で表に出た。
それから、地獄が始まった。病弱という事で外に出されず、別宮で暮らしてきた。
私は、父上、兄上、弟に会った事がない。一度も。それだけ、私は家族として認められていなかったという事だ。
……もし、来世があるのだとしたら、こんな所に産まれたくないと強く思ってしまった。
5日で国境を越え、その2日後に王都に着いてしまった。
大きくそびえ立つ王城。きっとランダスト国のものより大きいと思う。
見入っていると馬車の外から早く降りろと強い声が私に刺さる。首輪に付いている鎖を引っ張られ、危うく転びそうになった。この鎖を持っているのは、外交官。
この7日間、ずっともう一つの馬車に乗って着いてきていた。どぶ鼠と一緒の馬車には乗りたくないんでね。そう吐き捨ててきて。こちらとしてはとても助かった。7日間もこの人と一緒だなんて耐えられない。
「これはこれは、国王陛下自らお出迎えしてくださるとは」
王城の目の前に一直線の道として敷かれた赤いカーペット。その上を歩きこちらにやってきた男性。
外交官は言った。彼を、国王陛下と。彼がーー殺人鬼だと。
「お久しぶりでござい…」
「黙って帰れ」
「……え?」
冷ややかな目を、外交官に向けて、そう言った。何日間かこちらに滞在して帰る予定だと聞いていたのに、もう帰れ、だなんて。
「こ、国王陛下…」
「私は、お前に発言を許した覚えはない」
彼の、ルビー色に光る瞳が、獲物を捕らえたような眼に変わったような、気がした。動けずにいる外交官。だけど、国王陛下が腰に下げる剣に手をかけた事で慌てて頭を下げ馬車に戻り一目散に帰っていってしまった。
私を、置いて。
どうしたらいいか、分からない。一つ言える事は、私は発言を許されていないから一言も喋らず目を合わせてはいけない事。
一歩、一歩、近づいてくる国王陛下。あ、挨拶を……で、でも発言しちゃいけないし、どう挨拶をしていいのか分からないし、一番には体が震えて動け、ない。
私の方に、手が伸びてきて、思わず目をつぶってしまった。け、ど……
ガシャン。
と、金属の音がした。肩が、軽くなって、地面に金属が落ちた音がして……身体が、浮いた。
そう、浮いた。肩と、足裏に、手のようなものが、あって……少しずつ、目を開けたら……誰かに抱えられていたことが分かった。
よく分からず混乱していたけれど、待って、この白い装い……
これを誰が着ていたかを思い出し、一気に血の気が引いてしまった。
こ、こく、おう、へい、か……
い、一体、どこに連れてかれ……はっ、しょ、処刑台!?
「ダ、ダメだったか? どこか痛いか?」
……ん?
その声は、誰が言って、誰に言ったのか。
思考が停止した。
「長旅だっただろうから、歩くのは疲れるのではと思ったのだが……力、強かったか……?」
「陛下! 姫様が驚いていらっしゃいます!」
「そ、そうか、すまん。一言あればよかったな」
さっきとは違った、優しい、声……?
突き刺すような、そんな声じゃ、ない……?
「お疲れでしょうから、先にお風呂にいたしましょうか。あぁ、もしお腹が空いていらっしゃるようでしたらすぐにご用意いたします!」
思いもよらない言葉が聞こえてきて、これは私に向けての言葉なのだろうかと考えてしまう。
……あれ、首。あの重い首輪が、ない。あ、さっき陛下が、外してくれた? でも、あれには鍵が付いていたはず。外交官は渡してない。じゃあ……素手? いや、まさか。だってあれ、凄く分厚く頑丈に作られてたし。
「名前、聞いてもいいかい?」
「……マリアンナ、カーペンタリスティです……」
「そうか、マリアンナか。私は、ユーゴ・ラスティン・エメルアトス」
私の事もユーゴと呼んでくれと言われたけれど、国王陛下に名前でなんて呼んでもいいのだろうかと恐ろしくなってしまった。
お城の中は、豪華そのものだった。大きく煌びやかなシャンデリアが眩しい。
私が答えなかったから、まずお風呂にしようかと決められ。とても素敵な部屋に運ばれた。
「では陛下、どうぞご退出ください」
「わ、分かってる!」
ではまた会おう、と出ていった。
「本日から、姫様のお世話係として勤めさせていただきます、リーチェと申します」
どうぞよろしくお願いいたします、と頭を下げられてしまった。隣に並ぶ3人のメイドさんも私についてくださるとか。
でも、たとえ王女という肩書きがあったとしても、私は《貢ぎ物》のはず。なんで、こんな対応をされるのだろう。
「あ、の……」
「いかがいたしました?」
「わ、たし……ランダスト国からの貢ぎ物として、来たのです、が……」
「……」
しぃーん、そんな静けさがこの部屋にやってきた。皆さん、止まってる。私、ダメなことを言ってしまったのだろうか。
「あ、あの、ごめんなさい、あの……」
「そんな事ございません! いずれ奥様となられるお方が何をおっしゃいます!」
「そうです! 貢ぎ物だなんて! 一体誰がおっしゃったんです? 酷いではありませんか!」
そう言ってくる皆さんに、圧倒されてしまって何も言えなくなってしまった。
でも、さっき、確か……奥様って、言った……? いや、聞き間違いかも。
さ、早くお風呂にいたしましょうか! そう言われてしまい、聞くことができなかった。
外し方のよくわからないドレスや装飾品を、メイドさん達が手伝ってくれる。ドレスにかかった時、やはり驚かれてしまった。
「えっ」
「あ……」
「すぐに手当ての準備を!!」
一人のメイドさんが一目散に部屋を出ていってしまった。
「あの、えぇと、これは……」
「大丈夫ですよ、言いづらい事でしたら、無理に言わなくても」
とっても、お優しい……
では、失礼しますね。そう言って手当てをしてくれた。
お風呂、傷にちょっとだけ滲みちゃって痛かったけど、そんなに痛くはなかった。
ここにいる人達は、とても気を遣ってくれる優しい人達ばかりだ。
メイドさんに、こんな貴族の方に対しての対応なんてされたことがないから、だいぶ戸惑ってしまったけれど、説明してくれて、何度も声をかけてくれて、だからとても心がぽかぽかして。ちょっと照れてしまった。
「あ……」
綺麗な、着心地の良い服を着せてくれた。鏡で見せてくれたけれど、でもやっぱり着せられてるみたいな感じになってしまって。洋服が主役になっちゃってる。まぁ、それは当たり前のことなんだけれど、ね。
怪我をしている所が隠れるような服を選んでくれたけれど、でもやっぱり巻いてくださった包帯が見えてしまう所は多々ある。
「あんのクソひげ……」
「え?」
「あ、申し訳ございません。何でもございませんよ」
肩に見える、あの重い首輪で付いた青あざ。それを見たメイドさんは笑顔を浮かべつつ青筋のような? ものが出ていた、ような?
すると、外の廊下からツカツカと足音がしてきた。それはとても速足で、どんどん大きくなっていき……この部屋の前で止まった。
コンコン、とノックがされ、声がした。
「私だ、入っていいか」
これは……先程の、国王陛下の声。
姫様? とメイドさんに言われ、私が返事しなければならない事に気付いた。すぐ、慌てて「はい」と答えた。答えるのが遅くなって、怒られてしまうだろうかと思い顔が強張ってしまう。
ばん、と音を立てドアが開かれる。先程の声の主、国王陛下が入って来て、一直線に私の方に。
「怪我は」
「肩に青あざ、背中の広範囲と足、腕にも赤い切り傷や青あざ、痕が残ってしまっているものも。ですが、一番酷いのは背中です」
「……一発殴ってから帰すべきだったか」
……ん?
「いえ陛下、一発では足りません」
「顔面を潰すべきでした!」
……殴……潰す……?
「ランダスト国との和平条約を白紙に戻す。あと、あの国との貿易は全部絶て」
「畏まりました」
……和平条約? あの国と、この国とで、和平条約を組もうとしていた? でも、いきなり白紙にだなんて……し、しかも、貿易全部なくしちゃう……? こ、これ……絶対向こうの人達は、私が何かやらかしたって、思っちゃう……?
「先程は失礼したな、痛かっただろう」
何の事だか分からない。私に、謝ってる? 国王陛下が……?
そんな時、廊下を走る音がした。コンコン、とこの部屋にノックをしてきて、陛下が返事をした。失礼します、と入ってきたのは……白い服を着た女性。しかも、ぜーぜーと息を切らしている。きっと頑張って走ってきたのだろう。
「お、お初にっ……お目にっ……はぁっ、かかります……」
頑張って喋ってはいるけれど、少し息を整えてからの方がいいのでは? と思ってしまった。
何か言ってあげようと思ったけれど、陛下が「遅い」とズバッと切り捨てた。
「例え神殿が王室の敷地内だったとしてもここはとても広いんです! 陛下もご存じですよね!」
「余計な話をしていないで、早くマリアンナを治してやれ」
「え?」
くるっと陛下が背を向け外に出ていった。
彼女は、ジョアンナ・メルドラールというらしい。神官という職業で、怪我などを治す力を持っているのだとか。私も、そんな役職の者達があの国にもいる事を知っていたけれど、一度も会った事は無い。
では失礼しますね、と洋服を少し脱がす。やっぱり、驚いた顔になっちゃう。
「直ぐ治しましょう! 大丈夫ですからね!」
「は、はい」
痛いかな、とも思ったけれど、とても暖かい様な感じがして。何だろう、とても優しい。
「そうですね……大体の所は治せましたが、この古く残ってしまった傷などはやはり時間が必要ですね。女性ですから、傷なんてあってはなりませんから! 私に任せてくださいね!」
「あ、りがとう、ございます」
今まで、そこら中がとても痛くて、でもずっと続いていたからなのか、耐え方を覚えてしまって。だけど……痛くない。身体がとても軽い。ふわふわしている様な、そんな感じ。あまり言葉では説明できない。
私の為に、神官様を呼んでくださった。一体、どんな意図があったのだろう。
殺されに来たはずなのに、どうしてこうなってるんだろう。
死を覚悟してきたのに、私、どうしたらいいのかな。
そう考えていたら、また扉が開かれた。神官様が開き、廊下で待っていらっしゃったらしい国王陛下を呼んでいて。何か話しているよう。
「終わったか」
「はい」
私の近くまで来て、どうだ? 楽になったか? と聞かれたけれど……私は頷くしか出来ない。
「では、失礼するぞ。私の肩に手を乗せて」
……手? ……国王陛下の、肩に、手……?
少しかがみ見てくる国王陛下。怖がることはない、と言われてしまう。でも、早くしないと痺れを切らしてしまいそう。それはダメだと思い、恐る恐る乗せる、と……
「きゃっ!?」
持ち上げられてしまった。足を抱えられて。痛くないか、怖くないかと聞かれ、混乱の中コクコクと頷く事しか出来なかった。背中などには触れないようにするから安心してくれ、とも言われたけれど、もうどうしたらいいか分からな過ぎて頭がずっとぐるぐるしていた。
「君の部屋を用意した。気に入ってくれるといいのだが、如何せんまだ君の事をよく知らないからな。これから好きなように替えたりしてくれ」
え……わ、私の、部屋?
そんなものが、用意されてる……?
「お腹は?」
「あ……いえ」
「なら、少し休もう。神官が治したとはいえ、酷い怪我をしていたんだ。無理は禁物だ」
ただ、私を運びながら話す国王陛下に、耳を傾けるしか出来なかった。
大人しくしていると、とある部屋の扉の前で陛下は足を止めた。とても綺麗な扉。使用人さんが扉を開けると、とても綺麗なお部屋だった。水色と白のものが多くて。
「気に入ったかな。ここが君の部屋だ」
「あ……」
こ、ここが、私の、部屋。私の……
こんなに綺麗な部屋を、私が使ってもいいのだろうか。でも、陛下がいいって言って下さった。こんな、素敵な笑顔で。殺人鬼、だなんて誰が言ったのだろうか。それとも、人違いだったのかも。
陛下は、ベッドにそっと下ろしてくれた。
わぁ、ふかふか。こんなふかふかな所で眠ってもいいのね。今まで使ってたあんなペラペラな布とは比べ物にならない。きっと、良い夢が見れそう。
「さ、少し眠りなさい」
掛け布団をかけてくれて、優しく叩いてくれた。
本当に、いいのかな。
でも、陛下の言っていた通り私の身体は疲れていたみたいで。どんどん瞼が重くなってきて、真っ暗になってきてしまった。
そして、私はこの国の第三王女として生まれた。
だけど、メイドと同じ服装をいつもしている。到底王女とは思えない。何故? それは、私は国王と今は亡きメイドとの間に生まれた子だからだ。
一応第三王女という名はあるけれど、本宮とは違った別宮で毎日、雑用・掃除・洗濯などといったメイドの仕事をしている。
「ちょっと、王女様? まだ終わってないんですか?」
「ほんと、何もできない無能ですね」
ご飯や寝床だって、ちゃんとしたものも与えられていない。毎日、毎日、生きる事で精いっぱいだ。
「ほら、見て。あそこ」
「あのドブ鼠でしょ? 床に這いつくばって、いいざまね。お父様を誘惑したあの醜い平民の女の子供なんだから、正しい立ち位置よ」
偶にこっちにやってくる姉上たち。どうして私の所に来るのか、それは、私をあざ笑い、母を侮辱し、躾と言って鞭を私に振るう為。
声を上げればもっと仕打ちをされてしまう為、声を殺し激痛に耐えなくてはならない。
こんな地獄、死んだ方がマシ。と思って身投げを考えたけれど、弱虫な私には到底出来っこなかった。
これは、一生続くのだろうか。
確か、そろそろ一番上の姉上が嫁ぐと他のメイドから聞いたから、少しは収まると思うんだけど……
でも、それは間違いだった。
これからあなたと会えなくなってしまうのは悲しいから、と言っていつも以上に激しく痛めつけられる日々が続いた。
「ねぇ、貴方知ってる?」
倒れる私の髪を引っ張りそう話しだしたのは、二番目の姉上。
「貴方、これから貢ぎ物としてエメリアス国に贈られる事が決まったそうよ」
「え……」
エメリアス国。
詳しい事はあまり知らないけれど、これだけは知ってる。その国の国王は……
「あの殺人鬼の奴隷にされるの。貴方にはとってもお似合いじゃない。ね?」
今の王は、成人して数年後先王、そして兄弟全員を殺してその座を奪い取ったと聞いた。歯向かう者は、たとえ知人、友人、家族であろうと容赦なく殺す、そんな人だ。
じゃ、じゃあ……私は、自ら殺されに、行く?
この別宮で生きる為に耐えてきたのに、最後は殺人鬼に殺されて、終わる?
頭が真っ白になった。心臓の音が、ドクドクと大きく聞こえてくる。
逃げる? いや、絶対出来ないって分かってる。
私の人生は、もう決まってしまった。
殺されに行くまでのカウントダウン。日を追うごとに、それは早く感じられて。そして、隣国へ向かわされる日になってしまった。
綺麗な洋服、素敵な装飾、そして最後に……ずっしりとした、首輪。
貢ぎ物なのだと、再確認させられる。
血の繋がった家族は、来なかった。代わりに、陛下からのお言葉を代わりの者から頂いた。
『くれぐれも粗相はするな。その時は、命はないと思え』
最後の、別れの言葉とは思えない。
でも、私の父となる方は、最初からいなかったんだと理解した。それで、もうよかった。
上等な馬車に乗せられ、ただ殺されるのを待つ事しかできない。あぁ、何て惨めなんだろう。何となく、走馬灯のように今までの事が頭に映し出される。
お母様の笑顔は、よく覚えてる。私が5歳の時亡くなり、乳母が色々な事を教えてくれた。お年寄りだったから彼女ももういない。
隠され生きてきたけれど、10歳の時第三王女という事で表に出た。
それから、地獄が始まった。病弱という事で外に出されず、別宮で暮らしてきた。
私は、父上、兄上、弟に会った事がない。一度も。それだけ、私は家族として認められていなかったという事だ。
……もし、来世があるのだとしたら、こんな所に産まれたくないと強く思ってしまった。
5日で国境を越え、その2日後に王都に着いてしまった。
大きくそびえ立つ王城。きっとランダスト国のものより大きいと思う。
見入っていると馬車の外から早く降りろと強い声が私に刺さる。首輪に付いている鎖を引っ張られ、危うく転びそうになった。この鎖を持っているのは、外交官。
この7日間、ずっともう一つの馬車に乗って着いてきていた。どぶ鼠と一緒の馬車には乗りたくないんでね。そう吐き捨ててきて。こちらとしてはとても助かった。7日間もこの人と一緒だなんて耐えられない。
「これはこれは、国王陛下自らお出迎えしてくださるとは」
王城の目の前に一直線の道として敷かれた赤いカーペット。その上を歩きこちらにやってきた男性。
外交官は言った。彼を、国王陛下と。彼がーー殺人鬼だと。
「お久しぶりでござい…」
「黙って帰れ」
「……え?」
冷ややかな目を、外交官に向けて、そう言った。何日間かこちらに滞在して帰る予定だと聞いていたのに、もう帰れ、だなんて。
「こ、国王陛下…」
「私は、お前に発言を許した覚えはない」
彼の、ルビー色に光る瞳が、獲物を捕らえたような眼に変わったような、気がした。動けずにいる外交官。だけど、国王陛下が腰に下げる剣に手をかけた事で慌てて頭を下げ馬車に戻り一目散に帰っていってしまった。
私を、置いて。
どうしたらいいか、分からない。一つ言える事は、私は発言を許されていないから一言も喋らず目を合わせてはいけない事。
一歩、一歩、近づいてくる国王陛下。あ、挨拶を……で、でも発言しちゃいけないし、どう挨拶をしていいのか分からないし、一番には体が震えて動け、ない。
私の方に、手が伸びてきて、思わず目をつぶってしまった。け、ど……
ガシャン。
と、金属の音がした。肩が、軽くなって、地面に金属が落ちた音がして……身体が、浮いた。
そう、浮いた。肩と、足裏に、手のようなものが、あって……少しずつ、目を開けたら……誰かに抱えられていたことが分かった。
よく分からず混乱していたけれど、待って、この白い装い……
これを誰が着ていたかを思い出し、一気に血の気が引いてしまった。
こ、こく、おう、へい、か……
い、一体、どこに連れてかれ……はっ、しょ、処刑台!?
「ダ、ダメだったか? どこか痛いか?」
……ん?
その声は、誰が言って、誰に言ったのか。
思考が停止した。
「長旅だっただろうから、歩くのは疲れるのではと思ったのだが……力、強かったか……?」
「陛下! 姫様が驚いていらっしゃいます!」
「そ、そうか、すまん。一言あればよかったな」
さっきとは違った、優しい、声……?
突き刺すような、そんな声じゃ、ない……?
「お疲れでしょうから、先にお風呂にいたしましょうか。あぁ、もしお腹が空いていらっしゃるようでしたらすぐにご用意いたします!」
思いもよらない言葉が聞こえてきて、これは私に向けての言葉なのだろうかと考えてしまう。
……あれ、首。あの重い首輪が、ない。あ、さっき陛下が、外してくれた? でも、あれには鍵が付いていたはず。外交官は渡してない。じゃあ……素手? いや、まさか。だってあれ、凄く分厚く頑丈に作られてたし。
「名前、聞いてもいいかい?」
「……マリアンナ、カーペンタリスティです……」
「そうか、マリアンナか。私は、ユーゴ・ラスティン・エメルアトス」
私の事もユーゴと呼んでくれと言われたけれど、国王陛下に名前でなんて呼んでもいいのだろうかと恐ろしくなってしまった。
お城の中は、豪華そのものだった。大きく煌びやかなシャンデリアが眩しい。
私が答えなかったから、まずお風呂にしようかと決められ。とても素敵な部屋に運ばれた。
「では陛下、どうぞご退出ください」
「わ、分かってる!」
ではまた会おう、と出ていった。
「本日から、姫様のお世話係として勤めさせていただきます、リーチェと申します」
どうぞよろしくお願いいたします、と頭を下げられてしまった。隣に並ぶ3人のメイドさんも私についてくださるとか。
でも、たとえ王女という肩書きがあったとしても、私は《貢ぎ物》のはず。なんで、こんな対応をされるのだろう。
「あ、の……」
「いかがいたしました?」
「わ、たし……ランダスト国からの貢ぎ物として、来たのです、が……」
「……」
しぃーん、そんな静けさがこの部屋にやってきた。皆さん、止まってる。私、ダメなことを言ってしまったのだろうか。
「あ、あの、ごめんなさい、あの……」
「そんな事ございません! いずれ奥様となられるお方が何をおっしゃいます!」
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そう言ってくる皆さんに、圧倒されてしまって何も言えなくなってしまった。
でも、さっき、確か……奥様って、言った……? いや、聞き間違いかも。
さ、早くお風呂にいたしましょうか! そう言われてしまい、聞くことができなかった。
外し方のよくわからないドレスや装飾品を、メイドさん達が手伝ってくれる。ドレスにかかった時、やはり驚かれてしまった。
「えっ」
「あ……」
「すぐに手当ての準備を!!」
一人のメイドさんが一目散に部屋を出ていってしまった。
「あの、えぇと、これは……」
「大丈夫ですよ、言いづらい事でしたら、無理に言わなくても」
とっても、お優しい……
では、失礼しますね。そう言って手当てをしてくれた。
お風呂、傷にちょっとだけ滲みちゃって痛かったけど、そんなに痛くはなかった。
ここにいる人達は、とても気を遣ってくれる優しい人達ばかりだ。
メイドさんに、こんな貴族の方に対しての対応なんてされたことがないから、だいぶ戸惑ってしまったけれど、説明してくれて、何度も声をかけてくれて、だからとても心がぽかぽかして。ちょっと照れてしまった。
「あ……」
綺麗な、着心地の良い服を着せてくれた。鏡で見せてくれたけれど、でもやっぱり着せられてるみたいな感じになってしまって。洋服が主役になっちゃってる。まぁ、それは当たり前のことなんだけれど、ね。
怪我をしている所が隠れるような服を選んでくれたけれど、でもやっぱり巻いてくださった包帯が見えてしまう所は多々ある。
「あんのクソひげ……」
「え?」
「あ、申し訳ございません。何でもございませんよ」
肩に見える、あの重い首輪で付いた青あざ。それを見たメイドさんは笑顔を浮かべつつ青筋のような? ものが出ていた、ような?
すると、外の廊下からツカツカと足音がしてきた。それはとても速足で、どんどん大きくなっていき……この部屋の前で止まった。
コンコン、とノックがされ、声がした。
「私だ、入っていいか」
これは……先程の、国王陛下の声。
姫様? とメイドさんに言われ、私が返事しなければならない事に気付いた。すぐ、慌てて「はい」と答えた。答えるのが遅くなって、怒られてしまうだろうかと思い顔が強張ってしまう。
ばん、と音を立てドアが開かれる。先程の声の主、国王陛下が入って来て、一直線に私の方に。
「怪我は」
「肩に青あざ、背中の広範囲と足、腕にも赤い切り傷や青あざ、痕が残ってしまっているものも。ですが、一番酷いのは背中です」
「……一発殴ってから帰すべきだったか」
……ん?
「いえ陛下、一発では足りません」
「顔面を潰すべきでした!」
……殴……潰す……?
「ランダスト国との和平条約を白紙に戻す。あと、あの国との貿易は全部絶て」
「畏まりました」
……和平条約? あの国と、この国とで、和平条約を組もうとしていた? でも、いきなり白紙にだなんて……し、しかも、貿易全部なくしちゃう……? こ、これ……絶対向こうの人達は、私が何かやらかしたって、思っちゃう……?
「先程は失礼したな、痛かっただろう」
何の事だか分からない。私に、謝ってる? 国王陛下が……?
そんな時、廊下を走る音がした。コンコン、とこの部屋にノックをしてきて、陛下が返事をした。失礼します、と入ってきたのは……白い服を着た女性。しかも、ぜーぜーと息を切らしている。きっと頑張って走ってきたのだろう。
「お、お初にっ……お目にっ……はぁっ、かかります……」
頑張って喋ってはいるけれど、少し息を整えてからの方がいいのでは? と思ってしまった。
何か言ってあげようと思ったけれど、陛下が「遅い」とズバッと切り捨てた。
「例え神殿が王室の敷地内だったとしてもここはとても広いんです! 陛下もご存じですよね!」
「余計な話をしていないで、早くマリアンナを治してやれ」
「え?」
くるっと陛下が背を向け外に出ていった。
彼女は、ジョアンナ・メルドラールというらしい。神官という職業で、怪我などを治す力を持っているのだとか。私も、そんな役職の者達があの国にもいる事を知っていたけれど、一度も会った事は無い。
では失礼しますね、と洋服を少し脱がす。やっぱり、驚いた顔になっちゃう。
「直ぐ治しましょう! 大丈夫ですからね!」
「は、はい」
痛いかな、とも思ったけれど、とても暖かい様な感じがして。何だろう、とても優しい。
「そうですね……大体の所は治せましたが、この古く残ってしまった傷などはやはり時間が必要ですね。女性ですから、傷なんてあってはなりませんから! 私に任せてくださいね!」
「あ、りがとう、ございます」
今まで、そこら中がとても痛くて、でもずっと続いていたからなのか、耐え方を覚えてしまって。だけど……痛くない。身体がとても軽い。ふわふわしている様な、そんな感じ。あまり言葉では説明できない。
私の為に、神官様を呼んでくださった。一体、どんな意図があったのだろう。
殺されに来たはずなのに、どうしてこうなってるんだろう。
死を覚悟してきたのに、私、どうしたらいいのかな。
そう考えていたら、また扉が開かれた。神官様が開き、廊下で待っていらっしゃったらしい国王陛下を呼んでいて。何か話しているよう。
「終わったか」
「はい」
私の近くまで来て、どうだ? 楽になったか? と聞かれたけれど……私は頷くしか出来ない。
「では、失礼するぞ。私の肩に手を乗せて」
……手? ……国王陛下の、肩に、手……?
少しかがみ見てくる国王陛下。怖がることはない、と言われてしまう。でも、早くしないと痺れを切らしてしまいそう。それはダメだと思い、恐る恐る乗せる、と……
「きゃっ!?」
持ち上げられてしまった。足を抱えられて。痛くないか、怖くないかと聞かれ、混乱の中コクコクと頷く事しか出来なかった。背中などには触れないようにするから安心してくれ、とも言われたけれど、もうどうしたらいいか分からな過ぎて頭がずっとぐるぐるしていた。
「君の部屋を用意した。気に入ってくれるといいのだが、如何せんまだ君の事をよく知らないからな。これから好きなように替えたりしてくれ」
え……わ、私の、部屋?
そんなものが、用意されてる……?
「お腹は?」
「あ……いえ」
「なら、少し休もう。神官が治したとはいえ、酷い怪我をしていたんだ。無理は禁物だ」
ただ、私を運びながら話す国王陛下に、耳を傾けるしか出来なかった。
大人しくしていると、とある部屋の扉の前で陛下は足を止めた。とても綺麗な扉。使用人さんが扉を開けると、とても綺麗なお部屋だった。水色と白のものが多くて。
「気に入ったかな。ここが君の部屋だ」
「あ……」
こ、ここが、私の、部屋。私の……
こんなに綺麗な部屋を、私が使ってもいいのだろうか。でも、陛下がいいって言って下さった。こんな、素敵な笑顔で。殺人鬼、だなんて誰が言ったのだろうか。それとも、人違いだったのかも。
陛下は、ベッドにそっと下ろしてくれた。
わぁ、ふかふか。こんなふかふかな所で眠ってもいいのね。今まで使ってたあんなペラペラな布とは比べ物にならない。きっと、良い夢が見れそう。
「さ、少し眠りなさい」
掛け布団をかけてくれて、優しく叩いてくれた。
本当に、いいのかな。
でも、陛下の言っていた通り私の身体は疲れていたみたいで。どんどん瞼が重くなってきて、真っ暗になってきてしまった。
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