意地っ張りなオメガの君へ

萩の椿

文字の大きさ
上 下
16 / 22

第16話

しおりを挟む


 第二体育館を抜け、渡り廊下を走りながら西園寺は腕時計を見やった。演説時間まで残りあと三分、ぎりぎりだ。
廊下を走り、一番近道を通って控室に戻ると、清水が青い顔をして飛びついてきた。

「どこ行ってたんですか! ていうか、どうしたんですかその顔!」
「ああ、ちょっと色々あって」

 今は詳細を伝えている暇はない。西園寺は鏡を見ながら身なりを整え、最終チェックを行う。出血は止められたものの、やはり頬のあたりが腫れ上がってしまっている。けれど、今更どうすることもできない。

「次、西園寺旭さん、準備お願いします」

 控室に呼び声がかかり、いよいよ西園寺の順番が回ってきた。

「行くぞ、清水」

 あれ程、緊張していたのに不思議と今は落ち着いている。さっき、巻き込まれた非常事態のせいで肝が据わったのかもしれない。

 西園寺は清水の肩に手を置いた。

「よろしく頼む」

 清水の目が真剣なまなざしに切り替わったのを確認し、西園寺は壇上へと続く階段を上っていった。







「何か礼がしたい」西園寺が、そう三人にメールを送ったのは、生徒会長選挙の結果が出た一週間後の事だった。西園寺は今年もめでたく生徒会長に就任することができた。それは紛れもなく、一条、近衛、宝来のおかげだろう。

 お礼は、何がいいだろうか。老舗のお菓子を取り寄せるか、料理店にでも連れていくか。三人が望むものがあれば可能な限り応えたい。そう思っていた西園寺だったが、三人からの予想外な返事に当惑した。



「今週の土曜日、四人でバーベキュー一緒にやろう」



 場所は、宝来の別荘を指定されていた。宝来の別荘は、昔、夏休みに良く遊びに行っていた。軽井沢の自然豊かな場所にあるので、普段目にすることのできない景色や、野生の動物が魅力的で子どもの頃は四人で朝から晩まで遊びまわっていた。


(なんで、バーベキュー……?)


 良く分からないが、それが三人の要求ならばと西園寺は了承のメッセージを送り、必要なものを宝来に聞いておいた。



 時間はあっという間に過ぎ、土曜日。西園寺は、宝来の別荘へと向かっていた。都会の喧騒を抜け出すと、次第に緑が生い茂る道に変わっていく。ずいぶん久しぶりに通る道は、いくつか建物が潰れていたが、それ以外は昔と全く変わらず自然が豊かな美しい道だった。森の中に入り、車酔いに陥りそうなほどの曲がりくねった山道を過ぎれば、宝来の別荘が見えてきた。


 門が開き、庭に咲く純白のバラが西園寺を出迎える。洋風のお城のような外観は、宝来の母親の趣味だと昔聞いたことがある。遠くまで運転してくれた使用人に礼を言って車を降り、西園寺は玄関のベルを鳴らした。


「旭! 遠かったでしょ。疲れてない?」


 玄関から元気よく現れたのは宝来だった。西園寺を中へと招き入れながら宝来が尋ねる。


「ああ、大丈夫だ」


 長い道のりだったので、ここに来る途中仮眠をとった。そのおかげでいつもより体が軽いくらいだ。


 広々としたリビングには、重厚感のあるソファーと机のセット、そしてテレビ、奥の方にはダイニングキッチンがある。西園寺は体を伸ばしながら、ガラス張りの窓に近づいた。壮大な芝生の庭が望め、そこで、一条と近衛が、煙の上がるコンロをトングでつついている。どうやら、西園寺が一番最後に到着したようだ。


「俺、遅かったか?」


 十二時に集合と聞いていたので、時間通りに来たつもりだが、あの遅刻常習犯な一条が西園寺より前に来ている。

「いや、時間通りだよ」

 宝来は西園寺を見つめてくしゃりと笑う。

「そうか……、て、あれ?」

 西園寺は辺りを見回した。今更気づいたが、どこにも使用人の姿が見当たらないのだ。大体、荷物運びなどは使用人がやってくれることなのだが、西園寺が持ってきた大きめの荷物は宝来が運んでくれている。

「俊。お前、使用人は連れてきてないのか?」

「ああ、うん。やっぱり息が詰まるじゃん。別荘に来たからには羽伸ばしたいし」

「そうか……」

 確かに、使用人がいるとずっと見張られている気がしないこともない。西園寺はなるほど、と頷いて、再び宝来に視線を戻した。

 宝来は、西園寺が持ってきた食材を冷蔵庫に仕分けしながら入れてくれている。その他にも、おつまみ系の食材を皿に移したりなど、忙しく手元を動かしていた。


「何か手伝う」

 西園寺が申し出ると、宝来は首を横に振った。

「ああ、俺のところは大丈夫。もう終わりそうだから」

「じゃあ、あっちの二人の仕事、何か手伝って来る」

「分かった。もう、火もでき上ってると思うから、野菜とか持って行ってくれる? 肉は後で俺が持っていくから」

 宝来が、切り分けていた野菜を冷蔵庫から出して西園寺に渡した。

「お、旭!」

 西園寺が庭に出ると、一条が西園寺を手招きして呼んだ。

「悪い、準備全く手伝えてなくて」

「気にするな。早く食べよう、火は準備できたから」

 近衛がトングで炭を突きながら言った。網の下でほんわりと赤く染まった炭が、ぱちぱちと音を立てている。西園寺は宝来に渡された皿を机の上に置き、食材を眺めた。皿に並べられた野菜はどれも艶があり、新鮮そうだ。他にも魚介類など旬の魚や貝もある。

「美味しそうだね」

 一条が網の上に野菜を並べ始めた頃、宝来が肉を持ってきた。その後、漂って来る香ばしい匂いに食欲をそそられ、四人は食にありついた。炭で焼いているからか、普段食べる食材でも少し味が変わっているように感じる。美味しい店ならばどこにでも連れて行くのに、何故あえてバーベキューなのだろうかと西園寺は不思議に思っていたが、これはこれで悪くはないと思った。

 しかし、こんな風に四人で食事をしたのはいつぶりだろうかと西園寺は思い返した。まだ少しぎこちないけれど、近衛の屋敷で食事会をした時とは大違いだ。まともに口を効いたのは、約二年ぶりくらいなのに不思議と話題は尽きなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。

N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ ※オメガバース設定をお借りしています。 ※素人作品です。温かな目でご覧ください。 表紙絵 ⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

処理中です...