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第14話
しおりを挟む(ここは……、第二体育館か?)
西園寺が連れてこられたのは、あの一条と近衛が乱闘事件を起こした場所だった。恐らく、自分をここに連れてきたのであろう人物が二人、目の前に立って西園寺を見下ろしている。
(こいつら、確かあの時の……)
西園寺は二人の顔に見覚えがあった。この二人は一条と近衛の乱闘現場にいた人物だ。二人とも特別図体が大きかったからよく覚えている。しかし、知り合いというほど関わったこともない仲なのに、この二人が西園寺に何の用があるのだろうか。
「どういうつもりだ、この縄さっさと解けよっ」
両腕の縄はきつく縛り上げられている為、自力では外せそうもない。こんな人気のない場所に連れてこられて、尚且つ身動きを封じられているというのは、まずい状況だろう。
二人は西園寺の叫びも聞こえていないかのような態度だ。早く逃げださなければと西園寺が焦っていた時だった。入り口からもう一人の人物が姿を現した。
「……柴谷?」
第二体育館に姿を現したのは柴谷すぐるだった。
(休憩が終わってからのトップバッターは柴谷だったな)
時計を見れば、休憩が終わり十五分を過ぎたところだった。柴谷はたった今演説を終了してきたのだろう。立候補者は演説が終わり次第自由に行動ができるので、会場を抜け出してきたのかもしれない。 なぜこんな場所にいるのかは分からないが、助けを求められる人物が近くにいることに西園寺はほっとした。
「おい、柴谷! 助けてくれ!」
西園寺は第二体育館に入ってきた柴谷に助けを求めた。しかし、柴谷は冷めた視線を西園寺に投げかける。
「ほんと、鈍感すぎ」
柴谷はイラついたように髪の毛をかき回した。
「お前をここに連れてくるように、こいつらに指示出したのは俺だよ」
顎でしゃくるように二人を指し、柴谷は西園寺を鼻で笑った。呆気にとられた西園寺だったが、柴谷の言葉を頭の中で反芻している内に事態が読み込めてくる。
「なんでそんな事……」
衝撃の事実に目を剥いていると、突如、右頬に強烈な痛みが走った。視界がぐらりとゆがみ、西園寺は地面に倒れ込む。
「一回、こうしてお前を殴りたかったんだよ」
じんわりと口の中に血の味が広がっていく。西園寺がこんな痛みを味わったのは生まれて初めてだった。しかし、西園寺は柴谷に恨みを抱かれる覚えはない。そもそも、西園寺と柴谷は学校生活においてほぼ関りがないと言ってもいい。
「……俺に何か恨みでもあるのか」
口元の痛みをこらえながら尋ねると、柴谷は横たわる西園寺の目の前に腰を下ろしてあぐらをかいた。意地の悪い吊り上がった目が、西園寺を見下ろす。
「お前、オメガなんだろ?」
「っつ……」
西園寺の瞳が動揺で揺れた。西園寺がオメガだという事を知っているのは、蘇芳学園高校の中では一部の教師と、一条、近衛、宝来の三人だけだ。オメガだという事がばれないように細心の注意を払ってきたのに、一体どこから漏れたのだろうか。
「へー、まじだったのか。親父から聞いた時、にわかには信じられなかったけどな、お前がオメガだなんて」
柴谷は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、独りでに語り始めた。
「いつだったかなー。ああ、確か生徒会長選挙が終わったころだったな。ある日、親父が血相を変えて帰ってきてさ。俺が二票差で負けた西園寺旭ってやつがオメガだって言い張るんだ。会社で取引のある相手から仕入れてきたから、確かだって言うんだよね。ああ、知ってんだろ柴谷貿易会社。俺の親父の会社」
柴谷の家は海外の様々な会社と取引のある有名な貿易会社だ。一体誰が情報を漏らしたのだろうかと思考を巡らせるが、柴谷の会社と取引をしている会社は数多とある。見つけ出すのは不可能だろう。
「それから苦労したんだぜ、俺。ほら、アルファの奴に負けるならまだしも、まさかオメガに負けてたなんて思わないからさ。親父がカンカンに怒ってもうめんどくさいのなんの。後継者として期待してたのに、お前の能力はオメガに劣るのかって」
「オメガだからって、アルファに劣っているとは限らない」
西園寺は噛みつくように言い返す。オメガを卑下する言い方は何よりも許せない。
「はあ? アルファとオメガを一緒にするなよ。繁殖するしか能がない奴が」
発言からして柴谷は典型的なオメガ嫌いなのだろう。大体、オメガを目の敵にする輩はこういう発言をして、オメガを傷つける。
「まあいいや。とにかく今年は絶対に俺が生徒会長に当選しなきゃいけないんだよ。だから、お前は生徒会長選挙には出させない」
どうしてここに連れてこられたのか、その理由がやっと分かった西園寺は呆れかえっていた。つまり、今こうして拘束されているのは、柴谷が生徒会長に当選できなかった腹いせだったという訳だ。
「こんな事して虚しくないのかよ」
「全然。俺は目的を遂行するためならなんでもするタイプだ」
柴谷は悪びれた様子もない。非道な事をしているくせに、これが正しい行いだとでも言うように胸を張っている。
「どうしてそこまで……」
勝つなら正攻法で勝つべきだろう。こうして、ライバルを蹴落として勝ったとしても、喜びは全く感じない。少なくとも西園寺はそうだ。
「お前も後継者なら分かるだろ? 両親や周りからの期待とか。今年、蘇芳学園高校の生徒会長になれなければ、俺は完全に信頼を失う。だから、俺は何としてでも勝たなきゃいけない」
柴谷はまるで、自分に言い聞かせているような物言いで、表情が次第に曇っていった。
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