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第10話
しおりを挟むジリリッと、耳障りな音が部屋中に鳴り響く。その不愉快な音に眉間に皺を寄せながら目覚まし時計を止めて、西園寺はベッドから体を起こした。
昨日の事があり、あまりいい睡眠がとれなかった。一条と近衛の冷めた目が、気味の悪い血痕が、まだ西園寺の脳裏にこびりついている。結局、昨日の乱闘の原因は何だったのだろうか。途中で、自分の名前が出てきたかと思えば、いきなり殴り合いが始まった。双方、納得がいかず、話し合いで解決ができないから喧嘩は勃発するのだろうけど、一条と近衛に接点がありそうな輩でもなかった。
「考えてもらちが明かないな」
一人で考えこんだところで、正解が見つかるわけでもない。とりあえず、口頭で注意をすることができたのだから、これから二人がどう出てくるか様子を見ることにしよう。西園寺はベットから降りて、一階のリビングへと向かった。
階段を降りたところで、香ばしい匂いが漂って来る。調理場からカートを押した使用人が出てきたので、丁度朝食が出来上がったのだろう。
リビングに入ると、既に西園寺の父親と母親がダイニングテーブルに着席していた。厳しい顔で新聞を睨んでいる父親と、まだ眠そうに目をこすっている母親の向かいの席に腰を下ろすと、朝食がテーブルの上に並べられていく。西園寺がいつもの様に、焼かれたトースターにバターを塗り口に運んでいたところ、珍しく父親が話しかけてきた。
「この前の校内学力テストの結果が届いていた」
西園寺の方に茶封筒が投げてよこされた。中には、西園寺のテストの結果が事細かに記されている紙が入っている。
「どうしてもっと頑張れないんだ?」
鷹の様に鋭い瞳を向けられ、西園寺は食事の中断を余儀なくされた。
「……申し訳ありません」
西園寺自身、今回の校内学力テストは不甲斐ない結果を残してしまったと思っているため、言い返すことができない。
「私が高校の時は、いつも首位を独占していたがな」
父親はため息交じりにそう呟いた。父親の第二性はアルファである。きっと、出来る人からしてみれば、何故出来ないのかが理解できないのだろう。自分が不出来な事は、西園寺が一番分かっているつもりだった。でも、努力した結果がそれなのだから、問い詰められても仕方がない。
「こんなことなら、蓮に正式な跡取りになって欲しいものだ。蓮はお前と違って優秀だからな」
父親はこれが定番の口癖である。第二性がアルファの弟、蓮は西園寺と違って中学でも優秀な成績を残している。こうやって弟を引き合いに出されては毎度の様に比べられるのだ。
(父さんにとっては、蓮が自慢の息子なんだろうな……)
父親がこうして、西園寺に強く当たり始めたのは西園寺の第二性がオメガだと分かってからであった。昔は建設業の事を教えてくれたり、現場に連れて行ってくれたりもしていたが、途端に西園寺の存在を無視するようになった。父親から話しかけてくることがあるとすれば、テストの結果など、至らなかった点を嫌味ったらしく指摘されるだけ。父親は自分が優秀だと自負しているだけに、第一子がオメガの子どもだったという事実を、未だに受け入れることができていないのだろう。
「おはよー」
空気の張りつめたリビングに、陽気な声が響いた。眠そうに欠伸をしながら姿を現したのは、西園寺の弟、蓮である。身長は西園寺と変わらない百六十センチ前半で、父親似の鋭い目が特徴的な顔立ちをしている。
「おはよう」
父親は愛想良く挨拶を返した。
「父さん、また兄さんをいびってるの?」
「いや、そういう訳じゃない。テストの出来が悪かったから少し話をしていただけだ」
「ふーん」
蓮は大して興味もなさそうに頷き、準備されていた朝食にありついた。小さい頃は、それこそ宝来の様に後ろをついてくる従順な弟だった。しかし、最近では父親の様に西園寺を見下すような態度を取るようになってきていた。母親も、西園寺と父親のやり取りには一切口を出してこない。きっと、そうするようにと父親から言われているのだろう。
この家に自分の居場所はない。どことなく、西園寺はそう感じていた。どこにいる時よりも、この家にいる時が一番ストレスが溜まる。
オメガと診断された中学三年生から、今までストレスは溜まりに溜まりまくっていた。
(でも、いつか見返してやる)
やられているばかりの西園寺じゃない。西園寺には計画があった。会社を継いで、父親の代よりも売り上げを伸ばして見せる。オメガだからとか、アルファだからとか、第二性は何の関係もないと証明して、いつか、父親に自分が悪かったと認めさせることが西園寺の目標なのである。だから、嫌味を言われたぐらいでへこんでいては始まらない。テストなんて、挽回の余地はあるし、次結果を出せばいいのだから。西園寺は食べかけの食パンを思いっきり口に含んで飲み込んだ。
「ごちそうさま」
西園寺は席を立ち、リビングを後にした。それから、自室で学校に行く準備に取り掛かっていたところ、使用人の一人が部屋に顔を出した。
「旭様、宝来様が外でお待ちです」
珍しい客人の名前に西園寺は目を剥いた。
「俊が? 何で?」
「今日は一緒に登校すると聞かされておりますが……」
記憶を辿ってみるが、そんな約束をした覚えはない。一体どうしたのだろうか。不思議に思いながら、玄関を出ると、噴水の前に黒光りのリムジンが止まっていた。窓から宝来が顔を出して西園寺を出迎える。
「旭、おはよう」
「……何の用だ?」
「別に用なんてないよ。一緒に登校したかっただけ」
西園寺は訝し気に宝来を見つめる。それもそうだ。高校に入って今まで一緒に登校した事なんか一度もないのだから。
「乗って」
目の前でドアが開けられたが、西園寺は乗る気にはならない。宝来の事だ、何か思惑があって来たに違いないと西園寺は警戒する。
「いい。俺は歩いて……っおい」
西園寺は歩いて行こうと、宝来の目の前を通り過ぎようとするも、するりと伸びてきた宝来の腕に手首を掴まれ、強引に乗車させられてしまった。運転手によってドアが閉められ、西園寺と宝来を乗せた車は発車する。
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