意地っ張りなオメガの君へ

萩の椿

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第8話

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 四月に入り、なんとか無事に入学式を終えた西園寺は高校三年生になった。そんな中、早速行われた校内学力テストの結果はいつもと変わらぬ順位であった。
 しかし、今回は二位の一条との点数差が今までで一番ひらいてしまった。やはり、周期のずれたヒートで倒れ、勉強時間が十分に取れなかったことが原因だろう。

 西園寺としてはとてつもなく悔しい結果に終わったが、落ち込んでいる暇などない。校内学力テストが終われば、間もなく生徒会長選挙が開かれるのだ。西園寺は建築を学ぶために大学への進学を希望している。生徒会長であれば、推薦枠がもらえるので、今年も当選が必須となる。蘇芳学園高校の生徒会長として卒業すれば、進学でも就職でも、かなりの好待遇を受けれるため、生徒会長選挙は、毎年何人もが立候補する。気合を入れていかなければならない、そう思っていたある日の事。


「最近、校内で暴力事件が多発してます」


 テスト開け、久しぶりに開かれた生徒会会議での風紀委員、清水の発言に西園寺は耳を疑った。


「ぼ、暴力事件?」


ここは、私立の名門校。生徒も気品があって比較的平和な学校だ。暴力なんて野蛮な行為を犯す生徒がいるはずもない。しかし、驚いているのは西園寺だけで、他の委員は事前に知っていたのか、皆気まずそうな顔をしている。

「その……、あのお二人です……。会長の友人の一条さんと近衛さん」

 西園寺は呆気にとられた。一条と近衛は、部活の特待生で学校に登校することも少ないというのに、何故校内で暴力事件なんて起こるのだろうか。

「……先生たちには報告したのか?」

「はい、一応。しかし、厳重注意だけで終わってます」

「おかしいだろ、何でそんな軽い処分なんだ?」

 蘇芳学園高校では、暴力沙汰は起こした時点で退学処分になる行為である。納得のいかない西園寺は立ち上がり、声を荒げた。

「あの二人の両親は学校に多額の援助をしているからという理由で、教師もほとんど見て見ぬふりなんです」

「なっ」

 西園寺は言葉を詰まらせた。普通、そんな事は許されない行為だ。

 しかし、事実、蘇芳学園の質が高い施設や備品は、生徒の親から支払われる多額の援助金があるから整っている。実際、そのような親を持つ生徒への教師からの待遇は良く、高額な援助金を支払っている学生だけが使える施設も存在する。

「会長、どうか止めてくれませんか? あの二人とは幼馴染なんですよね?」
「い、いや。幼馴染って言ったって別に仲が良いわけじゃないし……」

 西園寺は慌てて訂正する。それは、今まで作り上げてきた自分のイメージが崩壊することを恐れての事だった。暴力を振るう同級生の幼馴染と認識されただけで、生徒会選挙の票に響くに違いない。自分が直接問題を犯すならまだしも、他人に足を引っ張られて落選なんてごめんだ。

「でも、もう会長しか頼める人がいないんです」

 清水が思いつめた表情で西園寺を見つめた。

「そんなこと言ったって……」

 一条と近衛とは、食事会での一件があるので、正直もう二度と関わりたくないのだ。それに、西園寺が注意したところで二人の暴力を止められるだけの抑止力はないだろう。

(でも、ここで断るってなんか情けないのか……?)

 教師が信頼できないと分かった今、生徒会のメンバーは、二人と幼馴染である西園寺に頼ってきている。ここで断れば、役立たずの生徒会長と思われてしまう可能性だってあるのではないだろうか。


(いや、それは困る)

 生徒会選挙には、ここにいる委員の推薦や票が必要になるのだ。ここで仲間に見限られることだけは何としても避けたい。けれど、あんなことをされた後では、二人にどんな顔をして会えばいいのかも分からないし、また襲われでもしたらと思うと鳥肌が立つ。

(やっぱり無理だ……)

 断ろう、そう思い顔を上げたが、委員たちは皆、懇願の眼差しで西園寺を見ていた。ここにいる学生は、お坊ちゃまかお嬢様で、暴力なんて野蛮なもの不安の材料でしかないのだろう。それは西園寺とて同じだし、一刻も早く暴力事件なんて無くなって欲しい。

「えーと。ちょっと、話してみるよ……」

 結局、信頼が崩れることを恐れた西園寺はそう言うほかなかった。西園寺の言葉に、皆安心した表情を浮かべたが、その中でも清水はひと際表情が緩んで見えた。肝心の教師が頼りにならず、きっと一人で思い悩んでいたのだろう。剣道部として活動している清水は、思春期のせいか、常日頃から肌が荒れていたが、最近は一段と酷かった。もしかすると、これが原因だったのかもしれない。

(一条と近衛が暴力沙汰か……)

 自ら進んでではないにしても、引き受けたのならなるべく早めに解決へと持っていきたい。一体何故一条と近衛が暴力事件なんてものを起こしているのだろうか。まず、その原因から探るべきだろう。

 二人の性格は、一緒に過ごしてきた時間があるだけ知っているつもりだが、この前の様に、多少強引なところはあるにしても、赤の他人に暴力を振るうなんてことをするような人間ではない。本当に二人が事件を起こした犯人なのだろうか。西園寺が頭を悩ませていると、ふと、正面に座っている宝来と目が合った。しかし、次の瞬間ぷいっと目を逸らされてしまった。

(なんだ?)

 宝来のあんな反応は初めてだ。いつもなら、西園寺と目が合った時点で嬉しそうににこりと笑うとか、何らかの反応は見せるはずなのに。

(あ、そうか)

 西園寺は近衛の屋敷で宝来に言った言葉を思い出した。「二度と近づくな」そう言って西園寺は宝来を突き放したのだ。宝来の事だから、どんなに拒否をしてもきっと意味がないだろうと思っていたが、案外こたえたようだ。

(まあ、悪いのはお前だからな。とことん反省しろよ)

 西園寺は心の中で悪態をついて、宝来からすぐに目を逸らした。
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