意地っ張りなオメガの君へ

萩の椿

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第1話

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 私立蘇芳学園高校は、明治時代に設立された都内有数の名門校である。質の高い授業を受けることができ、卒業後活躍する著名人も多く、数多くの優秀な人材を生み出す学校としてその名を轟かせている。

 三月中旬の昼下がり、ついこの間、卒業式を終えたばかりの蘇芳学園高校では、新体制になって初めての生徒会会議が行われていた。


「では、四月に控える入学式について、会場の準備を風紀委員と美化委員で、来賓の対応を図書委員、お願いします。それから、入学式のしおりや、壇上花などの備品の準備などもしていかなくてはなりません。これは、副会長と書記がお願いします。後は先生方との諸々の打ち合わせですが、ここは僕が担当します」


 来る入学式の準備の為、各委員会にてきぱきと仕事を振り分けているのは、生徒会長の西園寺旭である。高校二年生で生徒会長に抜擢されてから約一年。会長としての役割を立派に果たしてきた。


「時間がないけれど各々が最善を尽くして頑張りましょう」
「はい……」


 しかし、快活な西園寺とは反対に、生徒会会議の雰囲気はイマイチ覇気がない。皆の顔は、どこかやつれているように見える。


(皆、疲れが出てきてるな……)


生徒会の主軸だった三年生が抜けた今、一人に対しての仕事量がかなり増えた。それに、この季節は卒業式と入学式という二大イベントがあるせいで、気を抜く暇がない。部活動に所属しているメンバーは、忙しい合間を縫って仕事をこなしてくれている。その上に、また新たに仕事を追加するのは心が痛むが、生徒会がこの仕事を投げ出すわけにはいかない。どんなに大変でも、生徒会が動かなければ、新入生を迎える入学式は開催されないのだから。


「三年生が抜けて、慣れない仕事で疲れてると思う。だけど、これからは僕たちが新しく学校を担っていかなくてはならない。僕はこの蘇芳学園高校を去年よりも良い学校にしたい。その一歩目が、入学式を無事に終わらせることだ。新入生が安心して入学してこれるように頑張ろう」



 歴史あるこの蘇芳学園高校では一つの失敗も許されない。入学式で何か不備があっては困るのだ。なんとか、皆のやる気を奮い立たせねばと思い、西園寺が熱意を込めた言葉を送ると、何人かが顔を上げた。

「ええ、会長の言う通りですよ。みんなで頑張りましょう。とりあえず、中旬までには準備が終わるようにそれぞれで準備をしておいてください」


 副会長が上手く言葉を繋いでくれて、最後をいいように締めくくってくれた。「ありがとう」と副会長に視線を送り、西園寺は生徒会会議を終了した。


「皆お疲れ様、また来週も頼むよ」


 次々に委員が去っていくのを見届けて、西園寺も教室の鍵を片手に廊下へと出た。窓からは、校庭に咲いている桜が良く見える。来年のこの季節、西園寺はもうここにはいない。最後に残された一年は、後悔のないように過ごしたいと思う。その為にも、やはり入学式の準備を完璧に済ませて、幸先のいいスタートを切りたい。


「旭、今日もお疲れ様」


 気合を入れていかなければと、心を奮い立たせていたところ、聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。振り向くと、先ほど生徒会会議に出席していた書記の宝来俊が立っていた。


「ああ」


 西園寺は軽く返事をした後、教室に鍵を閉めて歩き出す。その後ろをひょこひょこと宝来がついてくる。宝来は西園寺の一つ年下の幼馴染だ。モデルのような高身長で、脱色した栗色の明るい髪の毛が良く目立つ。切れ長の目、筋の高い鼻、薄い唇がバランスよく顔に配置されている。イケメンの部類に入る宝来は、何が楽しいのか毎回、生徒会の集まりがあるごとにこうして西園寺の帰りを待ち伏せしてくるのだ。

「何か用か?」

 西園寺はそれがいつも鬱陶しくてたまらなかった。ぶっきらぼうに尋ねると、宝来は人懐っこい笑みを浮かべる。

「ちょっと、さっきの生徒会会議と態度変わりすぎじゃない?」

 緊急の用事でもない限り、極力言葉を交わしたくない西園寺は宝来の言葉を無視して歩く。正直、宝来は苦手だった。西園寺が距離を取っているのにも拘わらず、鈍感なのか気づきもしない。それに、西園寺が毎回注意している髪色だって染め直してこない。蘇芳学園高校は基本的に自由な校風で、校則はあまり厳しくはない。自由な髪色に染めてもいいのだが、それは一般学生の場合だけである。仮にも生徒会という生徒代表の立場に立っているのだから、周りから良いイメージを持ってもらえるように努力して欲しいと西園寺は常々思っていた。


「ねえ旭。今週の日曜日の事覚えてる?」

 宝来の言葉に、西園寺の歩みが止まった。


「……ああ」


 なるべくその事を思い出さないようにしていたのに、と、西園寺は眉間に皺を寄せた。今週の日曜日は西園寺達の誕生日を祝う食事会がある。大手建設会社を経営している西園寺家と提携を結んでいる会社の中に、西園寺と同じ三月生まれの子息が三人いるので、毎年会社同士の交流もかねて、この時期に祝うのだ。


「旭は久しぶりなんじゃない? 怜と利一に会うの」


 険しい表情を浮かべる西園寺とは違い、宝来は嬉しそうに話す。


 一条怜と近衛利一は、西園寺と同じ三月生まれの幼馴染である。一条家は大手製薬会社、近衛家は大手法律事務所、それから宝来家は、有名デザイナーの家系で、西園寺家も合わせてこの四つの家系が毎年食事会に集まるメンバーだ。


「怜も利一も旭に会うの楽しみだって言ってたよ」


 宝来の言葉に、西園寺は心の中でため息をついた。


(俺は一生会いたくなんてない)


一条と近衛は、西園寺や宝来と同じ蘇芳学園高校の生徒であるが、部活動の特待生として入学しているので、学校に登校することは少なく、滅多に顔を合わせることがない。西園寺は毎年行われるこの食事会が苦痛で仕方がなかった。


「食事会なんて無くなればいいのに」


 祝ってくれと頼んだわけではない。西園寺の両親、そして他三人の両親が勝手に決めたことで、西園寺は進んで参加したいと思ったことは一度もなかった。

「え? なんて?」

 西園寺の呟きは、宝来には聞こえなかったようだ。

「なんでもない……。もういいか。早く鍵を返しに行かないといけないんだ」

 早く宝来から離れたくて、西園寺は話題を切り上げる。

「あ、それなら僕も一緒に……」

「いや、鬱陶しいからお前はついてくるな」

 週末にも会うというのに、これ以上宝来と顔を合わせていたくない西園寺は、冷たい言葉で宝来を突き放した。

「じゃあな」

 しかし、去ろうとした瞬間、宝来に手首を掴まれ西園寺は強く引き寄せられた。

「おいっ……」

「……十八歳になったら、番を作ることができるんでしょ? もう誰にするとか決めてるの?」

 耳元で囁かれた言葉に、西園寺は激昂した。
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