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第66話
しおりを挟む「僕、本当は未来から来たんです」
布団に寝転びながら慧は突拍子もなく土方に言った。
土方といると、妙に気が抜けると言うか、安心感がある。きっと、信じてもらえないだろうとわかっているけれど、土方には自分のことを知っていてほしかった。
「ほー、未来か」
土方は大して興味もなさそうに隣で相槌をうち、
「何の冗談だ」
と、慧の鼻先をつまむ。
「信じてないでしょう?」
「ああ。俺は目に見える物事しか信じないタイプだ」
土方は意地悪そうに口角を上げた。
「だが、未来というものに興味がないと言ったら噓になる。どんな所だ? その未来とやらは」
「そうですね……。色々驚かれるかもしれませんが、どんなに離れていても、人と話すことができます。空を飛んで、世界を移動することができます。あ、あと、天に届くほどの高さの建物があります」
「にわかには信じられんな」
「そうでしょうね」
慧の住んでいる時代は、土方からすれば想像もつかないだろう。それくらい、日本は進化していったのだから。
「それで、その未来とやらは平和か?」
「ええ。少なくとも日本の中で戦はもうおこっていません」
「そうか。なら安心だな」
土方はふーっ、とゆっくり息を吐いて布団をかぶりなおした。
「もう、夜も遅い。そろそろ寝よう」
それからは、日に日に、悪いニュースばかりが耳に入ってくるようになっていた。攘夷派の勢力が増していき、近々新選組と衝突するのではないかという噂が流れていることを、春日から聞かされる毎日だった。
確かに、土方も最近はどことなく雰囲気が張り詰めているような気がする。
「お疲れさまでしたー」
慧はいつもの様に片づけをすませ、調理場を後にした。あの一件があってから、慧は地下室ではなく、土方の部屋で寝泊まりしていた。
廊下を真っすぐ進み、曲がり角を曲がろうとした時だった。
「わあっ、すみません」
「いえ、こちらこそ」
曲がり角で、ぶつかったのは沖田だった。
久しぶりに会う沖田は、少しやせているようで、寝ていないのか目の下にクマが出来ていた。
「どこか、具合でも悪いんですか?」
そう、慧が沖田の顔を覗きこむと、沖田は妖美に口角を上げた。
「そんな風に心配されると、困りますね」
「え?」
「貴方には、土方さんがいるでしょう?」
「へ?……」
慧がぽかんと口を開けていた、その時だった。
「ちょっとっ……んんっ」
突然の、沖田からの口づけに慧はなすすべもなかった。後頭部に手を回され、強引に舌を入れられる。背中が激しく壁にぶつかったかと思えば、様々な角度から沖田が舌を吸ってくる。
「なに……、ちょっとっ」
沖田の体を突き飛ばすと、慧は己の唇を手の甲で拭った。
「一体、どうしたんですっ」
「……きっと、これであなたに会うのは最後だ」
「え?」
「どうか、いつまでも元気でいてください」
沖田の表情は、今までに見たことがないほど物憂げだった。
そして、それだけ言って去っていく沖田の背中は、頑丈の様に見えてそれでいて、少し頼りなくも見えた。
「沖田さ……」
「慧」
呼び止めよう、そう思い沖田の名前を呼ぼうとした時、丁度部屋に帰ってきた土方に呼び止められた。
「どうした?」
「いいえ。なんでもありません……」
慧はもう一度、沖田の方を見やった。しかし、沖田の姿はすでになかった。
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