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第57話

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「すみません春日さん、ちょっと体調が悪いので先に上がります」

 慧は立ち上がり、調理場を後にした。

 いつもなら、土方が迎えに来るまでは調理場から出ないようにしていたのだが、いてもたってもいられなかった。

 部屋に駆け込み、抑制剤のピルを飲み込む。

 通常は一日三錠までなのだが、そんなのもうどうでもよかった。次々にピルを体に流し込む。

 もしも、本当に子どもを宿してしまったなら。最悪な状況だが、ありえなくもない。

「なんでだよ……」

 涙が込み上げてきた。もう、何もかもが嫌だった。何度も拒否したはずなのに、無理やり抱かれてその度に中に出されて。

 それでも、自分が子どもができる体質なんて絶対に言えなかった。言ったって信じてもらえないだろう。


「戻りたい……」

 現世に戻ることができたら、こんな事で悩まなくて済んだのだ。現世には、抑制剤が完備されていて、自分を襲う男なんていないのだから。

 慧は涙を拭い立ち上がった。

「帰ろう」

 どうすれば帰れるのかなんて、考えている余裕はなかった。

 とにかく、この屯所を出て二人の男と距離を開けなければならないと思った。


 持っていくものは少なかった。抑制剤をリュックに突っ込み背負う。

 とにかく、土方に見つからないように出なければいけない。

 慧はそろりとドアを開けた。

 今のところ人の気配はしない。足音を立てないように階段を上がると、丁度奥から、土方と春日の声が聞こえてきた。


「今日は、ちょっと早めに終わったんじゃ。お菊なら先に上がるって言って帰ったけどな?」

「先に上がるって、あいつどこに行ったんだ?」

「そんな事、わしが知るかいな」


 春日と土方のやり取りを聞きながら、慧は廊下へ出て出口まで一気に走った。

「はぁ……はぁ……」

 新選組屯所を出て、とにかく慧は走った。

 今頃、土方は慧がいなくなったことに気づき捜索に出ているかもしれない。土方に見つからないように、細心の注意を払いながら、となみやに辿り着いた。


 しかし、いつもとなんら変わりのない通りだ。この前来た時の様に、なにも手がかりは得られそうにない。

 念のため、その周りの通りなどもくまなく探索してみたのだが、特に異変はなかった。

 手がかりが見つからないのは分かり切っていたことのはずなのに、途端に追い詰められた気分になる。

「どうしよう……」

 と、慧がつぶやいた時だった。

 新選組の隊服を着た何人かの男たちが、勢いよく慧の隣を通り過ぎた。


 その隊士たちの行方を辿ると、少し離れた場所に土方の姿があった。何か指示をしているようで、威勢のいい返事と共に再び数人の隊士が散らばった。 


 慧は咄嗟に身を隠し、静かにその場を離れた。
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